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第1章 幼・少年期 新たな人生編
第二十話 「友達」
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翌日。
「ライラ! 遊びに来たわよ!」
「あっ、エリーゼちゃん、ベル!
来てくれたんだね!」
俺達は数か月ぶりに、ヘコネ村にやってきた。
ルドルフからの指導により、俺はもう補助なしで馬を操れるようになった。
彼曰く、俺には乗馬の才能があるらしい。
そのため、ルドルフの同伴なしでここまで来れるようになった。
ようやく合法的に子供だけで村に来れる。
「今日から毎日遊びに来るね」
「結構遠いのに、いいの?」
「もっと遠いところに行っちゃうんでしょ。
それならその分、たくさん会いに来なきゃじゃない」
「二人とも……
うん! ありがとう!」
ライラは泣きそうな顔をして、花が咲いたような笑顔を見せた。
リゼスが亡くなったことからも、もうすっかり立ち直ったようだ。
ライラはリゼスが大好きだったから、心に負った傷は浅いものではなかったはずだ。
「……ベル?
どうしたの……わっ」
「ベル?! 何してるの?」
俺は無意識に、ライラの頭を撫でていた。
横にいるエリーゼは、優しい手つきでライラを撫でる俺を見て、驚きの声をあげる。
ライラは俺にとって、第二の妹のような存在だ。
実際には年上だが、俺は彼女を一度も年上だと思ったことがない。
もちろん悪い意味じゃないぞ。
まだこんなに小さいのに、家族のために一生懸命行動しているところとか。
年下の俺に、なんとかお姉ちゃんらしいところを見せようとしてくれるところとか。
そういうところを見ていると、愛らしくてたまらないんだ。
もちろん、俺はエリーゼが好きだ。
ライラに向ける気持ちは、それとはまた別のもの。
「……ごめん、ライラ」
「う、うんん。 大丈夫だよ。
ベルこそ、泣いてるじゃん」
「急に寂しくなっちゃってね」
「……そっか」
エリーゼは俺のことを睨んでいる。
それは、「ベルだけよしよししてずるい」なのか、「あたしにもしなさいよ」なのかはわからない。
多分前者なんだろうけど。
そうして俺達は、いつも遊んでいる大樹の下へやってきた。
ここは周りよりも標高が少しだけ高いため、辺りを一望できる。
今は夏で割とムシムシするが、たまに吹いてくる風がとても心地いい。
今日は運よく、晴れてくれた。
気味の悪い天気ばかりであまり外では遊べないかもしれないから、今のうちに遊んでおこう。
「ベル、聞いて!
私ね、中級魔術が使えるようになったんだよ!」
「本当か? 僕の教えなしでそこまでやれるものか」
「初めてできた時も、特に何も教わらなかったでしょ?」
「うっ……それもそうか」
痛いところを突いてくるようになったな、この子。
俺は多分、人に何かを教えるという才能はない。
肉体的にはまだまだ子供だが、中身はおっさんだ。
これ以上語彙力に伸びしろはないだろうし、教師になるなんて未来永劫無理だろうな。
「そうだ。 ベルの上級魔術を見てみたいな」
「あっ、あたしも。
普段見ている魔術の他に、まだいくつかあるんでしょ?」
「えっ、いつも見てるの?」
「当然よ。 あたしたちは『どーせー』してるんだから」
「ずるい! 私も見たい!」
「意味違いますよ……」
同棲じゃなくて、同居な。
カップルじゃないんだから。
あくまで、義理の兄弟だぞ。今は。
「上級魔術って、すごくすごいんでしょ?」
「使えるのは火魔術だけだけどな」
「それでも、ベルの魔術は凄いんだから!」
「エリーゼの剣術には負けますよ」
「……ベル、どうして私とエリーゼちゃんで喋り方を変えるの?」
俺はギクッとする。
忘れていた。
俺はエリーゼに、呼びタメで接することを約束したんだった。
呼び捨てはもう慣れたが、敬語が全く抜けてくれない。
「――」
…………もしかして、ライラと喋っている時にエリーゼが何とも言えない表情になっていたのは、そういうことだったのか?
今も、エリーゼは複雑そうな顔をしている。
「えっと……エリーゼ?
その……よ、よく見ておけよ?
