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第3章 少年期 デュシス大陸編
第六十七話 「獣族の森」
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---ベル視点---
犬のような耳の生えた人間が、数十人。
一人を除く全員が四つん這いになって、こちらを向いていた。
これ、絶対犬系獣族だろ。
『我らの守護獣様に、何をしている!』
守護獣?
このバケモンが?
全員、上半身が裸である。
まるで縄文人みたいな身なりだな。
『これがお前達の守護獣なのか?』
『そうだ。貴様らは、許されざる大罪を犯した』
確かに、そういうことならまずいことをしたのかもしれないが。
でも、先に攻撃されたのは俺達の方だし……
いや、違う。
真っ先に飛び出したのはエリーゼだった。
どう考えても俺達が悪い。
エリーゼのやつ……昔から暴走機関車なのはやっぱり変わってないよな。
まあ、後に続いて攻撃したから俺達も同罪なわけで。
『皆さん、すみませんでした。
これだけ大きな魔物だったので、身の危険を感じて攻撃をしてしまいました』
『守護獣様は魔物ではない。
そんな低俗な物と同じにしないで欲しい』
やべ、失言だったな。
だが、これが動物だなんてにわかには信じがたいぞ。
どっからどう見ても化け物じゃないか。
なんて口に出したら首が飛びそうだな。
『だが、悪気がなかったのであれば、見逃してやろう』
『ありがとう、ございます』
ひとまず、許しては貰えた。
ただ、この後だよな。
俺達は、獣族の集落で何日かを過ごそうと思っていた。
でも、初対面がこんなんじゃな……
『……すまないが、一つ頼みがある』
『何ですか?』
『もうすぐ雨季が来る。
だから、物資などを高台に運ぶ手伝いをして欲しいんだが』
棚からぼた餅とは、このことだな。
正直、また何日か野宿を覚悟していた。
「エリーゼ、エルシア。
物資を運ぶ手伝いをして欲しいそうだ」
「いいわよ。ゆっくり寝られる寝床があるなら何でもいいわ」
「わたしもいいよ! 肉体労働なら任せなさいっ!」
エルシアは腕をまくって力こぶを見せた。
いや、本当にムキムキだから困るんだよな。
顔は可愛くても体は全然可愛くない。
『分かりました。お詫びと言ってはなんですが、是非手伝わせてください』
『ああ、助かるよ』
獣人の集団を率いている屈強な男が、ふっと笑った。
なんだ、実はいい人なんじゃないか。
竜車を守らせていた土壁を解除し、俺達は竜車に乗り込んだ。
そして、獣人達に導かれるまま森の奥へと進んだ。
---
まず、一つ感想を言わせてほしい。
スゲェ。
こんな森のど真ん中に、これほどの規模の集落があるなんて。
そりゃ、かつてのラニカ村に比べればちっぽけなものだが、それでもこれはすごい。
先人たちの頑張りが、今に繋がっているのだろう。
建物が大きいというよりも、高いな。
ランスロットの言う通り、地上に民家も倉庫も何もない。
ロープウェイのような形で人々は行き来し、物資もそのロープを通じて運搬されている。
ここだけ時代がタイムスリップしたみたいだな。
「凄いわ……」
「何か、テンション上がってきた」
「あまりはしゃぎすぎるなよ」
もしこれがただの旅行なら、思い切りはしゃいでいたかもな。
寝泊まりをさせてもらう代わりに物資の運搬を手伝うという条件付きだから、あまり羽目を外しすぎるのもよくないだろう。
俺とエリーゼは、族長の家の一室を借りることになった。
ランスロットとエルシアは、空き家を使わせてもらうらしい。
どうせなら、四人一緒の部屋にしてくれよな。
「パパ、この人達誰ニャ?」
「物資を運ぶのを手伝ってくれる人たちだ」
おい、待て。
……ニャ?
