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第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー13 出世
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※この項以降では前作「リアル人狼ゲーム in India」内のゲーム進行および配役へのネタバレがあります。今作からお読みいただき前作も予備知識なしで読みたいという方は一度読むのを止めて前作読了後に再開なさってください。(今後前作の登場人物が多く出てきますが未読で全く問題ありません)
ーーーーー
恋に落ちた時、その人はもうこの世にいなかったー
その会議では誰もが彼女に魅せられた。
自慢も糾弾もせず、ただ事実を開陳した。
ひとり地道に積み上げた科学的根拠でダルシカは人狼を暴露した。
今回のショーとは違い大学生や成人した社会人主体のゲームで、十年生の女子高生だった彼女は大人たちに恫喝され時に口ごもりつつ、それでも誰もとり崩せない強固な議論を展開した。
モニターの中でプレイヤーたちが驚きと称賛の顔をダルシカに向ける。
ラジューもまた同じだった。
きつく編まれた稀に見る艶やかな黒髪、優雅な動作。
12番や14番(今のではなく三年前のプレイヤーだ)のように自己主張ばかりせず、一方必要なことには妥協せず意思を押し通す強さ。
友人への優しさ。
ラジューはダルシカから目が離せなくなった。どの画面でもあの美しい黒髪を探した。
潜入資料として視聴許可が得られた三年前ーインドでの最後のゲーム映像は膨大で、ラジューは会議俯瞰動画を最終日から順番に遡り、ポイントとなった事件や人の映像を開いていくことに決めた。だがついダルシカを追ってしまう。
上司はおそらく自分のPC視聴記録ーログというのか?ーをチェックする。ダルシカばかり眺めていてはまずいし、第一ゲーム潜入準備という目的が果たせない。ことは命に関わる問題だ。
まずはゲームの流れを掴む。次に自分がここにいたら、この配役だったらどうしたか。どの選択・行動がベストだったか検討しつつゲームを追う。目の痛みに耐えつつ根を詰めてモニターを見て、その日の業務の最後にダルシカの映像を見るのが自分へのご褒美だった。
ラジューはリアルタイムでこの会議を監視していない。
「ショー」が始まれば勤務は24時間の交代制でこの時間はシフトに入っていなかった。翌朝仕事に入った時にはダルシカはもう死んでいた。
報復のように潜入していたチャンドリカチーフに殺害された。
モニター内のダルシカに心を奪われる前はチーフを悼む気持ちがあった。チャンドリカは当時平監視員だった自分たちの中では厳しさを恐れられていたが生死を左右するこの仕事、それは当たり前だ。嫌いではなかった。
今ではチャンドリカが憎い。
何故、あれほどの人をこちらにスカウトするくらいしなかったのか。
有無なく殺すなど有能で評判だったチャンドリカらしくもない。
『ダルシカを殺したつもりだったんだろうけど、息の根を止められたのはあんたの方だ』
チャンドリカはすぐさま業を得た。
ダルシカはチャンドリカにまさって賢く強かったのだ。「ダイイングメッセージ」(という言葉をラジューはこれで初めて知った)を「爆弾魔」ープレイヤーが匿名で行動する時に名乗った自称だーが解読し、チャンドリカはプレイヤーに惨殺された。
殉職第一号だった。
ラジューは恋愛には興味がなかった。
村で木陰の川に足を浸し、男の子同士でどの女の子が可愛いかとの話題になれば、
『どの子も可愛い(けど皆うるさい)』
と返して呆れられた。
スターに熱狂する人たちのこともわからなかった。ラジューも映画、特にアクション物が好きでヒーローの活躍には口笛を鳴らし手を叩く。だが俳優はただの演じている人だ。顔はいいにしてもFDFSのチケット取りに畑仕事を休んで町へ行くまでの熱意はわからない。
ダルシカにはモニターの中でしか会えない。映画スターのようなものだ。ラジューにとって彼女はタマンナーやアヌシュカーのようだった。
だから落胆した。
あの人と同じ十年生のレベルの低さに!
