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透は動かずにいた。何が犯人を刺激するかわからない。隣にある装置が本当に使えないのかもわからない。館山という男はまだ隣の部屋から自分を見ているだろうか。
「館山さん。女子高生を見失いました。今郷田が追ってます」
透の知らない声が聞こえた。
「お前は何をしていたんだ」
「俺も追っていたんですが、郷田がへましまして」
電子音が聞こえた。
「敷地に誰か入った。プランを切り替える」
「え、赤外線センサーですか?まだ警察かどうかも分からないんじゃ」
館山が透の部屋に入ってきた。透に冷ややかな視線を向けると装置を片手に元の部屋へ戻っていった。
「館山さん。連れてきました」
岸の声だった。誰か連れているようだ。
「侵入者だ。逃走車に移って作業を進めろ」
「わ、わかりました」
岸と館山だろうか足音が遠ざかる。
「佐田、汚名返上だ。その弱りきったガキを始末しとけ」
館山の声に続いて、岸の笑い声が聞こえた。
「くそ」
扉から細身の男が入ってきた。透は佐田を見上げる。佐田は憎らし気に首を鳴らしながら透に近づいてくる。佐田が動く、その動きに合わせて、透は車いすを飛び出した。転倒しそうになる。こらえる。踏み出す。部屋を出て扉を蹴って勢いよく閉める。透は背中から閉じた扉にタックルする。開けられそうになった扉がもう一度閉まる。透は自由にならない両手で、扉の鍵の捻りを回す。扉が何度も蹴られている。透は息を整えながら通路側の壁に背を預ける。館山は気づいていた。透は岸に吹き付けられた薬品の効果が切れていた。動かなかったのは機会を見ていた、というのとよくわからない装置を恐れたためだった。館山が佐田という男に言った汚名返上とは、油断するな、という意図が含まれていたのだろう。あえて生かされた。運でしかなかった。館山という男に仕掛けていたら、確実に失敗していた。死んでいたのかもしれない。透は今になって身震いした。背中側で拘束された両腕を腰から足、といった順に通して、体の前面に腕を回した。彼らが取り逃がした女子高生とは何者だろう。彼女も助け出さなくては。透は震える足をつねって、立ち上がった。キミドリ色のジャージに勇気をもらって。
木乃美は後悔した。さっきなら八島を救えたかもしれない。小柄な男を跳ね除けるくらいはできた、と今になって思う。八島の深刻そうな話で動揺していたのかもしれない。木乃美の計画は単純だ。八島を助け出して、八島にフロアのロックを外してもらう。木乃美は自力でこの建物を操作できるとは思わなかった。連れ出された八島を、追手に注意を払いながら追うことは困難だった。足音が比較的響くことは木乃美にとって有利ではあったが、忍び足ができるのが自分だけとは限らない。あの郷田という男には出会うべきではないと考えていた。無傷で勝てる相手ではない。勝てないとは思わないことにした。孤独に負けそうになるからだ。八島を連れた男が通路沿いの部屋に入った。後を追おうとするが、部屋から話し声が聞こえてきた。何人いるかまではわからない。危険な気がする。そのうち八島と二人の男が部屋から出てきた。一人はあの館山という男だった。木乃美は思わず距離をとる。三人から十分に距離を持ったと思われるタイミングで木乃美は通りへ顔をだした。三人の姿も郷田も見当たらなかった。三人を追おうとしたとき背後で音が鳴った。何度も物を叩きつけるような音がした。気を盗られた。木乃美は気づく。
「よく躱した」
木乃美はしゃがんでいた。片腕を振りぬいた郷田の片頬がゆるんだ。当たっていたら終わっていた。その感覚が木乃美の全身に冷や汗をかかせた。木乃美はとびのく。距離をとらなくては。郷田の意識が木乃美からそれた。余裕のつもりか。
「お前の侵入から赤外線センサーを付けていたらしいんだが、何かかかったらしい。仲間がいるのか」