猫系獣族って、ボレアス大陸にしかいないはずじゃ。
「この森には、猫系獣族もいるんですか?」
「ああ。半分くらいは猫系獣族だ」
「デュシス大陸にある獣族の森には、犬系獣族しかいないと聞いていたんですが」
「あくまで、族長がどちらの種族なのかで決まっているからな。
族長である私は犬系獣族だから、この森は犬系獣族の森と呼ばれている。
逆に、ボレアス大陸にある森の族長は猫系獣族だから、あの森は猫系獣族の森ということになる」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「もう、二人とも何を話してるのかさっぱりだわ!」
もちろん、エリーゼは獣人語が話せない。
ここに来るまでの道のりで少しでも教えようとしたのだが、予想通り勉強を嫌がった。
大人しく勉強していれば、少しは理解できたかもしれないのにな。
それはそれとして、俺の認識していた獣族の森と違ったな。
ランスロットですら誤って認識していたということは、あまりこのことは知られていないのだろうか。
「私は人間語が話せるから、今日からは人間語で話すとしよう。
では、今日はゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
族長の屈強な男は、部屋を出て行った。
そういえば、名前を聞きそびれたな。
明日聞いておこう。
「きみ、名前は何て言うニャ?」
「僕はベル・パノヴァだよ」
「ベル。いい名前ニャ。
リュミナ・フェルシアニャ。よろしくニャ」
リュミナは分かった。
姓は、「フェルシアニャ」なのか、「フェルシア」なのか、どっちだ。
全ての語尾に「ニャ」がつくなら、後者か。
「ねえ。今、自己紹介したの?」
「そうですよ」
獣人語で自己紹介をしたが、当然名前はそのまま口にした。
英語で自己紹介する時も、名前まで英語にはしないだろ?
「あたしも自己紹介したいわ!」
「だから、少しだけでも勉強しましょうって言ったのに」
「う、うるさいわね。勉強は嫌いなの!
とにかく、自己紹介だけでも教えなさいよ!」
「はぁ……分かりました」
世話の焼けるお嬢様だこと。
俺はエリーゼの耳に、こそこそと獣人語を教えた。
首をかしげてこちらを見つめているリュミナに「ちょっと待ってね」と一言かけながら、繰り返しエリーゼに耳打ちする。
『あ、あたしは、えりーぜ、ぐれいす、です』
拙いながらも、エリーゼは自分の名前を獣人語で口にした。
『よろしくニャ、エリーゼ!』
「な、何て言ってるの?」
「よろしくって言ってます」
「あたしもよろしくって言いたいわ」
仕方ない。
俺は再び、エリーゼに耳打ちをした。
『よろしく、リュミナ!』
エリーゼが元気よくそう言うと、リュミナはニパっと満面の笑みを浮かべた。
笑顔が素敵な女の子だな。
その笑顔を見て、エリーゼも嬉しそうに笑った。
---
夜になった。
手伝うとは言っても、俺やエリーゼのような子供に出来ることは少ない。
肉体労働はランスロットとエルシアに任せて、俺達はというと。
「お前達は、リュミナ達の相手をしてやってくれ」
子供達の相手をすることになった。
俺は子供の相手をすることに対して抵抗がないからいいが、エリーゼがな。
エリーゼも別に、子供が嫌いというわけではない。
むしろ、子供は好きだと言っていたくらいだ。
だが、エリーゼは獣人語が喋れない。
つまり、
『ベル、何して遊ぶニャ?』
「何て言ったの?」
俺は、通訳をしなきゃならない。
俺が一番恐れていた事態になってしまった。
と、思ったが、
「ちょとだけ、人間語、しゃべれる。ニャ」
カタコトではあるが、人間語が喋れるらしい。
俺はなるべく獣人語で喋るが、少しでも人間語が通じるならエリーゼにとっては良かったな。
さて、相手をするとは言ったものの。
何をするべきなんだ。
さっき、ある程度の自己紹介は済ませた。
エリーゼも俺も、大体リュミナのことは理解したつもりだ。
・族長・オルフェンの実娘
・七歳
・猫系と犬系のハーフ
……くらいだな。
あんまし分かってなかった。
ここが大きな街なら、どこかへ遊びに行くとかできたんだがな。
ここは森のど真ん中だから、「ちょっとそこまで」と言って出かけるなんてことができない。
この辺りにも普通に魔物は出るらしいし、迂闊に集落の外には出られないんだよな。
ちなみに、昼に戦ったこの集落の守護獣。
あれはランスロットの言った通りヴォルガルムで間違いなかった。
だが、先代の族長が飼い慣らした特殊な個体であるらしい。
「ベル、魔術を教えてあげたら?」
「魔術ですか」
ナイスアイディアだな。
ライラのこともあるからあまり上手く教えられる自信はないが。
『リュミナ。魔術を教えようか』
『魔術?』
