リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第10章 ムンバイへの道(新7日目)

10ー6 帰宅(その後)

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 一階は店舗、二階が職人たちの工房。その間の中二階が社長=店主の事務室だ。
 その社長が慌ただしく狭い階段を昇ってきたかと思うと最後の一段でつまづいて階上へすっ転んだ。立ち上がろうとするが腰をへたり込ませたまま手を振り起き上がれない。
「父さん!」
 駆け寄ってからしまったと思った。仕事場では『親方』と呼ぶよう日頃厳命されている。だが父はそのまま彼を見上げ、
「お前、今からすぐ母さんとこの病院へ行って来なさい。アンビカさんが見つかったー」
 メモを差し出しつつ言い直す。
「保護されたと警察から……」
 今度は息子の方が慌てふためき平らな床の上で転んだのを見て、
(親子だ)
 職人たちは目配せし合った。

ーーーーー
 午前中に行った仕事先の夫婦が礼を持って自宅へ訪ねて来た。
 行商と屋台を営むという夫婦は食材を山程差し出して来た。今年値が上がっている野菜も含まれていてありがたい。
「娘の恩人なのに、こんな話しかお伝え出来ないのは本当に何と申し上げていいのかわかりません」
 床に付けんばかりに頭を下げ、首輪を切ってやった娘から聞いた話を夫妻は微に入り細に入りしゃべった。

 彼らが帰った後、鉄工加工場の工房主家族はしばらく沈黙を保った。
 ー誘拐した若者たちをチーム分けして殺し合わせ、外国の金持ちへの見せ物とする。
 嘘ならこのような突飛な話はしないだろう。

 鋼板でカバーして首輪を切ってやった娘はラジェーシュと同じチームで、彼にかばわれて生き残ったが当のラジェーシュは殺された。
「あの子に兄貴バーイの写真を見せたんです」
 ラジェーシュからはいとこにあたる少年が口火を切った。
 午前中の作業に彼は助手として参加した。無事首輪が外れた後、
『ラジェーシュ兄貴バーイも早く戻って来てくれたら』
『ラジェーシュさん?』
 考えず言った彼にレイチェルという同じくらいの年の少女が聞き返した。いとこが行方不明になっている旨を告げると、
『あなた、頭良い? 数学が学年で三番だったりしましたか?』
 トップならともかく三位は微妙だ。だから言いふらしてはいないが同じ家に住むいとこたちなら成績は知っている。
『ラジェーシュ・バーイに会ったんですか?!』
 年嵩の職人の制止にも関わらず勢い込むと、
『ラジェーシュさん』
『そうです』
『ラジェーシュさあんっ!』
 レイチェルは作業中恐いと泣きわめいた以上の声でわんわん叫び手が着けられなくなった。


 少年は滑らかにスマホを操って叔父=工房の主に差し出した。
「これと、」
 ひとつはラジェーシュともう一人の若い職人と彼との写真。
「こっち」
 あとの一枚は少年が近所のクリケット仲間と撮ったものだ。
兄貴バーイを指差して、こっちには写っていないって言った」
 誘拐されてる間に、
「会ったことは確かだと思う」
 ラジェーシュは首を吊られたという。信じたくない。だが今一番辛いのは叔父と伯母の筈だからと少年はこみ上げるものを抑えた。
「おおラジェーシュ。わたしの可愛い子。あの子はもう戻って来ないのかい?」
 神様何てこと!
 ラジェーシュの母親、伯母は胸を押さえるとさめざめと泣き出した。


 半月ほどの後ラジェーシュの両親はもう一度息子の話を聞こうとレイチェルの家を訪れた。だがそこは空き家になっていて、近所を回り母親の実家に引っ越したとの話を聞いてその街へ行くと、二・三日居ただけで彼らがどこに行ったかはわからないと不服そうに告げられた。
 一家は息子の行方をたどる手がかりを失った。

ーーーーー
 アンビカは長く入院した。
 肋骨の骨折など怪我に加え、風邪かと思われた症状が肺炎とわかり息子に移さないため完治まで病院で過ごした。
 保護された中で彼女が最後の退院だと警官に言われた。

