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第3章 少年期 デュシス大陸編
第五十三話 「『雷脚』」
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体の震えが止まらない。
怖い。怖い。
かつてルドルフとロトアが対峙した執行官とは別人であり、序列も一番下だ。
それでもなお、ひしひしと伝わってくる強者のオーラ。
威圧感で倒れてしまいそうなくらいだ。
「一つ、いいですか?」
「――! ベル?」
「何だ」
彼は、話も聞かずに殺しにかかってくるタイプではないらしい。
少し賭けの要素はあったが、話せばわかるタイプなのかもしれない。
「この街の惨状、やったのはあなたですか?」
「そうだが?」
「何のために、こんなことを?」
「貴様らには関係のないことだ」
関係のないこと。
何故だか分からない。
だが、その一言はベルの逆鱗に触れた。
「無数の罪のない人々を殺しておいて、それはお前達には関係がない、と」
「そう言っているではないか」
「――ふざけるなよ!」
隣に立っているエルシアは、体をビクンと震わせた。
ベルは顔の血管が浮き出る程に、声を荒げた。
ネプは全く動じる様子も見せず、ただ毅然と、無表情を貫いている。
ベルはその、ある意味無神経な態度に、更に激昂した。
「お前はどれだけのものを壊したと思っているんだ!
人も! 建物も! 未来も!
それでも、俺達には何の関係もないって、そう言うのか!?」
「うむ」
ベルは感情任せに、脳に浮かんでくる言葉を投げつけた。
なおもその場を一歩も動かず、表情一つ変えず、ネプはベルを見つめる。
ベルは強く拳を握っている。
その手のひらには爪が食い込み、地面に血が滴り落ちている。
そして、ベルの周りに無数の火の玉が現れた。
「ほう。 我と戦うか」
「違う」
「ならば、それは何だ?」
「――――殺すんだ」
ベルは生み出した無数の炎を、ネプに向けて一斉に放った。
その炎は、無くなることはない。
ベルが魔力を解き放っている限り、それは永久的に生み出され、放たれていく。
魔術を初めて覚えてから七年間で培ってきたその魔力量は、既に常人を超えている。
その魔力量を以て、一気にネプを仕留めるつもりなのだ。
ベルは、息を切らすほどの量の炎を放った。
だが、不思議と手ごたえは薄かった。
通常、魔術が命中すると、確かな手応えを感じる。
それは魔物であっても無機物であっても同じ。
しかし、今回はほとんど手応えを感じなかった。
ベルは杖を抜いて、その杖先を土煙の中へ向ける。
「――!」
土煙が晴れた。
ベルは確かに、かなりの数の魔術を浴びせた。
ところが、ネプは変わらず目の前に立っていた。
それも、無傷である。
ベルの瞳孔が、左右に揺れる。
杖を構えた手が、プルプルと震える。
その刺されるような眼光に、ベルの息が荒くなる。
「良かったのは威勢だけだったようだな」
「……」
ネプは初めて、ニヤリと笑った。
そして、一瞬のうちにベルの目の前まで来た。
その拳が、ベルの鼻骨を砕く――
「ぐっ……!」
その間際、エルシアの大剣が拳を弾いた。
拳と剣から起こったとは到底思えない金属音が、ベルとエルシアの耳に突き刺さる。
ネプはまるで分かっていたかのように後ろに飛び退き、エルシアの反撃を躱した。
「わたしもいるってこと、忘れられちゃ困るよ」
「何だ、戦えたのか、女。
この小僧の背に隠れているだけかと思っていたが」
「この二本の剣を見てもそんなことが言える?」
エルシアは二本の剣を誇示するように両手に握り、鋭い眼光でネプを睨みつける。
「大人しくしていれば、楽に殺してやることもできたが……
命知らずというのは、末恐ろしいものだな」
ネプは吐き捨てるようにそう言った。
そして、地面を蹴った。
狙いは、ベルだ。
エルシアはベルを抱えて横っ飛びで攻撃を躱す。
体勢が崩れたところを、ネプは見逃さない。
鋭い蹴りでエルシアを吹き飛ばすと、今度はベルに拳を振り上げる。
「――!」
それを再び阻んだのは、エルシアだった。
吹き飛ばされた直後に体勢を立て直し、
積み上がっている瓦礫を壁にしてそれを蹴り飛ばし、
物凄いスピードで二人の間に入ったのだ。
エルシアは、風聖級剣士だ。
一般に、風剣士は、動きが速い。
動きだけならば特級レベルの風聖級剣士だって、決して珍しくはない。
エルシアは、そのレベルに達している聖級剣士である。
想像以上の速度で追撃をしてきたエルシアに、ネプは少しばかり動揺した。
だが、彼にとってそれは何の問題でもない。
エルシアの剣撃をのらりくらりと躱し、エルシアの腹に一発殴りを入れた。
「かはっ……!」
視界が一瞬ぐらついたのち、エルシアは先ほどと同じような形で蹴り飛ばされた。
「『ライトニングブラスト』!」
ベルの杖先から、紫紺の稲妻が放たれた。
それは一直線に、ネプの頭を捉える。
しかし、難なく躱されてしまった。
ベルはそれに動じることなく、更なる追撃をする。
「フレイムブラスト!」
先ほどよりも遥かに大きな炎の球を、ネプ目掛けて放った。
だがやはり、手応えはない。
(躱されてんのか? それとも、食らってるけど無効化している……?)
