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第3章 少年期 デュシス大陸編
第四十八話 「異状」
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「――」
エリーゼ達は宿に戻り、ギルドで聞いた様々なことを整理した。
ベルは、衛兵によって捕らえられた。
上流貴族の徽章を盗み出し、逃走を図ったと。
そしてギルドの前で、堪忍したように大人しく捕まったと。
それを聞いて、エリーゼは激高した。
受付嬢に手を振り上げ、殴る寸前までいった。
ランスロットとシャルロッテに抑えられたエリーゼは、大きな声をあげて泣いた。
そして今、全てを失った廃人のように、エリーゼは枕に顔をうずめている。
「これから、どうしましょうか」
「どうしたもこうしたも、ベルが捕まった以上、旅どころじゃないでしょ」
いつもよりも遥かに低い声で、エリーゼはそう言った。
一行がしている旅の目的は、ベルとエリーゼの故郷に帰ることだ。
ベルが欠けてしまっては、この旅を続けることはできまい。
貴族の、それも上流貴族の徽章を盗むという行為は、国によっては極刑に当たる場合もある。
ミリアにおいてはそこまで重い罪にはならないが、数か月の禁固刑を食らう可能性がある。
基本的には、何もしなければ一定期間で出してもらえる。
何もしなければ、だ。
余計な真似をしてしまえば厳罰になることもある。
「エリーゼ、シャルロッテ。
一つ、聞きたいことがある」
ランスロットは、宿に戻ってから初めて口を開いた。
いつもは何とも言えない存在感を放っていたランスロットが、存在感の欠片もなくなっていた。
「お前達は、これからどうしたい?」
「だから、旅なんて続けられないって……」
「俺は、どうしたいかを聞いている」
ベッドを叩いて立ち上がろうとするエリーゼを、声だけで制した。
エリーゼはたじろいで、再びその場に座った。
そして、下を向いてベッドのシーツを握りしめる。
「……何も、したくないわ」
エリーゼからの返事は、それだけだった。
ベルが捕まり、監獄へ捕らえられているだなんて、信じたくないのだ。
いつも強くて、優しくて、誰よりも頼りになるベルが、犯罪に手を染めるなど、考えたこともなかったから。
だからこそ、エリーゼはショックを受けているのだ。
数か月経てば、彼は戻ってくる。
だが、その数か月は、エリーゼにとっては長すぎる。
「エリーゼ。
お前は、ベルがあんなことをする奴だと思うか?」
「……どういう意味よ」
「あれだけ人のために、命を懸けて戦ったベルが、盗みなどを働くと思うか?」
ランスロットは低い声で、しかし柔らかな声で、そう言った。
エリーゼとシャルロッテは、顔を見合わせた。
「……そうよね。
きっと、何かの間違いよね」
「私も同感です。
ベルがそんなことをするとは思えません。
私みたいにお酒に酔うなんてこともありませんし」
エリーゼとシャルロッテは、ハッとした。
ランスロットは、端から分かっていたのだ。
聖級魔術師、そして名高いソガント族の戦士がいながらも度々訪れるピンチを、ベルが何度も救っていることを知っている。
名も知らない少女たちのために、命を投げ出してまで助けようとした彼の姿を知っている。
三つも歳上のエリーゼのために、船のあちこちを奔走した彼を、知っている。
少なくとも、人を陥れることをすることはないと、ランスロットは知っている。
――否、信じているのだ。
「もう一度聞く。
二人とも、これからどうしたい?」
「そんなの、決まってるわ」
エリーゼは、おもむろに立ち上がった。
シャルロッテと、ランスロットの目を見て、拳を握る。
そして、いつも通りの堂々とした声で、
「――ベルを、助けに行きましょう」
胸を張って、そう言い放った。
「でも、助けるってどうやるんですか?