いつもとは違う魔術を見せてやるからな」
「……気持ち悪いわ」
「えなんで?!」
「はぁ。
あたしにも同じように話して欲しいって思ってたけど、いざ敬語じゃなくなると違和感がすごいわね。
やっぱりいつも通りでいいわ」
なんだそりゃ。
俺も自分で喋っていてかなりむず痒かったから、敬語でいいならそうするけど。
「さ、早く広いところに行きましょう。
ここじゃまずいことになるわよ」
「そうですね」
こんなところで上級火魔術なんてぶっ放したら、大変なことになるだろう。
広い平原で、森の中で中々使えないような魔術を二人に見せてあげよう。
---
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
三人は、村からかなり離れたところに来た。
平原に普通に魔物がいるなんてことはないため、雨などが降ってこない限りは何の問題もない。
離れているとはいっても、肉眼で村は見えるし、帰り道で迷うこともない。
「上級火魔術には、四つの技がある。
『火龍』、『炎爆』、『紅蓮嵐』、そして『花火』。
どれが見たい?」
「フレイムドラゴンは、よく使うやつよね」
「そうですね。
それが一番規模が小さいので」
「スパークルってやつ、魔術教本で見たことある。
それが見たいな」
「ああ、分かった。
でも、念のため離れていてくれ」
スパークル。
この中では、ある意味遺体版規模が大きい技だ。
だが、あまり実用的ではない。
この魔術は、上級魔法でありながら攻撃魔法らしくないのだ。
「ここまで離れれば大丈夫かしらー?」
「何だってー?」
「ここまで離れれば、大丈夫かしらー?」
「えー?」
「ここまで! 離れれば! 大丈夫かしら!」
ベルは頭の上で、大きく丸を作った。
二人は百メートルくらい離れている。
エリーゼの声は大きいうえによく通るが、流石にここまで遠いと聞こえづらい。
ベルは一度深呼吸をして、精神を整える。
失敗してもどうってことはないが、ベルの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
聖級魔術ではため、詠唱はいらない。
ゆっくりと目を閉じ、右腕を前に出す。
そして、唱える。
「スパークル」
ベルが唱えると、彼の手から真上に向かって一筋の光が放たれた。
「ヒュー」という音と共に、青空に吸い込まれていくように消えていった。
「何も起きないわよ?」
エリーゼが言葉を漏らした瞬間だった。
真っ青な空に、大きな花火が咲いた。
赤、紫、黄、緑。
多彩な色の花火は、大きな音を立てながら次々に咲いていく。
「わぁ……! 綺麗……!」
「こんなことまでできるの……?」
エリーゼとライラは揃って目を輝かせながら、満開の花火を見つめる。
大きな花火はエリーゼ達のみならず、ヘコネ村、ラニカ村にまで届いた。
「こんな昼間から花火か?」
「綺麗な花火だな……」
「あんな花火、見たことないわ」
それぞれの村の人々も、遠くに打ち上がった花火を見て、口々に賞賛の声をあげた。
もちろん、ルドルフとロトアにも。
「あいつ……まためちゃくちゃやってるな」
「あんな魔術まで使いこなしちゃって。
やっぱりあの子は凄いわね、ルドルフ」
「……ああ。 流石は、オレ達の子供だ」
やれやれと額に手を当てたルドルフも、そういって微笑んだ。
息子があげたであろう花火を、誇らしげに見上げながら。
ベルは、何発も何発も、繰り返し花火を打ち上げる。
実際に花火を作るには莫大な費用と時間を要するが、魔術を使えば唱えるだけで打ち上がる。
魔術とは、つくづく便利なものである。
三人での最高の思い出を作るために、魔力が尽きるくらいの数の花火を打ち上げる。
「エリーゼちゃん」
「なに?」
「――楽しいねっ!」
ライラは見惚れてしまう程に美しい銀髪をなびかせて、満開の花火に負けないくらいの笑顔を咲かせた。
エリーゼはその顔を見て、肩を震わせた。
そして涙を流しながら、ライラを抱き締めた。
「どっ、どうしたの?」
「――行かないでぇっ!
