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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

1ー14 脱出1

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「君たちも切り札だろう」
 うちの部屋も同じだよとサントーシュは丸い眼鏡を指の節でずり上げながら言った。
 切り札は同じ者同士でなければ公言したら無効になる。戸惑うシュルティたちに彼は目の前にあるテーブルと貼られた紙を示した。
 細長いテーブルに乳白色のプラスチックケースが二つ並べてある。
 テーブルから立ち上がった支柱先端の板には紙が貼ってあった。

『リストウォッチとイヤホンを各自付け、通路に沿って進み指示を遂行してください』

 読めるのは、ドア横の灯りに遠く低い位置にぼんやりと見える庭の灯り、そしてサントーシュがリストウォッチをライトモードにして紙に当てたからだ。
 白にオレンジや黄色の蛍光色の縞で子ども用めいたバンドのリストウォッチだが、
「ほら」
 サントーシュが時計横のボタンを引けばデジタル時計の盤面がかなり強い光に変わる。なるほど暗い中を歩くには便利だ。

「サントーシュは行かないの?」
「もうひとりいるでしょ?」
 初日脱出権の切り札勢は全部で九人。シュルティとサントーシュの部屋で合わせて八人だからもうひとりいる。
「一緒の部屋でひとりだけ出て来るって難しいんじゃない?」
 キランの誘いにももう少し、十一時半までは粘るよと彼はシュルティらを見送った。

 垂れ下がった枝に顔を叩かれきゃっと声をあげ木の根に転びそうになりながらすぐ高い塀と小さいドア、そして男子三人の姿が見える所へ出た。
 黒っぽい塀はかなり高くシュルティからは見上げる感じだ。三メートルを越えるだろうか。おまけに上には鉄条網が乗っている。お金持ちの家みたいだとシュルティは思った。
 それよりも刑務所や軍施設に近いと思いつきぶるっと震えて打ち消す。ショールをしっかり巻き直し腰までもれなく覆おうと引っ張る。
 塀に沿って低い筒状の灯りが点々と並ぶが白い光が外気と合わさりこれも寒々しい。
 扉は小さく頑丈そうだ。鋼板製だろうか。
 その少し右で1メートルほどの木箱を囲んで男子三人が立っていた。
 アルンとチャンダ、残りひとりは腰をかがめ箱を覗き込んでいる。

「はい、女子も来ました。サニタとシュルティー」

「誰かいるー?」
 聞きかけたキランにぼさっとした髪のアルンが指を唇に立て静かにと告げる。
「こちらにルクミニー先生がいらっしゃる」
 箱から離れて女子の方に来たラームは深刻な顔をしていた。
 理由はすぐにわかった。
 手にひら大の丸い覗き穴が開いた箱の後方、塀の頭の高さあたりに玄関先同様白い紙が貼られている。

『箱の中に入っている人物を殺害してください。
この条件をクリアした者は塀の外に出られます』

(!)
 先生は後ろ手に縄で縛られ箱の後部に固定されている。
 バスにいたはずが気がついたら、というのは生徒たちと同じだ。開けられるかと問われ調べたが箱には何重も鉄の鎖が巻き付き留金を閉じる南京錠につながっていた。
 そこを開けるのは無理そうだ。木箱を叩き割るしかない。
「とにかく先生を救出して指示を仰ぐ」
 ラームは状況を説明すると再び箱に近づいた。
 文書の下には四方の脚で支えられた水平の格子にいくつもの柄が刺さっているのが見えた。ナタを手に取ったアルンが長身をかがめ、箱を覗き込む。
「先生。破片でお怪我をなさると困るので目をつぶっていていただけますか」

 そこから後のことをシュルティは閃光のように見た。
 アルンがナタを落としもっと長い物を格子から引き出すと木箱の丸い穴に一気に突き刺す。
 ラームの脇を過ぎて扉に向かう。小さな赤いランプ、建物内のものと同じキープレートにカードキーをかざせば光は緑色に変わる。
 生臭い匂い。鼻腔の奥に少しずつ、少しずつ広がる。
 重い音を立てアルンはドアを押し開く。
 外は黒い。
 とチャンダが肩からぶつかり押し除け先にドアを抜ける。

『Warning! Warning! Out of rules!』

 聞き覚えのあるアナウンスが耳の中のイヤホンから頭に響き出す。
 すぐドア外でチャンダが崩れ落ちる。

『条件を満たさない者が外に出てはなりません』

 鳴り響く中アルンはひょこりとドアを出て倒れ動かないチャンダを跨ぐ。

『Warning! Warning! Out of rules!』

 がなり続けるアナウンス。
 今度はアルンが倒れチャンダと折り重なる。

『Warning! Warning! Out of rules!』
「オイ……」
 ラームが手を伸ばし扉に向かい足を止める。

『他人に暴力を振るってはいけません。当ゲームの基本ルールです。繰り返します。「人狼」の指定時間の「仕事」を除きプレイヤーは一切他者に暴力をふるい、負傷・殺害することが許されていません。2番に対しこのルール違反により退場処理を下しました』

 いや、だって。頭の中釈然としない靄が浮かぶ。
 何で? だったら先生はー

「罠だ」
 振り向くラームの顔に落ちる陰。
 こぼれ落ちたその言葉を聞いた途端閃光の連続が終わりシュルティは暗い庭の現実に戻ってきた。
 考えたくもないほどの酷い現実に。

「私、戻る!」
 とっさに叫ぶとへたり込んでいた土の上から笑う膝を騙しつつ立ち上がり何度か滑りながらも元来た方へ走り出す。
 切り札の権利は1時間。まだそれほど経っていないから部屋へ戻れるはずだ。

 驚いてシュルティを見るサントーシュの横を過ぎドアノブをがたつかせるが動かない。
 そうだ鍵だ、と蕾のような形の灯りの下、銀色のキープレートにポケットから取り出したキーを当てる。赤ランプのままだ。
 トン!
 肩が叩かれる。
「戻るんならイヤホンと時計を返せって言ってるよ」
 サントーシュだ。確かに耳の中で、

『建物内に入る場合はリストウォッチとイヤホンを元の箱に戻してください』

 冷たい女の声が繰り返す。

「どうしたの?」
「駄目。逃げらんない」
 サントーシュに返し時計もイヤホンも箱の中に投げ捨てる。
 キーを当てれば今度はランプがグリーンに変わった。
 バンッ!
 ドアを開け広間を駆け抜け渡り廊下を走りシュルティは一目散に元いた部屋へ急いだ。女子棟右手奥9号室が自分たちの部屋のはずだ。
 キープレートのランプは緑に、シュルティは無事自分のベッドにたどり着いた。
「……」
 ショールを巻いたまま布団の下で体を丸め震えながら同室者たちが戻るのを待った。
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