リアル人狼ゲーム in India〈リターン&リベンジ!〉

大友有無那

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第3章 仲間ではいられない(3日目)

3ー6 怒涛

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「どこがだい?」
 振り向いたスティーブンは心底不思議そうな顔だった。
「昨日の会議で名前を読み上げる時ラジューだけ後回しにしただろ?」
「それは学生とは別だしー」
「君はチャパティが焼けると言ったね。上手くないと台所に入るのを断った。だけど女子はどうだ? 皆が皆得意ではないのはわかるだろう? 当たり前だ、あれはたくさん焼かなきゃ上手くならない。家にお母さんがいればそこまではやらない人だっているだろう? 俺は施設でー」
 大口の寄付をしてくれる篤志家を招いてのイベントで収容者たちが料理をするのは、躾をきちんとしていますというショーケースでもある。実際女子は夕食の当番として料理を習う。
 寄付者に見限られたら施設運営は厳しくなる。
 ルチアーノはあくまで手伝いだが、下手なものを出せば死活問題だ。
 イベントには何人もの記者を招待、わずかな人間が顔を出し、記事にしてくれるのはまた減って二年に一度くらいだ。そして載ったなら子どもたちは握らされた小銭を持って町中へ新聞を買いに走る。
 小さい時それが楽しみだったのを覚えている。

「結婚話が出た時、ちゃんと料理も出来ますって記事を見せられるんだ」
 篤志家の面々は地元の名士でもあるのでそこからも評判は流れる。
 乱暴者の男の子は小さい時でも男子が面倒を見るが、小心者のルチアーノは女子に世話をしてもらって育ち、
「世話になったお姉さんたちがいい人に縁付けますように、って必死で練習したよ」
 紙で練習しようと火をつけ施設の先生に激怒されたのは遠い思い出だ。
「でもすぐには上手くならない。その間は辛い」
 他の聖歌隊員みたいに声が響かない。喉が開かない。一曲一曲何度も歌って、それでも子どもの時から歌っている人たちとは差が大きく毎日曜日に泣きたい思いになる。
 それと同じでチャパティにしてもカレー作りにしても得意でない女子には辛い時間だろう。
「それでも誰かが食事の支度をしなきゃならないから、頑張ってる」
「ノンベジは人数いるから。慣れてない男子が入る必要はない」
 カマリが言う。
 構うものか。こうなったら止まらない。

「君は遺体を運ばない。ラジューだけでは手が足りない時も『親友』たちに押し付ける」
 小さく目を見開くのが見えた。
「こいつはリーダーだ。動いちまったら指示が出せないだろうが」
「スティーブンは俺がぽっかり口開けてどうしていいのかわからなくなっちまってる時でも、先のことを考えて回りを見ている。それくらい何だってんだ!」
 ナラヤンとアッバースがかばう。
「リーダーには脈を取る時間もないのか?」
 スティーブンの顔から本格的に色が消えた。
 相手はクラス不動のトップ、手加減したら負ける。ルチアーノは続けて切り込んだ。

 昨夜の「処刑」でバドリが崩れ落ちた時、アッバースとふたり駆け寄ったがスティーブンは手を出そうとはしなかった。
「最初に……ラケーシュとガーラブが殺された時も君はそばにいたけど、生死を確かめたのはナラヤンだった。数秒前まで生きていたクラスメートにも君は手を出さない」
 そして人にやらせる。
「施設の人間だっていうと初めのうちほとんどの人間は戸惑う。それが皆の優しさだってことは知ってる。ただ、いっつもそれだとちょっと面倒ってだけ」
 肩をすくめる。この学校に来るような人間は施設育ちとは縁がないことも大きいだろう。
「スティーブンは最初から普通に接してくれた。正直助かったよ。だけどそれは俺が『生徒』だからだ。学校近くの製本工場でバイトしてるけど、もしそこに家の用事でやってきたとしたら」
 スティーブンの家は本屋をやっていると聞く。
「俺のことなんか見もしないだろうね」
 ラジューは「違う」から。気にしない。
 自分は友人たちとは「違う」から、押し付ける。
「それで人の『差別』を注意するの。どの面してー」
 言葉を止めたのはスティーブンの頬に涙が流れているのが見えたからだった。
 続いて、
「っっ……ひっ……く……」
 このところ聞いたどの女子の泣き声よりも弱々しいすすり泣きが漏れた。

 失敗した。
 飲み込みきれない泣き声が漏れ続けるのを聞きながらルチアーノは悟った。
 我がクラス不動のトップの秀才。頼りになり、いるだけで教室が明るくなる太陽のような男。
 監禁されても変わらないように見えた。そのはずもない。
 動揺し、混乱してそして恐怖と不安に押しつぶされているのは彼も同じだ。それを抑えて、
(俺たちのために必死で動いてくれていた)
 ギリギリに膨らんでいた風船に自分が針を刺したー


「お前に意見があるのはわかった。だがこんな時に、皆の前で責めることはないだろう?! ちっとはTPOってものを考えろ!」
 アッバースの怒鳴り声が上から降ってくる。
「こっちの話に口を出すな」
 ナラヤンが何を言っているのかわかった。
「ああそうだな。だけどそっくりそっちにお返しするよ。スティーブンは俺と同じカトリックだ。こっちでは神様はひとりひとりを分けへだてなく愛してくださっている。神様の下に人は全て平等なんだ。だよねマリア?」
「うん」
 彼女は遠慮がちに頷く。
「スティーブンはインドの文化を理解しているだけだ。なー」
 とアッバースを見上げたナラヤンが息を呑む。
 奇妙な笑みを浮かべたアッバースは、
「家は靴屋だからな。色々言われることもある」
 伏せがちに言った。
「だってお前の家スニーカー屋じゃないか!」
「サンダルも少し置いてる。歩いている途中で底が剥がれちまった女の人とか、遠くへ行けない近所のじいさんとかが買ってくれる。よかった! ってお客さんが笑顔になるから俺は家の商売が好きなんだ」
 と言葉を止めてルチアーノを見据え、
「スティーブンが家の稼業を見下したことは一度もない!」
 親の敵のようにルチアーノをにらむ。

「最低!」
「難癖じゃないの?」
「スティーブンをいじめてる!」
 女子からの非難の声。
「いいから!」
 本人が腕で制した。椅子に寄りかかったまま、
「ルチアーノ。君が言ったのは『軽いこと』ではないように思う。時間をくれ」
「……わかった」
 いつも必ず顔を見て話すスティーブンがこちらを見なかった。首を曲げこちら方向にぼんやり顔を向けただけだ。
(やってしまった)
 スティーブンを追い詰めてしまった、だけではない。
 強制されている「ゲーム」は大きく感情に左右される。ヴィノードが昨日自分やマリアとそれなりの票を集めてしまったように、今度は自分が票を集めやすくなった。

 皆の視線が突き刺さる。
 アッバースに腕ではらわれルチアーノは足早に男子棟方面へ逃げた。
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