空中転生

蜂蜜

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第3章 少年期 デュシス大陸編

第四十五話 「囚人生活」

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「はい、アタイ一抜け!
 ガハハハ!」
「クソ……もう一回だ、もう一回!
 このままじゃ終われねえよ!」

 決意を固めてから数時間。
 どうやら燃えていたのは俺だけらしい。
 ダリアとゾルトは何やらババ抜きか何かで盛り上がっており、シェインは生きているのか疑うくらい深い眠りについている。
 ていうか何で牢獄の中にトランプがあるんだよ。

「もう夜なんですし、少しは静かにしましょうよ」
「何言ってんだベル。
 夜はこれからだぜ?
 ほらゾルト、ベルの方に寄るぞ。
 ベルもやるよな?」
「やりません」
「まあまあ、そう言わずにさぁ」

 と、半ば強制的に参加させられることになった。
 早くて二週間後と言った意味が分かったような気がする。
 冷静に考えて、計画を立ててから実行に移すのに二週間もかかるわけがない。

「こんなにうるさくして、他の囚人に怒られたりしないんですか?」
「全部の部屋に特殊な術式がかけてあるから大丈夫さ。
 音を漏れにくくする、よくわからん術式だ」
「そんなことをしたら、囚人達が良からぬことを考えていても分からないのでは?
 それこそ、さっきの僕達みたいな脱獄計画とか」
「そんな計画練っても、脱獄できるわけないと踏んでるんじゃねえか?」

 セキュリティに相当な自信があるようだな。
 流石は世界に誇る監獄だ。
 数週間後、俺達に破られるけどな。

 二週間もかかるわけないとか言ったが、脱獄って、ものによっては何か月もかかるらしい。
 ましてやこんなにセキュリティが堅固な場所から脱獄するなんてのは、確かに難しいな。

 準備ができて、実行に移したとしても、それがどれほどの時間を要するのかは分からない。
 脱獄をする側になんてなったことがないから、舐めていた。
 普通に生きてたら、そんな機会はないはずなんだけどな。
 おかしい。普通に生きていたはずなんだけどな。

「なあ、ベル。
 アタイらに、アンタのことをよく聞かせてくれないか?
 これから苦楽を共にする仲になるわけだしさ」
「僕のこと、ですか?」
「確かに、お互いのことを知っておくのは大事だしな。
 おい、シェイン。 起きろ」
「……」
「シェイン?」
「……」
「起きろ! シェイン!」
「……起きている」

 いや寝てただろ、思いっきり。
 呼吸してたかすら怪しかったぞ。
 仮死状態だったんじゃないか。

「何から話せばいいんでしょうか」
「何でもいいさ」
「そうですね……
 それじゃあ、ここ四か月の僕の生活について話しましょうか」

 俺は、この四か月で起きたことをすべて話した。
 ババ抜きをしながらだったから、所々中断しながらではあるが。

 四か月前、グレイス王国のラニカ村から、突如出現した転移隕石によって、天大陸に転移したこと。
 そこで、ランスロットという竜人族に出会い、故郷に戻る旅を始めたこと。
 冒険者を始めて、いくつかの町々を転々としたこと。
 ガラウスの街で、大きな誘拐事件に巻き込まれ、解決したこと。
 その後、港町・ラゾンへの二か月の滞在、更に一か月の長い長い航海を経て、ようやくミリアに到着したこと。
 そしてどういうわけか、俺は冤罪で捕まってこの場所にいるということ。

 振り返ってみれば、激動の四か月なんてレベルじゃないな。
 ラゾンに滞在していた期間でさえ、仕事に追われていたわけだし。
 ゆっくりと休めたことは、ほとんどない。
 それでいうならば、今は割とリラックスできているようにも思える。
 置かれている状況はちとあれだが、こうして言葉を交わせる相手もいるし。
 盗賊だっていうから、あまり心を許しすぎるのもよくないかもしれないが。

「ベル、お前、今何歳なんだ?」
「九歳です」
「そんな年齢で、そんな経験をしているのか。
 私達大人を差し置いて、一人で脱獄しようなどとと言い出すその気概も、お前がしてきたたくさんの経験から生まれたものなのだろうな」
「アタイらも見習わないとな!」