思考を巡らせるベル。
これまでの人生で回したことがないくらい頭脳を回して、打開策を考える。
「がっ……!」
そんな暇も許さないのが、九星執行官。
ベルを殴り飛ばしたネプは、一気に畳みかけようと、再び地面を蹴る。
「はぁっ!」
ベルは後ろ向きに飛ばされながらも、飛び掛かってくるネプに魔術を放つ。
ネプはそれを、腕で防いでみせた。
目を凝らして腕を見ても、傷はついていない。
「あぁぁぁぁあ!」
何発魔術をぶつけても、全てを腕で防がれる。
躱しているのではなく、攻撃は確かに当たっていた。
だが、食らってはいないのだ。
「終わりだ、小僧――」
「――させない!」
三度、エルシアが割って入った。
「邪魔をするな、女!」
「あの子だけは、絶対に守る!」
エルシアの叫びが木霊する。
ネプはその手のひらから、潤色の水魔術を放った。
――詠唱無しで。
初級魔法にも満たない、「フレイム」や「アクア」のような初歩的な魔法ならば、無詠唱で使える人も多い。
だが、今ネプが使った魔術は、誰の目に見ても初歩魔法ではないのが明らかであった。
「『風刃』!」
自らの体に迫り来る水を、風で斬り裂いた。
その水魔法は左右真っ二つに割れ、二人の遠く背後にあった瓦礫を破壊した。
直撃していれば即死は免れなかっただろう。
エルシアは、かなりの傷を負っている。
瓦礫に勢いよく衝突したことによって、全身を強く打ち付けた。
切った額からは、赤い血が流れている。
だがエルシアは、その程度の痛みなどとうに忘れてしまっている。
「邪魔だと言っておる!」
「どうしてベルから狙うの?!」
「弱者から殺すのが、戦いにおけるセオリーであろう」
「――ベルは弱くないよ!」
「貴様に守られているだけの小僧が、弱くないだと?
妄言は休み休み言え」
「ベルは、わたしなんかよりよっぽど強い子なの!
馬鹿にするのは許さない!」
エルシアは、大剣を振り回しながらそう叫ぶ。
技を使っていないのにも関わらず、エルシアの剣からは万物を斬り裂く程の風が起こっている。
魔剣、『風龍』。
五行相生が元となった、「土」を除く四種類の魔剣、
『炎龍剣』『水龍剣』『風龍剣』『雷龍剣』からなる『世界四大魔剣』の一つである。
エルシアが使う二本の大剣は、二本で『風龍剣』として数えられるのだ。
片方を失くしてしまえば、能力は半減してしまう。
だから、戦う時は必ず二本で戦わなければならないのだ。
「――しっ!」
エルシアは随時ネプから距離を取り、その大剣で空を斬る。
文字通り、「空を斬る」のだ。
「なっ!」
目には見えない風の斬撃が、ネプの判断を曇らせる。
近づきたくても、斬撃が飛んでくるために近づけない。
ネプは、瞬時に思考を巡らせる。
一瞬にも満たないその隙を、見逃さなかった。
---ベル視点---
痛い。
怖い。
憎い。
俺の中で、様々な感情が入り乱れる。
今すぐにでも、逃げ出したい。
本当に、ただ生き延びることだけを目的とするなら、エルシアを置いてここから逃走をするのが一番手っ取り早い。
でも、そんなことできるはずがないだろう。
エルシアとは、まだ出会って数時間程度だ。
それでも、エルシアは何度も俺を救ってくれた。
エルシアが居なければ、俺はとっくに殺されていただろう。
そんなエルシアを、『命の恩人』を見捨てて、逃げるわけないだろ。