「――魔物だ! 避難しろ!」
また魔物か……
魔物と顔を合わせない日がないんだが。
『魔物……怖いニャ……!』
『リュミナはここに居てね』
『えっ……?』
「エリーゼ。行きますよ」
「ええ」
俺達は、家を飛び出そうとする。
だが、すぐに足が止まった。
「……そうだったわ。ここは高台よ」
忘れていた。
降りるにもロープウェイみたいなやつが必要なんだ。
でも、モタモタしていられない。
下にはランスロットとエルシアが戦っているのが見えるが、加勢するべきだろう。
「エリーゼ。下の方は見えますよね」
「ええ」
「僕が先に降りるので、合図をしたら降りてきてください」
「分かったわ。気を付けてね」
ここで「何をするつもりなの」とか聞いてこない辺り、信頼関係はばっちりだよな。
俺を信じてくれてるから、聞かなくても大丈夫だろうと、そう思ってくれているのだろう。
俺の思い上がりだったら恥ずかしいが。
「『アースウォール』」
杖を地面に向け、地面に土壁を作る。
壁というより、床だけどな。
魔力で硬さなんかを自在にいじれるから、柔らかくして衝撃を和らげる。
上手く背中から落ちないと足をグネるかもしれないから、そこは注意だ。
よし、行くぞ。
「げうっ」
少し硬かった。
あと少し硬かったら全身の骨が逝ってたかもな。
更に柔らかくして、エリーゼに合図を送る。
「きゃっ!」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう。
ベルが居てよかったわ」
エリーゼも俺に続いて降りてきた。
上を見上げると、心配そうに顔を覗かせるリュミナの姿があった。
あれだけ高いところにいれば、魔物に襲われる心配はないだろう。
「ランスロットさん! 状況は?」
「少し数が多いな。
ヴォルガルム……守護獣様も相手をしているが、思ったよりもすばしっこいみたいでな」
あ、もう俺達も「守護獣様」って呼ばなきゃならないのか。
確かに、ヴォルガルムだと魔物感が凄いな。
まあ、魔物なんだけどな。
いや、そんなことを言ったら袋叩きにあってしまう。
「エルシアはどこなの?」
「前線で戦っている」
「そんなに数が多いんですか?」
「オルフェンが言うには、雨季の前は魔物も凶暴化するらしくてな。
最近は大人しかったんだが、ここ数日で集落を襲ってくる魔物の数が激増したらしい」
「だから、昨日はパトロールをしていたってわけね」
「恐らく、そうだろうな」
どうして俺達が集落に入ったタイミングで凶暴化なんてするんだよ。
つくづく運が悪いな。
とにかく、今は文句を垂れている場合ではない。。
集落を守るために、全力で戦おう。
――月は満ちている。
俺の魔力が、最大限に発揮できる条件は整った。
「行きましょう」
エルシアが戦う前線に向かって、俺達は走り出した。
もう既に、前の方からは魔物の声が聞こえる。
死人が出ていなければいいが……
「エリーゼ。俺達は先に行くぞ」
「ええ」
「後ろから援護します!」
走る速さは、魔術師である俺よりも二人の方がよっぽど速い。
一刻を争う時に、俺に合わせてもらう必要はない。
エリーゼとランスロットはスピードを上げて、前線へ真っ先に向かった。
どんどん、剣が肉を引き裂く音が近づいてくる。
この咆哮は、ヴォルガ……守護獣様だろう。
本当に集落を守るために戦ってくれているのか。
――見えた。
「『消雷』!」
杖先から放たれた雷は、一直線に飛んで行った。
少ししてから、魔物の断末魔が聞こえた。
当たってくれたみたいだな。
走りながら、杖に魔力を込めては魔術を放つ。
気持ちのいいくらいに、手ごたえが抜群だ。
「ベル! ストップだ!」
「――」
ランスロットの合図とともに、俺は魔術を放つのをやめた。
……あっ、一発お漏らししちゃった。
「全部片付いたよ……ウォウ!?」
俺の杖から漏れた火魔法は、エルシアを襲った。
エルシアは何とか躱せたっぽいな。
「ちょっと、ベル。わたしは一体、君に何回痛めつけられればいいのかな!」
「すみません。少し魔力が制御しきれなくて……
ですが、一体いつ僕がエルシアを痛めつけようとなんてしましたか?」
「お昼も、ベルの作った土の壁に背中から突っ込んだじゃん。
あれ、すごく痛かったんだから」
「あれは、不慮の事故というものですよ……」
「これでも女の子なんだから、もっと優しく扱ってよね」
「はい。すんません」
確かに、エルシアはなにかと俺の魔術の被害に遭うことが多いな。
そういう悪運を持っているのかもな。
俺だって、故意的にやっているわけではないし。
犬のような耳の生えた人間が、数十人。
一人を除く全員が四つん這いになって、こちらを向いていた。
これ、絶対犬系獣族だろ。
『我らの守護獣様に、何をしている!』
守護獣?