聞いた話だと、この都市国家の監獄は物凄い所に建てられていると聞きましたが」
「ああ。 恐らく、ベルが捕らえられた監獄というのはミリアの『海上監獄』だろう」
「海上? ってことは……」
「文字通り、海の上に存在する監獄だ」
シャルロッテとエリーゼは、一瞬眉をひそめた。
海の上のある、監獄。
外部からの侵入方法は、当然ながら民間には一切公開されていない。
旅行客ならば尚更知るまい。
故に、国民に聞き出そうとしてもなんの情報も得られない可能性が高い。
もっとも、監獄への侵入方法などを聞き出すなど、もはや自殺行為でしかないのだが。
これらが、何を意味するのか。
「そんなの、どうすればいいのよ!」
普通の方法では、どう足掻いても侵入は不可能であるということだ。
監獄自体は、陸地、つまりミリア都市国家からは10キロメートル近く離れている。
どんな超人でも、海を泳いで渡るなんてことは難しいだろう。
しかし、捕まった犯罪者を運ぶ術は確かに存在するのだから、どうにかして入る方法はある。
「とりあえず、どの辺りに例の監獄があるのか、まずはそれを把握するところからですね」
「じゃあ、明日から作戦開始ね」
「今日はもう、ゆっくり休むとしよう」
---ベル視点---
二日後。
俺達は、作戦を立てた。
まず、この牢獄を仕切っている鉄格子。
一緒に脱出するなら、まず四人が一緒になることが重要だ。
しかし、どうやってこの仕切りを無くすのか。
簡単な話だ。
俺の土魔術で、地盤を緩くする。
そうすることで、鉄格子は簡単に機能しなくなるだろう。
試しに少しだけやってみたが、やはり俺の読みは正しかったらしい。
でも、問題はどうやって外に出るかだ。
もう盛大にぶち壊してもいいんだが、それだと監獄の今後にかかわる可能性があると言われた。
今から脱獄しようとしてるやつがそれを言うかね。
とにかく、乱暴な方法ではだめらしい。
一応、まだ四人の合流はしていない。
不用意に合流なんてして、見回りに来た奴に見つかったらそこでゲームセットだ。
作戦は一気に決行したほうが良いだろう。
「窓の一つや二つくらいあれば何とかできそうでしたけどね……」
「アタイらの上の階よりも上には、鉄格子でできた小窓があるんだけどね」
なんやて。
一番下の階層であることが裏目に出たか。
窓さえあればなあ……
「やっぱ、ベルに壁をぶっ壊してもらうのが一番手っ取り早いんじゃねえの?」
「それはダメだと言っているだろう」
「じゃあ他に方法があるってのかよ!」
「今それを話し合っているんじゃないか」
「はいはい、喧嘩しない」
シェインとゾルトは、いつもこんな感じなんだよな。
仲がいいんだか悪いんだか。
喧嘩するほど仲がいいなんていうし、本当は仲良しなんだろうけど。
でなきゃ同じ盗賊グループになんて入らないだろう。
でも正直、力業以外に方法が思いつかない。
鉄格子と同じように、土魔術で地盤をいじることもできるが、それだとこの建物全体の崩落に繋がりかねない。
そうなれば、この中にいる人間もろとも、海の底に沈んでしまうだろう。
ドラ〇もん、通り抜け〇ープ出してくれ。
それさえあれば全てが解決するんだ。
「ちなみに、そのトイレから出るってのはナシだよな?」
「前にも言ったけど、それだけは勘弁だね。
そもそも、排管がどのくらいの大きさなのか分からない以上、危険だろ」
「人一人通り抜けられるくらいの大きさならいいですが、そうでなかった場合は確実に死にますね。
知らない人間の糞尿もろとも」
「うぇ、最悪だ……気持ち悪くなってきた……」
俺も自分で言っておきながら気持ちが悪くなった。
絶対にここから出るのはナシだな。
となると、いよいよ可能性が潰れてくるな。
さて、どうしたものか。
壁を壊すのも、地盤をいじるのも、トイレからの脱出も消えた。
ダメだ、何も思いつかない。
と、その時。
「――おい、お前ら。
海から異常が感知されたらしい。
早めに、屋上に上がって来い」
「海から異変?」
「そうだ。
詳しい話は、囚人が揃ってから聞かせる。
とにかく、下にいては危ないそうだ」
他の海に比べてかなり穏やかな海であると聞かされていたが、そんなこともあるんだな。
せっかくいい感じに計画が進んでいたのにな。
何もなければいいが。
俺達は導かれるまま、監獄の屋上に上がる。
「異変って何だろうな?」
「さてな。 今までこんなことなんてなかったしよ」
顔に入れ墨の入った屈強な男たちの会話が聞こえる。
ありゃ何人か殺してるだろうな。
あれで万引きとかだったらちょっと面白いが。
「私はここに来てから長いが、こんなことは初めてだな」
「ああ。
ただごとではないような気がする」
「ふ、不安になるからやめてくださいよ」
「そうだぞ。
ベルはしっかりしてるが、一応まだ子供なんだぜ?