どこにもっ……!いがないでぇ……!」
「エリーゼちゃん……」
エリーゼはライラを強く抱き締めたまま、震えた声で叫んだ。
ライラもそれを聞いて、目に涙を浮かべた。
エリーゼにとって、ベルはあくまで家族。
彼女自身、ベルに特別な想いを抱いている節もあるが、同じ家の中で「家族」として過ごしている。
そんな彼女にできた、初めて『友達』と呼べる存在。
最初は、あまり好きではなかった。
否、嫌いだった。
魔族のくせに馴れ馴れしくて気持ち悪い、命を助けて貰っておいて家まで送れだとか図々しい、など、ライラに対する嫌悪感は募るばかり。
しかし、送り届ける道の途中で知った、彼女の抱えているもの。
それを知ったその時から、ライラに対する印象が次第に変わっていった。
病気の母親のために危険を冒してまで森に入り、薬草を取ろうとした。
家は貧しく、あの歳で色々な人の手伝いをして金を稼ぎ、生活の足しにしていた。
そんな話をライラ本人から聞いて、エリーゼがライラに向けていた嫌悪は一瞬にして自分の方へ向いた。
ベルと馴れ馴れしいから何だ。
魔族だから何だ。
エリーゼは森の中を歩きながら、そんなことを脳内で呟いた。
自分がどれだけ些細なことでライラを嫌っていたのか、そんな自分がどれだけ愚かだったのかを思い知った。
ライラを家に送り届けた後、エリーゼはライラの父親のサルバと母親のリゼスと顔を合わせた。
エリーゼは二人の顔を見ると、途端に泣き崩れてしまった。
一瞬でもライラを嫌った自分を、呪いたくなった。
その日からは、ライラと遊ぶようになった。
心から幸せとは言えないような生活をしているライラを少しでも楽しませたかった。
自分の身分も忘れて、ベルとライラと一緒に滅茶苦茶するのが、何よりも幸せだった。
そんな時間が、ずっと続くと思っていた。
「エリーゼちゃん。
大きくなったら、遊びに来てよ」
「絶対行くわ! ベルも連れてね!」
「それまで、絶対に私の事忘れないでね」
「忘れるはずがないわ。
あなたは一番大切な友達だもの」
「………って、こういう会話は引越し当日にやるものなんじゃない?」
「……それもそうねっ!」
花火の舞う青空の下、二人は顔を見合せて互いに笑い合った。
---ベル視点---
そうして、三か月が経った。
ついに、ライラが旅立つ日。
俺達は家族総出でヘコネ村へ向かい、見送りの準備をした。
「ライラちゃん。
この子達と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ。
二人が居なかったら、私はここに立てていませんでした。
お礼を言うべきなのは私の方です」
「まあ、いい子ね!」
ロトアはライラの頭をわしゃわしゃと撫でる。
アリスにするみたいにもっと優しく撫でてあげればいいのに。
「サルバ、これ、少しだけど引っ越し祝いだ」
「ええっ、そんな、こんなにたくさん……」
ルドルフは、重そうな巾着袋をサルバに渡した。
サルバは最初は受け取るのを躊躇ったが、ルドルフに言いくるめられて渋々受け取った。
結構な額が入っていたのだろう。
ただでさえ引越しには金が必要だし、遠慮せずに受け取ればいいのに。
一応、社交辞令で最初は断らなければならないのだろうか。
大人の世界って難しいな。
どうも、二十九歳児です。
(エリーゼ)
(ええ、分かってるわ)
俺達はアイコンタクトをとり、同時にライラの方へ近付いた。
そして、エリーゼは懐から一本の木の棒を取り出した。
根元には、赤色の石がはめ込まれている。
「ライラ。 これ、受け取って」
「ん?なにこれ?」
「魔術師の杖よ。
『凄い魔術師になって欲しい』って願いが込められた、大切な杖なんだからね。
大事にしなさい」
「えっ、いいの?」
「次に会った時には、僕よりもすごい魔術師になっていろよ」
この杖は、俺とエリーゼがルドルフとロトアから貰っている小遣いを少しずつ貯金して買ったものだ。
魔術師は普通、杖を持って戦う。
俺は近接型だから持たないようにしているが。
「二人とも……ありがとう……!」
「ちょっと……お別れの日は泣かないって約束でしょ……?」
ライラは杖を受け取り、肩を震わせて泣いた。
エリーゼもそれに釣られるようにして、涙を零した。
最後の最後でこんな感動シーンを見せられるとは。
おじちゃん泣いちゃうよ。
ルドルフとロトア、そしてサルバは、二人の様子を見て柔らかな笑顔を浮かべている。
俺は本来こっち側じゃなくて、一緒に泣いているべきなんだろうけどなぁ。
二人の友情が強すぎて、俺が入ると汚れてしまう気がしてならない。
俺の中身はこんなだが、二人は正真正銘、純粋な子供だ。
互いに抱き合って泣いている美少女達の隣で三十手前のおっさんが泣いてたら気持ち悪いだろ?
