空中転生

蜂蜜

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第1章 幼・少年期 新たな人生編

第十七話 「魔族の女の子」

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 そういえば、七歳になった。
 エリーゼも十歳になったということで、去年の十二月、グレイス王宮に招かれて盛大な誕生日会を行った。
 総勢二百人以上の貴族が集まり、とても賑やかなものになった。

 アリスは、すくすくと育っている。
 赤ん坊は泣くのが仕事だと言われるように、それはもうよく泣いた。
 それでいうと、俺は赤ん坊の頃から一切泣かなかった。
 それを指摘されてギクッとしたが、結局俺は「ちょっとしたことで泣かない強い赤ちゃんだった」という結論に至った。
 そんな赤ん坊存在するのかよ。

 最近、ルドルフと一緒に付近の魔物を倒すのが日課となりつつある。
 エリーゼもそれに参加し、今は三人でそれを毎日のように行っている。

 ルドルフは、とても強い。
 あいつが目をつぶりながら戦っても、敵が一瞬で消えていく。
 この間、目隠しをして戦っていたのに無傷だったなんてこともあった。

 ルドルフばかり魔物を討伐してもつまらないので、時々俺達にも手伝わせてくれた。
 そのおかげもあってか、魔術が格段に上達した。
 一人で黙々と練習するよりも、実戦経験を積む方が効果的なのかもしれない。

 俺はついに、火上級魔術師になってしまった。
 上級は、普通の魔術師が十年近く頑張らなければ習得できないレベルの階級らしい。
 それをたった五年で、しかもこんな子供が習得してしまうとは。
 我ながら天才だと思うんだ。

 ここまで来たら、火魔術を極めようと思う。
 次点で水、雷くらいの感じで。

 上級にもなると、普通の魔物じゃ相手にならなくなってしまった。
 この付近にいる魔物といえば、猪のような魔物『ブラックボア』と、狼のような魔物『ヴァンガードウルフ』、それと猿の魔物『マスモンキー』くらい。
 上級火魔術『炎龍フレイムドラゴン』で一網打尽にできる。

 このフレイムドラゴンは、そこまで規模の大きい魔法ではない。
 三体の炎の龍を作り出し、それを操って魔物にぶつける。
 それだけ聞くと、あまり強いと感じないかもしれない。
 だが、本番はここからだ。
 なんとこの魔法、自分でいつでも起爆することができるのだ。
 敵に触れた瞬間でも、目くらましとして使いたい場合でも、自分の好きなタイミングで爆発させることができる。
 唯一の欠点は、消費魔力がかなり高いことだ。
 三体の龍を操るときは、常時魔力を使い続けなければならない。
 故に、長時間使うことはできない。
 一気にケリをつけたい時とかは、この魔法がかなり便利だ。
 他にも三つの上級火魔術の技があるが、割愛させてもらう。

 エリーゼの剣術の方も順調である。

 エリーゼも極める剣術を火属性に限定したらしく、最近はずっと火属性剣術しか使っていない。

 剣術の属性は、四種類。
 火、水、雷、そして風。
 ルドルフは火特級、リベラは水聖級。
 そう、魔術にはある土属性の技はないのだ。
 剣からどうやって土を出すんやっちゅう話なんですけどね。

 エリーゼはアヴァンに行った時にテペウスに買ってもらった剣で、魔物を討伐している。
 エリーゼにとってかなり使いやすいようで、楽しそうに魔物を倒している。

 そんなエリーゼは、火属性剣術が上級になった。
 動きも以前と比べて格段に速くなり、技の精度、威力共に著しい成長が見られた。
 ルドルフから上級剣士になることを伝えられた時、エリーゼは俺を抱きしめてきた。
 普通に力が強すぎて絞め殺されそうになったが。

 この一年くらいで、俺もエリーゼも飛躍的な成長を遂げた。
 特に「世界を冒険したい」という願望とかはないが、もう少し大きくなったら冒険者になってみるのもありかもしれない。
 もちろん、エリーゼと一緒に。

「お父さん! 遊びに行ってくるわ!」
「おう。 気をつけろよ」

 今日は、二人で平原の方へ遊びに行く。
 ……というていで、二人きりで魔物を討伐しに行く。
 ルドルフ抜きでどれだけやれるかを試してみたいと思ったのだ。

 俺とエリーゼは、それぞれ上級魔術師と上級剣士。
 ルドルフの監視下でも全く問題なかったため、二人きりで行っても大丈夫だろう。

「さあ! たくさん倒すわよ!」
「ちょっとエリーゼ! 声が大きいです!」

 俺達は、当然両親に無許可で森の方へ行く。
 だって絶対許してもらえないし。
 そんなに酷い傷を負わなければ俺の初級治癒魔法でも治せるし、バレないだろう。

 森までは歩いて一時間弱。
 森を越えると隣村であるヘコネ村があるが、そんなに深いところまでは潜らないようにしよう。
 深いところほど魔物が強くなる、みたいなことはない。
 程よく深いところで、何体か魔物を倒して帰ろう。
 あまり遅くなりすぎても怒られるし。



