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第4章 いつまで耐えねばならないのか(4日目)

4ー12 4日目会議 上

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「ダウドはラジューに殺されたのよ!」
 ナイナは横にピッと腕を伸ばして指さす。
 彼女の座る白いテーブルの端に90度の角度で接するテーブルの隅、ラジューは必死で否定する。

 使用人用の水場に出入りしていたのはラジューひとり。そして、
「彼が使う蛇口だけには毒の仕掛けがなかった。決まりでしょう? 論理的に考えた結果で使用人だとか学生だとかには関係ない!」
 ルチアーノに目を走らせて牽制する。暗い顔で反応はない。
「違います! わたしは何も知りません!」
 ラジューは叫ぶが、
「ダウドを返せ」
 低く唸るバーラムの声は有無を言わせぬ迫力で、場の雰囲気は冷たくラジューを包んだ。

 ダウドの遺体は今「葬送」を控え中央窓の前に安置されている。
 眉を強く寄せ苦悶が残る顔は高熱と痙攣に耐えた跡だろうか。会議室に入る前、何人もが彼の亡骸を囲み、泣き、語りかけた。

「おっしゃるようにわたししか使わない場所です。ですから狙われたのは学生さんではなくてわたしだと思います。助けてください」
 泣きそうな顔でラジューは会議室中を見渡す。
「ラジューは狙われた方、だってー」
「あんたには聞いてない。黙って」
「黙らない!」
 ナイナの低い警告にマリアは喰ってかかった。
「どうしてラジューが使っていない蛇口だけに仕掛けられていたってわかったの? 彼が普段どこを使うか話したからでしょう。本当に悪いことをしたのなら正直に教えると思う?」
 使用人用の水場の様子を見ていた者はいない。好きにでっちあげられる。なのに、とマリアは強調した。
「だからラジューは犯人じゃないって言ってるの! 無闇にかばってるんじゃないよ? ちゃんと考えようよ」
 身を乗り出し訴える。
「そこまで調べるとは考えなかったんじゃね? 蛇口を分解するってアッバースが言い出したんだっけ」
「いや。アディティだ」
 イジャイに返す。
「素手では危ないから手袋は? って言ってルチアーノが掃除用具の所にあるんじゃないかって持ってきてくれたんだ」
 でも、でもとマリアはマントラのように繰り返す。


「私も疑問に思っている。マリアが言ったことも気になっていたし、」
 左隣でアディティが口を開いた。
「ハードルがいくつもあって難易度が高すぎる」
 手刀をいくつも空に落としてハードルを示す。
「毒を仕掛けることのどこがー」
「あの場所は彼しか使わないってあなたも言ったでしょ。まず最初、どうやって誘い込む?」
 ナイナの詰問の勢いを殺すほどアディティは静かに詰める。
「次に水道水を飲ませるやり方は? 普通飲まないでしょ?」
 ここには水のペットボトルが山ほどありただで飲めるのに。
「……」
「ナイナ。例えばどう言ったら飲ませられる?」
 目を彷徨わせる者、首を傾げる者そして少しして、
「『ここだけ井戸の水みたいだからおいしいよ』とか」
 言ったニルマラも自信はなさそうだ。
(並んでいる蛇口の中で二つだけが?)
 無理があり過ぎる。ルチアーノは思った。
 ラジューが企んだのか何も知らないのか自分には判断出来ない。だがナイナのようには決めつけられない。スティーブンの件でクラスの反感を買っている自分がかばったらかえって悪影響なので口をつぐむしかないが。

「それにもしダウドが何か誘い込まれたのだしたら、意識を取り戻した時に『ラジューにやられた』とか訴えたと思う。そういうことはなかったんでしょ?」
「ナラヤン?」
 アッバースが促す。
「『水道がおかしい』って。何があったんだ! って聞いた最初はそれだった」
 思い出しているのか彼がもういない悲しみに耐えているのかゆっくり語る。
「気が付いたって言っても、もうろうとした感じだった」
 バーラムが付け加える。
 ナラヤンは、ダウドが考え事していた、とても喉が渇いた、水道の水を飲んで変な味だと気づいてすぐ気絶した、使ったのは中央の蛇口だったというところまで聞き取れたと語った。