大人が子供を不安にしてどうすんだよ」
俺が女なら、ゾルトに惚れていたな。
中身はアラサーですけどね。
一緒に屋上へと上がる囚人たちは、絶えずざわめいている。
何事もなければいいが。
---
「探すって言っても、探すあてなんてどこにもないわよ?」
「ベルが監獄に囚われているのは確かだ。
ベルの行方を追うというよりも、どうやって監獄に向かうかを探さなければならん」
「そうだったわね……
でも、どうやって向かうかなんて、あたし達に知る術なんてあるの?」
「一番手っ取り早いのは近隣の人達に聞き込みをすることですね。
それか、古い文献を漁ってみるか……」
日が昇ってから、エリーゼ達はベルの捜索を始めた。
捜索というより、監獄の場所を突き止めるというべきか。
ベルの行方は分かっているが、肝心の居場所が分からないことには助けようがない。
「本なんて読んでたら日が暮れちゃうわ。
聞き込みが早いんじゃないの?」
「同感だ」
「ですが、かえって怪しまれませんか?」
「どうしてよ?」
「だって、自ら監獄に向かおうとしている人間なんて怪しくないわけないじゃないですか」
「シャルロッテ。 冷静に考えてみろ。
囚人と面会をすると言えば、何も怪しいことはないだろう」
「あっ……」
シャルロッテは察したような顔をした。
何も、自首をしに行くわけではないのだ。
いくら世界随一のセキュリティを誇るミリアの監獄でも、囚人との面会は許される。
なにせ、脱獄を試みる人間も、囚人を連れ出そうとする人間も、普通ならば現れないのだから。
エリーゼ達は、衛兵に話を聞いてみることにした。
「すみません」
「はい?」
「ミリア監獄に捕らえられている囚人との面会を希望しているのですが、行き方を教えていただけませんか?」
「ミリア監獄ですか。
ちなみに、囚人のお名前は?」
「ベル・パノヴァよ」
「ベル……もしかして、上流貴族の徽章を盗み出した罪を犯した、あの?」
「そうだ」
衛兵は少し考え込むように顎を引く。
ベルの犯した……正確にはベルではないのだが、ベルが着せられた濡れ衣というのは、国や地域によっては極刑になってもおかしくないレベルの犯罪である。
「会わせていただけないでしょうか?」
「いいでしょう。
私についてきてください」
衛兵はそう言って、一行を連れて歩き出した。
「大丈夫かしら、ベル」
「投獄されているだけのはずですから、身の危険はないでしょうけど……」
「世界随一のセキュリティを誇る監獄ですからね」
「そもそも、ベルは何もしてないのよ。
無実の罪で捕まっちゃったの」
「!?」
衛兵はぎょっとした表情をして足を止めた。
カタカタと、体が震えだす。
「どうかしましたか?」
「……いえ、その……」
衛兵の額に、噴き出すように脂汗が浮かぶ。
違和感に気づいたシャルロッテは衛兵に声をかけるが、狼狽のあまりまともに会話ができる状態ではない。
「――申し訳ありませんでした!」
道行く人間が揃って振り向くほどの大きな声で、エリーゼ達に頭を下げた。
否、土下座した。
「どっ、どうしたのよいきなり?」
「彼を捕らえたのは、他でもない私です!」
「!」
その瞬間、エリーゼが剣を抜いた。
地面に突く衛兵の頭に剣先が届く寸前で、ランスロットの槍がそれを弾いた。
「どうして止めるのよ!」
「簡単に剣を抜くな」
「でも、こいつは何もしてないベルを気絶させて投獄までしたのよ!」
「それでも、剣を抜いていい理由にはならない」
剣を弾かれたエリーゼは、ランスロットの胸ぐらを掴んで激高する。
ランスロットは全く動揺する素振りも見せず、エリーゼを諭す。
シャルロッテもエリーゼの肩にポンと手を置き、「落ち着きましょう」と一言言った。
「今すぐに皆様をミリア監獄へお送りいたします」
「早くしてちょうだい。
転移する魔術とか使えないわけ?」
「そ、そう言われましても……」
「送り届けてくれればそれでいい。
そう焦ることはない」
「そうですよ。
誰にだってミスはありますから、そう抱え込まなくても大丈夫です」
「皆さん……ありがとうございます」
衛兵は涙を流しながら、再び歩き出した。
「エリーゼはもう少し、寛容にならないとですね」
「気持ちは分からんでもないが、悪意があってやったことではないのだ。
それに、もうエリーゼは怒っていないだろう?」
「ま、まあね!
