空中転生

蜂蜜

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第2章 少年期 邂逅編

第二十一話 「異変」

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 春になった。
 俺はもう九歳になった。
 早いもので、アリスも二歳。
 もう普通に家中を歩き回るようになった。

 エリーゼも十二歳。小学六年生の歳だ。

 ライラが引っ越してから数か月。
 流石にエリーゼの心の穴も埋まってきたようで、すっかり元気になった。

 そんなエリーゼは最近、突然魔術を教えて欲しいと頼んできた。
 剣術にしか目のなかったエリーゼが、剣術以外のことに興味を示すとは思わなかった。
 多分、ライラの影響だろうな。
 またいつか会えた時までに魔術が使えるようになっておいて、ライラを驚かせてやろうって寸法だな。
 動機がいちいち可愛いんだよ。

 初めて魔術を教えたときにはイライラして結局諦めていたが、三か月をかけながらも火初級魔術を習得。
 ライラパワーは絶大だった。

 だが、調子に乗ったエリーゼは家の中で魔術を使ってしまい、家の柱が少し焼け焦げてしまった。
 ロトアとルドルフは当然大激怒。
 俺がエリーゼを庇わなければどうなっていたことか。
 大事にならなくてよかったが、エリーゼは大号泣。
 ちょっと可哀想だった。

 魔術を教えている以外の時間は、基本的に語学学習。
 魔人語はほぼ完璧にマスターできた。
 今は竜人語の勉強に着手し始めている。

 獣人語の勉強もしたいが、そうなると本を買いにまたアヴァンまで行かなければならない。
 地竜を借りられるほどの小遣いを貰えれていれば気軽に行けたのだが、九歳がもらうような小遣いでは到底無理だ。
 俺が貰っている小遣いはグレイス銅貨三枚、エリーゼは五枚。
 エリーゼも王宮にいれば金貨三枚くらいは貰えていただろうに。
 家は村の中では裕福な方だが、子供二人に大量の小遣いをあげられるほどの財力はない。
 ルドルフがもっと稼いでくれたらいいんだが。

 稼げる仕事で言うと、冒険者とかか。
 何年か前にもこんなこと言った気がするが、大きくなったらやってみるのもありかもな。
 もちろん、エリーゼと一緒に。

 一方で、かなり気がかりなことがある。
 この、奇妙な天気。
 
 一言で表すなら、「天変地異」だろうか。
 最初は雨の日が続くくらいの可愛いものだったが、暖かいのに雪が降ってきたり、突然突風が吹き荒れたりするなど、普通じゃありえないようなことばかりが続いている。
 ルドルフも、「少なくともオレが生きてきた中でこんなことは初めてだ」と違和感を露わにしていた。
 そしてなにより、あの空の色。
 曇天、というには色が禍々しい。

 先日、よく分からない人が家を訪問してきた。
 確か、『お告げの天使』とか言ってたような。
 めちゃくちゃ厨二チックで面白い名前だった。

 ただ、どこかで聞いたことがあるんだよな。
 思い出せなくてムズムズしている、今日この頃でございます。

 その『お告げの天使』とやらは、こう言った。
 あの空は、天候操作によって操られたものなのではないか。
 そういって、ロトアを疑ったのだ。
 無論、ロトアがそんなことをするはずはない。
 詳しい事情聴取の末、関係がないことが確認された。
 丁寧に謝罪してくれたからまだ許せるが、どうしてロトアを疑うんだよ。
 二度も王国を救った英雄だぞ。
 
 ロトアのような特級魔術師は、世界に百人くらいだと聞いた。
 もしこれが何者かの天候操作の仕業ならば、他の特級魔術師も同じように疑われているのだろうか。
 なんにせよ、嫌な予感しかしない。
 ただの異常気象であってくれ。

---

 グレイス王国周辺のみならず、大陸各地でこの異常気象は確認できた。
 世界の真ん中に広がっている中央大陸では、あらゆる国、街、村に住む人間達が、数年前から続くこの異常気象に悩まされていた。

---

 同時刻、ケントロン大陸、『聖剣道場』にて。

 『剣神』アベルは、木剣同士がぶつかる音の中ただ一人、一点を睨みつけている。

「師範、あの空……」
「嫌な予感がするのは、お前も同じか?
 セレスティア」
「はい。
 聞いた話によれば、中央大陸の方では異常気象が各地で起こっているんだとか」
「こっちの方に被害が及ぶのも、時間の問題かもしれないな」
「そうなれば、この道場はどうなってしまうのですか?」
「それは、その時になってみないことにはわからない」

 二人は再び、空を見上げる。
 二人の上に広がる空に異常はない。
 西の方角の空にのみ、禍々しい色の雲が確認できる。

「そろそろ休憩は終わりにしたらどうだ?
 そんなものじゃ、まだまだ称号を与えるには早いぞ」
「て、手合わせ願えますか?」
「良かろう。 だが殺すなよ」
「それは、どちらかというとこちらの台詞なのでは……」