郷田は耳に何か取り付けている。仲間と連絡をとっているようだ。会話をしてはいけない。呼吸を読まれる。集中しなくては。木乃美は間合いを取りながら回るように横に移動していく。郷田もまた、木乃美に一歩半といった距離で合わせて移動してくる。郷田の表情は楽しそうにも見えた。木乃美は背後の通路に意識が、逃げたい、という意識が向いてしまう。郷田との間にあった一歩半に見えた距離、足らなかった。郷田は予想以上の歩幅で迫る。拳、違う。木乃美の予期した拳を躱す動作が、郷田の次の一打のスポットとなる。肘が木乃美の頭を直撃する。木乃美は後方へ飛ばされる。体重差が一撃の重さをより深刻なものとする。
「くっ」
木乃美は歯を噛みしめて飛ばされた後、最低限の動作で体制を整えた。
「お前、何の武術を修めている?動きが異質だ」
郷田は体の力を完全に抜いていた。会話がしたいらしい。
「最初は空手。柔道もならった。あとはかじる程度いろいろ。最近は中国拳法も」
「なぜそんなことをする?お前なら一つに絞ればそれなりになれただろうに」
「わたしにはなりたいものがあるから」
木乃美は郷田に仕掛ける。
木乃美の実家は父の空手道場の土地をそのまま活用している。木乃美も姉も子どものころから父の指導に付き合わさせられていた。姉は頭がよく、気づいた時には、寮生活の進学校に入学していた。木乃美だけが父の教えの対象となり、鍛錬は日々険しさを増していた。そんな時だ。彼が手に取った本に空手を使うヒーローがいたのだ。しかし、空手を知っていた木乃美には、その内容が空手だけで行えるものではない、とそれだけは理解できた。だから木乃美は父の激しい鍛錬に耐えながらも、高校入学の決め手となった空手部をさぼり、他の武術の鍛錬を陰で進めてきた。それに拍車をかけたのは、木乃美が中学二年生の時の事件だ。地元を騒がせた強盗団を木乃美は一掃した。しかし、そこに空手としての技は一つとして活用されなかった。確かに気構えや呼吸の読み方は分かる。しかし、ヒーローとして立つためには、それだけでは足りないと自覚した。そう頑張ってきたではないか。木乃美は強者へ立ち向かった。
「館山さん。女子高生を見失いました。今郷田が追ってます」
透の知らない声が聞こえた。
「お前は何をしていたんだ」
「俺も追っていたんですが、郷田がへましまして」
電子音が聞こえた。
「敷地に誰か入った。プランを切り替える」
「え、赤外線センサーですか?まだ警察かどうかも分からないんじゃ」
館山が透の部屋に入ってきた。透に冷ややかな視線を向けると装置を片手に元の部屋へ戻っていった。
「館山さん。連れてきました」
岸の声だった。誰か連れているようだ。
「侵入者だ。逃走車に移って作業を進めろ」
「わ、わかりました」
岸と館山だろうか足音が遠ざかる。
「佐田、汚名返上だ。その弱りきったガキを始末しとけ」
館山の声に続いて、岸の笑い声が聞こえた。
「くそ」
扉から細身の男が入ってきた。透は佐田を見上げる。佐田は憎らし気に首を鳴らしながら透に近づいてくる。佐田が動く、その動きに合わせて、透は車いすを飛び出した。転倒しそうになる。こらえる。踏み出す。部屋を出て扉を蹴って勢いよく閉める。透は背中から閉じた扉にタックルする。開けられそうになった扉がもう一度閉まる。透は自由にならない両手で、扉の鍵の捻りを回す。扉が何度も蹴られている。透は息を整えながら通路側の壁に背を預ける。館山は気づいていた。透は岸に吹き付けられた薬品の効果が切れていた。動かなかったのは機会を見ていた、というのとよくわからない装置を恐れたためだった。館山が佐田という男に言った汚名返上とは、油断するな、という意図が含まれていたのだろう。あえて生かされた。運でしかなかった。館山という男に仕掛けていたら、確実に失敗していた。死んでいたのかもしれない。透は今になって身震いした。背中側で拘束された両腕を腰から足、といった順に通して、体の前面に腕を回した。彼らが取り逃がした女子高生とは何者だろう。彼女も助け出さなくては。透は震える足をつねって、立ち上がった。キミドリ色のジャージに勇気をもらって。