悪かったわね、えっと……衛兵さん」
「エリーゼ様は謝るべきではないです。
私なんか、謝られる立場ではないので」
シャルロッテとランスロット、二人の大人に宥められる衛兵を横目に、エリーゼは遠くに見える大きな建物に目をやる。
海上に浮かぶ、大きな建物。
「ねえ、もしかしてあれがミリア監獄?」
「はい、そうです」
「思っていたよりもはっきり見えるな」
「今は快晴なので綺麗に見えます。
ですが――」
衛兵が何かを言いかけたその時、耳を劈くような轟音と共に、衝撃波に近い突風が吹き荒れた。
下手をすれば体ごと飛ばされそうな風。
それぞれが持っている武器を地面に突き刺して、力いっぱい踏ん張る。
エリーゼは薄目を開けて、周りの状況を確認する。
突如吹いてきた突風に飛ばされる人。
突風によって飛ばされた物に当たって飛ばされる人。
エリーゼ達のように踏ん張る人もいるが、次々に飛ばされていく。
そして突風が止み、エリーゼは広い海の方を見る。
「――っ!」
エリーゼは、目を見開いた。
広大な海に浮かんでいた巨大な監獄は、一瞬のうちに見えなくなった。
――見上げるような巨大な波が、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。
そして瞬く間に、エリーゼ達は波に飲み込まれた。
エリーゼ達は宿に戻り、ギルドで聞いた様々なことを整理した。
ベルは、衛兵によって捕らえられた。
上流貴族の徽章を盗み出し、逃走を図ったと。
そしてギルドの前で、堪忍したように大人しく捕まったと。
それを聞いて、エリーゼは激高した。
受付嬢に手を振り上げ、殴る寸前までいった。
ランスロットとシャルロッテに抑えられたエリーゼは、大きな声をあげて泣いた。
そして今、全てを失った廃人のように、エリーゼは枕に顔をうずめている。
「これから、どうしましょうか」
「どうしたもこうしたも、ベルが捕まった以上、旅どころじゃないでしょ」
いつもよりも遥かに低い声で、エリーゼはそう言った。
一行がしている旅の目的は、ベルとエリーゼの故郷に帰ることだ。
ベルが欠けてしまっては、この旅を続けることはできまい。
貴族の、それも上流貴族の徽章を盗むという行為は、国によっては極刑に当たる場合もある。
ミリアにおいてはそこまで重い罪にはならないが、数か月の禁固刑を食らう可能性がある。
基本的には、何もしなければ一定期間で出してもらえる。
何もしなければ、だ。
余計な真似をしてしまえば厳罰になることもある。
「エリーゼ、シャルロッテ。
一つ、聞きたいことがある」
ランスロットは、宿に戻ってから初めて口を開いた。
いつもは何とも言えない存在感を放っていたランスロットが、存在感の欠片もなくなっていた。
「お前達は、これからどうしたい?」
「だから、旅なんて続けられないって……」
「俺は、どうしたいかを聞いている」
ベッドを叩いて立ち上がろうとするエリーゼを、声だけで制した。
エリーゼはたじろいで、再びその場に座った。
そして、下を向いてベッドのシーツを握りしめる。
「……何も、したくないわ」
エリーゼからの返事は、それだけだった。
ベルが捕まり、監獄へ捕らえられているだなんて、信じたくないのだ。
いつも強くて、優しくて、誰よりも頼りになるベルが、犯罪に手を染めるなど、考えたこともなかったから。
だからこそ、エリーゼはショックを受けているのだ。
数か月経てば、彼は戻ってくる。
だが、その数か月は、エリーゼにとっては長すぎる。
「エリーゼ。
お前は、ベルがあんなことをする奴だと思うか?」
「……どういう意味よ」
「あれだけ人のために、命を懸けて戦ったベルが、盗みなどを働くと思うか?」
ランスロットは低い声で、しかし柔らかな声で、そう言った。
エリーゼとシャルロッテは、顔を見合わせた。
「……そうよね。
