ヒーロー

ヨージー

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 木乃美は携帯電話を確認する。電波が入らない。農道に入ったあたりで、若干の電波の弱さは確認していたが、いざ連絡が必要となったとたんに、と落胆した。しかし、あまりにも極端ではなかろうか。建物の外に出れば、つながるだろうか。石井の後をつけながら建物の作りをみていたが、地上三階、地下三階、といった作りになっている建物のようだ。今は地下三階。石井はエレベーターを使ったが、尾行者である木乃美も同じようにエレベーターを使うわけにもいかず、すぐ脇の非常階段を使った。エレベーターの到着階層を確認してから追ったので、階段はほとんど飛び降りるように下った。帰りももちろん階段で、駆け上らなくてはならない。軽いウォーミングアップである。追手は歩いているのか見えない。なんの余裕があるのだろう。
 黄色いランプの点滅がみえた。通路沿いにいくつか光っている。何かされたのか。エレベーターが見えた。非常階段の扉に走り込む。取っ手をひねる。
「開かない」
 木乃美は何度も取っ手をひねるが、扉はびくともしない。鍵をかけられている。エレベーターのボタンも押したが、エレベーター上部の階層を示すランプが全て消灯していた。
「ここは研究施設だったんだ」
 木乃美は声のする方向を向く。
「緊急時に地下から人の出入りを塞げる仕様になってるところが、うちのボスのお気に召したらしい」
 佐田という細身の男は、木乃美に逃げ場がないという状況をにやつきながら説明してくる。
「たしか、ここにたどり着かれた場合に追跡者を閉じ込める使い方が予備の作戦の一つにあったが、追手が子ども一人じゃ、こっちが逃げるまでもない」
 佐田は見るからに丸腰だった。なめられている。木乃美は佐田を観察する。姿勢は悪くない。細身ながら、鍛えているようだ。服越しにある程度の実力を目算した。
「興味本位か、正義感が知らないけど、お前死ぬぜ。もしかしたら、面白い死に方もできるかもしれない。そうだ、相談してみよう。実験サンプルは多いほうがいいだろう」
 佐田は少し思案して、にやつき度合いが増した。木乃美との距離はまだ少し遠い。間合いまであと佐田なら十歩といったところか。不意打ちがいい。おそらく館山という男の方が佐田よりも強い。それに先ほどの武器だったり、何を使ってくるかわからない。佐田相手にけがをしたくはない。
「助けてくれない?ここに来たのは興味本位だったの。あなたたちが何をするのかに興味はもうないわ」
 木乃美はあまり身構えないようにして話す。
「ダメだ。石井が殺されるところを見ただろう」
「誰にも言わないわ」
 佐田がゆっくり歩いてくる。距離が詰まるが、確実に仕留めるにはもう少し近づいて欲しかった。
「信じて逃がすとでも?興味本位でやりすぎたな。来世で気を付けな」
 木乃美は片足を体の後ろに回し、重心を意識する。
「そいつは誰だ?」
 別の男の声が響いた。自分と佐田が来た通路とは別の通路から体格のいい強面の男が歩いてきた。
「なんだ郷田か。侵入者だよ。笑えるだろ」
 郷田と呼ばれた男が木乃美を見る。
「…、この国の子どもは無謀なことをする」
 木乃美は焦る。この郷田という男、勝てないかもしれない。しかも二対一で話になるわけがない。郷田とはまだ距離がある。逃げれるだろうか。しかし、佐田の話ではここは封鎖されている。状況が悪くなるだけか。せめて佐田だけでもここで…。
「なんだよ。諦めろ。お前に助かる道はねえよ」
ポーン。
長い筒を叩いたような音が響いた。三人の視線が動いた。対象に視線を最初に戻したのは木乃美だった。距離は一打いれるには少し遠かったが、佐田には隙があった。むしろ助走がついて、勢いがついた。佐田の視線が木乃美に向かうがもう遅い。顎に一撃。内臓を狙い、手のひらで腹を打つ。足払い。転倒する佐田。郷田が駆けてくる。転倒した佐田の頭を思い切り蹴り上げる。郷田の近づく圧迫感を感じ、木乃美は佐田への追撃を諦め、駆けだした。木乃美はなるべく細かく角を曲がる。振り切れるだろうか。今のやり取りで、郷田がこの先油断したりはしないだろう。状況は良くないかもしれない。身を隠さなければ。木乃美は、目についた扉を開いて中に飛び込んだ。扉を閉める。通路から見えないように体を低くする。
「あ」
木乃美はそこまでして、部屋の中に人影があることに気づいた。

