上 下
66 / 86
第4章 いつまで耐えねばならないのか(4日目)

4ー3 もう限界だ1

しおりを挟む
「こんなことなら今夜票を集めて処刑されたい!」
 バーラムの悲嘆に周りは目を見開く。
「いやおれは人殺しの人狼野郎じゃないが、それでも耐えきれない」
 広間の椅子に座る彼の目尻に涙が滲んでいるのにルチアーノはぎょっとした。

 騒動は、バーラムが今日から自分の食べられるものを料理をする! と宣言したところから始まった。ナイナに連れられ広間のテーブルに集まった女子たちが次々と詰める。
「料理したことは」
「ない」
「包丁を使ったことは?」
「ない」
「チャイ入れるとか鍋でお湯を沸かしたことある?」
「ない」
「コンロに火を点けたことはー」
「やり方ぐらい知っている。母さんのを見ている」
「…………」

「無謀だと思う」
 小さな沈黙の後ぽつんとシャキーラが言った。回りも次々と頷く。
「ひとり分だけでもいいんだ」
 より声が切実になるが、
「そういうところ」
 ナイナは胸を張り、
「ひとり分はかえって難しいよ」
 シュルティは心配そうにバーラムを覗き込む。隣のニルマラが続けて、
「例えば玉ねぎを四分の三、」
「おれは玉ねぎは食わない」
「なら人参ー」
「人参もだ。我々は根菜は食べない」
「……」
 だから例えだって言ってるでしょ! とナイナが愛らしい声でかんしゃくを落とす。
 ここはルチアーノにもわかる。調理にはまとまった程良い量というものがある。ベジ・ノンベジどちらのキッチンでも女子が苦労していたのは普段作る量との差だ。
 バーラムは、
「おれは自分のダルマのために君たちからチャパティだけをもらった。そこは感謝している」
 ジャイナ教徒の制限のため拒否したのであって味に文句をつけた他のベジタリアン男子とは違うということだろう。
「だがもう限界だ!」
 吐き出して唸る。
「5食連続でレトルト食べてみろ! 食ったことあるか?」

(罪を犯したことのない者がこの女に石を投げろってか)
 ノンベジでは女子が苦闘の末でも皆に食事を出してくれるのでルチアーノはレトルトを食べていない。屋台のスナックの数倍以上の値段でそこそこ高級品との認識だがおいしくないのだろうか。それとも、
『誰にとってもお母さんのごはんが一番!』
 だからなのか。

 その人のためだけにに作った「特別な」料理。
 施設や寮の食堂で食べて育った自分にはわからない。大人たちに言うといつもなだめられる。
『結婚したらお嫁さんが作ってくれるのがあなたの特別な料理になる』
 希望を持てというが別のカテゴリーの話ではとルチアーノには疑問だ。
 それでもその「特別な一品」、家庭料理を知らずにここで殺されるのは嫌だ。スティーブンの死に責任があろうとなかろうと生きて外の世界に戻る。でなければスティーブンの最期を語り伝えることも出来ない。丁度その時、
「スティーブンは死んだのに私たちこんなことやってるんだ」
 ニルマラがぼそりとこぼし、
「あいつがもう食えなくなったメシをおれたちは食う。それが生きているってことだろ」
 バーラムも苦しげに吐いた。ルチアーノにもきつく現実がのしかかる。クラスの太陽が沈んだ後も生きている自分に憎しみは向かうー


 広間から入ったノンベジの台所ではアディティとアッバースだけが朝食の準備に動いていた。
「入れるなら入ってくれ」
 固く言うアッバースに頷きアディティへ聞いてまずじゃがいもの皮剥きに向かう。
「ベジの方で少しもめてる。バーラムと女子が」
「バーラム?」
 首を傾げながらアッバースがちょっと抜けると出ていく。だからその後の話は仲裁に入った彼から聞いた。


 バーラムは自分が食べられる一品を作りシェアすると主張した。他の男子も確かに女子に文句をつけたことは悪いがレトルト続きはもたないと訴える。
 包丁も握ったことがない者には非現実的だとアッバースは諭した。一方ナイナはベジタリアンの人数が減り家で作っているのと変わらなくなったのでもう失敗はしないと訴える。ベジタリアン食堂の利用者は今朝6人になった。
 ひとりで調理をするのにバーラムの面倒を見る暇はない。主菜と副菜それぞれ一から二品は全員分作れる。その中の少なくとも一品は玉ねぎもにんにくも根菜もカリフラワーも使わないバーラムの食べられる食材で作る。
「今までにそういう食材を使っていないまな板と鍋は用意出来るか」
「勿論!」
 そして、
「スレーシュはトマト食べないのよ。それから君と同じで玉子も」
 顔をしかめつつナイナはそちらにも対応した一品にすると息を吐く。その代わりバーラムにはチャパティ作りを覚えろと命じた。
「いっそライスにしたら? 炊いてしまえば楽だと思うけど」
 マリアの主張は米を常食するのはラジューだけではけるかわからないと却下された。
「あんたたち南の人間の趣味を持ち込まないでくれる?」
「ごめんなさい……」
 うなだれるマリアの隣でラジューがマラヤラム語でおそらくは慰める。
 家ではケララ風の食事だというマリアはチャパティが作れない。ライスが主食でパパダム、こちらでいうパパドなら揚げるという。味付けも北部とは違うのでノンベジ食堂での彼女はもっぱら皮むきや鍋洗いなどの基礎作業と配膳でルチアーノどころか下手すればアッバース以下の戦力だった。