木乃美は後悔した。さっきなら八島を救えたかもしれない。小柄な男を跳ね除けるくらいはできた、と今になって思う。八島の深刻そうな話で動揺していたのかもしれない。木乃美の計画は単純だ。八島を助け出して、八島にフロアのロックを外してもらう。木乃美は自力でこの建物を操作できるとは思わなかった。連れ出された八島を、追手に注意を払いながら追うことは困難だった。足音が比較的響くことは木乃美にとって有利ではあったが、忍び足ができるのが自分だけとは限らない。あの郷田という男には出会うべきではないと考えていた。無傷で勝てる相手ではない。勝てないとは思わないことにした。孤独に負けそうになるからだ。八島を連れた男が通路沿いの部屋に入った。後を追おうとするが、部屋から話し声が聞こえてきた。何人いるかまではわからない。危険な気がする。そのうち八島と二人の男が部屋から出てきた。一人はあの館山という男だった。木乃美は思わず距離をとる。三人から十分に距離を持ったと思われるタイミングで木乃美は通りへ顔をだした。三人の姿も郷田も見当たらなかった。三人を追おうとしたとき背後で音が鳴った。何度も物を叩きつけるような音がした。気を盗られた。木乃美は気づく。
「よく躱した」
木乃美はしゃがんでいた。片腕を振りぬいた郷田の片頬がゆるんだ。当たっていたら終わっていた。その感覚が木乃美の全身に冷や汗をかかせた。木乃美はとびのく。距離をとらなくては。郷田の意識が木乃美からそれた。余裕のつもりか。
「お前の侵入から赤外線センサーを付けていたらしいんだが、何かかかったらしい。仲間がいるのか」
郷田は耳に何か取り付けている。仲間と連絡をとっているようだ。会話をしてはいけない。呼吸を読まれる。集中しなくては。木乃美は間合いを取りながら回るように横に移動していく。郷田もまた、木乃美に一歩半といった距離で合わせて移動してくる。郷田の表情は楽しそうにも見えた。木乃美は背後の通路に意識が、逃げたい、という意識が向いてしまう。郷田との間にあった一歩半に見えた距離、足らなかった。郷田は予想以上の歩幅で迫る。拳、違う。木乃美の予期した拳を躱す動作が、郷田の次の一打のスポットとなる。肘が木乃美の頭を直撃する。木乃美は後方へ飛ばされる。体重差が一撃の重さをより深刻なものとする。
「くっ」
木乃美は歯を噛みしめて飛ばされた後、最低限の動作で体制を整えた。
「お前、何の武術を修めている?動きが異質だ」
郷田は体の力を完全に抜いていた。会話がしたいらしい。
「最初は空手。柔道もならった。あとはかじる程度いろいろ。最近は中国拳法も」
「なぜそんなことをする?お前なら一つに絞ればそれなりになれただろうに」
「わたしにはなりたいものがあるから」
木乃美は郷田に仕掛ける。
木乃美の実家は父の空手道場の土地をそのまま活用している。木乃美も姉も子どものころから父の指導に付き合わさせられていた。姉は頭がよく、気づいた時には、寮生活の進学校に入学していた。木乃美だけが父の教えの対象となり、鍛錬は日々険しさを増していた。そんな時だ。彼が手に取った本に空手を使うヒーローがいたのだ。しかし、空手を知っていた木乃美には、その内容が空手だけで行えるものではない、とそれだけは理解できた。だから木乃美は父の激しい鍛錬に耐えながらも、高校入学の決め手となった空手部をさぼり、他の武術の鍛錬を陰で進めてきた。それに拍車をかけたのは、木乃美が中学二年生の時の事件だ。地元を騒がせた強盗団を木乃美は一掃した。しかし、そこに空手としての技は一つとして活用されなかった。確かに気構えや呼吸の読み方は分かる。しかし、ヒーローとして立つためには、それだけでは足りないと自覚した。そう頑張ってきたではないか。木乃美は強者へ立ち向かった。
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