 セレスティアは水上級剣士だ。
 水神級剣士のアベルに敵うはずがない。

 二人は場所を移動し、互いに剣を抜いた。
 アベルは、その動きですら、無駄がない。

「よろしくお願いします!」
「うむ」

 セレスティアの高らかな声と共に、セレスティアはルドルフに突進する。

 (リベラ……)

 セレスティアの攻撃を軽く受け流しながら、遠く離れた地にいる娘に思いを馳せた。

---

 空中城塞・アグラノーズにて。

「フィリアス様。
 ただいま調査より戻りました」
「ご苦労」

 『龍王』フィリアスは、空中に浮かぶ邸宅から、空を見下ろした。

「何か収穫は得られたか?」
「……世界中に存在する特級以上の魔術師を尋問しましたが、いずれも関係はないようです」
「……そうか」

 顔を上げ、翡翠色の長髪が揺れる。
 黒い翼から、黒い羽が一枚、床に落ちた。

「あのような空は、俺も見たことがない」
「……」
「『太陽神』が、何かの布石を投じたのかもしれんな」

 九星執行官の第一位、通称『太陽神』。
 彼は、神級魔術と神級剣術を操ることのできる、唯一の人間である。
 否、もはや人間を超越した別の何かともいえよう。

 『太陽神』ならば、天候操作を行うことなど極めて容易である。
 魔法協会の呪いは、彼には効かない。
 あらゆる呪術の類のものを、無効化する権能を持つためだ。
 それほどまでに、絶対的な存在なのである。 

「引き続き、調査を頼んでもいいか?
 ガブリエル」
「はい。 仰せのままに」

 『お告げの天使』ガブリエルは再び跪き、その場から一瞬にして姿を消した。



--- ベル視点 ---



「ベル、エリーゼ。 ちょっといらっしゃい」

 庭でエリーゼに魔術を教えていたところ、ロトアの呼ぶ声が聞こえた。
 ロトアのもとへ行くと、ルドルフと共に出かける格好をしていた。
 ロトアは杖を持ち、ルドルフは剣を腰に提げている。
 何かあったのだろうか。

「どこに行くの?」
「アヴァンからの要請で、あの空の調査に行かなきゃならなくなった。
 しばらく、家を空けることになる」
「えっ、じゃあ誰がアリスの面倒を……」
「アタシだ」
「リベラ?!」

 玄関先をよく見ると、リベラが立っているのが見えた。
 またお世話になるのか。申し訳ないな。

 エリーゼは嬉しそうにリベラのもとに駆けて行き、飛びついた。

「大きくなったな、お嬢……エリーゼ」
「でしょ! すぐに越してやるんだから」
「せいぜい頑張るんだな」

 これは、身長のことだよな。
 決して、エッチなこととかではないよな。 

 エリーゼは十二歳になったからか、胸の発育が始まっている。
 一緒のベッドに入って寝る時、たまにチラッと見えてしまうことがあるから、目のやり場に困る。
 でも、距離をとって寝るようにしていても、朝起きたら高確率で俺の上にエリーゼの体のどこかが乗っているのだ。
 この前なんか、顔の上にエリーゼの胸が乗っていたことがあった。
 流石に堪能したかったが、理性が勝ってしまった。
 俺はどうしようもない無職童貞だったが、以外にも紳士な一面がある。
 なんて、自分でいうのもおかしな話か。

「リベラ聞いて! あたし、胸が大きくなってきたのよ!」
「お、おう……良かったな」
「背の大きさもだけど、胸の大きさでも負けないわよ!」

 おいおい、自覚ありかよ。
 そんなデカい声で言うんじゃない。近所にダダ洩れだっての。
 ロトアもルドルフも、そしてリベラも揃って苦笑を浮かべている。
 今でこそ可愛いもんだが、もう少し成長して下ネタ大魔神になってしまったらどうしよう。
 清廉潔白な美少女であってくれ。
 汚れたなら汚れたで、悪くはないが。

「どのくらいで帰ってくるの?」
「分からないわ。
 でも、すぐに帰ってくるわよ」
「気を付けてね。 生きて帰ってこなかったら許さないわよ」
「お前達を置いて死ねるかよ。
 それじゃリベラ、こいつらをよろしく頼む」
「ああ。 もし万が一死ぬようなことがあれば、責任を持ってグレイス家が引き取ることを約束する」
「だから勝手に殺すなって」

 リベラとルドルフは、同じ道場で剣を学んでいたんだったか。
 確かにこうして見ると、すごく仲が良さそうだな。

 二人は馬車に乗り込み、アヴァンの方角へと歩き出した。
 何事もなく帰ってきてくれればいいが。
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