このバケモンが?
全員、上半身が裸である。
まるで縄文人みたいな身なりだな。
『これがお前達の守護獣なのか?』
『そうだ。貴様らは、許されざる大罪を犯した』
確かに、そういうことならまずいことをしたのかもしれないが。
でも、先に攻撃されたのは俺達の方だし……
いや、違う。
真っ先に飛び出したのはエリーゼだった。
どう考えても俺達が悪い。
エリーゼのやつ……昔から暴走機関車なのはやっぱり変わってないよな。
まあ、後に続いて攻撃したから俺達も同罪なわけで。
『皆さん、すみませんでした。
これだけ大きな魔物だったので、身の危険を感じて攻撃をしてしまいました』
『守護獣様は魔物ではない。
そんな低俗な物と同じにしないで欲しい』
やべ、失言だったな。
だが、これが動物だなんてにわかには信じがたいぞ。
どっからどう見ても化け物じゃないか。
なんて口に出したら首が飛びそうだな。
『だが、悪気がなかったのであれば、見逃してやろう』
『ありがとう、ございます』
ひとまず、許しては貰えた。
ただ、この後だよな。
俺達は、獣族の集落で何日かを過ごそうと思っていた。
でも、初対面がこんなんじゃな……
『……すまないが、一つ頼みがある』
『何ですか?』
『もうすぐ雨季が来る。
だから、物資などを高台に運ぶ手伝いをして欲しいんだが』
棚からぼた餅とは、このことだな。
正直、また何日か野宿を覚悟していた。
「エリーゼ、エルシア。
物資を運ぶ手伝いをして欲しいそうだ」
「いいわよ。ゆっくり寝られる寝床があるなら何でもいいわ」
「わたしもいいよ! 肉体労働なら任せなさいっ!」
エルシアは腕をまくって力こぶを見せた。
いや、本当にムキムキだから困るんだよな。
顔は可愛くても体は全然可愛くない。
『分かりました。お詫びと言ってはなんですが、是非手伝わせてください』
『ああ、助かるよ』
獣人の集団を率いている屈強な男が、ふっと笑った。
なんだ、実はいい人なんじゃないか。
竜車を守らせていた土壁を解除し、俺達は竜車に乗り込んだ。
そして、獣人達に導かれるまま森の奥へと進んだ。
---
まず、一つ感想を言わせてほしい。
スゲェ。
こんな森のど真ん中に、これほどの規模の集落があるなんて。
そりゃ、かつてのラニカ村に比べればちっぽけなものだが、それでもこれはすごい。
先人たちの頑張りが、今に繋がっているのだろう。
建物が大きいというよりも、高いな。
ランスロットの言う通り、地上に民家も倉庫も何もない。
ロープウェイのような形で人々は行き来し、物資もそのロープを通じて運搬されている。
ここだけ時代がタイムスリップしたみたいだな。
「凄いわ……」
「何か、テンション上がってきた」
「あまりはしゃぎすぎるなよ」
もしこれがただの旅行なら、思い切りはしゃいでいたかもな。
寝泊まりをさせてもらう代わりに物資の運搬を手伝うという条件付きだから、あまり羽目を外しすぎるのもよくないだろう。
俺とエリーゼは、族長の家の一室を借りることになった。
ランスロットとエルシアは、空き家を使わせてもらうらしい。
どうせなら、四人一緒の部屋にしてくれよな。
「パパ、この人達誰ニャ?」
「物資を運ぶのを手伝ってくれる人たちだ」
おい、待て。
……ニャ?