きっと、何かの間違いよね」
「私も同感です。
ベルがそんなことをするとは思えません。
私みたいにお酒に酔うなんてこともありませんし」
エリーゼとシャルロッテは、ハッとした。
ランスロットは、端から分かっていたのだ。
聖級魔術師、そして名高いソガント族の戦士がいながらも度々訪れるピンチを、ベルが何度も救っていることを知っている。
名も知らない少女たちのために、命を投げ出してまで助けようとした彼の姿を知っている。
三つも歳上のエリーゼのために、船のあちこちを奔走した彼を、知っている。
少なくとも、人を陥れることをすることはないと、ランスロットは知っている。
――否、信じているのだ。
「もう一度聞く。
二人とも、これからどうしたい?」
「そんなの、決まってるわ」
エリーゼは、おもむろに立ち上がった。
シャルロッテと、ランスロットの目を見て、拳を握る。
そして、いつも通りの堂々とした声で、
「――ベルを、助けに行きましょう」
胸を張って、そう言い放った。
「でも、助けるってどうやるんですか?
聞いた話だと、この都市国家の監獄は物凄い所に建てられていると聞きましたが」
「ああ。 恐らく、ベルが捕らえられた監獄というのはミリアの『海上監獄』だろう」
「海上? ってことは……」
「文字通り、海の上に存在する監獄だ」
シャルロッテとエリーゼは、一瞬眉をひそめた。
海の上のある、監獄。
外部からの侵入方法は、当然ながら民間には一切公開されていない。
旅行客ならば尚更知るまい。
故に、国民に聞き出そうとしてもなんの情報も得られない可能性が高い。
もっとも、監獄への侵入方法などを聞き出すなど、もはや自殺行為でしかないのだが。
これらが、何を意味するのか。
「そんなの、どうすればいいのよ!」
普通の方法では、どう足掻いても侵入は不可能であるということだ。
監獄自体は、陸地、つまりミリア都市国家からは10キロメートル近く離れている。
どんな超人でも、海を泳いで渡るなんてことは難しいだろう。
しかし、捕まった犯罪者を運ぶ術は確かに存在するのだから、どうにかして入る方法はある。
「とりあえず、どの辺りに例の監獄があるのか、まずはそれを把握するところからですね」
「じゃあ、明日から作戦開始ね」
「今日はもう、ゆっくり休むとしよう」
---ベル視点---
二日後。
俺達は、作戦を立てた。
まず、この牢獄を仕切っている鉄格子。
一緒に脱出するなら、まず四人が一緒になることが重要だ。
しかし、どうやってこの仕切りを無くすのか。
簡単な話だ。
俺の土魔術で、地盤を緩くする。
そうすることで、鉄格子は簡単に機能しなくなるだろう。
試しに少しだけやってみたが、やはり俺の読みは正しかったらしい。
でも、問題はどうやって外に出るかだ。
もう盛大にぶち壊してもいいんだが、それだと監獄の今後にかかわる可能性があると言われた。
今から脱獄しようとしてるやつがそれを言うかね。
とにかく、乱暴な方法ではだめらしい。
一応、まだ四人の合流はしていない。
不用意に合流なんてして、見回りに来た奴に見つかったらそこでゲームセットだ。
作戦は一気に決行したほうが良いだろう。
「窓の一つや二つくらいあれば何とかできそうでしたけどね……」
「アタイらの上の階よりも上には、鉄格子でできた小窓があるんだけどね」
なんやて。
一番下の階層であることが裏目に出たか。
窓さえあればなあ……
「やっぱ、ベルに壁をぶっ壊してもらうのが一番手っ取り早いんじゃねえの?」
「それはダメだと言っているだろう」
「じゃあ他に方法があるってのかよ!」
「今それを話し合っているんじゃないか」
「はいはい、喧嘩しない」
シェインとゾルトは、いつもこんな感じなんだよな。
仲がいいんだか悪いんだか。
喧嘩するほど仲がいいなんていうし、本当は仲良しなんだろうけど。
でなきゃ同じ盗賊グループになんて入らないだろう。