初めて、九星の執行官と戦った。
正直、レベルが違う。
エルシアの戦闘能力は俺の予想をはるかに上回っていたが、それ以上に力量の差を感じる。
だがしかし、エルシアは諦めずに戦っている。
それも、この戦いに勝つために戦っているんじゃない。
俺を守り抜くために、戦っているんだ。
さっき俺が飛ばされたとき、エルシアの叫ぶ声が聞こえた。
ベルを、絶対に守り抜くと。
ベルは、弱くないと。
ああ、そうだよ。
俺は、弱くなんてない。
「ふぅ…………」
深く息を吸い、そして吐く。
この一連とも呼び難い動作は、いつも魔術の練習を行う時に怠ることはないルーティーンである。
そう、俺は今から、魔術を使う。
だが、今まで使ってきた魔術とは少し違う。
杖を懐にしまい、低く構える。
指先を地面に突き、更に体勢を低くする。
俺はその指先を、コツンと踵に当てた。
俺の足は、三秒も経たないうちに熱を帯びた。
パチパチと、何かが弾けるような音、感覚。
ちゃんと使うのは、当然初めてである。
エルシアが時間を稼いでくれている。
エルシアのおかげで、ネプは足止めを食らっている。
今しかない。
決めるなら、今だ。
俺が天大陸にいた頃からずっと温め続けてきた、秘伝の技――。
「――――『雷脚』!」
雷鳴のような轟音が、俺の足から鳴り響く。
鼓膜が破れる程の、大きな音。
鼓膜の安否なんて、気にしている余裕はない。
稲妻のように速く、ネプ目掛けて突撃する。
その道中で、エルシアが剣を片方、左側に差し出していた。
合っているのかは分からないが、エルシアはきっと、「これを使え」という意図で左手のみを出していたのだろう。
俺は剣を受け取り、呆気に取られているネプに剣を振り上げる。
剣術は、滅法だめだ。
だから、いい振り方とか、いい斬り方とかは、よく知らない。
でも、これまでに見てきたたくさんの剣士達の剣の振り方は、なんとなく覚えている。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
腹の底から沸き立つような雄叫びをあげながら、剣を振り下ろした。
――――確実に、斬った。
怖い。怖い。
かつてルドルフとロトアが対峙した執行官とは別人であり、序列も一番下だ。
それでもなお、ひしひしと伝わってくる強者のオーラ。
威圧感で倒れてしまいそうなくらいだ。
「一つ、いいですか?」
「――! ベル?」
「何だ」
彼は、話も聞かずに殺しにかかってくるタイプではないらしい。
少し賭けの要素はあったが、話せばわかるタイプなのかもしれない。
「この街の惨状、やったのはあなたですか?」
「そうだが?」
「何のために、こんなことを?」
「貴様らには関係のないことだ」
関係のないこと。
何故だか分からない。
だが、その一言はベルの逆鱗に触れた。
「無数の罪のない人々を殺しておいて、それはお前達には関係がない、と」
「そう言っているではないか」
「――ふざけるなよ!」
隣に立っているエルシアは、体をビクンと震わせた。
ベルは顔の血管が浮き出る程に、声を荒げた。
ネプは全く動じる様子も見せず、ただ毅然と、無表情を貫いている。
ベルはその、ある意味無神経な態度に、更に激昂した。
「お前はどれだけのものを壊したと思っているんだ!
人も! 建物も! 未来も!