猫系獣族って、ボレアス大陸にしかいないはずじゃ。
「この森には、猫系獣族もいるんですか?」
「ああ。半分くらいは猫系獣族だ」
「デュシス大陸にある獣族の森には、犬系獣族しかいないと聞いていたんですが」
「あくまで、族長がどちらの種族なのかで決まっているからな。
族長である私は犬系獣族だから、この森は犬系獣族の森と呼ばれている。
逆に、ボレアス大陸にある森の族長は猫系獣族だから、あの森は猫系獣族の森ということになる」
「なるほど。そういうことだったんですね」
「もう、二人とも何を話してるのかさっぱりだわ!」
もちろん、エリーゼは獣人語が話せない。
ここに来るまでの道のりで少しでも教えようとしたのだが、予想通り勉強を嫌がった。
大人しく勉強していれば、少しは理解できたかもしれないのにな。
それはそれとして、俺の認識していた獣族の森と違ったな。
ランスロットですら誤って認識していたということは、あまりこのことは知られていないのだろうか。
「私は人間語が話せるから、今日からは人間語で話すとしよう。
では、今日はゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
族長の屈強な男は、部屋を出て行った。
そういえば、名前を聞きそびれたな。
明日聞いておこう。
「きみ、名前は何て言うニャ?」
「僕はベル・パノヴァだよ」
「ベル。いい名前ニャ。
リュミナ・フェルシアニャ。よろしくニャ」
リュミナは分かった。
姓は、「フェルシアニャ」なのか、「フェルシア」なのか、どっちだ。
全ての語尾に「ニャ」がつくなら、後者か。
「ねえ。今、自己紹介したの?」
「そうですよ」
獣人語で自己紹介をしたが、当然名前はそのまま口にした。
英語で自己紹介する時も、名前まで英語にはしないだろ?
「あたしも自己紹介したいわ!」
「だから、少しだけでも勉強しましょうって言ったのに」
「う、うるさいわね。勉強は嫌いなの!
とにかく、自己紹介だけでも教えなさいよ!」
「はぁ……分かりました」
世話の焼けるお嬢様だこと。
俺はエリーゼの耳に、こそこそと獣人語を教えた。
首をかしげてこちらを見つめているリュミナに「ちょっと待ってね」と一言かけながら、繰り返しエリーゼに耳打ちする。
『あ、あたしは、えりーぜ、ぐれいす、です』
拙いながらも、エリーゼは自分の名前を獣人語で口にした。
『よろしくニャ、エリーゼ!』
「な、何て言ってるの?」
「よろしくって言ってます」
「あたしもよろしくって言いたいわ」
仕方ない。
俺は再び、エリーゼに耳打ちをした。
『よろしく、リュミナ!』
エリーゼが元気よくそう言うと、リュミナはニパっと満面の笑みを浮かべた。
笑顔が素敵な女の子だな。
その笑顔を見て、エリーゼも嬉しそうに笑った。
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夜になった。
手伝うとは言っても、俺やエリーゼのような子供に出来ることは少ない。
肉体労働はランスロットとエルシアに任せて、俺達はというと。
「お前達は、リュミナ達の相手をしてやってくれ」
子供達の相手をすることになった。
俺は子供の相手をすることに対して抵抗がないからいいが、エリーゼがな。
エリーゼも別に、子供が嫌いというわけではない。
むしろ、子供は好きだと言っていたくらいだ。
だが、エリーゼは獣人語が喋れない。
つまり、
『ベル、何して遊ぶニャ?』
「何て言ったの?」
俺は、通訳をしなきゃならない。
俺が一番恐れていた事態になってしまった。
と、思ったが、
「ちょとだけ、人間語、しゃべれる。ニャ」
カタコトではあるが、人間語が喋れるらしい。
俺はなるべく獣人語で喋るが、少しでも人間語が通じるならエリーゼにとっては良かったな。
さて、相手をするとは言ったものの。
何をするべきなんだ。
さっき、ある程度の自己紹介は済ませた。
エリーゼも俺も、大体リュミナのことは理解したつもりだ。
・族長・オルフェンの実娘
・七歳
・猫系と犬系のハーフ
……くらいだな。
あんまし分かってなかった。
ここが大きな街なら、どこかへ遊びに行くとかできたんだがな。
ここは森のど真ん中だから、「ちょっとそこまで」と言って出かけるなんてことができない。
この辺りにも普通に魔物は出るらしいし、迂闊に集落の外には出られないんだよな。
ちなみに、昼に戦ったこの集落の守護獣。
あれはランスロットの言った通りヴォルガルムで間違いなかった。
だが、先代の族長が飼い慣らした特殊な個体であるらしい。
「ベル、魔術を教えてあげたら?」
「魔術ですか」
ナイスアイディアだな。
ライラのこともあるからあまり上手く教えられる自信はないが。
『リュミナ。魔術を教えようか』
『魔術?』
「――魔物だ! 避難しろ!」
また魔物か……