でも正直、力業以外に方法が思いつかない。
鉄格子と同じように、土魔術で地盤をいじることもできるが、それだとこの建物全体の崩落に繋がりかねない。
そうなれば、この中にいる人間もろとも、海の底に沈んでしまうだろう。
ドラ〇もん、通り抜け〇ープ出してくれ。
それさえあれば全てが解決するんだ。
「ちなみに、そのトイレから出るってのはナシだよな?」
「前にも言ったけど、それだけは勘弁だね。
そもそも、排管がどのくらいの大きさなのか分からない以上、危険だろ」
「人一人通り抜けられるくらいの大きさならいいですが、そうでなかった場合は確実に死にますね。
知らない人間の糞尿もろとも」
「うぇ、最悪だ……気持ち悪くなってきた……」
俺も自分で言っておきながら気持ちが悪くなった。
絶対にここから出るのはナシだな。
となると、いよいよ可能性が潰れてくるな。
さて、どうしたものか。
壁を壊すのも、地盤をいじるのも、トイレからの脱出も消えた。
ダメだ、何も思いつかない。
と、その時。
「――おい、お前ら。
海から異常が感知されたらしい。
早めに、屋上に上がって来い」
「海から異変?」
「そうだ。
詳しい話は、囚人が揃ってから聞かせる。
とにかく、下にいては危ないそうだ」
他の海に比べてかなり穏やかな海であると聞かされていたが、そんなこともあるんだな。
せっかくいい感じに計画が進んでいたのにな。
何もなければいいが。
俺達は導かれるまま、監獄の屋上に上がる。
「異変って何だろうな?」
「さてな。 今までこんなことなんてなかったしよ」
顔に入れ墨の入った屈強な男たちの会話が聞こえる。
ありゃ何人か殺してるだろうな。
あれで万引きとかだったらちょっと面白いが。
「私はここに来てから長いが、こんなことは初めてだな」
「ああ。
ただごとではないような気がする」
「ふ、不安になるからやめてくださいよ」
「そうだぞ。
ベルはしっかりしてるが、一応まだ子供なんだぜ?
大人が子供を不安にしてどうすんだよ」
俺が女なら、ゾルトに惚れていたな。
中身はアラサーですけどね。
一緒に屋上へと上がる囚人たちは、絶えずざわめいている。
何事もなければいいが。
---
「探すって言っても、探すあてなんてどこにもないわよ?」
「ベルが監獄に囚われているのは確かだ。
ベルの行方を追うというよりも、どうやって監獄に向かうかを探さなければならん」
「そうだったわね……
でも、どうやって向かうかなんて、あたし達に知る術なんてあるの?」
「一番手っ取り早いのは近隣の人達に聞き込みをすることですね。
それか、古い文献を漁ってみるか……」
日が昇ってから、エリーゼ達はベルの捜索を始めた。
捜索というより、監獄の場所を突き止めるというべきか。
ベルの行方は分かっているが、肝心の居場所が分からないことには助けようがない。
「本なんて読んでたら日が暮れちゃうわ。
聞き込みが早いんじゃないの?」
「同感だ」
「ですが、かえって怪しまれませんか?」
「どうしてよ?」
「だって、自ら監獄に向かおうとしている人間なんて怪しくないわけないじゃないですか」
「シャルロッテ。 冷静に考えてみろ。
囚人と面会をすると言えば、何も怪しいことはないだろう」
「あっ……」
シャルロッテは察したような顔をした。
何も、自首をしに行くわけではないのだ。
いくら世界随一のセキュリティを誇るミリアの監獄でも、囚人との面会は許される。
なにせ、脱獄を試みる人間も、囚人を連れ出そうとする人間も、普通ならば現れないのだから。
エリーゼ達は、衛兵に話を聞いてみることにした。
「すみません」
「はい?」
「ミリア監獄に捕らえられている囚人との面会を希望しているのですが、行き方を教えていただけませんか?」
「ミリア監獄ですか。
ちなみに、囚人のお名前は?」
「ベル・パノヴァよ」