 夫の後に着いて門を入り、小さな庭を突っ切ったドアの少し前でアンビカは足を止めた。
 彼は振り向く。
「誓って不貞はありません」
 火に飛び込んで証したい。シータの気持ちがわかる。震える声で確かめた。
「家に入ってもいいですか」
 夫は怒ったようにアンビカの腕を取った。
「何言ってるんだ。早く帰ろう」
 一度頷いたアンビカを夫はずんずんと引っぱった。

 扉の中、白い壁と白い大理石の床の明るい部屋。
 リビングに進むと茶色のソファーの横に黄色や赤の花を並べて描かれた文字が四角い枠にまとめられていた。

『若奥様 お帰りなさいませ  ××絨毯店一同』

 まず二階の寝室に上がったが息子は涙の跡を頬に残したまま眠り込んでいて抱き締めても目を覚まさなかった。
 次にリビングに戻って義母の前にひざまずく。
「本当は言っちゃいけないからこれだけ。私が生きて戻れたのはお義母さんのお陰です」
 足先に触れる正式な礼をするとすぐに身を起こすよう示される。
「私のご飯を美味しいって言ってくれて、それで皆が守ってくれて……お義母さんが教えてくれたお料理で……」

 アンビカを「人狼」の襲撃外としたラジェーシュ。
『ご飯美味しかったです』
 言い遺したイムラーン。

 退院が決まってから、アンビカは保護者に当たる夫と義父と並び警察幹部に呼び出された。
 あの場所で起こったことは何一つ口外してはならない。国益を損なう。
 家族でも尋ねてはならない。違反したなら話した者も聞いた人間も直ちに収監される。何が何やらわからないままに脅された。代償はー

『忘れ物だ』

 オレンジ色のブリキの箱。
 詰められた札束およそ285万ルピーが警察を通し手渡された。
 彼らは「約束」を守り、賞金を手にした自分は「リアル人狼ゲーム」の勝者と認められたのだろう。
 口止め料というのが実際だろうがともあれありがたい。お店と家族のために使う。
 
 金額は2000万ルピーを七等分だ。
 あの夜彼ら側の潜入者、ウルヴァシと名乗っていた女を殺して脱出したのは九人。
 こちらではイムラーンが犠牲になったが町の署に行った中からも一人駄目だったことがわかる。
 部屋を分けられてから男性たちとは会っていない。女性の中ではレイチェルだけがあの極秘だという警察施設に姿を現さなかった。
 自分があきらめなかったら。
 ここは「町」などという規模じゃない、危ないよと伝えられていたらー

「母さんありがとう!」
 夫が自分と合わせて義母に抱きつく。
(私だけじゃなくて皆が……)
 信じられないほど酷いことが続いたけれど家に帰れた。
 レイチェルも、クリスティーナもアビマニュも、ファルハもダルシカも無事に戻ってこの安堵を感じて欲しかった。
 しばらく輪の中でむせび泣いてから、
「神様にお礼を言ってきたいです……」

 礼は勿論、自分の非法アダルマな行いに許しを請いたかったがどう言っていいのかアンビカにはわからなかった。
 神々の絵や像に次々と手を合わせた最後、端に飾られたカーリー女神の絵の正面で手を合わせる。
(クリスティーナ。私、忘れていないから)
 金色の背景の中、四本の腕を持つ女神が横たわった夫シヴァ神の身体の上で暴れる。長く突き出した血を舐める赤い舌。魔神のこうべを連ねた首飾り。
 振り上げた大きな鎌を染める血。
 髪を掴みぶら下げた魔神の首からしたたる血を受ける手。
 残りの腕は威厳を持って聖なる三叉棹を掲げる。

 飛び散った血は投票での最初の犠牲者、パキスタンの少年ザハールのものだ。
 誰もが逃げ去る中クリスティーナだけがその事実を受け止めた。
(ごめんなさい)
 アンビカは繰り返しカーリー女神のマントラを唱えた。


ーーーーー
【結果報告】

 勝ちチーム 判定なし(払い戻し)
 勝者 5 7 8 10 12 19 24

 以上の結果に従った支払は全て完了し今回の「ゲーム」は終了しました。
 この度は運営上多くの不手際がありましたことをお詫び致します。
 なお、多く問い合わせのあった件ですが、勝者へは規定の賞金を支払い済みであることを申し添えます。
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