空中転生

蜂蜜

文字の大きさ
69 / 70
第3章 少年期 デュシス大陸編

第六十六話 「ヴォルガルム」

しおりを挟む
 約一か月が経った。
 ランスロットによると、もう少しで獣人が居る集落に到着するらしい。
 もう少しとは言っても、あと二、三日はかかるみたいだが。
 長旅をしていると、時間感覚がバグるんだよな。
 三日という時間は、体感だとものの数時間くらいに感じるほどだ。

「これから森に入る。
 森の中は魔物が多い可能性があるから、油断はするなよ」
「りょーかいですっ!」

 エルシアの元気のいい返事が、静まり返った森に木霊する。
 やっぱり、森に入ると途端に雰囲気が変わるな。

 いつどこから魔物が出てくるか分からない、この緊張感。
 竜車が走る足音のおかげで、少し緊張が和らぐような気がする。
 閑散とし過ぎていると、余計に気を張ってしまうからな。

「何だか、昔を思い出すわね、ベル」
「昔?」
「森って言ったら、ほら、ライラと出会った森があったじゃない」
「ライラ……! 懐かしいですね」

 両親に無断で森に魔物狩りに行った時に出会った、魔族の少女。
 俺が魔術を教えたら、すぐにコツを掴んで凄い速さで成長していったな。
 あの子が引っ越す前に花火を見せたら、とても喜んでくれた覚えがある。

「元気にしているかしらね!」
「あの子のことですから、僕よりも凄い魔術師になってるかもしれませんね」
「ライラはベルと同い年でしょ?
 その歳で聖級魔術師なんてベルくらいなんじゃないの?」
「ライラは、僕よりもよっぽど飲み込みが早かったんです。
 今は僕の方が上でも、いずれは抜かれそうな気がしてなりませんよ。
 まあ、抜かれないように僕も頑張りますが」
「ベルはあの子の先生なんだから、抜かされないようにしなさいよ」

 先生、か。
 何か恥ずかしいな。
 俺に「師匠」って呼ばれた時のシャルロッテの気持ちが分かったような気がする。

 ライラ。
 いつか、また会えたらいいな。

「森の中で野宿はできるのかな?」
「どうでしょうね。ていうか、出来なきゃ終わりだわ。
 寝不足でぶっ倒れちゃう自信しかないもの」
「ある程度開けた所があればいいが……
 最悪、道の途中に竜車を止めてこの中で寝るしかないな」
「それも、交代で見張りをしなきゃですよね?」
「もちろんだ」
「はぁ……」

 もう一か月も、まともに眠れていない。
 起こされると分かっていると、余計に眠れなくなる。
 眠りにつけないまま自分の番が来て、終わった後に寝ようとしてもほとんど寝られない。

 そういえば、何度か夜に魔物との戦闘になった。
 この「月蝕眼」の効果は、絶大とまではいかないが多少は感じられた。

 特に「魔力の増大」というアドバンテージは、戦闘中にかなり恩恵を感じた。

 まず、放つ魔法の威力が高くなった。
 月蝕眼で魔力を増大し、更にこの杖で魔力を増大。
 撃つまでに、二段階の強化ができるってわけだ。

 あとは、あまり疲れなくなった。
 魔力を使えば当然、多少なりとも消耗はする。
 どれだけ魔力最大量が多い魔術師でも、これは共通している。
 だが夜の間だけは、どれだけ魔術を使っても疲れないような気がする。
 無論、限界はあるだろうが。

 ちなみに、月の満ち欠けに応じて効果が変わる、なんてことはなかった。
 つまり、新月の夜だろうが満月の夜だろうが、効果は変わらなかったということだ。

 総括すると、この魔眼はかなり優秀だ。
 あの痛みに耐えた甲斐があったというものだ。
 まあ、もう二度と味わいたくはないが。

 魔力の増大ができるだけで凄い能力だが、もしかして魔力最大量も増大していたりするのだろうか。
 魔術を使っても疲れなくなったということは、そういうことなのか?
 倒れるほど魔力を使ってはいないから、今度試してみようかな。
 極力倒れたくはないが。

 それと、一つ忘れていたことがある。
 エリーゼの剣だ。

 エリーゼはミリアを出る際、「次の街で剣を新調する」と言っていた。
 そのことを、四人そろって忘れていたのだ。
 そのことを、昨日ふと思い出した。
 もう一週間早く気づいていれば、途中でどこか適当に街に寄れたのに。
 そんなことをしたら、エリーゼは面倒くさがるだろうな。
 どちらにせよ、リンドで買わなかった時点でどこにも寄らなかっただろう。