魔物と顔を合わせない日がないんだが。
『魔物……怖いニャ……!』
『リュミナはここに居てね』
『えっ……?』
「エリーゼ。行きますよ」
「ええ」
俺達は、家を飛び出そうとする。
だが、すぐに足が止まった。
「……そうだったわ。ここは高台よ」
忘れていた。
降りるにもロープウェイみたいなやつが必要なんだ。
でも、モタモタしていられない。
下にはランスロットとエルシアが戦っているのが見えるが、加勢するべきだろう。
「エリーゼ。下の方は見えますよね」
「ええ」
「僕が先に降りるので、合図をしたら降りてきてください」
「分かったわ。気を付けてね」
ここで「何をするつもりなの」とか聞いてこない辺り、信頼関係はばっちりだよな。
俺を信じてくれてるから、聞かなくても大丈夫だろうと、そう思ってくれているのだろう。
俺の思い上がりだったら恥ずかしいが。
「『アースウォール』」
杖を地面に向け、地面に土壁を作る。
壁というより、床だけどな。
魔力で硬さなんかを自在にいじれるから、柔らかくして衝撃を和らげる。
上手く背中から落ちないと足をグネるかもしれないから、そこは注意だ。
よし、行くぞ。
「げうっ」
少し硬かった。
あと少し硬かったら全身の骨が逝ってたかもな。
更に柔らかくして、エリーゼに合図を送る。
「きゃっ!」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ありがとう。
ベルが居てよかったわ」
エリーゼも俺に続いて降りてきた。
上を見上げると、心配そうに顔を覗かせるリュミナの姿があった。
あれだけ高いところにいれば、魔物に襲われる心配はないだろう。
「ランスロットさん! 状況は?」
「少し数が多いな。
ヴォルガルム……守護獣様も相手をしているが、思ったよりもすばしっこいみたいでな」
あ、もう俺達も「守護獣様」って呼ばなきゃならないのか。
確かに、ヴォルガルムだと魔物感が凄いな。
まあ、魔物なんだけどな。
いや、そんなことを言ったら袋叩きにあってしまう。
「エルシアはどこなの?」
「前線で戦っている」
「そんなに数が多いんですか?」
「オルフェンが言うには、雨季の前は魔物も凶暴化するらしくてな。
最近は大人しかったんだが、ここ数日で集落を襲ってくる魔物の数が激増したらしい」
「だから、昨日はパトロールをしていたってわけね」
「恐らく、そうだろうな」
どうして俺達が集落に入ったタイミングで凶暴化なんてするんだよ。
つくづく運が悪いな。
とにかく、今は文句を垂れている場合ではない。。
集落を守るために、全力で戦おう。
――月は満ちている。
俺の魔力が、最大限に発揮できる条件は整った。
「行きましょう」
エルシアが戦う前線に向かって、俺達は走り出した。
もう既に、前の方からは魔物の声が聞こえる。
死人が出ていなければいいが……
「エリーゼ。俺達は先に行くぞ」
「ええ」
「後ろから援護します!」
走る速さは、魔術師である俺よりも二人の方がよっぽど速い。
一刻を争う時に、俺に合わせてもらう必要はない。
エリーゼとランスロットはスピードを上げて、前線へ真っ先に向かった。
どんどん、剣が肉を引き裂く音が近づいてくる。
この咆哮は、ヴォルガ……守護獣様だろう。
本当に集落を守るために戦ってくれているのか。
――見えた。
「『消雷』!」
杖先から放たれた雷は、一直線に飛んで行った。
少ししてから、魔物の断末魔が聞こえた。
当たってくれたみたいだな。
走りながら、杖に魔力を込めては魔術を放つ。
気持ちのいいくらいに、手ごたえが抜群だ。
「ベル! ストップだ!」
「――」
ランスロットの合図とともに、俺は魔術を放つのをやめた。
……あっ、一発お漏らししちゃった。
「全部片付いたよ……ウォウ!?」
俺の杖から漏れた火魔法は、エルシアを襲った。
エルシアは何とか躱せたっぽいな。
「ちょっと、ベル。わたしは一体、君に何回痛めつけられればいいのかな!」
「すみません。少し魔力が制御しきれなくて……
ですが、一体いつ僕がエルシアを痛めつけようとなんてしましたか?」
「お昼も、ベルの作った土の壁に背中から突っ込んだじゃん。
あれ、すごく痛かったんだから」
「あれは、不慮の事故というものですよ……」
「これでも女の子なんだから、もっと優しく扱ってよね」
「はい。すんません」
確かに、エルシアはなにかと俺の魔術の被害に遭うことが多いな。
そういう悪運を持っているのかもな。
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弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
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