リアルタイムでは年上のお姉さんだったダルシカと同じ年になった今年、彼女と同じ十年生のゲームに潜入した。ある種の運命だと思った分失望も大きかった。
ずっと学校、それも私立のイングリッシュ・ミディアムスクールに通ってきた学生がここまで愚かなのか。
ダルシカのように科学的な証拠を取得しようとする人間はいなかった。
せいぜいスティーブンが遺体の様子から人狼に迫ろうとしただけだ。だが恐怖か穢れを遠ざけるためかろくに遺骸を見ようともしない学生がほとんどだった。
スティーブンの殺害は自分たちによる排除だとはすぐにわかった。彼は面倒な存在だった。人狼以外の強盗や侵入者の可能性を言及し、ゲームの「外側」に目を向けさせた。プレイヤー同士の不和を抑え団結を計った。後者は明らかに自覚していた。
同じ意味ではナイナの発言も時々まずかった。ルールを恣意的に変え自分たちがズルをするのではないか、との意の指摘があった。それはあるのだがないと思ってくれないと困る。
先ほどのルチアーノの発言も問題だ。
『役なんて奴らが決めただけのこと。関係ない。……生き延びよう』
このゲームの面白さの一つはプレイヤー同士の対立・衝突だ。
とりわけ相部屋制となると役柄ー人狼や村人との陣営同士の対立に部屋同士の疑惑・対立が重なるのが楽しめる点だ。プレイヤーは毎日出現する死体を見てゲームの内側に嵌り込み、枠組の外へは目を向けなくなるのが正しいあり方だ。
外側の上部、つまり操っている我々に意識が向けば、ゲーム主催者対プレイヤーの構図が新たに出現する。この意識はプレイヤーを団結させ進行をつまらなくする、だけではない。三年前の暴挙のようにゲームそのものを破壊することにもつながりかねない。
ラジューが潜入で注意すべきなのは初期に使用人だからと票を集めることだった。
一応、会議室の奥隅の四タイル下には芝居の小道具のような折れ曲がる柔らかい金属製の「刃」がセットされていて、処刑対象になってもそこへ逃げれば命は助かると教えられている。
(どうだろうなあ)
コストを気にする会社が自分のため程度に別のセッティングをするだろうか。正直疑っている。事前レポートでラジューはコスト意識の低さを、次点の女子サブチーフは企画の凡庸さを酷評された。
とはいえ昇格への条件は生還して勝利することだ。本当でも嘘でも「死者」となったら困る。
忌々しいヴィノードらに票こそ入れられたがラジューは無難にその時期をやり過ごした。
初回会議からアディティの切り札で人狼部屋が示唆されたこと、翌日からはひとり部屋に焦点が当たったという幸運もある。
だがラジューの努力もかってほしい。
学生さん学生さんとおだてあげ、背を丸め目を下に落として卑屈な姿勢を取りー学院の同僚の真似だー、雑役夫としての業務には本職の如く熱意を込める。それで自分は彼らが「使う時」しか思い出せない道具か背景になる。
『君賢いよ』
ルチアーノは違った。
自分はケララの大地を耕して生きる一族の一員だ。だからといって孤児だというルチアーノを見下すことはない。人間の価値は何をするか、この人生でどのようなカルマを重ねるかで神様が決める。彼が高校生として努力してきたことをラジューは評価する。
ルチアーノはその育ちのため使用人に対しても偏見なくフラットだった。ただの同年代の男として自分を評価した。
彼は危険だ。気づいて距離を取った。
自分は賢くなどはない。頭がいいというのはボスやチーフの方々、せいぜい自分の長兄あたりだ。
こうなると職員室で年嵩の教師が繰り返し嘆いていた、
『今の生徒は昔の生徒とは違うから』
というぼやきが思い出される。学院は以前と比べてレベルが酷く落ちたらしい。
