空中転生

蜂蜜

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第3章 少年期 デュシス大陸編

第五十四話 「落雷の音」

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「――!」

 ランスロットは首を傾けて、その攻撃を避ける。
 素早く槍を抜き、更なる猛追撃を槍で弾く。

 ウラヌスと名乗った、九星執行官の第八位。
 この男は、ベルとエルシアが対峙しているネプとは違い、武器を用いる。
 使っているのは、赤黒い短剣である。
 その短い剣で、ランスロットに凄まじい速度の剣撃を浴びせる。

 ランスロットはその全てを、自らの槍で弾き続けている。

 キンキンと、連続して金属音が鳴り響く。
 ランスロットは防戦一方の状況を抜け出すべく、一撃と一撃のその僅かな間隙を縫って、後ろに飛んだ。
 その背後には、倒れたダリアとそれを抱きかかえるゾルト。

「どうして、その二人を庇うのです?」
「貴様に教える義理はない」
「まだ出会ってから、たかだか数十分でしょう?
 仲が深いわけでもないのに、庇う理由なんてあるのですか?」

 ランスロットはこの瞬間初めて、ずっと感じてきた違和感の正体に気づいた。
 誰かに監視されているような、奇妙な感覚。
 ウラヌスは随分と前から、ランスロットを尾行していたのである。

「ウラヌス。 交渉をしよう」
「交渉?」
「この二人だけは、見逃してやってはくれないだろうか」
「ランスロット……!?」
「俺を殺した後は、煮るなり焼くなり、好きにしろ」

 ランスロットは、槍先をウラヌスに向けてそう言い放った。
 その言葉に、ゾルトは言葉を失った。

 ウラヌスの言う通り、ランスロットとゾルト達は、出会った直後であると言える。
 それでも、ランスロットはこの二人の命を背負おうとしているのだ。

「分かりました。 あなたを殺せば、何の問題もありませんからね」
「感謝する。
 ……ゾルト。 ダリアを連れて逃げろ」
「でっ、でも、それじゃお前が……」
「本当ならば、何十年も前に死ななければならなかった。
 だから、覚悟はできている」

 ランスロットは、ずっとあの時の罪を背負っている。
 表に出さないように心掛けていたが、今でも毎晩、あの時のことを夢に見る。

 魔人竜戦役の時の、同胞の大量殺戮。
 正体不明の呪いによって精神崩壊を起こしたことを皮切りに、同族であるソガント族を半壊させた。
 戦争が終結して間もなく村を追放されてから、何度も、自殺を図った。

 悪運が強かったのか、ランスロットは一度も死ぬことができなかった。
 長い長い、孤独な生活を過ごした。
 その間、何度も何度も、「死んだ方が楽だ」と思うことがあった。

 元凶は呪いであるとはいえ、大きな過ちを犯したということに変わりはない。

 そんな彼を救った、二人の子供の存在。
 角の生えた竜人族を目の前にしても臆さず、自分を認めてくれた、彼らの存在が、
 当時のランスロットにとって、この上ないほどに救いだった。

 彼らに出会ってから、ランスロットはようやく、自分が生きる意味を見つけたのだ。
 同族に疎まれ、謗られた彼が、この世界に存在してもいいのだと。

「はァァッ!」

 金髪の少年と赤髪の少女、そして緑髪の魔術師に思いを馳せて、ランスロットは地面を蹴った。
 小さな衝撃波が、ランスロットの足元から巻き起こった。

 ウラヌスの喉元に、長い槍を突き刺さんとする。
 ウラヌスはランスロットの速攻を、悠々と躱す。
 素早く身を捻り、空中で手元から雨を降らせる。

「クッ……!」

 降ってきたのは、ただの雨ではない。
 ウラヌスが握っていたはずの、短剣の雨である。
 だが、ウラヌスの手にはしっかりと二本の短剣が握られている。

 無数の短剣が、ランスロット目掛けて降り注ぐ。
 それも、無造作に降り注いでいるわけではない。
 確実に、ランスロットだけに降り注いでいるのである。

 ランスロットは自らの頭の上で槍を回転させる。
 扇風機の羽根のように槍を回すことで、傘のような役割を果たしているのだ。
 弾かれた短剣は、四方八方に飛び散っていく。

 短剣の雨が止んだ時には、既にウラヌスはランスロットの目の前で短剣を振りかぶっていた。
 ランスロットは間一髪のタイミングで攻撃を弾き、ウラヌスを蹴り飛ばした。
 蹴り飛ばされたウラヌスは瓦礫の山に一直線。
 畳みかけるように、ランスロットはウラヌスを追いかける。