周防は車を運転している。夕方でも雲は厚く、木漏れ日程度にしか夕日は見えない。これほど雲が厚いにもかかわらず、湿度が高いためか、車内は蒸し暑かった。窓は全開にしてあるが、周防は汗を流していた。
周防は病院で様々な話を聞いた。今回の事件で被害者となった家族たちとも話した。病院の外は報道関係者で溢れていて、出ていきたくなくなった。それに何より、咲と美紀を置いていけなかった。しかし、二人とも疲れ果てていて、久志の行方不明は咲を普段の面影を見失いそうになるほどに頼りなく見せていた。二人を案じたくて傍にいるのに、何もできずに寄り添いきれずにいた。周防は病院の人区画にまとめられた事件被害者と話すしかなかった。無言でいることが無力感を増長させる気がしたからだ。同じように考える人も多いようで、被害者家族の親兄弟が、通路や、自販機前に集まっていた。久志が盗み出さされた小包は、三度の運搬が行われたらしいことが分かった。無関係と思われる脅迫では、小包という言葉が出てこなかったため絞られた。そのうち驚愕だったのが、小包運搬の途中で事故にあった父親がいたことだ。バスで小包を受け渡されたのち、路上駐車した自家用車を使って、次の目的地まで小包を運ぶ、という指示だったが、バスから飛び出した際に、他の車にひかれたそうだ。そしてそこで小包の運搬が途絶えたわけでなく、居合わせた女子高生に小包と取引を託したという。その先の運搬は不明だ。その女子高生が指示をやり遂げたのかどうかも分からない。件の車に轢かれた男は竹林といい、まだ目が覚めていない。指示のあったと思われる竹林の携帯電話は、見つかっていない。そのため、そこから先、女子高生がどこに向かったかがわからない。バスに居合わせた人の証言から女子高生が小包を持ち去ったとわかったのは警察が教えてくれたことだ。澄川からも連絡があった。芦屋湖の管理センターで事件が発覚したらしい。施設内で当日業務にあたっていた二人の職員が屋内から拘束された状態で発見されたらしい。発見された理由は、拘束された職員の一人が非常ボタンをなんとか押したためとのことだ。拘束された二人は犯人に、何もしなければ殺さないと言われていたそうだが、犯人が、管理センターを訪れた来訪者の対応の後、どこかに行ってしまったことで、行動を起こせたらしい。これは、澄川からの連絡を受けた後、自力でネット検索した結果わかったことだった。澄川は久志の件と関係があるかを聞いてきていたので、調べた結果、わからないと答えた。しかし、先ほどの竹林の事故があった場所をその後知り、気づいた。女子高生が向かわさせられた先は恐らく管理センターだ。そこなら最悪走って迎える距離だからだ。しかし解せないのは、その後の女子高生の消息がつかめないことだ。なぜ女子高生は警察に連絡しない。管理センターに拘束されていたわけでもない。管理センターの職員の記事には女子高生という文言が出てくるものはなかった。女子高生も誘拐されたのだろうか。そちらの事件に関しても警察から情報がもらえないか、と思ったときのことだ。警察の話を聞いてしまった。
「八島も一味には含められませんか?」
「可能性はある。子どもを誘拐させることで、被害者として認識させるという考え方もある。人道的とは言い難いがな」
その時の周防の絶望感は言い表しようのないものだった。久志が偽装の為に美紀の命を危険にさらすわけがない。咲をあんな悲しませる、不安にさせることが計画の内だったと何人たりとも言わせたくなかった。
その後周防に転機が起こった。たまたま竹林の病室の脇を訪れたときのことだ。竹林の妻が、その両親と話していた。竹林が失敗したから、子どもが殺されかけたのではないか、という恐ろしい話だった。それに対して竹林の妻が泣きながら反論していた。竹林への指示は頼まれた女子高生が果たしている、と答えた。警察から指示された地点と思われる施設で取引が行われたと教えてもらったらしい。そこで竹林の妻が何かを思い出した。竹林の携帯電話が、その指示を伝えるために女子高生の手に渡っているとするならば、自分たちはお互いに自分たちの携帯電話の位置情報を共有しているからわかる、といいだしたのだ。周防はスーツの背広を羽織り直した。
「すみません、警察のものですが、今のお話は本当ですか?」
決していい手段とは言えなかったが、久志の無実を証明したかった。このまま警察に任せて、久志が犯人の協力者として職を追われる身になったとしたら、犯罪者の娘として生きる美紀の人生は、咲はこの先どうなる。その家族への想いが周防に思い切った判断をさせた。竹林の妻から、意識のない夫の携帯電話の現在地を聞き出し、それを自分の胸にのみ収めて、行動を起こすことにした。もちろん、手に負えないことになれば警察を呼ぶつもりだったし、この位置情報が犯人へつながる確かな道筋とも言いきれなかった。確証が欲しかった。犯人への、久志の無実の確証が。車が県外へと移動したころ、日が暮れた。
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