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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)

2ー11 2日目会議ー初回 上

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『時間になりました。プレイヤーは座席の足置きに足を乗せてください』
 22時。会議室にアナウンスが流れると同時に、
 ガシャッ!
「んきゃあっ!」
「うわっ?!」
 白地に縦一本青ラインが入った清潔感あるリクライニングチェア。
 灰色の足置きの裏から出てきたカフスが両足首を拘束した。

「嫌あああああっ!」
 叫んでいるのはシュルティか。
『13番、18番、27番、38番。足を乗せ直してください』

「うおーーーっ!」
 反射的に椅子から飛び降りて走った18番のヴィノードに、
「戻って! 従おう!」
「早くしろ!」
 スティーブンとアッバースが叫ぶ。
 渋々戻った彼を含め一度目は失敗した人間に、
 ガチャッ! ガチャン!
 次々と足枷が嵌められた。
 悲鳴をあげる女子、逃げようとしてか半身椅子から滑り落ち周り手助けされて姿勢を直す男子ー惨状を無視してアナウンスは続く。
『30分後、手元のタブレットが「投票モード」になったらプレイヤーの中で人狼だと思う1人に投票することになります』
 やり方は別途説明すると告げた後、
『その結果で今夜の処刑者が決まります。それら就寝前全ての義務が終われば足の拘束が解かれます。それでは会議を開始してください。なお会議の内容は自由です』
 アナウンスは切れた。

 緊張から一転、室内には足の拘束による動揺が残る。
 右肘掛けの先端にテンキーとタブレットの乗った板が続いている。タブレット画面の上方には「会議モード」と四角で囲んだ灰色の文字が写り、残り時間を示すタイマーの「29:05」に「ルールブック」「配役表」といくつか書類アイコンが見える。

 会議室は広間以上に明るい印象だった。
 腰までの木板はなく壁は全て白いペンキ塗り、天井は一般的な部屋程度の低さで照明もぶら下がりではなく多数、床は薄いピンク色で90センチ大と大きめのタイルカーペットが敷かれていた。
 外からは広く見える会議室だが四方に配置された白いテーブル、いや猫足の金属製支柱の上に白い板を渡したものでほとんどいっぱいになっていた。
 一面が10人、広間からドアを入って奥左1番から時計回りで席が指定されていた。チェアの首元のシールと座席前のテーブルに立った支柱上の円の中に首輪番号が書かれている。
 17番のスティーブンはドアから入って右角を曲がって四人目の席で16番のアッバースは奥側の隣だ。
 向かいは女子の9号室、昨夜1日目脱出権があった部屋で空席の間にシュルティが青い顔で座っていた。伏せがちだが一応視線はしっかりしている。

「彼らは狡猾に罠に嵌めようとする。これ以上の犠牲は出さないためにルールは厳格にかつ注意深く守ってほしい」
 スティーブンは口火を切った。例としてと、
「何度も話したくないだろう。シュルティ、一度でいい」
 と依頼した。事前に話は付けてある。
 時々詰まり、回りの女子の助けを借りつつシュルティは昨夜の出来事を話し終えた。その後をサントーシュに頼めばもう何度目かになるだろう話を彼は感情を交えないよう気を付けーとスティーブンには思えたー語った。

「今の話なら、切り札の権利で時間外に外に出ることは許可されていたが、他者への暴力については言及がなかった。ラームが指摘したそうだけどこれが罠だ」
 先生を刺したアルンの嵌ったものだ。
 女子からは「先生」とすすり泣きが漏れ、
「ンなの無茶苦茶じゃねえか。意味あるのかよ」
「腹立つよなあ」
 文句を言ったのはヴィノードとイジャイ。
「生き延びるためだ」
 無茶苦茶なのは僕も思うと付け加える。

 投票とは何なのだろう。本当に多数決で選ばれた1人を殺すのか?
(彼らならやるだろう)
 暗い予感は口には出さない。
「そこで考えたいのがハルジートの死因だ。彼だけは殺され方が違った」
 首に縄のような跡が残り、顔が赤黒く変色し膨張気味だった。
 彼らなら首輪からの針で殺害する。そうではないとしたら、
「まず強盗の類。または、この建物に無断で住み込んでいた住人と鉢合わせしたとかかな?」
 1日目脱出権を行使したふたりの証言で敷地がそれなりに広く木々に囲まれていることがわかった。町中の可能性は低い。
 人里から少し離れた場所に昨日のゲーム開始まで夜は放置された館があれば、貧しい人々が住み着いていても不思議ではない。また、目立たない場所にぽつんと明かりが灯っていたなら流しの強盗には格好の襲撃場所だ。
「それか『人狼』役が『義務』を果たしたのか。意見を聞かせてほしい」

