ヒーロー

ヨージー

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 自分は何をしているのだろう。周防はそう思わなくもなかった。降りしきる雨の中、周防は一人、暗い、人気のない、農道にポツンとある施設の敷地内で入り口を探してうろうろしていた。施設は黄色いランプこそ点滅していたが、室内の明かりは見えなかった。誰もいないのだろうか。虚しさがこみ上げてくる。扉を見つけた。正面のガラス戸は施錠されていたが、こちらはどうだろう。ドアノブをひねるだけで、防犯装置が作動したりはしないだろうか。この扉が開かなければ、全て自分の妄想だったということで帰ろうか、と考えた。しかし、周防の握った取っ手はスムーズに回転し、ドアが開錠されていることを示した。扉を開く。ここから先は完全な不法侵入。敷地内で関係者に見つかったら、車のエンストでもでっち上げようと考えていた。勝手に屋内に入って通じるような嘘ではない。周防は一呼吸して、屋内に侵入した。
 明かりはない。人気もない。開いたドアから届くランプの明かりだけが頼りだ。通路にある窓に映った自分の陰におびえる。周防が道を曲がると奥に外の物と同じようなランプが点々と配置されていた。黄色く点灯している。明かりの心配は十分とは言えないがなくなった。声を上げるべきだろうか。そうだ。携帯電話を探していることにしよう。携帯電話の位置情報を追ってきたのは真実だ。その点を使えば施設の人間に多少疑われても捕まったりはしないのではないか。そう考えてから、周防は自分の目的を思い出す。そうだ。自分は誘拐犯を追っている。見つかるだけでも危険かもしれない。久志の状況が悪くなるかもしれない。それはできない。仮に、事態が収束したのち、自分が何らかの罪に問われるとしてもそれは避けたかった。周防は頭を切り替える。優先すべきは久志だった。
 通路を進むうちに、建物の作りが分かってきた。元々そう大きくはない施設だったが、内側を確認したために、その仕様が分かったといってもいい。通路沿いには点々と小部屋があり、暗くて見えないが端末のあるデスクが確認できた。会社かとも思ったが、他の部屋に自分の会社でも見る機器があることに気づき、研究施設も兼ねていると理解した。周防の会社にある機器は開発品のプレゼンの際に概要説明に利用するもので、簡易的なものが多い。実際周防の会社の開発部が製品開発を行う場合は、外部企業や、研究所に出向いて行う。ここにはそれらの大掛かりな機器がそろっているように思われた。周防は部署違いの為、あまり、そういった施設へ出向いたことはない。しかし、素人目にもそうとわかる機器がそろっていた。その事実が、自社から運び出された試作品のイメージにつながった。正解に近づいているのでは、という興奮と恐怖が周防を足早にさせた。周防は通路の先にエレベーターを見つけた。ダメもとでボタン操作を行った。するとあたりを唯一照らしていたランプが消灯した。代わりにエレベーターの階層を指し示すランプが点灯した。エレベーターは下層にあるようだ。エレベーターが上昇してくる。待ち時間が長く感じられた。携帯電話を点灯させた。ライトに使えばよかった、と今更気づいた。電波が入らない。少し不自然さを感じた。エレベーターが周防のいる階層についた。到着音とともにエレベーターの扉が開いた。戸惑い。内側に人影が見えた。見つかった。逃げる、その思考にたどり着いたとき、判断を鈍らせるものが目に入った。久志だった。やつれたような彼が扉の開ききる間際、周防の視界に入った。二人の視線が重なった。瞬間、強い衝撃。意識がぐらつく。驚愕する久志の目が見えた。床の感触を頬で感じた。周防は、久志と入れ替わるようにエレベーターに投げ込まれた。久志は二人組の男たちに引きずられるように通路へ運ばれた。男の一人がエレベーターの最下層のボタンを押すのが見えた。男が何か声を出している。小型の通信機だろうか。エレベーターの扉が閉まった。
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