だからルチアーノは自分程度を評価し、学生たちはろくに思考せず感情で人狼ゲームに踊らされるのだろう。
あの馬鹿女ーマリアなど最たるものだ。
感情ばかりで動いてろくに頭を使わず彼女自身すら守れなかった。
およそ自分のことを同じ年なのに学校へ行っていない可哀想な子、なのに頑張っていて偉いと見下していたのだろう。そこからどうあの感情につながったのかはわからない。
だが自分がダルシカを思っていたからこそ、あの女の目が「ハート型」になっていることに気がついた。
こちらも気があるフリは結構難しく、映画を思い出しながら何とか演技をこなした。成功はしたらしい。馬鹿女は感謝を述べて死んでいったし、ルチアーノはあの女の遺品を渡そうとまでしてきた。
人がいいのは事実だったろう。
マラヤラム語で話すマリアはヒンディーよりもう少し活発な印象だった。彼女は彼女なりに苦労もしていたようだ。話しやすい言葉の自分に惹かれたのもあったかもしれない。
道具として使い切った今は何もかもどうでもいいが。
プレイヤーたちはチュートリアル動画ー映像素材をどの部分から切り取るべきかチーフに提出したのは自分だーから時々12番の口ぐせを引用した。
『論理的思考を』
繰り返したあの「嘘吐き女」ー内部でのあだ名だ。職業詐称女からより単純な呼び名に変わったーはたいして論理的ではない。周りを疑いまくって喧嘩を売り不和を呼び起こしゲームを盛り上げる意味ではありがたいプレイヤーだった。
12番の真の「活躍」はゲーム崩壊時の暴れ具合だ。
女の人があそこまで暴力的になるのかと驚いた。
今回のゲームで論理的に現状を理解しようとしているのはアッバースとアディティくらいだ。だがそこまでで止まってしまう。人狼はどの部屋にいるか、誰に投票するのが自分の利益になるのかまでは進めていない。アディティなど「わからない」の連発を揶揄される無様さだ。
仮説一つ立てられない彼らを思えばダルシカの凄さが再認識され胸が熱くなる。
ああ、モニターの中のあの人に会いたい!
プリントアウトしたあの人の姿を一時奪われたのはまずかった。
ラジューの切り札は「隠し部屋に出入りする権利」で私物回収ではない。
パソコンスペースを覗き見する卑劣な奴がいるとは思わなかった。
今頃2階の部屋で焦り狂いまくっているだろうヴィノードへの怒りが再燃する。
(とっとと死ねよ)
映像の印刷は許可されていない。潜入にどうしてもあの人の姿を持っていきたく、上司の見よう見真似で印刷方法を学び隙を見て何度もチャレンジしやっと手に入れた。
恋に狂えば今まで一度も犯したことのなかったルール違反までするとラジューは知った。
それすら満ち足りた気持ちがした。
校外学習のバスの中ではチャイは飲まず、会場についてから各自の荷物や衣服チェックに従事し、既定の時間には横たわって学生たちと同じように目が覚めたフリをした。
彼ら同様私物は何一つ持って入らない。そのルールを破った。
上司からの叱責を思えば少し気が重い。
前回潜入のチャンドリカたちチーフとは違い、ラジューは自他の配役を知らされていない。カメラの設置場所も教えられてはいない。(普段の業務から簡単にわかるが)
チーフのように毎晩業務報告書を「お客様」の目から隠れて作成・送信する義務もない。自分の潜入はショーをお楽しみになる「お客様」には知られておらずバレてはならないが、チーフのように誰が潜入者かの賭けで大金が動いていないのは気楽だ。
このゲームはあと数分、ヴィノードの死で終了するか。もう少し続くのか。
最後まで気を抜かず勝利を掴み取ろう。
(ラジューはgentlemanになるもんだろ!)