それでも、俺達には何の関係もないって、そう言うのか!?」
「うむ」
ベルは感情任せに、脳に浮かんでくる言葉を投げつけた。
なおもその場を一歩も動かず、表情一つ変えず、ネプはベルを見つめる。
ベルは強く拳を握っている。
その手のひらには爪が食い込み、地面に血が滴り落ちている。
そして、ベルの周りに無数の火の玉が現れた。
「ほう。 我と戦うか」
「違う」
「ならば、それは何だ?」
「――――殺すんだ」
ベルは生み出した無数の炎を、ネプに向けて一斉に放った。
その炎は、無くなることはない。
ベルが魔力を解き放っている限り、それは永久的に生み出され、放たれていく。
魔術を初めて覚えてから七年間で培ってきたその魔力量は、既に常人を超えている。
その魔力量を以て、一気にネプを仕留めるつもりなのだ。
ベルは、息を切らすほどの量の炎を放った。
だが、不思議と手ごたえは薄かった。
通常、魔術が命中すると、確かな手応えを感じる。
それは魔物であっても無機物であっても同じ。
しかし、今回はほとんど手応えを感じなかった。
ベルは杖を抜いて、その杖先を土煙の中へ向ける。
「――!」
土煙が晴れた。
ベルは確かに、かなりの数の魔術を浴びせた。
ところが、ネプは変わらず目の前に立っていた。
それも、無傷である。
ベルの瞳孔が、左右に揺れる。
杖を構えた手が、プルプルと震える。
その刺されるような眼光に、ベルの息が荒くなる。
「良かったのは威勢だけだったようだな」
「……」
ネプは初めて、ニヤリと笑った。
そして、一瞬のうちにベルの目の前まで来た。
その拳が、ベルの鼻骨を砕く――
「ぐっ……!」
その間際、エルシアの大剣が拳を弾いた。
拳と剣から起こったとは到底思えない金属音が、ベルとエルシアの耳に突き刺さる。
ネプはまるで分かっていたかのように後ろに飛び退き、エルシアの反撃を躱した。
「わたしもいるってこと、忘れられちゃ困るよ」
「何だ、戦えたのか、女。
この小僧の背に隠れているだけかと思っていたが」
「この二本の剣を見てもそんなことが言える?」
エルシアは二本の剣を誇示するように両手に握り、鋭い眼光でネプを睨みつける。
「大人しくしていれば、楽に殺してやることもできたが……
命知らずというのは、末恐ろしいものだな」
ネプは吐き捨てるようにそう言った。
そして、地面を蹴った。
狙いは、ベルだ。
エルシアはベルを抱えて横っ飛びで攻撃を躱す。
体勢が崩れたところを、ネプは見逃さない。
鋭い蹴りでエルシアを吹き飛ばすと、今度はベルに拳を振り上げる。
「――!」
それを再び阻んだのは、エルシアだった。
吹き飛ばされた直後に体勢を立て直し、
積み上がっている瓦礫を壁にしてそれを蹴り飛ばし、
物凄いスピードで二人の間に入ったのだ。
エルシアは、風聖級剣士だ。
一般に、風剣士は、動きが速い。
動きだけならば特級レベルの風聖級剣士だって、決して珍しくはない。
エルシアは、そのレベルに達している聖級剣士である。
想像以上の速度で追撃をしてきたエルシアに、ネプは少しばかり動揺した。
だが、彼にとってそれは何の問題でもない。
エルシアの剣撃をのらりくらりと躱し、エルシアの腹に一発殴りを入れた。
「かはっ……!」
視界が一瞬ぐらついたのち、エルシアは先ほどと同じような形で蹴り飛ばされた。
「『ライトニングブラスト』!」
ベルの杖先から、紫紺の稲妻が放たれた。
それは一直線に、ネプの頭を捉える。
しかし、難なく躱されてしまった。
ベルはそれに動じることなく、更なる追撃をする。
「フレイムブラスト!」
先ほどよりも遥かに大きな炎の球を、ネプ目掛けて放った。
だがやはり、手応えはない。
(躱されてんのか? それとも、食らってるけど無効化している……?)
思考を巡らせるベル。
これまでの人生で回したことがないくらい頭脳を回して、打開策を考える。
「がっ……!」
そんな暇も許さないのが、九星執行官。
ベルを殴り飛ばしたネプは、一気に畳みかけようと、再び地面を蹴る。
「はぁっ!」
ベルは後ろ向きに飛ばされながらも、飛び掛かってくるネプに魔術を放つ。
ネプはそれを、腕で防いでみせた。
目を凝らして腕を見ても、傷はついていない。
「あぁぁぁぁあ!」
何発魔術をぶつけても、全てを腕で防がれる。
躱しているのではなく、攻撃は確かに当たっていた。
だが、食らってはいないのだ。
「終わりだ、小僧――」
「――させない!」
三度、エルシアが割って入った。
「邪魔をするな、女!」
「あの子だけは、絶対に守る!」
エルシアの叫びが木霊する。
ネプはその手のひらから、潤色の水魔術を放った。
――詠唱無しで。
初級魔法にも満たない、「フレイム」や「アクア」のような初歩的な魔法ならば、無詠唱で使える人も多い。
だが、今ネプが使った魔術は、誰の目に見ても初歩魔法ではないのが明らかであった。
「『風刃』!」
自らの体に迫り来る水を、風で斬り裂いた。
その水魔法は左右真っ二つに割れ、二人の遠く背後にあった瓦礫を破壊した。
直撃していれば即死は免れなかっただろう。
エルシアは、かなりの傷を負っている。
瓦礫に勢いよく衝突したことによって、全身を強く打ち付けた。
切った額からは、赤い血が流れている。
だがエルシアは、その程度の痛みなどとうに忘れてしまっている。
「邪魔だと言っておる!」
「どうしてベルから狙うの?!」
「弱者から殺すのが、戦いにおけるセオリーであろう」
「――ベルは弱くないよ!」
「貴様に守られているだけの小僧が、弱くないだと?
