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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)
2ー9 昼から夜へ
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午後は広間にて数学の勉強会が勃発した。
ダウドがスティーブンに、
「数学のノート、取り返した。使ってくれ」
と渡したのだ。
「切り札を使った。オレのは『私物回収』って奴だ」
一回だけ、希望した品一点だけを手にすることが出来るという。
書くものに不自由していたのでペンケースを希望したが一点だけだと拒否され、ならばとボールペン一本を指定しても
『それは許可出来る品物ではありません』
とチャットで拒否される。三度目に数学のノートを希望してやっと了承された。
玄関横のロッカーでの受け渡しも説明し、スティーブンたちは小部屋を見に行った。他の設備類とは似合わず骨董めいて古めかしい木製の棚に番号のシールと真新しいナンバー鍵が付いている。
「同じ切り札は五人いるって書いてあったが」
言えばマリアとナイナが名乗り出た。
マリアは十字架のペンダント、ナイナは如何にも彼女らしく婚約者の写真を「回収」したという。彼女は先に、
「そちらの方が写真いっぱい入ってるもの」
とスマホの回収を希望したがダウド同様、許可出来る品物ではないと断られた。
自分たちの荷物が処分されず保管されていることは皆に少しばかりの安心をもたらした。
「ぼくのカメラとスマホもあるんだ……」
サントーシュがつぶやく。
少なくとも自分たちのうちゲームの勝者、または彼らのお眼鏡にかなった者は家に返す気があるのだとスティーブンは踏んだ。
「無難な切り札で助かったぜ……」
1日目脱出権組と比べてのことだろう、息を吐くダウドを横にテーブルにノートを広げ、集まった人間が解法を議論しだした。
元々校外学習を最後の息抜きに試験勉強へ向かう意識の学生は多かったから、自然な流れだ。スティーブンとアッバースは先生役に、幾何が得意なアディティも呼んで加わった。
夕食時、ノンベジ食堂は何事もなく過ぎた。
変わったことといえばルチアーノがチャパティ焼き担当から野菜の皮剥きへ移動したことだ。(力仕事のチャパティのタネ作りは引き続きだ)
施設イベントでは買い出し担当なので大量に作る時の目安がわかる、とスティーブンからダンボールのありかを教わってナイフで切り込んだリストを女子に出したが、施設寄付者への歓待パーティーは三十から五十人と多く、女子が家庭で作る十人以下との中間が今の食堂利用人数だ。
量の多さに苦戦する女子の役には立たなかったが、その過程でイベントでは皮剥きもやると漏らしたことから本格的な調理要員に採用された。
スティーブンも母の仕事が忙しい時にチャパティを焼くと話して台所に引き込まれそうになったが、
「母さんだから許してくれる出来。皆には出せないレベル」
と丁重に辞退した。
納品直前になれば目を血走らせて仕事部屋に籠る母にチャパティを焼いてカレーを温める程度しか出来ないが、行けば微笑んでくれる母の顔を思い出しまた目頭が熱くなる。
一方ベジタリアン食堂では昼食時にも男女で衝突が起こり、ナイナとミナが男子に皿を投げつけ警告の薬注入を受けた。
夕食時にはとうとう男子にはレトルトの湯煎注文だけを取り、彼女らが作ったダルとベイガンバルタを女子内で山分けして再度もめた。
『てめえらだけあったかいもん喰うってなんだよ!』
『それで嫁に行くつもりか!』
『あんたのところに行くんじゃないから』
『レトルトも温かいけど、舌大丈夫? あなたたちと違ってあの人は味がわかるから心配ないし』
髪をかきあげ、それはもう愛らしい笑顔でナイナが煽った。
「また警告受けたらまずいから間に入って止めたけど……ああもう!」