<注>
・FDFS First Day First Show. 新作封切日の初回上映。
・タマンナー/アヌシュカー(・シェッティ)
南インド映画のスター女優。美女。共に「バーフバリ」に出演。
・「ラジュー出世する」(1992年 日本公開1995年)
シャー・ルク・カーン主演のボリウッドの大ヒット映画。
原題はラジューはgentlemanになるという意味らしい。邦題が上記。
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恋に落ちた時、その人はもうこの世にいなかったー
その会議では誰もが彼女に魅せられた。
自慢も糾弾もせず、ただ事実を開陳した。
ひとり地道に積み上げた科学的根拠でダルシカは人狼を暴露した。
今回のショーとは違い大学生や成人した社会人主体のゲームで、十年生の女子高生だった彼女は大人たちに恫喝され時に口ごもりつつ、それでも誰もとり崩せない強固な議論を展開した。
モニターの中でプレイヤーたちが驚きと称賛の顔をダルシカに向ける。
ラジューもまた同じだった。
きつく編まれた稀に見る艶やかな黒髪、優雅な動作。
12番や14番(今のではなく三年前のプレイヤーだ)のように自己主張ばかりせず、一方必要なことには妥協せず意思を押し通す強さ。
友人への優しさ。
ラジューはダルシカから目が離せなくなった。どの画面でもあの美しい黒髪を探した。
潜入資料として視聴許可が得られた三年前ーインドでの最後のゲーム映像は膨大で、ラジューは会議俯瞰動画を最終日から順番に遡り、ポイントとなった事件や人の映像を開いていくことに決めた。だがついダルシカを追ってしまう。
上司はおそらく自分のPC視聴記録ーログというのか?ーをチェックする。ダルシカばかり眺めていてはまずいし、第一ゲーム潜入準備という目的が果たせない。ことは命に関わる問題だ。
まずはゲームの流れを掴む。次に自分がここにいたら、この配役だったらどうしたか。どの選択・行動がベストだったか検討しつつゲームを追う。目の痛みに耐えつつ根を詰めてモニターを見て、その日の業務の最後にダルシカの映像を見るのが自分へのご褒美だった。
ラジューはリアルタイムでこの会議を監視していない。
「ショー」が始まれば勤務は24時間の交代制でこの時間はシフトに入っていなかった。翌朝仕事に入った時にはダルシカはもう死んでいた。
報復のように潜入していたチャンドリカチーフに殺害された。
モニター内のダルシカに心を奪われる前はチーフを悼む気持ちがあった。チャンドリカは当時平監視員だった自分たちの中では厳しさを恐れられていたが生死を左右するこの仕事、それは当たり前だ。嫌いではなかった。
今ではチャンドリカが憎い。
何故、あれほどの人をこちらにスカウトするくらいしなかったのか。
有無なく殺すなど有能で評判だったチャンドリカらしくもない。
『ダルシカを殺したつもりだったんだろうけど、息の根を止められたのはあんたの方だ』
チャンドリカはすぐさま業を得た。
ダルシカはチャンドリカにまさって賢く強かったのだ。「ダイイングメッセージ」(という言葉をラジューはこれで初めて知った)を「爆弾魔」ープレイヤーが匿名で行動する時に名乗った自称だーが解読し、チャンドリカはプレイヤーに惨殺された。
殉職第一号だった。
ラジューは恋愛には興味がなかった。
村で木陰の川に足を浸し、男の子同士でどの女の子が可愛いかとの話題になれば、
『どの子も可愛い(けど皆うるさい)』
と返して呆れられた。
スターに熱狂する人たちのこともわからなかった。ラジューも映画、特にアクション物が好きでヒーローの活躍には口笛を鳴らし手を叩く。だが俳優はただの演じている人だ。顔はいいにしてもFDFSのチケット取りに畑仕事を休んで町へ行くまでの熱意はわからない。
ダルシカにはモニターの中でしか会えない。映画スターのようなものだ。ラジューにとって彼女はタマンナーやアヌシュカーのようだった。
だから落胆した。
あの人と同じ十年生のレベルの低さに!