「眠そうだね、ベル」
「もう何日もまともに寝てませんから……」
「おいで。わたしの極上の膝枕でお昼寝しなさい」
「ちょっと! それならあたしがやるわ!」
「半分ずつお願いします」
「何言ってるの?」「何言ってんのよ」

 え、急に裏切られた。
 背中からぶわっと汗が出た。
 せっかく、両方味わえると思ったのに。

「じゃあ、ジャンケンで決めましょう!」
「ふっふっふ。かかってくるがいい」

 ジャンケンの結果、エルシアが勝利した。
 エリーゼが定番の「三回勝負」を希望するもむなしく、俺はエルシアのに寄りかかることにした。
 直前になって、膝枕は少し恥ずかしくなってしまったのだ。

「……エリーゼ?」
「これならいいでしょ」

 エルシアの肩に寄りかかる俺に、更にエリーゼが寄りかかってきた。
 一番得をしているのは間違いなく俺だな。
 美女に挟まれるというのは、いくつになっても幸せなことだ。

「あまりくつろぎすぎるなよ。
 いつ魔物が襲ってくるか分からない」
「二人は寝ててもいいよ。
 わたしが周りを見張っておくから」
「ありがとうございます」
「ありがと」

 エルシアの肩は、安心感がある。
 こう見えて、彼女は聖級剣士だからな。
 速度だけなら、四人の中でダントツで速いだろう。

 三日ほど、全く魔物と遭遇しない期間があった。
 その時に、「二人が戦ってるところを見てみたい」とエリーゼが言い出した。
 あまり乗り気じゃなかったが、二人は俺達の前で一戦を交えてくれた。

 一言でいうなら、「異次元」だった。
 お互いを傷つけないように、どちらも手加減はしていただろう。
 だがそれでも、ものすごい戦いだった。
 俺も将来、あれくらい戦えるようになりたい。

 ランスロットの本当の強さは、未知数といえば未知数だ。
 命を懸けて戦っているところは、まだ見たことがない。
 だが、『九星』の第八位を単独で撃破したくらいだから、
 相当実力は上であることはまず間違いないだろう。

 あれだけの強さがあれば、戦っていて楽しいだろうな。
 生きている年月の桁が違うとはいえ、
 相当な努力を重ね、場数をこなしてきたからこその強さなのだろう。

 俺の目標とすべき人間は、この世界には多すぎるんだよな。

「――ん?」
「何の音だろ?」
「あたしも聞こえたわ」
「え、何か聞こえましたか?」

 別のことを考えていたからか、全然何も聞こえなかった。
 聞こえていないのは俺だけらしい。

 周りを見渡してみるが、何も見えない。
 だが、今度ははっきりと聞こえた。
 どうして、こんなに大きな音が聞こえなかったんだ。

「魔物かしら」
「恐らくな」

 大きな何かの足音。
 コンスタントに響く足音に、内臓が震える。

 一応、杖を出しておくか。
 普段は、この黒い袋に包んでいる。

 こんな森の中で魔物を相手するのは久しぶりだな。
 それこそ、ライラと出会った時以来じゃないか?

 どんどん足音は近づいてくる。
 ゴライアスみたいな巨大な魔物ってわけじゃなさそうだが、足音はかなり大きい。

「来るぞ――」
「!?」

 俺達は、絶句した。

「何よ、こいつ」

 俺達の目の前に現れたのは、大きな犬の魔物だった。

---

 「……ヴォルガルムか」
「初めて見る魔物だよ……」
「俺もこの目で見るのは初めてだ」
「とりあえず、モタモタしてたら食べられちゃうわよ!」

 エリーゼが真っ先に飛び出した。
 剣を抜き、その剣が炎を纏った。

「ウガアアアアアアアアア!」

 エリーゼの剣は、ヴォルガルムの巨躯を貫いた。
 ヴォルガルムの咆哮が、森林中に鳴り響く。
 木々が揺れ、悲鳴をあげるように枝葉が音を立てる。

 ランスロットとエルシアもほぼ同時に竜車を飛び出し、それぞれ武器を抜いた。

「ベル! 竜車からは離れるな!」
「ベルには後衛を頼んだよ!」
「分かりました!」

 誰かが竜車を見ていなければ、荷台ごと地竜が姿を眩ませてしまう。
 地竜の扱いに慣れているのはランスロットしかいないが、ベルも一応馬の扱いは心得ている。
 馬と地竜では性格が異なるため全く同じ道理とはいえないが、基本的な扱い方は同じである。