妄言は休み休み言え」
「ベルは、わたしなんかよりよっぽど強い子なの!
馬鹿にするのは許さない!」
エルシアは、大剣を振り回しながらそう叫ぶ。
技を使っていないのにも関わらず、エルシアの剣からは万物を斬り裂く程の風が起こっている。
魔剣、『風龍』。
五行相生が元となった、「土」を除く四種類の魔剣、
『炎龍剣』『水龍剣』『風龍剣』『雷龍剣』からなる『世界四大魔剣』の一つである。
エルシアが使う二本の大剣は、二本で『風龍剣』として数えられるのだ。
片方を失くしてしまえば、能力は半減してしまう。
だから、戦う時は必ず二本で戦わなければならないのだ。
「――しっ!」
エルシアは随時ネプから距離を取り、その大剣で空を斬る。
文字通り、「空を斬る」のだ。
「なっ!」
目には見えない風の斬撃が、ネプの判断を曇らせる。
近づきたくても、斬撃が飛んでくるために近づけない。
ネプは、瞬時に思考を巡らせる。
一瞬にも満たないその隙を、見逃さなかった。
---ベル視点---
痛い。
怖い。
憎い。
俺の中で、様々な感情が入り乱れる。
今すぐにでも、逃げ出したい。
本当に、ただ生き延びることだけを目的とするなら、エルシアを置いてここから逃走をするのが一番手っ取り早い。
でも、そんなことできるはずがないだろう。
エルシアとは、まだ出会って数時間程度だ。
それでも、エルシアは何度も俺を救ってくれた。
エルシアが居なければ、俺はとっくに殺されていただろう。
そんなエルシアを、『命の恩人』を見捨てて、逃げるわけないだろ。
初めて、九星の執行官と戦った。
正直、レベルが違う。
エルシアの戦闘能力は俺の予想をはるかに上回っていたが、それ以上に力量の差を感じる。
だがしかし、エルシアは諦めずに戦っている。
それも、この戦いに勝つために戦っているんじゃない。
俺を守り抜くために、戦っているんだ。
さっき俺が飛ばされたとき、エルシアの叫ぶ声が聞こえた。
ベルを、絶対に守り抜くと。
ベルは、弱くないと。
ああ、そうだよ。
俺は、弱くなんてない。
「ふぅ…………」
深く息を吸い、そして吐く。
この一連とも呼び難い動作は、いつも魔術の練習を行う時に怠ることはないルーティーンである。
そう、俺は今から、魔術を使う。
だが、今まで使ってきた魔術とは少し違う。
杖を懐にしまい、低く構える。
指先を地面に突き、更に体勢を低くする。
俺はその指先を、コツンと踵に当てた。
俺の足は、三秒も経たないうちに熱を帯びた。
パチパチと、何かが弾けるような音、感覚。
ちゃんと使うのは、当然初めてである。
エルシアが時間を稼いでくれている。
エルシアのおかげで、ネプは足止めを食らっている。
今しかない。
決めるなら、今だ。
俺が天大陸にいた頃からずっと温め続けてきた、秘伝の技――。
「――――『雷脚』!」
雷鳴のような轟音が、俺の足から鳴り響く。
鼓膜が破れる程の、大きな音。
鼓膜の安否なんて、気にしている余裕はない。
稲妻のように速く、ネプ目掛けて突撃する。
その道中で、エルシアが剣を片方、左側に差し出していた。
合っているのかは分からないが、エルシアはきっと、「これを使え」という意図で左手のみを出していたのだろう。
俺は剣を受け取り、呆気に取られているネプに剣を振り上げる。
剣術は、滅法だめだ。
だから、いい振り方とか、いい斬り方とかは、よく知らない。
でも、これまでに見てきたたくさんの剣士達の剣の振り方は、なんとなく覚えている。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
腹の底から沸き立つような雄叫びをあげながら、剣を振り下ろした。
――――確実に、斬った。
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