空中転生

蜂蜜

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第2章 少年期 邂逅編

第四十話 「命の重さ」

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 ラゾンに滞在し始めて、二週間。
 生活はかなり順調だ。

 最初の一週間は、シャルロッテが連勤地獄を味わっていた。
 彼女は、「もう二度とお金は使いません」と言って倒れた。
 今後のことを考えれば必要な出費だったため仕方ないが、
 取り決めは取り決めですからね。

 せっかく二か月もの長い時間があるため、俺は勉強に再着手することにした。
 まだ完璧ではない竜人語に加え、獣人語の勉強。
 言うなればアラビア語と中国語を同時に勉強しているようなものだ。
 だから、かなり頭が混乱してしまう。
 幸い、竜人語は人と会話できる程度には理解できるから、何とか続いているが。

 獣人族の住む森はボレアス大陸の方にあるため使う機会があるかは分からないが、
 勉強しておいて損はないだろう。

 一方で、魔術の練習も怠ってはいない。
 嫌でも二日に一回は使うが、それ以外の話だ。
 連勤中のシャルロッテを連れ出すことは流石にしなかったが、
 一人でも練習は欠かしたことはない。

 休日でも平原に出て、シャルロッテから魔術を教わる。
 中々上達はしないが、それでも着実に力はついてきているだろう。
 今のところは、魔力最大量の限界は見えてこない。
 せめて聖級魔術くらいは使えるようになりたいな。
 もちろん、そう簡単にはいかないが。

 それと、欲しい杖に目星が付いた。
 白金銭12枚。
 分かりやすく言えば12000円の杖だ。
 シャルロッテが買った杖は白金銭20枚の杖。
 俺が狙っている杖と比べると二倍近い値段だが、
 それでも俺の目当ての杖は十分高い。

 どうやらあの店の店主は俺のことを覚えていてくれたらしく、
 その杖を俺のためにセーブしてくれた。
 気前のいいおっちゃんはいいね。

 とはいえ、白金銭12枚なんてそんなにすぐ貯まるものじゃない。
 まず、シャルロッテは俺達の資金のうちの3分の1ほどを使った。
 現状、船に乗るためのお金は足りていない。
 そう、先日の誘拐事件の解決で貰った褒賞金をかなり使ったのだ。
 だから、今はそっちを優先してお金を貯めている。

 今、俺の所持金と言えるお金は白金銭換算で2枚。
 あと一カ月と少しで目標金額に到達できるのかはまあまあ怪しい。
 最悪買えなくてもどうってことはないが、
 せっかく杖をセーブしてくれた店主に申し訳ないというか。

 だから、仕事を頑張って何とかあの杖を買いたい。
 俺のためにも、あのおっちゃんのためにもな。

「ねえベル、これ何て読むの?」
「これは、『さかな』です」
「分かった! ありがと!」

 最近、エリーゼも竜人語に興味を持ち始めた。
 度々俺に読み方や書き方を聞きに来る。
 あんなに言語学習が嫌いだったのに。
 大嵐が来て出航が延びそうだな。

 ランスロットとシャルロッテは俺達のために、人間語を話してくれている。
 シャルロッテは昔から人族の言葉に興味があったため、勉強していたらしい。
 魔術も学んで、他の種族の言語まで学ぶとは。
 シャルロッテはかなりの勤勉だ。
 そう考えると、かなり俺と似ている気がする。
 小さな頃から色々なことに興味を持って学ぼうとする姿勢というか。

「ベル、エリーゼ。
 朝ごはんですよ」
「はい」

 早起きをすることも、最近心がけていることの一つだ。
 早起きをすることで、一日の活動時間が増える。
 それに、気持ちよく一日をスタートできるからな。
 ちなみに、今日は寝坊した。

「稼ぎは順調だ。
 運よく報酬の高い依頼ばかりを拾えているから、金の貯まりも早いな」
「今はどのくらいなんですか?」
「シャルロッテが使った金の半分ほどは回収できた。
 何もなければ、問題なく大陸を渡れるだろう」

 良かった。
 と心の中で呟く俺の隣で、シャルロッテもホッとため息をついた。
 自分のせいで間に合わないなんてことになったら本人は相当気負うだろうな。
 別に少し遅れるくらいならいいんだが。
 デュシス大陸行の船は一か月半後に出航する船だけではないんだし。

「今日は、私とベルの日ですね」
「はい。 頑張りましょう」

 今日の当番は俺とシャルロッテだ。
 最初は冒険者活動が楽しくて仕方がなかったが、
 最近はもう最早楽しくなくなってきている。
 それでもやらなきゃいけないからな……
 社会人ってきっとこんな感じだったんだろうな。

 戦闘能力の向上、それに魔術の勉強にはもってこいの場ではある。
 この辺りに出る魔物は比較的弱いし、油断しなければ難なく撃破できる魔物ばかりだ。
 油断しなければ、だ。

 以前シャルロッテと共に魔物狩りに行った時、死ぬような体験をした。

 シャルロッテと談笑をしながら現場に向かっている道中、
 大きな鳥の魔物と遭遇した。
 俺とシャルロッテは魔術を駆使してその魔物を即座に撃破。
 魔物は塵にならなかったため、肉を剥ぎ取ろうとしたその時。
 俺は横から出てきた別の鳥の魔物に気づかず、食われかけた。
 食われかけたというのは、本当に文字通りだ。
 大きな嘴に、俺の体の半分以上が食われていたのだ。
 流石に死を覚悟したが、シャルロッテのスーパーカバーによって難を逃れた。

 以降、俺はシャルロッテに様を付けて名前を呼ぶことにしたが、
 「からかわないでください」と怒られてしまったためやめた。
 命の恩人をからかうような真似をしたつもりはないんだけどな。