「――ッ!」

 ウラヌスは苦し紛れに短剣を作り出し、両手から投げ放った。
 その二本の短剣も弾き飛ばし、ランスロットはウラヌスの首を捉える。

 が、ウラヌスとランスロットの間に、壁が現れた。
 文字通り、大きな赤黒い壁。
 ランスロットの攻撃は、その壁によって阻まれてしまった。

 ――その刹那を、ウラヌスは好機に変えた。
 
 ふっと笑ったウラヌスは、吃驚するランスロットの太腿に、短剣を突き刺した。
 ランスロットは対応することができず、そのままウラヌスに蹴り飛ばされた。

 槍を地面に刺し、勢いを止めたランスロットは、膝をついた。
 顔を歪めながら、深々と突き刺さった短剣を抜き、ゆっくりと立ち上がる。

「……何故、竜人族の貴方が、人族を庇うのです?」
「……」
「ランスロット・ソガンティア。
 かつて同族であるソガント族を大量に葬り去った貴方が他人のために戦うとは、一体どういう風の吹き回しですか?」
「……何故、そのことを知っているのだ」
「名前とくらいは、耳にしたことがありましたのでね」

 ウラヌスは攻撃の手を緩め、ランスロットに問いかける。
 ランスロットはその質問に、思わず槍を握りしめる。

「俺は、訳の分からない呪いのせいで、正気を失った。
 目が覚めた時には、生き残った同族はほとんどいなかった」
「それは、可哀想な話ですね。
 ですが、それが何の言い訳になると?」
「無論、俺はそのことを言い訳にするつもりはない。
 俺が仲間を裏切ったという事実は、揺らがないということは、分かっている」

 ランスロットは目を伏せて、低い声でそう言った。
 ウラヌスはその様子を見るなり、僅かに微笑んだ。

「だから、俺は誰かのために戦うのだ」
「誰かのために戦うことで、過去の罪滅ぼしをしようということですか?」
「違う。
 そんなことで罪が晴れるのならば、もう何十年も前からそうしている」

 ランスロットは槍を構え、再び体勢を低くする。
 ウラヌスは動じる様子もなく、また無数の短剣を自らの体に纏うように生み出す。

「俺は、あの時の俺とは違う」
「――」

 鷹のように鋭い眼光が、ウラヌスに向けられる。
 ウラヌスの笑顔は、まるで嘘であったかのように一瞬にして消えた。

「ランスロット・ソガンティアは、死んだのだ。
 あの、魔人竜戦役の時に」
「では、目の前に立っている貴方は、一体誰なんでしょうか」
「馬鹿真面目に受け取るな。
 俺は、新しい人生を歩んで行くということだ」

 ベル、エリーゼ、そしてシャルロッテに出会ってから見つけた、生きていく意味と、自分の存在価値。
 彼らは、一度だって必要とされたことがなかったランスロットを唯一、必要としてくれている存在だ。
 大切な仲間と共に過ごしている間だけは、辛い過去を忘れられる。

 初めてベルとエリーゼに出会った時に、ランスロットは決意したのだ。

 ランスロット・ソガンティアは、死んだ。
 これからは『ランスロット』として、再び新たな人生を生きていくと。

「貴方の言いたいことは、大体わかりました。
 ですが、残念ですね」
「――」

 ウラヌスは再び不敵な笑みを浮かべて――、

「――ここで、貴方の人生は終わってしまうのですから」

---

 ――同刻。

「これ、そっちに運んでちょうだい」
「はいよ」

 ベルとエルシア、そしてランスロットが激闘を繰り広げている一方、エリーゼとシャルロッテは、避難所にいる。

 二人は合流した後、ベルとランスロットを捜して歩いていたところ、この避難所に招かれた。

 災害が起きた時のために、街中にいくつも避難所が設けられていたのだ。
 しかし、あまりにも大きな災害であったため、街に設置されていた避難所はほとんど流されてしまった。
 唯一残ったこの避難所は、ミリアの中で最も海から距離のあった場所であったため、ほとんど影響は受けなかった。
 そのため、この辺りの建物は無事である。