そういうことだ。
「それじゃ、そろそろ行こうか、ライラ」
「……うん」
サルバは少々言いづらそうにしていたが、時間はいつまでも待ってはくれない。
名残惜しいが、本当のお別れの時間だ。
「じゃあ元気でね、二人とも」
「ああ。 またいつか遊びに行くよ」
「絶対、絶対に約束よ!」
ライラとサルバは幌馬車に乗り込み、顔を覗かせた。
馬が歩き出し、馬車も前へ進み出した。
大丈夫。またきっと会えるさ。
どこに行くのかも知ってるわけだし、金と「行こう」という気さえあればいつだって遊びに行ける。
「寂しいか?」
「……まあね」
「お前達が大きくなって巣立って行く時も、こんな感じなのかなぁ」
「何年先のことを話してるんだよ」
「時間ってのはすぐに過ぎるもんだぜ?
いつまでも悠長にしていたら、すぐにチ○コに毛が生えて――」
「汚い」
「いでっ」
ロトアがすかさず頭をシバいた。
こいつは何年経っても変わらないなぁ。
ルドルフだけ時間が止まっているんじゃないか。
そうはいったものの、ルドルフもかなり歳をとった。
俺が転生した当時、ルドルフは二十四歳。ロトアは十九歳だった。
現在ルドルフは三十二歳、ロトアは二十六歳。
ロトアは年が明けて二月に二十七歳を迎える。
そうだ。
もうこの世界に来て、八年もの年月が流れたのだ。
ルドルフの言う通り、時間の流れというのはあまりにも早い。
あっという間に大きくなって、家を出る日が来るんだろうな。
……その頃には、気軽にライラの家に遊びに行けるくらいはなっているかな。
遠ざかっていく馬車を見つめながら、俺はポロッと呟いた。
第1章 幼・少年期 「新たな人生編」-終-
「ライラ! 遊びに来たわよ!」
「あっ、エリーゼちゃん、ベル!
来てくれたんだね!」
俺達は数か月ぶりに、ヘコネ村にやってきた。
ルドルフからの指導により、俺はもう補助なしで馬を操れるようになった。
彼曰く、俺には乗馬の才能があるらしい。
そのため、ルドルフの同伴なしでここまで来れるようになった。
ようやく合法的に子供だけで村に来れる。
「今日から毎日遊びに来るね」
「結構遠いのに、いいの?」
「もっと遠いところに行っちゃうんでしょ。
それならその分、たくさん会いに来なきゃじゃない」
「二人とも……
うん! ありがとう!」
ライラは泣きそうな顔をして、花が咲いたような笑顔を見せた。
リゼスが亡くなったことからも、もうすっかり立ち直ったようだ。
ライラはリゼスが大好きだったから、心に負った傷は浅いものではなかったはずだ。
「……ベル?
どうしたの……わっ」
「ベル?! 何してるの?」
俺は無意識に、ライラの頭を撫でていた。
横にいるエリーゼは、優しい手つきでライラを撫でる俺を見て、驚きの声をあげる。
ライラは俺にとって、第二の妹のような存在だ。
実際には年上だが、俺は彼女を一度も年上だと思ったことがない。
もちろん悪い意味じゃないぞ。
まだこんなに小さいのに、家族のために一生懸命行動しているところとか。
年下の俺に、なんとかお姉ちゃんらしいところを見せようとしてくれるところとか。
そういうところを見ていると、愛らしくてたまらないんだ。
もちろん、俺はエリーゼが好きだ。
ライラに向ける気持ちは、それとはまた別のもの。
「……ごめん、ライラ」
「う、うんん。 大丈夫だよ。
ベルこそ、泣いてるじゃん」
「急に寂しくなっちゃってね」
「……そっか」
エリーゼは俺のことを睨んでいる。
それは、「ベルだけよしよししてずるい」なのか、「あたしにもしなさいよ」なのかはわからない。
多分前者なんだろうけど。
そうして俺達は、いつも遊んでいる大樹の下へやってきた。
ここは周りよりも標高が少しだけ高いため、辺りを一望できる。
今は夏で割とムシムシするが、たまに吹いてくる風がとても心地いい。
今日は運よく、晴れてくれた。
気味の悪い天気ばかりであまり外では遊べないかもしれないから、今のうちに遊んでおこう。
「ベル、聞いて!