 それに、俺に魔術を教えてくれている時点で、
 俺の師匠的な存在でもあるわけで。

 最近だと、エリーゼよりも一緒にいる時間が長いようにも感じる。
 いや、エリーゼは寝る時に決まって俺の隣に来るからそんなことはないか。
 でも、実際に活動している時間に限ればシャルロッテの方が長いかもしれない。
 二週間もペアで仕事をすれば、まあそうなるか。

 今日も一日、頑張っていこう。

---

 一か月が経った。
 もういっそ、この町に住みたい。
 そう思えるくらい、ラゾンはいい町だ。

 人々は温かく、食べ物もすごく美味しい。
 特に、海産物。
 異世界にしては珍しく、「刺身」が存在する。
 この町では肉よりも魚の方が食べられているらしい。

 普通、魚ばかり食べていては肉が恋しくなるものだろう。
 だが、ラゾンの海産物は肉の味を忘れてしまうほどに絶品だ。
 子供の頃からずっと刺身が好きだったから、
 好きなだけ食べられるというのはこの上ない幸せだ。
 今も子供であるという事実には触れないでおこう。

 エリーゼは王族であるのにも関わらず、
 刺身を口にしたことがなかったらしい。
 初めて刺身を食べた時、エリーゼは「ほっぺたが痛いわ!」と言いながら美味しそうに頬張っていた。

 きっと、渡った先の港町でも魚は食べられるだろう。
 天大陸とデュシス大陸でどう違うのかが楽しみだ。

「ベル」
「どうしました? ランスロットさん」
「少し、話がある」
「話?」
「ああ。 大事な話だ」

 妙に改まっているな。
 もしかして、金を全部使ってしまったから船に乗れない、とか言い出すんじゃなかろうな。
 頼りにはなるが、たまにやらかすイメージがある。
 リザードランナーの時がその代表例だ。

 ランスロットは俺を宿から連れ出し、
 柔らかな顔で「少し町を歩こう」と言った。
 エリーゼやシャルロッテには何も言ってないが、大丈夫なのだろうか。

 外はもうすっかり暗く、
 町に出ていた店は続々と店じまいをしている。
 今日は休みだったが、一日があっという間だったな。
 俺達は綺麗な喫茶店に入り、腰を下ろした。

「それで、話って何ですか?」
「あまり、動揺せずに聞いて欲しいのだが」

 何やらただごとじゃなさそうな雰囲気なんだが……
 せっかく順調にここまで過ごせているんだからやめてくれよ?

「先日の誘拐事件のことだ」
「それがどうかしたんですか?」
「お前を見つけた後に少女たちを助けに地下には入った時に、
 二人の男の死体が入り口に転がっていた。
 あれは、お前がやったのだな?」
「……」

 そのことか……
 動揺するなって方が無理だろう。
 俺は確かに、あの二人の男の命を奪った。
 どんな理由であれ、殺害は殺害だ。

 自分でも、目が泳いでいるのが分かる。
 やっぱり、殺しは罪に問われるのだろうか。
 ランスロットは真剣な眼差しで、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
 俺の返答をじっと待つかのように。

「……はい」

 俺はランスロットの顔を見ず、目線を逸らしながら頷いた。
 思えば、俺は人を殺したということを誰にも言っていなかった。
 いや、「俺は人を殺したぞ」なんて喧伝するなんてことは誰もしないだろうが。

「どうだった?」
「どうって……どういうことですか」
「人の命を奪ったという事実を、お前はどう捉える」
「……怖くて、たまらなかったです」

 震える手を抑えるようにして、魔術を放った。
 反撃の余地を与えることなく、呆気なく男たちの命は散った。
 人の命というものは、やろうと思えばいとも簡単に奪えてしまうのだと。
 そう思うと、怖くてたまらなかった。

「ベル。 俺は怒っているわけではない。
 ただ、お前の精神が心配で、お前に声をかけた。
 もう少し早くこうして話ができればよかったのだが……
 お互いに色々と忙しかったからな」
「そう、ですね」

 俺も、ランスロットが怒っているようには見えなかった。
 宿を出る時の顔を見れば、それくらいはわかる。

「俺達には明るく振舞っているが、
 本当はあの時のことを一人で抱え込んでいるのではないかと思ったのだ。
 大陸を渡る前に、話ができてよかった」
「気遣ってくれてありがとうございます。
 ですが、もう大丈夫ですよ」
「それなら、良かった。
 ならば、俺から一つだけ伝えさせてほしい」

 ランスロットは俺に向き直った。

「お前がやったことは、何も間違いではない」
「――」
「奴らは、死んで当然の人間だ。
 逆にお前は、生きていなければならない人間だ。
 だからお前がやったのは、必要な殺しだったのだ。
 たくさんの命を背負って戦ったお前に、奴らは殺されて当然だった。
 何も、気にすることはない」

 ランスロットの言葉が、今は何故か心に刺さる。
 そうか。
 俺は何も、間違っていなかったんだ。

「これからも、お前は同じような局面に出くわすことがあるかもしれない。
 その時は、殺しも厭うな」
「……」
「必要だと思ったのなら、迷わず動け。
 お前が死んでからでは、遅い」
「……はい」
「殺しが絶対悪だと思うな。
 時には、それが正義となり得ることもある。
 お前がやった殺害は、正しかった」

 ランスロットは右腕をゆっくりと天井に掲げた。
 そしてまたゆっくりと、俺の頭にポンと優しく置いた。

「お前は偉い子だ、ベル」

 心を縛り付けていた鎖が断ち切られたかのように、
 俺は体がふわっと軽くなった気がした。
 その後しばらく、俺はランスロットにされるがままに撫でられていた。
 
 ……喫茶店でやるには、ちょっと物騒すぎる話だったかもしれないが。
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