 あまり褒めすぎると調子に乗るタイプだからやめてくれ。
 ほら、もう口角が下がらなくなってきている。
 一旦顔を逸らして、深呼吸。

「皆さんこそ、何歳なんですか?」
「アタイらは、全員23歳で同い年だ」
「全員?!」
「……何だ。 何故私を見る」
「いえ、別に……」
「ハゲてるからじゃね?」
「ブフッ」
「その無駄に伸びた髪の毛を根こそぎ毟り取ってやってもいいのだぞ?」
「ウェーイ! またアタイの勝ちだ!」

 本当にこんなことでいいのか。
 そんな不安に駆られる一方で。
 こいつらとなら、ここから脱出できるような気がする。
 そんな気もした。

---

 同刻、エリーゼ達は。

「おかしいです……ベルが帰ってきません」
「どこか、行先を言ってから出かけたわけでもないのだろう?」
「私は、宿を出ていく様子しか見ていなかったので……」

 日が落ち、月が昇ってきても帰ってこないベル。
 不穏で重苦しい空気が、三人を包み込む。

「どうしますか?
 今からでも捜しに行った方が……」
「もう外はすっかり暗い。
 今から捜しに出るのは、かえってよくないだろう」

 慌てふためく二人を見ながら、エリーゼは呼吸を荒くしている。
 手も瞳も足も、震えている。

「あたしの……あたしの、せいだわ」
「何故だ?」
「あたしが、あんなに冷たくしたから……
 きっと、もうあたしに会いたくないからよ!」
「エリーゼ……」

 エリーゼは声を荒げる。
 自分が昼間にとった冷たい態度に、ベルは嫌気がさした。 
 そう、エリーゼは考えているのだ。

 事情を知らないランスロットに、シャルロッテはなるべく漠然とした表現で説明した。
 ランスロットは「ふむ……」と顎に指をあて、考える素振りを見せる。

「エリーゼ。 お前のせいではない」
「そうに決まってるわ。
 でなきゃ、帰ってこない理由なんか……!」
「出先で何かがあったかもしれないだろう。
 トラブルに巻き込まれた可能性だってある。
 それに、ベルはそんなに気の短い人間ではないことは、お前が一番分かっているんじゃないのか」
「……! それは……」
「何年もエリーゼと一緒に生きてきたベルが、たったそれだけでエリーゼを嫌うわけがないでしょう?
 まだ出会って半年にも満たない私達ですら、それくらい分かっています」

 顔を伏せるエリーゼに、ランスロットとシャルロッテは言い聞かせるようにそう言った。
 実際の所、この場にいる誰も、ベルの行方も、安否も知る由もない。
 三人共々、船旅に疲れて宿で休息を取っていたのだから。

 エリーゼとは別の理由で責任を感じているのは、シャルロッテである。
 エリーゼとの会話を聞いた後、こっそりとベルの動向を見守っていた。
 シャルロッテはその時に、ベルに行先を聞いておくべきだったと。
 エリーゼのせいではないと庇いつつ、自分に責任を感じているのである。

 だが、それはランスロットも同じである。
 この四人を率いているのは、肩書上はシャルロッテである。
 しかし、実質的に率いているのはランスロットだ。
 パーティの責任者として、メンバーの動向は確認しておくべきだ。
 ランスロットもランスロットで、責任を感じている。

「明日戻ってこなかったら、冒険者ギルドに行って、捜索願を出しましょう。
 見つかるまで、ミリアを離れることはできません」
「もちろんよ」
「今日は、無事に帰ってくるのを待っているしかないな」

 そう言って、三人はそれぞれ部屋へ戻った。

「……ねえ、シャルロッテ」
「何ですか?」
「……ベルは、無事よね」
「ええ。 きっと無事ですよ」
「……今日は、ギュッとして寝ましょう」
「分かりました。
 おいで、エリーゼ」

 シャルロッテは横になって、腕を広げた。
 エリーゼはそれを見て、耐えきれずに飛び込んだ。
 そして、肩を激しく震わせた。
 大きな泣き声を、シャルロッテの平らな胸で押し殺しながら。
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