 談笑しながら歩くこと、四十分。
 俺達は森へ入った。

「ここまで来たら、大きな音を立てて戦っても大丈夫ね」
「エリーゼはまだいいですけど、僕は使える魔法が限られますよ。
 規模の大きな魔法は森を燃やしてしまいかねないですし」

 上級にもなると、効果範囲が広い魔法が出てくる。
 一応、上級火魔法は全て履修済みだが、使える魔法はせいぜいフレイムドラゴンくらいか。
 まあ、無理に上級魔法を使わなくてもいいけど。
 俺はあまり満足に戦えないかもしれないが、エリーゼは楽しく魔物を討伐できるだろう。
 彼女を満足させるのが最低ノルマだ。

「お父さんがいると色々指示されるから、自由に戦えるわね」
「父さんは僕たちに戦い方を覚えさせるために指導してくれてるんですよ。
 悪く言ってはいけません」
「……分かったわ」

 ルドルフが戦闘中に俺達に色々指示してくるのは、俺たちのためだ。
 流石というべきか、ルドルフは教え方がうまい。
 戦っていく中で自分が成長していくのを実感できるし、危ない場面でもルドルフの指示のおかげで命拾いをしたことだって何度もあった。
 エリーゼは少々ウザったく思っているっぽいが。
 普段からルドルフの稽古を受けているから、色んなものが蓄積しているのかもしれない。

 思えば、ロトアが魔物などの敵と戦っているところは見たことがない。
 二年前の魔物襲撃事件の際に『大猿』を一撃で葬ったって話は聞いたが。
 エリーゼから聞いた話によると、俺を避難所に運んだ後にとんでもない突風と土埃が飛んできて、飛んできた方角にあった窓ガラスは全て割れたんだとか。
 ああみえて、やっぱり普通にやばい魔術師なんだよな。
 魔術師には称号はないのだろうか。
 剣士みたいに、『魔王』、『魔聖』、『魔帝』、『魔神』みたいな感じで。
 あ、魔王は『魔人竜大戦』の時の魔族軍の大将と被るか。
 『魔聖』に関しては、魔なのか聖なのか分かんねえな。

「ベル! ヴァンガードウルフよ!」

 そんなくだらないことを考えている俺の耳に、エリーゼの声が耳に飛び込んできた。
 エリーゼの視線の先には、ヴァンガードウルフの群れ。
 数にして五体くらいだろうか。

「エリーゼ。
 まずは相手の動きをよく見て――」
「行くわよ!」
「ちょ……」

 エリーゼは俺の言葉に耳を傾けることなく、飛び出した。
 ヴァンガードウルフもそれを見て、エリーゼに突進する。

 この狼は、頭に一本角が生えている。
 そのため、迂闊に近づけばその角に貫かれてしまう。

 エリーゼは、五体の狼の角を叩き斬る。
 角を折ってしまえば、あの狼は弱体化する。
 これも、ルドルフから教わったことだ。
 二年前は攻略法を知らなかったから苦戦したが、