私ね、中級魔術が使えるようになったんだよ!」
「本当か? 僕の教えなしでそこまでやれるものか」
「初めてできた時も、特に何も教わらなかったでしょ?」
「うっ……それもそうか」
痛いところを突いてくるようになったな、この子。
俺は多分、人に何かを教えるという才能はない。
肉体的にはまだまだ子供だが、中身はおっさんだ。
これ以上語彙力に伸びしろはないだろうし、教師になるなんて未来永劫無理だろうな。
「そうだ。 ベルの上級魔術を見てみたいな」
「あっ、あたしも。
普段見ている魔術の他に、まだいくつかあるんでしょ?」
「えっ、いつも見てるの?」
「当然よ。 あたしたちは『どーせー』してるんだから」
「ずるい! 私も見たい!」
「意味違いますよ……」
同棲じゃなくて、同居な。
カップルじゃないんだから。
あくまで、義理の兄弟だぞ。今は。
「上級魔術って、すごくすごいんでしょ?」
「使えるのは火魔術だけだけどな」
「それでも、ベルの魔術は凄いんだから!」
「エリーゼの剣術には負けますよ」
「……ベル、どうして私とエリーゼちゃんで喋り方を変えるの?」
俺はギクッとする。
忘れていた。
俺はエリーゼに、呼びタメで接することを約束したんだった。
呼び捨てはもう慣れたが、敬語が全く抜けてくれない。
「――」
…………もしかして、ライラと喋っている時にエリーゼが何とも言えない表情になっていたのは、そういうことだったのか?
今も、エリーゼは複雑そうな顔をしている。
「えっと……エリーゼ?
その……よ、よく見ておけよ?
いつもとは違う魔術を見せてやるからな」
「……気持ち悪いわ」
「えなんで?!」
「はぁ。
あたしにも同じように話して欲しいって思ってたけど、いざ敬語じゃなくなると違和感がすごいわね。
やっぱりいつも通りでいいわ」
なんだそりゃ。
俺も自分で喋っていてかなりむず痒かったから、敬語でいいならそうするけど。
「さ、早く広いところに行きましょう。
ここじゃまずいことになるわよ」
「そうですね」
こんなところで上級火魔術なんてぶっ放したら、大変なことになるだろう。
広い平原で、森の中で中々使えないような魔術を二人に見せてあげよう。
---
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
三人は、村からかなり離れたところに来た。
平原に普通に魔物がいるなんてことはないため、雨などが降ってこない限りは何の問題もない。
離れているとはいっても、肉眼で村は見えるし、帰り道で迷うこともない。
「上級火魔術には、四つの技がある。
『火龍』、『炎爆』、『紅蓮嵐』、そして『花火』。
どれが見たい?」
「フレイムドラゴンは、よく使うやつよね」
「そうですね。
それが一番規模が小さいので」
「スパークルってやつ、魔術教本で見たことある。
それが見たいな」
「ああ、分かった。
でも、念のため離れていてくれ」
スパークル。
この中では、ある意味遺体版規模が大きい技だ。
だが、あまり実用的ではない。
この魔術は、上級魔法でありながら攻撃魔法らしくないのだ。
「ここまで離れれば大丈夫かしらー?」
「何だってー?」
「ここまで離れれば、大丈夫かしらー?」
「えー?」
「ここまで! 離れれば! 大丈夫かしら!」
ベルは頭の上で、大きく丸を作った。
二人は百メートルくらい離れている。
エリーゼの声は大きいうえによく通るが、流石にここまで遠いと聞こえづらい。
ベルは一度深呼吸をして、精神を整える。
失敗してもどうってことはないが、ベルの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
聖級魔術ではため、詠唱はいらない。
ゆっくりと目を閉じ、右腕を前に出す。
そして、唱える。
「スパークル」
ベルが唱えると、彼の手から真上に向かって一筋の光が放たれた。
「ヒュー」という音と共に、青空に吸い込まれていくように消えていった。
「何も起きないわよ?」
エリーゼが言葉を漏らした瞬間だった。