「はァァッ!」
「しっ!」

 斬り付けられたヴォルガルムから、紫色の鮮血が飛び散る。
 飛び出した瞬間に早くも返り血を浴びたエルシアだが、そんなことを気にしている余裕などない。
 今だけは全ての感覚を忘れて、剣を振り、目の前の巨獣を撃破することに全力を注ぐ。

「――風刃!」
「――黒炎!」

 二色の斬撃が、ヴォルガルムを斬り付ける。
 二人の斬撃では、あまり大きなダメージは期待できない。

 そもそも、大きな魔物を相手にする時に物理攻撃は効果的とは言えない。
 大きなダメージ、つまり致命傷を与えるには、やはり魔術が最適である。
 しかし、このパーティに魔術師はベルただ一人。
 四人のうち、剣士が三人……正確には剣士二人と槍使い一人だが、これはあまりにもバランスが悪すぎる。

 もっと言えば、ベルは後衛型ではない。
 無論、後衛に徹するなら話は別だが、ベルは前衛型の魔術師だ。
 ベル達が普通の冒険者ならば魔術師の補充が急務であるが、彼らの場合は少し特殊。
 故に、この条件で戦うしかないのだ。

「ウオオオオオオオオオ!」
「かはっ……!」
「エルシア!」
「『土壁アースウォール』!」
「ごえっ!」
「あ、すみません!」

 衝撃を和らげようとベルが生成した土壁に、エルシアは背中から突っ込んだ。
 全く衝撃が和らぐことはなく、ただ激突するまでの距離が短くなっただけだった。

 『土壁アースウォール』は、注ぐ魔力の量によって形状や硬さなどを自在に変えることができる。
 ベルは注ぐ魔力の量の調整を誤ったのだ。

「土壁」

 ベルは竜車を降り、再び土壁を作った。
 これは、地竜を守るための壁だ。
 壁で竜車ごと包み込み、周りからの衝撃から守る。

「あいつ、めちゃくちゃ強いよベル」
「ええ……攻撃が通っている気がしませんね」
「ベルっちの大技で一気に焼き払う、ってのはダメなの?」
「森の中であの規模の魔術を使うのは流石に……今、ベルっちって呼びました?」
「きっ、気にしないで!」

 ベルの言う通り、ここは森の真ん中だ。
 こんな閉塞した場所で魔法陣を用いた大技を使ってしまえば、辺りは焼け野原になってしまう。
 以前「ボスミノタウロス」と戦った時に使った、雨を同時に降らせることによって発生した火を消すという作戦も、今回は使えないだろう。

 あの時にベルが使った魔術は、「紅蓮嵐フレアストーム」という技である。
 炎を巻き上げる竜巻を起こす魔法であるため、周りの木々が少々吹き飛んだ程度で済んだ。
 が、エルシアの言う大技、「ヴァルクルス・ヴォルト」は、辺り一帯を「薙ぎ払う」魔術だ。
 後から雨で鎮火したとて、一瞬にして荒地となってしまうだろう。

 そして、使えない理由がもう一つある。
 ここから近いところに、獣族の集落があるのだ。
 ここで大技を使ってしまえば、集落にも被害が及ぶ可能性がある。

 だから、ベルは不用意に大規模な魔術を撃てないのだ。

「僕も出ます」
「え? でも、ランスロットに竜車を任せられてるんじゃないの?」
「土の壁で覆っているので平気です!」

 ベルは勢いよく駆け出した。
 エルシアは些か呆気にとられるが、ベルに続く。

「『雷殺サンダースレイ』!」
「風刃!」

 ベルはその長い杖に魔力を込め、雷魔術を放つ。
 ヴォルガルムの顔面に直撃したベルの魔術は、その巨躯に広がっていく。
 雷魔術は、術者の力量によっては相手の体を麻痺させることもできる。
 ベル個人の持つ魔力量、そしてベルの杖の魔力増大能力が、それを可能にしている。

「ガアアアアアアアアア!」

 活発だったヴォルガルムの動きが僅かに鈍る。
 流石にベルの魔術でも、動きを封じられる時間はそう長くない。

「ナイスアシストだ、ベル!」
「畳みかけましょう!」

 物理攻撃が効果的ではないとはいえ、全く通らないというわけでもない。
 地道ではあるが、着実にダメージは与えられている。

「ギャアアアアアアアアア!」

 ヴォルガルムの悲鳴が森に木霊する。
 のたうち回って抵抗するが、四人の攻撃は止まることなくヴォルガルムを襲う。

 ――行ける。
 そう思った次の瞬間だった。

「ウガアア!」

 ヴォルガルムによく似た、しかしヴォルガルムから発せられたものではない雄叫びが、四人の耳に入った。
 一斉に声が聞こえた方を見ると、そこには、

「――人間?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

処理中です...