ナラヤンは頭を抱える。
「そっちで調理しているのってまさかナイナとミナだけ?」
亡くなった中にベジの女子が多かった気がする。
「後はコマラ。その三人だけ」
コマラはいさかいには加わらず皿が飛び交った時には恐ろしそうに首をすくめていた、とナラヤンは同情的だ。
「三人じゃきついだろうね」
ラジューがチャイ作りと配膳を担当しているとはいえその人数でのキッチンはかなりの負担だろう。何とかならないだろうか。
「出来上がった?」
「ああ」
覗き込むアッバースにダンボールを見せる。
「読めねえ」
「ナイフだとどうしても曲線が上手くいかないから……。皆が申告した配役のリストに、わかっている切り札も書いた」
これから始まる会議とやらのための準備だ。
回して見てもらおうと思ったがこれでは駄目か。
「陣営で言えば村人のみ。キランの『象使い』だけが例外だ」
あり得ない。誰かが、少なくとも何人かの「人狼」が嘘を吐いている。そう声をひそめれば、
「人狼は皆亡くなってしまったから、ってことはないのか?」
「それならゲームは終わっている。ルールに則れば」
アッバースに返す。
「特別な役割のないただの村人に扮している可能性が高いだろうね」
「俺は違うぞ!」
「僕だってそうだ」
役ありのナラヤンはそれに頷きつつ、
「この後の会議ではその隠れた人狼を探すことになるのか」
リストを見ながら問う。
「奴らのやる事なす事至るところに罠が仕掛けられている。一筋縄でいかないのは確かだ」
気を引き締めた時、
『会議開始の十五分前になりました。ただ今より会議室を開場します。プレイヤーは22時までに会議室内各自の番号で指示された席に着いてください。時間になると会議室は再度封鎖され室外のプレイヤーは重大なルール違反として退場処理されます。なお本日は会議初日のため警告していますが明日以降注意はありません。繰り返しますー』
ぽわん。
今までランプが点っていなかった会議室のキープレート四隅に小さな赤いランプが点いた。
スティーブンはダンボールを小脇に抱え立ち上がった。
〈注〉
・ベイガンバルタ 水分少なめの茄子のカレー
ダウドがスティーブンに、
「数学のノート、取り返した。使ってくれ」
と渡したのだ。
「切り札を使った。オレのは『私物回収』って奴だ」
一回だけ、希望した品一点だけを手にすることが出来るという。
書くものに不自由していたのでペンケースを希望したが一点だけだと拒否され、ならばとボールペン一本を指定しても
『それは許可出来る品物ではありません』
とチャットで拒否される。三度目に数学のノートを希望してやっと了承された。
玄関横のロッカーでの受け渡しも説明し、スティーブンたちは小部屋を見に行った。他の設備類とは似合わず骨董めいて古めかしい木製の棚に番号のシールと真新しいナンバー鍵が付いている。
「同じ切り札は五人いるって書いてあったが」
言えばマリアとナイナが名乗り出た。
マリアは十字架のペンダント、ナイナは如何にも彼女らしく婚約者の写真を「回収」したという。彼女は先に、
「そちらの方が写真いっぱい入ってるもの」
とスマホの回収を希望したがダウド同様、許可出来る品物ではないと断られた。
自分たちの荷物が処分されず保管されていることは皆に少しばかりの安心をもたらした。
「ぼくのカメラとスマホもあるんだ……」
サントーシュがつぶやく。
少なくとも自分たちのうちゲームの勝者、または彼らのお眼鏡にかなった者は家に返す気があるのだとスティーブンは踏んだ。
「無難な切り札で助かったぜ……」
1日目脱出権組と比べてのことだろう、息を吐くダウドを横にテーブルにノートを広げ、集まった人間が解法を議論しだした。
元々校外学習を最後の息抜きに試験勉強へ向かう意識の学生は多かったから、自然な流れだ。スティーブンとアッバースは先生役に、幾何が得意なアディティも呼んで加わった。
夕食時、ノンベジ食堂は何事もなく過ぎた。