「ベル……もしかして、上流貴族の徽章を盗み出した罪を犯した、あの?」
「そうだ」
衛兵は少し考え込むように顎を引く。
ベルの犯した……正確にはベルではないのだが、ベルが着せられた濡れ衣というのは、国や地域によっては極刑になってもおかしくないレベルの犯罪である。
「会わせていただけないでしょうか?」
「いいでしょう。
私についてきてください」
衛兵はそう言って、一行を連れて歩き出した。
「大丈夫かしら、ベル」
「投獄されているだけのはずですから、身の危険はないでしょうけど……」
「世界随一のセキュリティを誇る監獄ですからね」
「そもそも、ベルは何もしてないのよ。
無実の罪で捕まっちゃったの」
「!?」
衛兵はぎょっとした表情をして足を止めた。
カタカタと、体が震えだす。
「どうかしましたか?」
「……いえ、その……」
衛兵の額に、噴き出すように脂汗が浮かぶ。
違和感に気づいたシャルロッテは衛兵に声をかけるが、狼狽のあまりまともに会話ができる状態ではない。
「――申し訳ありませんでした!」
道行く人間が揃って振り向くほどの大きな声で、エリーゼ達に頭を下げた。
否、土下座した。
「どっ、どうしたのよいきなり?」
「彼を捕らえたのは、他でもない私です!」
「!」
その瞬間、エリーゼが剣を抜いた。
地面に突く衛兵の頭に剣先が届く寸前で、ランスロットの槍がそれを弾いた。
「どうして止めるのよ!」
「簡単に剣を抜くな」
「でも、こいつは何もしてないベルを気絶させて投獄までしたのよ!」
「それでも、剣を抜いていい理由にはならない」
剣を弾かれたエリーゼは、ランスロットの胸ぐらを掴んで激高する。
ランスロットは全く動揺する素振りも見せず、エリーゼを諭す。
シャルロッテもエリーゼの肩にポンと手を置き、「落ち着きましょう」と一言言った。
「今すぐに皆様をミリア監獄へお送りいたします」
「早くしてちょうだい。
転移する魔術とか使えないわけ?」
「そ、そう言われましても……」
「送り届けてくれればそれでいい。
そう焦ることはない」
「そうですよ。
誰にだってミスはありますから、そう抱え込まなくても大丈夫です」
「皆さん……ありがとうございます」
衛兵は涙を流しながら、再び歩き出した。
「エリーゼはもう少し、寛容にならないとですね」
「気持ちは分からんでもないが、悪意があってやったことではないのだ。
それに、もうエリーゼは怒っていないだろう?」
「ま、まあね!
悪かったわね、えっと……衛兵さん」
「エリーゼ様は謝るべきではないです。
私なんか、謝られる立場ではないので」
シャルロッテとランスロット、二人の大人に宥められる衛兵を横目に、エリーゼは遠くに見える大きな建物に目をやる。
海上に浮かぶ、大きな建物。
「ねえ、もしかしてあれがミリア監獄?」
「はい、そうです」
「思っていたよりもはっきり見えるな」
「今は快晴なので綺麗に見えます。
ですが――」
衛兵が何かを言いかけたその時、耳を劈くような轟音と共に、衝撃波に近い突風が吹き荒れた。
下手をすれば体ごと飛ばされそうな風。
それぞれが持っている武器を地面に突き刺して、力いっぱい踏ん張る。
エリーゼは薄目を開けて、周りの状況を確認する。
突如吹いてきた突風に飛ばされる人。
突風によって飛ばされた物に当たって飛ばされる人。
エリーゼ達のように踏ん張る人もいるが、次々に飛ばされていく。
そして突風が止み、エリーゼは広い海の方を見る。
「――っ!」
エリーゼは、目を見開いた。
広大な海に浮かんでいた巨大な監獄は、一瞬のうちに見えなくなった。
――見上げるような巨大な波が、凄まじい速度でこちらに向かってきていた。
そして瞬く間に、エリーゼ達は波に飲み込まれた。
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