「この中にいる人間が殺したなんてあり得ないと思う」
 ナラヤンが言えば同様の意見が次々と飛び出た。
「だよな」
 アッバースも同意する。
(そうだろうか)
 スティーブン自身も例え死ねと脅されてもクラスメートを殺せないと思うが、
(アルンは先生を殺した)
「そう考えるのも罠なんじゃない?」
 ナイナが左右を見、それからスティーブンに顔を向けた。
「首輪の針で殺すのが悪い人たち、と思い込ませて実際には夜にここに忍び込んで……人殺しをするの」
 話しながら肩をすくめる。自分で話して怖くなったようだ。
「私達夜は部屋の外に出られない。彼らは監禁している当事者だから鍵も持ってて自由に出入り出来る。そこで事を起こして私達の間で疑い合うようにし向けたんじゃないの?」
「一理ある。彼らが僕たちに正直だなんて思えないからね」

「ドアはどうだったの」
 カマリの高めの声が響いた。
 昨夜シャンティを止めに出たパドミニもガヤトリも外出禁止時間だが普通に中からドアを開けられた。そもそも各部屋内側にはキープレートがない。
「だけど戻った時は? 鍵は必要だった?」
「昼間と同じようにキープレートで解除してから入ったよ」
 サントーシュが言えばシュルティも頷く。
「私慌てててプレートじゃない壁にキーを叩きつけちゃって。最初ドアを開けようとしても開かなかったの。焦って、もう一度今度はキープレートにぶつけるようにしたら入れたから、それは確かだよ」
「外からは鍵を使わないと部屋に入れない。なら強盗や忍び込み住人とかの可能性はなくなるでしょ?」
 胸元で×を描く。
「何でだよ。女はともかく男ならあんなドア蹴り倒して入れるだろ」
 ヴィノードが文句を付けるのに、
「それはOut of rulesでしょ」
「部屋のドアには不審な傷はなかったよ」
 アディティとナラヤンが反論する。

「今朝はキーなしで入れたんだよね?」
 ナイナの問いにスティーブンがああと返せば、
「ハルジートの部屋のキーが最初から壊れていたってことはないの?」
 可能性を指摘する。
「……少なくともディーパックが行き来していた時はキーをかざさないと入れなかったぞ」
 ダウドが昨夜の部屋替えの前あたりのことを指摘する。ナイナは不服そうだ。
「その後壊れた可能性もあるし、キーを持っている人間が侵入した可能性もある。サントーシュ? 昨日戻った時2号室のドアやキープレートがどうだったか覚えている?」
「少なくとも開いてはなかったよ。何も記憶にないから変な目立つことはなかったと思う。うーん、キープレートにランプが点いていたかは全然わからない」
 サントーシュの1号室のドアは2号室とは向かい合わせだがただ首を傾げた。

「ここで確認したいんだけど、今朝僕は5時25分頃に広間に出た」
 ナラヤンとラジューが一緒だった。
「それより前に広間に入った人はいる?」
 反応がない。
「それから、昨日の夜広間で吐いた人は?」
 ミナが名乗り出たがよく聞けば今朝の中央窓の外を見てだと言う。
「それは違うな。……実は今朝、広間の絨毯の外、時計側に吐瀉物が残っていた」
 部屋はしんと静まり返る。
「オイそういうことは隠すなよ! 汚ねえだろうがっ!」
「ラジューにすぐ綺麗にしてもらったよ」
 問題ないとヴィノードに返す。
「お前らにはわからねえよ!」
「……そうだね。次から気を付ける。ただ悪いんだけど、広間は今朝何人か戻していて僕も全部の場所は把握していないよ」
 キリスト教徒にはヒンドゥーの穢れを避けることの大切さがわかっていないと言いたかったのだろう。
「ああっ?!」
「あの、わたしは掃除したので全部わかりますから」
 後で聞いてくれとラジューが申し出た。ありがたい助けだ。
 昨夜外から戻ったサントーシュとシュルティも吐瀉物に気付かなかったことも確認した。渡り廊下は玄関側手前にあり奥の時計側のことはわからなくて当然だ。

「それ恐くない?」
 アディティは早くも気付いた。
「そうだ。僕は昨日の夜10時45分ちょっとまで広間を見回った。その時にはもう誰もいなかった」
 正確には、火葬室前にラーフルが残っていたのだが奥までは見に行かなかった。
 悔しさは胸に隠してスティーブンは続ける。
 ラーフルが友人を火葬室に送って最短距離で男子棟に走ったなら、この会議室外周を沿って渡り廊下へ向かうルートを取る。
「わずかな時間に男子棟の渡り廊下中間くらいには来ていたんだから、時計側に回り道はしていないと判断していい」
 ということは、
「正体不明の人間が夜中の広間にいたということになる」
「……」
「そいつがハルジートを殺した可能性は高い。ところで吐瀉物の中身はどんなだった?」
 一緒に見たナラヤンとラジューに投げたがふたりともわからないと答える。
 掃除したラジューも同じ答えなのは意外だった。
「グリンピース」
 記憶を引き出して語る。
「それらしきものが見えた。ノンベジ食堂では昨夜グリンピースは使わなかったと思うけどどう?」
 聞けば女子が次々と肯定する。
「なら私達ベジが殺したとでもいうの!」
「そうは言っていない。昨日夕食にグリンピースは使った?」
 気色ばむナイナを押し切る。彼女はコマラ、ミナと顔を合わせ、
「野菜のカレーに使った」
 コマラが小さく答えた。