変わったことといえばルチアーノがチャパティ焼き担当から野菜の皮剥きへ移動したことだ。(力仕事のチャパティのタネ作りは引き続きだ)
施設イベントでは買い出し担当なので大量に作る時の目安がわかる、とスティーブンからダンボールのありかを教わってナイフで切り込んだリストを女子に出したが、施設寄付者への歓待パーティーは三十から五十人と多く、女子が家庭で作る十人以下との中間が今の食堂利用人数だ。
量の多さに苦戦する女子の役には立たなかったが、その過程でイベントでは皮剥きもやると漏らしたことから本格的な調理要員に採用された。
スティーブンも母の仕事が忙しい時にチャパティを焼くと話して台所に引き込まれそうになったが、
「母さんだから許してくれる出来。皆には出せないレベル」
と丁重に辞退した。
納品直前になれば目を血走らせて仕事部屋に籠る母にチャパティを焼いてカレーを温める程度しか出来ないが、行けば微笑んでくれる母の顔を思い出しまた目頭が熱くなる。
一方ベジタリアン食堂では昼食時にも男女で衝突が起こり、ナイナとミナが男子に皿を投げつけ警告の薬注入を受けた。
夕食時にはとうとう男子にはレトルトの湯煎注文だけを取り、彼女らが作ったダルとベイガンバルタを女子内で山分けして再度もめた。
『てめえらだけあったかいもん喰うってなんだよ!』
『それで嫁に行くつもりか!』
『あんたのところに行くんじゃないから』
『レトルトも温かいけど、舌大丈夫? あなたたちと違ってあの人は味がわかるから心配ないし』
髪をかきあげ、それはもう愛らしい笑顔でナイナが煽った。
「また警告受けたらまずいから間に入って止めたけど……ああもう!」
ナラヤンは頭を抱える。
「そっちで調理しているのってまさかナイナとミナだけ?」
亡くなった中にベジの女子が多かった気がする。
「後はコマラ。その三人だけ」
コマラはいさかいには加わらず皿が飛び交った時には恐ろしそうに首をすくめていた、とナラヤンは同情的だ。
「三人じゃきついだろうね」
ラジューがチャイ作りと配膳を担当しているとはいえその人数でのキッチンはかなりの負担だろう。何とかならないだろうか。
「出来上がった?」
「ああ」
覗き込むアッバースにダンボールを見せる。
「読めねえ」
「ナイフだとどうしても曲線が上手くいかないから……。皆が申告した配役のリストに、わかっている切り札も書いた」
これから始まる会議とやらのための準備だ。
回して見てもらおうと思ったがこれでは駄目か。
「陣営で言えば村人のみ。キランの『象使い』だけが例外だ」
あり得ない。誰かが、少なくとも何人かの「人狼」が嘘を吐いている。そう声をひそめれば、
「人狼は皆亡くなってしまったから、ってことはないのか?」
「それならゲームは終わっている。ルールに則れば」
アッバースに返す。
「特別な役割のないただの村人に扮している可能性が高いだろうね」
「俺は違うぞ!」
「僕だってそうだ」
役ありのナラヤンはそれに頷きつつ、
「この後の会議ではその隠れた人狼を探すことになるのか」
リストを見ながら問う。
「奴らのやる事なす事至るところに罠が仕掛けられている。一筋縄でいかないのは確かだ」
気を引き締めた時、
『会議開始の十五分前になりました。ただ今より会議室を開場します。プレイヤーは22時までに会議室内各自の番号で指示された席に着いてください。時間になると会議室は再度封鎖され室外のプレイヤーは重大なルール違反として退場処理されます。なお本日は会議初日のため警告していますが明日以降注意はありません。繰り返しますー』
ぽわん。
今までランプが点っていなかった会議室のキープレート四隅に小さな赤いランプが点いた。
スティーブンはダンボールを小脇に抱え立ち上がった。
〈注〉
・ベイガンバルタ 水分少なめの茄子のカレー
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