リアルタイムでは年上のお姉さんだったダルシカと同じ年になった今年、彼女と同じ十年生のゲームに潜入した。ある種の運命だと思った分失望も大きかった。
ずっと学校、それも私立のイングリッシュ・ミディアムスクールに通ってきた学生がここまで愚かなのか。
ダルシカのように科学的な証拠を取得しようとする人間はいなかった。
せいぜいスティーブンが遺体の様子から人狼に迫ろうとしただけだ。だが恐怖か穢れを遠ざけるためかろくに遺骸を見ようともしない学生がほとんどだった。
スティーブンの殺害は自分たちによる排除だとはすぐにわかった。彼は面倒な存在だった。人狼以外の強盗や侵入者の可能性を言及し、ゲームの「外側」に目を向けさせた。プレイヤー同士の不和を抑え団結を計った。後者は明らかに自覚していた。
同じ意味ではナイナの発言も時々まずかった。ルールを恣意的に変え自分たちがズルをするのではないか、との意の指摘があった。それはあるのだがないと思ってくれないと困る。
先ほどのルチアーノの発言も問題だ。
『役なんて奴らが決めただけのこと。関係ない。……生き延びよう』
このゲームの面白さの一つはプレイヤー同士の対立・衝突だ。
とりわけ相部屋制となると役柄ー人狼や村人との陣営同士の対立に部屋同士の疑惑・対立が重なるのが楽しめる点だ。プレイヤーは毎日出現する死体を見てゲームの内側に嵌り込み、枠組の外へは目を向けなくなるのが正しいあり方だ。
外側の上部、つまり操っている我々に意識が向けば、ゲーム主催者対プレイヤーの構図が新たに出現する。この意識はプレイヤーを団結させ進行をつまらなくする、だけではない。三年前の暴挙のようにゲームそのものを破壊することにもつながりかねない。
ラジューが潜入で注意すべきなのは初期に使用人だからと票を集めることだった。
一応、会議室の奥隅の四タイル下には芝居の小道具のような折れ曲がる柔らかい金属製の「刃」がセットされていて、処刑対象になってもそこへ逃げれば命は助かると教えられている。
(どうだろうなあ)
コストを気にする会社が自分のため程度に別のセッティングをするだろうか。正直疑っている。事前レポートでラジューはコスト意識の低さを、次点の女子サブチーフは企画の凡庸さを酷評された。
とはいえ昇格への条件は生還して勝利することだ。本当でも嘘でも「死者」となったら困る。
忌々しいヴィノードらに票こそ入れられたがラジューは無難にその時期をやり過ごした。
初回会議からアディティの切り札で人狼部屋が示唆されたこと、翌日からはひとり部屋に焦点が当たったという幸運もある。
だがラジューの努力もかってほしい。
学生さん学生さんとおだてあげ、背を丸め目を下に落として卑屈な姿勢を取りー学院の同僚の真似だー、雑役夫としての業務には本職の如く熱意を込める。それで自分は彼らが「使う時」しか思い出せない道具か背景になる。
『君賢いよ』
ルチアーノは違った。
自分はケララの大地を耕して生きる一族の一員だ。だからといって孤児だというルチアーノを見下すことはない。人間の価値は何をするか、この人生でどのようなカルマを重ねるかで神様が決める。彼が高校生として努力してきたことをラジューは評価する。
ルチアーノはその育ちのため使用人に対しても偏見なくフラットだった。ただの同年代の男として自分を評価した。
彼は危険だ。気づいて距離を取った。
自分は賢くなどはない。頭がいいというのはボスやチーフの方々、せいぜい自分の長兄あたりだ。
こうなると職員室で年嵩の教師が繰り返し嘆いていた、
『今の生徒は昔の生徒とは違うから』
というぼやきが思い出される。学院は以前と比べてレベルが酷く落ちたらしい。
だからルチアーノは自分程度を評価し、学生たちはろくに思考せず感情で人狼ゲームに踊らされるのだろう。
あの馬鹿女ーマリアなど最たるものだ。
感情ばかりで動いてろくに頭を使わず彼女自身すら守れなかった。