「――はぁっ!」

 知ってしまえば、どうってことはない。
 俺の出る幕はなく、エリーゼが全て倒し切ってしまった。

「エリーゼ。 一緒に戦うって約束でしょう?」
「はいはい。 次からは気を付けるわ」

 これは嘘だな。
 俺も戦いたかった。
 次はエリーゼよりも早く動けばいいだけだし――

「――けて」
「……?」

 人の声が聞こえた気がした。
 これは、気のせいじゃない気がする。

「ねえ、今人の声が――」
「ですよね! 行きましょう!」

 俺はエリーゼの手を掴んで、声の聞こえたほうへ走り出した。
 エリーゼは俺の手を振りほどき、俺よりも前を走る。
 剣士は足が速いな……

「大丈夫ですか!?」
「あぅ……ぇ……!」

 恐怖で呂律が回っていない銀髪の少女は、腰が抜けている。

「エリーゼは魔物をお願いします!」
「わかったわ!」

 ブラックボアとマスモンキーは、合わせて十体ほど。
 エリーゼ一人で相手ができるだろうか。
 いや、信じるしかない。

「怪我はない?」
「ぁ……ぁ……」

 膝に擦り傷がある。
 こんな時のための治癒魔法だ。

「大地の神よ。この者に癒しを。
 『ヒール』」

 唱えると、膝の傷はすぐに完治した。

「大丈夫そうですか? エリーゼ」
「ええ。 終わったわ」
「早」

 心配は不要だったようだ。
 まあ上級剣士だしな。

 少女はまだ腰が抜けたまま動けていない。
 俺は手を差し伸べ、少女を立たせた。

「あ……ありがとう」
「……!」

 少女の顔、というか耳を見て、思わず目を見開いた。
 このピンと伸びた特徴的な耳。

 この子は、エルフだ。
 つまり、魔族の女の子だ。
 初めて見た。伝説上の生き物だと思っていたが、実在したのか。

 エリーゼはその少女を見て、「ひっ」と声を漏らした。
 ああ、そうか。
 この世界では魔族は嫌われているんだったか。
 泥にまみれた銀色の短髪、髪の毛から飛び出すようについている耳。
 これのどこが怖いんだろうか。
 顔だちも整っていて、正直めちゃくちゃ可愛い。

「エリーゼ。
 そんなに怖がらなくても、何もしませんよ」
「べ、別に怖がってなんかないわよ」

 エリーゼは腕を組んで「ふんっ!」とそっぽを向いた。
 怖いんだな。可愛い。

「どうしてこんなところにいるの?」
「さ、薬草を取りに来たの」
「……あんた、何歳よ」
「七歳」
「僕と同い年だ」

 七歳にしては、幼く見える。
 エリーゼは何故か不満そうな顔をして、再びそっぽを向いた。

 薬草を取りにこんなところまで……
 何か特別な事情があるのかもしれない。

「一人で家まで帰れるの?」
「……うん」
「そ。 じゃあね」
「エリーゼ。 どうしてそんなに冷たくするんですか。
 この子を送り届けましょう。この森の中を一人で帰らせるわけにはいかないですよ」
「……」

 やけに機嫌が悪いな。不運だ。
 この少女は俺達が声を聞きつけてここまで来なかったら死んでいただろう。
 魔物が潜む危険な森の中を、こんなに小さい少女を一人で帰らせるのはダメだ。

「家はどっち?」
「こっち」

 少女は、俺達が来た方とは真逆を指した。
 この子は、ヘコネ村からここまで来たのだ。

 気の乗らなそうなエリーゼを手で招いて、ヘコネ村へと歩き出した。



「そういえば、名前は?
 僕はベルで、こっちはエリーゼ」
「エリーゼって……第一王女の、あのエリーゼ様?」
「……そうよ。
 今はもうあの家の子じゃないから、様を付けるのはやめなさい」
「何で?」
「複雑な事情があるんだよ」

 まだこんな子供には理解できない話かもしれないし、今ははぐらかしておこう。
 子供の俺が言うことじゃないが。
 中身はおっさんだから例外か。

「私はライラだよ」
「可愛い名前だね」
「えへへ、ありがとう」

 なんともファンタジーな感じの響き。
 あまりにもこの見た目に似合いすぎている。

「ライラは、どうして薬草なんか取りに来たの?」
「お母さんが病気で寝たきりだから、よく効くって聞いた薬草を取りに来たんだよ」
「そうか……それはどのあたりにあるかわかるか?」
「全然。 だから、もう何日も行ったり来たりしてるんだ」

 お母さんのためにそこまで……
 何とかしてあげたいが、ノーヒントで薬草を見つけるなんて到底無理だろう。

「その薬草、何て名前?」
慈母の蔓マザーズヴァイン
 万病に効くって噂の薬なんだって」
「あれ、そうじゃないかしら?」
「えっと、ちょっと待ってね……
 あっ!本当だ!」

 エリーゼが指を指した方向を見ると、たくさんの花が咲いている場所があった。
 群生地だろうか。めちゃくちゃたくさんある。
 それか、あの中のどれかがそうなのかも。

「それにしても、何でそんなことを知ってたんですか?」
「お父様からあの草のことはよく聞いていたからかしらね」
「ありがとう! エリーゼちゃん!」
「むぐっ……!
 とっとと取ってきなさいよ!」

 照れ隠しが相変わらず下手くそだなぁ。
 お礼を言われて嬉しくないなんてことはないしな。
 だが、どうしてエリーゼはライラだけのこんなに冷たくするのだろうか。
 やっぱりこの世で最も嫌悪されている種族だからか。
 魔族にもいい人はおると思うんだけどな。この子みたいに。

 ライラは背中に背負っていた籠に薬草を摘み、嬉しそうに走って戻ってきた。
 健気で可愛いな。
 村でも好かれていそうだ。

「じゃ、行こうか」

 俺達は再びヘコネ村へと歩き始めた。
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