真っ青な空に、大きな花火が咲いた。
赤、紫、黄、緑。
多彩な色の花火は、大きな音を立てながら次々に咲いていく。
「わぁ……! 綺麗……!」
「こんなことまでできるの……?」
エリーゼとライラは揃って目を輝かせながら、満開の花火を見つめる。
大きな花火はエリーゼ達のみならず、ヘコネ村、ラニカ村にまで届いた。
「こんな昼間から花火か?」
「綺麗な花火だな……」
「あんな花火、見たことないわ」
それぞれの村の人々も、遠くに打ち上がった花火を見て、口々に賞賛の声をあげた。
もちろん、ルドルフとロトアにも。
「あいつ……まためちゃくちゃやってるな」
「あんな魔術まで使いこなしちゃって。
やっぱりあの子は凄いわね、ルドルフ」
「……ああ。 流石は、オレ達の子供だ」
やれやれと額に手を当てたルドルフも、そういって微笑んだ。
息子があげたであろう花火を、誇らしげに見上げながら。
ベルは、何発も何発も、繰り返し花火を打ち上げる。
実際に花火を作るには莫大な費用と時間を要するが、魔術を使えば唱えるだけで打ち上がる。
魔術とは、つくづく便利なものである。
三人での最高の思い出を作るために、魔力が尽きるくらいの数の花火を打ち上げる。
「エリーゼちゃん」
「なに?」
「――楽しいねっ!」
ライラは見惚れてしまう程に美しい銀髪をなびかせて、満開の花火に負けないくらいの笑顔を咲かせた。
エリーゼはその顔を見て、肩を震わせた。
そして涙を流しながら、ライラを抱き締めた。
「どっ、どうしたの?」
「――行かないでぇっ!
どこにもっ……!いがないでぇ……!」
「エリーゼちゃん……」
エリーゼはライラを強く抱き締めたまま、震えた声で叫んだ。
ライラもそれを聞いて、目に涙を浮かべた。
エリーゼにとって、ベルはあくまで家族。
彼女自身、ベルに特別な想いを抱いている節もあるが、同じ家の中で「家族」として過ごしている。
そんな彼女にできた、初めて『友達』と呼べる存在。
最初は、あまり好きではなかった。
否、嫌いだった。
魔族のくせに馴れ馴れしくて気持ち悪い、命を助けて貰っておいて家まで送れだとか図々しい、など、ライラに対する嫌悪感は募るばかり。
しかし、送り届ける道の途中で知った、彼女の抱えているもの。
それを知ったその時から、ライラに対する印象が次第に変わっていった。
病気の母親のために危険を冒してまで森に入り、薬草を取ろうとした。
家は貧しく、あの歳で色々な人の手伝いをして金を稼ぎ、生活の足しにしていた。
そんな話をライラ本人から聞いて、エリーゼがライラに向けていた嫌悪は一瞬にして自分の方へ向いた。
ベルと馴れ馴れしいから何だ。
魔族だから何だ。
エリーゼは森の中を歩きながら、そんなことを脳内で呟いた。
自分がどれだけ些細なことでライラを嫌っていたのか、そんな自分がどれだけ愚かだったのかを思い知った。
ライラを家に送り届けた後、エリーゼはライラの父親のサルバと母親のリゼスと顔を合わせた。
エリーゼは二人の顔を見ると、途端に泣き崩れてしまった。
一瞬でもライラを嫌った自分を、呪いたくなった。
その日からは、ライラと遊ぶようになった。
心から幸せとは言えないような生活をしているライラを少しでも楽しませたかった。
自分の身分も忘れて、ベルとライラと一緒に滅茶苦茶するのが、何よりも幸せだった。
そんな時間が、ずっと続くと思っていた。
「エリーゼちゃん。
大きくなったら、遊びに来てよ」
「絶対行くわ! ベルも連れてね!」
「それまで、絶対に私の事忘れないでね」
「忘れるはずがないわ。
あなたは一番大切な友達だもの」
「………って、こういう会話は引越し当日にやるものなんじゃない?」
「……それもそうねっ!」
花火の舞う青空の下、二人は顔を見合せて互いに笑い合った。
---ベル視点---
そうして、三か月が経った。
ついに、ライラが旅立つ日。
俺達は家族総出でヘコネ村へ向かい、見送りの準備をした。
「ライラちゃん。
この子達と仲良くしてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ。