「ならあの吐き跡はベジ食堂の使用者、または僕たち以外の侵入者のものとなる」
「昨日の朝にグリンピース食った奴もいるんじゃないの? 家でさ」
 イジャイが投げる。可能性はある、決め手にはならないねと頷くが、
(12時以降なら朝食から十数時間。胃に残っている可能性は少ない)
 が昼は抜けているしあり得ないとは言えない。
 人を殺したか、この後「処刑」しろと指すのかの問題で不確実なこと主張するのは危険だ。
(それに僕達の間で「敵」は作らない方がいい)
 スティーブンの首元には嫌な予感がひたひた迫る。
 それを防ぎクラスの団結を維持する必要がある。

「記録するから念のため手挙げてもらえるかな? ベジ食堂を使っている人」
 テーブルに這うほど腰を曲げて手を伸ばし、足を拘束されるとは思わずテーブル奥に置いてしまったダンボールのリストを掴む。
 姿勢を変えれば枷が足組に当たって冷たく痛い。
 壁の時計とタブレット表示で会議の時間がもう半分以上過ぎてしまったことにも焦る。
「サントーシュ、バーラム、ナラヤン、スレーシュ、バドリ、イジャイ、ナイナ、コマラ、ミナ、それにラジュー」
 そしてダンボールを振って見せる。
「これは皆から聞いた配役と、人によっては切り札も書いてあるリストだ。間違っていると困るから読み上げるよ」
 誰からも訂正が入らないのを確認してから、
「ナイフの字は読みにくいから僕と同じ役のない村人はVってメモしてある」
 隣のアッバースから反時計回りに回すよう手渡した。

「わかりにくそうなところを説明する。最初にラジューの村人に?が付いている理由は、」
「彼、英語読めないんだ。だから五分が過ぎてから話して、部屋の配役表を見せて村人のアイコンが出たってことがわかったんだ」
 スレーシュが後を引き取る。
「本当か? 適当に言ったんじゃねえのか」
「君だって確認しているところは見ただろう」
 同室のヴィノードに苦言する。
「それと、8文字でした!」
 数えたんですと勢い良く挙手したラジューが付け加える。
「8文字……W・O・W・E・W・O・L・F。人狼じゃないか」
 バーラムが指を折る。
「あの子人狼?」
「使用人じゃわからないよね」
 女子からざわめきが広がる。
「違いますっ! 本当にわたしは……」
 半泣き顔のラジュー。
「待てよ! VILLAGERも8文字だぞ」
 アッバースが告げ、
「ELEPHANTも8文字だけど」
 カマリが駄目押しをした。スレーシュが隣から、
「英語だと人狼も村人も象も全部8文字なんだ。だからそれは証拠にならないけどアイコン、つまりイラストがー」
 とラジューに説明している。

 雰囲気が落ち着いたのを見計らって頼む。
「次にカマリ。『何か変なの』を説明してもらえる?」
「ええ」
 昨夜パソコン前から離れた後、パドミニが役は何だったかと聞いた。シャンティは村人だとすぐに答えたが聞いた本人は、
『いいなあ。あたし何か変なのが出た』
 とそれ以上は言わず、続けてガヤトリが、
『私も「何か変なの」』
 と答えた。

「実際にはパドミニは『兄弟』だったことがイジャイからわかっている」
 イジャイのPCに配役が、

『兄弟 パートナー:29』

 と出た。
「ひでえよな。ま、でもオレも何か訳わかんないこと言うんじゃねえとは思った」
 イジャイがぽつんと言う。

「リストを見てもらえばわかるんだけど、村人の役では『タントラ』が出ていない。ガヤトリがそうだったのかもしれない」
「その時、私も『何か変なの』だったって答えたんだよね。実際、あなたは武士です一晩に1人守れますだの言われたって意味不明だし。スティーブンが言うようにタントラだったなら納得出来る」
 カマリが返した。
 同様に外で死んだチャンダも「兄弟」だったのはパートナーのアディティの申告からわかっている。

「このリストにはキランの『象使い』を除いて村人陣営しかいない」
 小さく息を吸って、
「残念だけどそれはあり得ない。事実でない申告がある。特に、人狼がひとりもいないってことはないだろう」
 スティーブンは静かに述べた。
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