 周辺に住んでいた人、そして被害を受けながらも運よく命拾いした人々が、およそ300人ほど、この避難所にいる。
 一夜明け、人々の混乱もようやく落ち着きつつある。

「ありがとう、エリーゼちゃん」
「いいのよ」
「半分、分けてあげるよ」
「いや、いいわよ。 あなたが全部食べなさい」
「エリーゼ、こういう善意はありがたくいただくものですよ」
「うぐっ……そっ、そうなの?
 分かったわ。 貰うわね」

 エリーゼは渋々パンを受け取ると、子供はパッと笑った。
 その笑顔を見て、エリーゼの頬も緩んだ。

「ねえ、ひゃるろって」
「ふぁい」

 半分分けてもらったパンを頬張りながら、エリーゼはシャルロッテに呼びかける。
 シャルロッテもまた、手元にある焼いた芋を食べながら、エリーゼの声に応じる。

「これから、どうなっちゃうのかしらね」
「さあ……私にも、全く見当がつきません」

 エリーゼはホッとため息をつく。
 無論、安堵のため息ではない。
 ようやく一息つけた、という意味でのため息だ。

 瓦礫の山に囲まれた道のど真ん中で目を覚まして以降、一度も休む暇がなかったのだ。
 それは、シャルロッテも同じである。

 シャルロッテは目が覚めてから今まで、一度も攻撃のために魔力を行使していない。
 エリーゼの治療の際に使った以外に、消耗はしていないのである。
 ただ、不眠不休で夜通し働いたこともあって、体力の限界は近い。

「私は、この災害は人為的なものだと思います」
「あたしも同感よ。 そうでなきゃ、災害の直後に魔物なんて来やしないわ」
「心当たりは全くありませんが、必ず黒幕はいるはずです」

 シャルロッテは手に水を浮かべ、見つめながらそう言った。

「本当は今すぐにでもここを飛び出して、黒幕を叩き潰したいところですが、
 今も避難所に運ばれてくる人が絶えないので、治療に専念しなければいけません」
「じゃあ、あたし一人で外に出て、その黒幕とやらをぶちのめすのは?」
「何バカなこと言ってるんですか。
 全く状況が掴めない中でも迂闊な行動は自殺行為ですよ。
 お願いですから、この中にいてください。
 エリーゼだけでも、そばにいてください」
「……分かったわ。 そこまで言われちゃ仕方ないわね」

 腰に提げた剣に手を回したエリーゼを、シャルロッテは必死に制止した。
 シャルロッテは平静を装っているが、内心では全くそんなことはない。

 一人ではどうしても、心細いのだ。
 ベルとランスロット、頼れる二人がいない中で、エリーゼと合流できたのはシャルロッテにとって大きな意味を持つ。
 きっと、あのまま一人でいたなら、恐怖と不安に押しつぶされていただろう。

「治癒術師の方! 新たに四人搬送されました!」
「四人も……行ってきます、エリーゼ。
 エリーゼはゆっくり休んでください」
「シャルロッテも、無理しすぎないようにね」
「ありがとうございます」

 シャルロッテは柔らかく微笑んで、呼ぶ声の方へ足早に去っていった。
 エリーゼはその背中を見ながら、一人の少年の顔、そして角の生えた恩人を思い浮かべる。

「――!」

 その時だった。

「――雷?」

 遠くの方で、雷鳴の轟く音が鳴り響いた。

 外には、雨雲は一切見られない。
 だが、はっきりとエリーゼの耳に入ったのだ。

 エリーゼは、途端に不安になってしまった。
 小さな頃から雷が苦手なのは、成長した今も変わっていない。

 エリーゼは腰を上げて、シャルロッテの歩いて行った方へ歩き出した。

「シャルロッテ?」
「シャルロッテさんなら、たった今外に用事があるとか言い出して、走っていきました」
「え? どういうことよ」
「俺達にも分からない。
 制止を振り切って、飛び出して行っちまったからよ」
「分かったわ。 そこをどきなさい」
「ダメだ」
「何でよ!」

 エリーゼは、出入口で応急処置を行っている男に行く手を塞がれた。

「シャルロッテさんからは、あんたを止めるように言われたんだ」
「止める……? 訳が分からないわ。
 いいから退きなさいよ」
「『赤い髪の少女が、追いかけようとするかもしれない。
 私は大丈夫ですから、追いかけてこないように』と伝言を頼まれたんですよ」
「――」

 男を退かそうと肩を揺さぶっていたエリーゼは、言葉を失った。

「……分かったわ」

 そう言って、エリーゼは避難所の中へと戻った。

「……そばにいてって、言ったくせに」

 エリーゼは再び座り込んで、吐き捨てるように呟いた。
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