「だけどラジューが使わない所だけに仕掛けがあったのはどうなの?」
「そこはわからない。正直」
 ナイナの追及に今度はアディティがあっさり引いた。
「外からラジューの様子を覗くのは出来たんじゃない? 引き戸だからこっそり開けるのやりやすそうじゃね?」
 イジャイが投げる。
「ラジュー忙しかったし気づかなかったってことも」
 アディティも加えるが、
「いえ。洗面に鏡がありますので後ろのドアが開いたらわかると思います」
 ラジュー本人がその助けを潰した。
 この潔癖さは感心しない。言わなきゃいい、どころか蛇口三つの真ん中あたりの壁に鏡一つだから後方はよく見えないと自分だったら主張する。
「マリアは中に入ってたんじゃねえの。そうしたら使う場所もわかるだろ」
 ヴィノードの揶揄に、
「マリア様は入っていません!」
 即座に叩き返したラジューに遅れて、
「男の人のバスルームとか入らないよ」
 恥ずかし気にマリアが答えた。そして、
「様付けは止めてって言ったよね」
「はい……。申し訳ございません」
「それは謝るほどのことじゃないよ」
 俯きながらも照れるラジューと普段よりかなり多弁で彼に目を遣るマリア。
(いったい何を見せられてるんだ)
 ここは命に関わる会議だが。


「どうしてわたしが使う場所に仕掛けられたんでしょうか。わたしは、憎まれるようなことはしていないつもりでしたが」
「演技には騙されないから。あんたが仕掛けたからあんたが自由に出来る場所なんでしょ」
 ナイナに怯えつつ見回すラジューに、
「この中であなたが一番ここの建物のことを知っている。掃除や届け物であちらこちら行っているうちに実は誰が人狼かわかるものを見てしまっていたり、後から考えれば人狼同士の会話だとわかる密談を聞いてしまっていたのかもしれない。心当たりない?」
 アディティが尋ねた。誰かが緊張で喉を鳴らす。思い出す目を彷徨わせてからラジューは全くと否定した。
「ならやっぱりラジューが人狼で人殺しってことじゃない」
「ナイナ!」
 マリアがにらみ、
「ダウドのことは人狼の『仕事』か切り札のどちらかわからない」
 警告が鳴らないからルール内だがとアディティが言う。

「ラジューは人狼じゃない。同室の人間として証言するよ」
 スレーシュが割って入った。
「昨日カマリが殺されたのは12時半より前でいいんだよね」
 女子は皆絶叫が聞こえたと言っている。
「その時間おれ起きてたけどラジューは部屋の外に出て行ったりしてないよ」
 隣でラジューがうんうん頷く。
「確かなの?」
 ナイナの詰問。
「おれがドア側で奥がラジューだ。外へ出て戻ってって二回もドアが開いて気付かないってのはない。ヴィノードそうだろ?」
「出入りなんて気づかなかったがオレは奥のベッドだ。こいつが全く外に出なかったかは証言出来ねえな」
 寝室は広く隣のベッドの気配を感じることは少ない。
「少なくともはっきりわかる出入りはなかったってことでいいよね」
 わざと曖昧に言っただろうヴィノードへスレーシュは穏やかに念を押す。

「殺してない人狼の可能性はある」
 ナイナは食い下がった。
「人狼は全部で9人。『人狼部屋』以外にも最低でも1人いて、それがラジューかもしれない」
 自分は村人であのポスターにあったのと同じ絵がとラジューがつぶやくのに誰も反応しない。いや、マリアだけが何度も頷きふたりの目はしばしば合う。見ていて気恥ずかしい。
「もしそうでも、人を殺してない人狼じゃなくてカマリを殺した人狼に票を入れるべきじゃないの?」
 シャキーラが問う。隣でアディティが首を横に振った。
「この『ゲーム』は人狼と村人の間での数の勝負。人狼とわかったらー」
「ラジューは人狼じゃないってずっと言ってるよ!」
 マリアが訴える。
「それは誰でも言える。問題は本当かどうかだ」
 ナラヤンの声。
「昨日やっとチュートリアルを見終わった。この『ゲーム』は嘘を吐くもんなんだろう? 動画ではぼくの役の占星術師は二人出ててどちらが偽物で人狼かって争っていた」
 述べるナラヤンを見ながらアッバースが口を開いた。
「わからねえ……。女子は皆カマリの……カマリが襲撃された時の声を聞いた。なら人狼じゃねえ。男も5号室、ラジューの部屋では誰も出て行っていない」
 スレーシュが頷く。
「うちもそうだ。そっちは?」
 ナラヤンに投げれば、
「勿論ないよ。昨日の夜はダウドとぼくとバーラムの三人揃って何事もなかった」
 と答える。
 男子で生存者が残っているのはナラヤンとバーラムの3号室、ルチアーノにアッバース、スディープにイジャイの4号室。そして2階でスレーシュとラジューとヴィノードの5号室のみだ。