 
 ともかく朝食を済ませた後にバーラムとラジューにチャパティのタネ作りの指導が始まった。
 ナイナは仕込みでそれどころではないと突っぱねる。ベジの食材庫まではノンベジでも入れるのでその台所近くにシャキーラとニルマラが、台所内では男ふたりが作業をした。シュルティとマリアも食材庫に立たずみ、マリアは自分も覚えようというのか手元を見つつ時折ラジューとマラヤラム語で会話する。
「もっと薄く伸ばさないと焼いた時に割れちゃうよ」
 シャキーラが円形のチャパティ用の板の上でタネを棒で伸ばすバーラムたちに注意する。
「ラジュー! 洗濯もの乾燥終わったみたい。ルチアーノが畳むからいいって言ってるよ」
 後ろを振り向き、マラヤラム語の後わかるようにかマリアがヒンディーで言い直す。
「学生さんにそういう訳には……」
 ラジューは手を洗ってそそくさと台所を出る。
「ねえ、ラジュー忙し過ぎるよ」
「ああ。おれだけで構わない」
 マリアの訴えにバーラムも同意を示すが、
「駄~目! 彼はお給料もらってんの! 時間内きっちり仕事するのは当然でしょ」
 台所の奥からのナイナは厳しい。
 という訳でラジューは台所への出入りを繰り返し、その度にマリアも往復した。
「なんでマリアまで出ていくの?」
 不思議そうなニルマラに、
「ガキ! 野暮は言わないの」
 またしても姿は見せずナイナが戒めた。ああそういうこととシュルティは頷きシャキーラは困り顔で何とか笑う。コマラを連想したのだろう。
 自室にこもっているのはアディディだけで、ひとり部屋のシュルティ以外でも女子が集まっているのは部屋にいるのが恐いからだ。
 女子は昨夜全員、カマリの恐ろしい断末魔を聞いてしまっていた。

 十二時半よりも前だ。
『んぎゃああああああっ!!』
 布団を被っていたシュルティの耳にもその叫びは届いた。部屋を隔てて何故あれほどよく響いたのかはわからない。隣室のアディティはその前にも何か声がしたというがそこは聞いていない。ただ、命が失われる最後の声が耳から離れない。
 そしてカマリが予言したのと同じように今日はおそらく自分が殺される。
 昨日までは女子は殺されないのではとの希望もあった。だが今夜ひとり部屋は自分だけで、館に潜んでいる悪い人か誘拐犯側の人か「人狼」役なのかは知らないが、彼らは今まで取りこぼしていない。
 昨日武士役のダウドは自分を守ってくれた。それでカマリの方が殺された。ルールでは二日連続では守れないから今日自分は丸腰になる。
 もうお家には帰れない。
 何でこのような場所で殺されなければいけないのかわからない。
 恐いのは嫌だ。包丁で刻まれるのも絶叫するほど痛いのも嫌だ。
 逃げられないのならせめて苦しくないように殺してくれと頼んだら聞いてくれるだろうか?
(マヤも恐かったよね)
 遺体の胸元はカマリの肩から胸と同じように多量の血で染まっていた。
(死んだら会えるのかな)
 あの子はいい子だからもう天界に上げられてしまっているだろうか?
「ぐすぐすするなら出ていってくれる?」
 ナイナに台所から怒鳴られシュルティはうな垂れた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたが私を捨てた夏

恋愛 / 完結 24h.ポイント:442pt お気に入り:2,774

私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:1,781

それなりに怖い話。

ホラー / 連載中 24h.ポイント:1,691pt お気に入り:4

妹がいらないと言った婚約者は最高でした

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:433pt お気に入り:5,323

断罪されて死に戻ったけど、私は絶対悪くない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,597pt お気に入り:207

獣人だらけの世界に若返り転移してしまった件

BL / 連載中 24h.ポイント:24,348pt お気に入り:1,433

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:2,172pt お気に入り:2

転生王子はダラけたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,692pt お気に入り:29,348

処理中です...