およそ自分のことを同じ年なのに学校へ行っていない可哀想な子、なのに頑張っていて偉いと見下していたのだろう。そこからどうあの感情につながったのかはわからない。
だが自分がダルシカを思っていたからこそ、あの女の目が「ハート型」になっていることに気がついた。
こちらも気があるフリは結構難しく、映画を思い出しながら何とか演技をこなした。成功はしたらしい。馬鹿女は感謝を述べて死んでいったし、ルチアーノはあの女の遺品を渡そうとまでしてきた。
人がいいのは事実だったろう。
マラヤラム語で話すマリアはヒンディーよりもう少し活発な印象だった。彼女は彼女なりに苦労もしていたようだ。話しやすい言葉の自分に惹かれたのもあったかもしれない。
道具として使い切った今は何もかもどうでもいいが。
プレイヤーたちはチュートリアル動画ー映像素材をどの部分から切り取るべきかチーフに提出したのは自分だーから時々12番の口ぐせを引用した。
『論理的思考を』
繰り返したあの「嘘吐き女」ー内部でのあだ名だ。職業詐称女からより単純な呼び名に変わったーはたいして論理的ではない。周りを疑いまくって喧嘩を売り不和を呼び起こしゲームを盛り上げる意味ではありがたいプレイヤーだった。
12番の真の「活躍」はゲーム崩壊時の暴れ具合だ。
女の人があそこまで暴力的になるのかと驚いた。
今回のゲームで論理的に現状を理解しようとしているのはアッバースとアディティくらいだ。だがそこまでで止まってしまう。人狼はどの部屋にいるか、誰に投票するのが自分の利益になるのかまでは進めていない。アディティなど「わからない」の連発を揶揄される無様さだ。
仮説一つ立てられない彼らを思えばダルシカの凄さが再認識され胸が熱くなる。
ああ、モニターの中のあの人に会いたい!
プリントアウトしたあの人の姿を一時奪われたのはまずかった。
ラジューの切り札は「隠し部屋に出入りする権利」で私物回収ではない。
パソコンスペースを覗き見する卑劣な奴がいるとは思わなかった。
今頃2階の部屋で焦り狂いまくっているだろうヴィノードへの怒りが再燃する。
(とっとと死ねよ)
映像の印刷は許可されていない。潜入にどうしてもあの人の姿を持っていきたく、上司の見よう見真似で印刷方法を学び隙を見て何度もチャレンジしやっと手に入れた。
恋に狂えば今まで一度も犯したことのなかったルール違反までするとラジューは知った。
それすら満ち足りた気持ちがした。
校外学習のバスの中ではチャイは飲まず、会場についてから各自の荷物や衣服チェックに従事し、既定の時間には横たわって学生たちと同じように目が覚めたフリをした。
彼ら同様私物は何一つ持って入らない。そのルールを破った。
上司からの叱責を思えば少し気が重い。
前回潜入のチャンドリカたちチーフとは違い、ラジューは自他の配役を知らされていない。カメラの設置場所も教えられてはいない。(普段の業務から簡単にわかるが)
チーフのように毎晩業務報告書を「お客様」の目から隠れて作成・送信する義務もない。自分の潜入はショーをお楽しみになる「お客様」には知られておらずバレてはならないが、チーフのように誰が潜入者かの賭けで大金が動いていないのは気楽だ。
このゲームはあと数分、ヴィノードの死で終了するか。もう少し続くのか。
最後まで気を抜かず勝利を掴み取ろう。
(ラジューはgentlemanになるもんだろ!)
<注>
・FDFS First Day First Show. 新作封切日の初回上映。
・タマンナー/アヌシュカー(・シェッティ)
南インド映画のスター女優。美女。共に「バーフバリ」に出演。
・「ラジュー出世する」(1992年 日本公開1995年)
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原題はラジューはgentlemanになるという意味らしい。邦題が上記。
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