「じゃあ誰がカマリにあんな酷いことをしたんだ?」
「わたしたちは悲鳴を聞いて三人で身を寄せてた。アディティがドアを開けて廊下を覗いたのはその後で、カマリの声からは二・三分後だと思ったんだけど」
 それだけあればカマリの所から自室に帰ることは出来る。
 シャキーラの言葉に、
「そんな。だって。それじゃあ」
 手を下したのはシュルティかー
 つぶやくニルマラに、
「違う! 私はカマリに酷いことなんか出来ない。ひとりで恐くて、寝てられなくてずっとベッドに座ったまま震えてた。アディティたちだって三人で口裏合わせればわからないじゃない。言ってたでしょ自分で。カマリを殺したのは女子なら2から3人、男子なら1人から2人だって」
 シュルティ、ニルマラ、アディティは普段仲が良い。だが今命がけの投票を前に責め合っている。ルチアーノはやりきれなかった。
(いや。アディティだけは冷静だな)
 無闇に人を非難していない。

「シュルティどういう意味だ?」
 尋ねたアッバースにはアディティから解説が入った。
 カマリもそしてサントーシュも殺された時には部屋が荒れていた。
「男子4人だったら女子はそう逃げ回れない」
 ある程度抵抗できる人数を想像しただけで、
「あまりとらわれないで。確かに私が廊下の様子を窺うまでに少し時間があった。でも広間奥のシャワーを浴びて女子棟に戻って来るなら時間がかかる。かなり見てたけど誰も通らなかったからうちの部屋とシュルティはカマリを襲った人狼じゃない」
 アディティの主張にシュルティはほっとした顔をした。
「血まみれの服とかはどこにあるんだ?」
「ごみ箱にあるかと思ったんだけどなかったね」
 イジャイの問いかけにルチアーノは初めて口を開いた。

「今のはお前らの部屋が嘘吐いてなきゃってだけだろ?」
 ヴィノードがアディティたちを攻撃すればスレーシュが、
「ノンベジでもあるか」
 とつぶやく。
「はあ? オイ!」
「カマリへの凶器はノンベジ食堂の包丁だ。アディティもマリアもシャキーラもそっちの台所に入ってるだろ」
 隣同士でヴィノードとスレーシュが争い始める。

「人狼はベジって話あったでしょ? 最初の晩に吐いてあったものがベジのメニューと同じー」
シャキーラだ。
「あれは前の晩の食事とは限らないだろ?」
 イジャイが反論する。
「やっぱり女子じゃねえか。オレたちは包丁の場所なんてわからねえよ」
「包丁なんて戸棚開けて回れば簡単にわかる」
「でもベジじゃない。ノンベジの台所には入れない」
 ヴィノード、アディティ、ナイナと言葉をぶつけ合う。
(生きるか死ぬかになったらベジでも足を踏み入れるくらいは……人狼が動くのは夜中だし)
 と思うのは自分がノンベジでかつ汚れも何も神様任せのクリスチャンだからだろうか。ルチアーノは自答した。

「ハルジートとサントーシュを殺した縄のような物は見つかっていない。人狼が持っていると思う。むしろ今回だけ誰でも使える台所の包丁が使われた意味を考えた方がいいんじゃない?」
「どういう意味だよ」
「まだわからない。誰かわかったら教えて」
「くだらねえ。アディティ、わからなきゃ言うなよ。お前ら3人、10号室まとめて人狼の大嘘吐きでいいだろ。マリアはラジューばかりかばってるし」
 マリアは涙目になるがアディティは表情を変えない。
 残りの10号室の住人シャキーラは、
「だからアディティが村人ってナラヤンの占いで出てる! うちは人狼部屋じゃない! 何度言えば覚えるのこの茄子頭!」
「てめえ……!」
 シャキーラとヴィノードで罵り合う。
 口々に自分の「カテゴリー」以外の人間を疑い、「人狼」を押し付けようとするー
(スティーブン。君がいなくなったクラスは殺伐としているよ)
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