二人が居なかったら、私はここに立てていませんでした。
お礼を言うべきなのは私の方です」
「まあ、いい子ね!」
ロトアはライラの頭をわしゃわしゃと撫でる。
アリスにするみたいにもっと優しく撫でてあげればいいのに。
「サルバ、これ、少しだけど引っ越し祝いだ」
「ええっ、そんな、こんなにたくさん……」
ルドルフは、重そうな巾着袋をサルバに渡した。
サルバは最初は受け取るのを躊躇ったが、ルドルフに言いくるめられて渋々受け取った。
結構な額が入っていたのだろう。
ただでさえ引越しには金が必要だし、遠慮せずに受け取ればいいのに。
一応、社交辞令で最初は断らなければならないのだろうか。
大人の世界って難しいな。
どうも、二十九歳児です。
(エリーゼ)
(ええ、分かってるわ)
俺達はアイコンタクトをとり、同時にライラの方へ近付いた。
そして、エリーゼは懐から一本の木の棒を取り出した。
根元には、赤色の石がはめ込まれている。
「ライラ。 これ、受け取って」
「ん?なにこれ?」
「魔術師の杖よ。
『凄い魔術師になって欲しい』って願いが込められた、大切な杖なんだからね。
大事にしなさい」
「えっ、いいの?」
「次に会った時には、僕よりもすごい魔術師になっていろよ」
この杖は、俺とエリーゼがルドルフとロトアから貰っている小遣いを少しずつ貯金して買ったものだ。
魔術師は普通、杖を持って戦う。
俺は近接型だから持たないようにしているが。
「二人とも……ありがとう……!」
「ちょっと……お別れの日は泣かないって約束でしょ……?」
ライラは杖を受け取り、肩を震わせて泣いた。
エリーゼもそれに釣られるようにして、涙を零した。
最後の最後でこんな感動シーンを見せられるとは。
おじちゃん泣いちゃうよ。
ルドルフとロトア、そしてサルバは、二人の様子を見て柔らかな笑顔を浮かべている。
俺は本来こっち側じゃなくて、一緒に泣いているべきなんだろうけどなぁ。
二人の友情が強すぎて、俺が入ると汚れてしまう気がしてならない。
俺の中身はこんなだが、二人は正真正銘、純粋な子供だ。
互いに抱き合って泣いている美少女達の隣で三十手前のおっさんが泣いてたら気持ち悪いだろ?
そういうことだ。
「それじゃ、そろそろ行こうか、ライラ」
「……うん」
サルバは少々言いづらそうにしていたが、時間はいつまでも待ってはくれない。
名残惜しいが、本当のお別れの時間だ。
「じゃあ元気でね、二人とも」
「ああ。 またいつか遊びに行くよ」
「絶対、絶対に約束よ!」
ライラとサルバは幌馬車に乗り込み、顔を覗かせた。
馬が歩き出し、馬車も前へ進み出した。
大丈夫。またきっと会えるさ。
どこに行くのかも知ってるわけだし、金と「行こう」という気さえあればいつだって遊びに行ける。
「寂しいか?」
「……まあね」
「お前達が大きくなって巣立って行く時も、こんな感じなのかなぁ」
「何年先のことを話してるんだよ」
「時間ってのはすぐに過ぎるもんだぜ?
いつまでも悠長にしていたら、すぐにチ○コに毛が生えて――」
「汚い」
「いでっ」
ロトアがすかさず頭をシバいた。
こいつは何年経っても変わらないなぁ。
ルドルフだけ時間が止まっているんじゃないか。
そうはいったものの、ルドルフもかなり歳をとった。
俺が転生した当時、ルドルフは二十四歳。ロトアは十九歳だった。
現在ルドルフは三十二歳、ロトアは二十六歳。
ロトアは年が明けて二月に二十七歳を迎える。
そうだ。
もうこの世界に来て、八年もの年月が流れたのだ。
ルドルフの言う通り、時間の流れというのはあまりにも早い。
あっという間に大きくなって、家を出る日が来るんだろうな。
……その頃には、気軽にライラの家に遊びに行けるくらいはなっているかな。
遠ざかっていく馬車を見つめながら、俺はポロッと呟いた。
第1章 幼・少年期 「新たな人生編」-終-
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