ヒーロー

ヨージー

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 扉がノックされた。ドアは閉まっていない。周防が顔を出した。木乃美が顔を伏せた。なんだか心がぞわぞわとした。
「二人に報告がある。これからの方針が定まった」
 周防は何事もなかったように話し出した。部屋での話が聞こえていなかったはずはない。透はかぶりを振る。何も後ろめたいことはないはずだ。周防は片手には持てないような大きな何かの装置を持っている。
「ここを俺の友人が見つけてくれた。車で来てくれたから、二人はこのまま近くの病院に連れていく」
 その言葉に安心と共に、木乃美が気になった。あんな大男と戦ったのだ、無傷の訳がない。木乃美の腕に青あざが見えた。たまらず透はソファに掛けられていた、黄緑色の上着を木乃美に差し出した。
「ごめん血とかついちゃっているけど、よかったら使って」
 木乃美は二秒ほどの沈黙の後、上着を受け取った。
「ありがとうございます…」
 木乃美の反応に透は、自分がかなりませたことをしたと気づかされた。心のうちに猛烈な恥ずかしさを感じた。
「あ、あの、犯人たちを追うんですか?」
 木乃美は周防を見ていた。そうだ、犯人は捕まったわけではない。
「それは君たちには関係ない。親御さんが心配しているはずだ。ここは電波が妨害されている。電波が入るところまで移動したら、警察にここのことを含めて通報する。後は大人の仕事だ。君たちはもう十分に無茶をしたはずだ。自分の身を案じてくれ」
 そこには周防の大人としての責任感と強さがあった。二人は黙り込むしかなかった。
 階段を上がる間三人に会話はなかった。先ほどの周防の言葉が高揚感にも似た二人の感情を冷まさせていた。透はこれからのことを考える。体は痛むが特に不調は感じない。清水に何より早く会いたい。一階についた。電灯以外の明るさを感じた。明るさが目に染みる。こんなに活動時間が長い一日は透の記憶の限り存在しなかった。体が硬くなっている。肩を回してほぐしてみる。背中に鋭い痛みが走った。こらえたが、表情が歪んでしまう。前を行く木乃美の心配そうな視線が向けられた。彼女に渡したジャージを見て、自分が一度着替えてから、事件に関わり直したことを思い出した。自分の幼さを冷静に感じるとともに、何も持ち物がないことに気づいた。通学鞄は家にある。生徒手帳も、だ。木乃美はどうして自分の誕生日を知っていたのだろう。木乃美とは入学式であった一度きりだ。誕生日の話をしたかは覚えてない。話したのだろうか。でも、それでもそれを覚えていたとしたら。透は木乃美を後ろから見つめていたことに気づいて、視線を逸らす。自分の浮ついた妄想を否定する。自意識過剰だ。清水のことを考えなくては。不純だ、と自分の頬をつねった。

「あ、きたきた。待ってたよ」
 澄川が裏口で待ち構えていた。澄川はひどい顔をしていた。自分もそうだろうと、周防は自分の顔をさすった。大人が睡眠時間を削ると、もろに見た目に出ると認識した。
 澄川と出会ってすぐ雨を避けるため、車に乗せてもらい、座席で犯人の車に残されたカーナビについて相談をした。周防には車の鍵なしで、カーナビを起動させる方法が思い浮かばなかった。澄川は話を聞いて、少し思案した後、雨の中一度外に出て自分の車の荷台を開けた。工具箱の中身を確認したうえで、運転席に戻ってきた。
「犯人のカーナビを、俺の車に付け替える」
「そんなことできるのか?」
「んー、多分。車のカーナビって、オプションなわけだ。なくても走る」
「だから?」
「外せるし、変えられる」
「え、それだけの考え?」
「俺だってエンジニアじゃないんだ。策が浮かんだだけましだろう」
「ごめん。壊さないようできるかな?」
「そこはお前、運だろう」
 そこまで話して二人は笑いあった。久志のことを考えると落ち着かなかったが、周防は冷静さを取り戻した。二人は段取りを相談した。澄川が犯人の車両からカーナビを取り外し、その合間に周防が高校生たちを連れて戻ってくる。周防が運転をしながら、澄川が自分の車にカーナビを取り付ける。通電していては危険かもしれないので、そこが気がかりだった。しかし、周防が地下三階を階段で往復する合間に澄川が全ての作業を終わらせていた。
「澄川、隠れた才能が開花したな」
「いや、お前の運動能力のなさも要因だ」
「あ、それは…、そうだな」
 周防は高校生二人を振り返る。迎えに行ったとき二人の幸せそうな会話に、部屋になかなか入らなかったのも事実だった。それにこの後の為に手に入れておきたいものもあった。久志を想えば一刻を争うというのに、二人の若さにあてられてしまった。太田と話したくなった。
「ついたのか?」
「もちろん」
「何の話をしているのですか?」
 後ろから透が声をかけてきた。二人にカーナビのことを話しながら、澄川の車へ乗車した。カーナビの発見には透の意見が参考になったので、感謝も伝えた。車を走らせながら、カーナビの履歴を確認する。いくつかの履歴を確認しながら、高校生二人の話も盛り込んで、事件に関与する場所のほとんどを経由している車両であることが分かった。
「で、電波入りました」
 木乃美の驚嘆の声に一気に車内の深刻さが増した。周防は木乃美から渡していた澄川最も充電の残っている携帯電話を譲り受け、通報をする。病院で名刺を渡された刑事に通話した。久志に疑いを持つ刑事を頼ることは嫌だったが、話を分かっている面を優先した。捜査の遅れを取り戻させたかった。
 しかし、通話して分かったことは、周防の持っている情報の多くを刑事も所有していたことだ。木乃美から聞いた道の駅のことも、犯人の人数や人相にいたるまで伝わっていた。竹林の携帯電話から割り出したアジトの話が唯一の新情報といった様子だった。会社と連絡を取ったことで、盗まれている製品の情報も伝わっていた。爆弾のような用途を狙っている点も考えがいきついていたらしい。犯人たちの計画的に見えた行動はその全貌が明かされようとしていた。犯人たちはどうやって逃げ延びるつもりだったのだろう。
 刑事との通話が終わり、数分が経過した。カーナビの履歴で怪しい点を見つけた。小学校へ車が一度向かっていたことが分かった。そこで周防はアジトの地下三階で端末操作をしたときに気になったことを思い出した。端末に保存されていたデータに複数の数字が羅列されたものがあった。携帯電話でその小学校を検索する。住所を確認して、その末尾の番地を見る。
「八時四十五分だ」
車内に沈黙が広がる。周防はうろ覚えの数字を思い出す。
「犯人たちはもしかしたらこの学校で朝の八時四十五分に何か、いや爆弾を使う気かもしれない」
「今は七時半だ」
 澄川が焦りの声を上げる。
「間に合う…」
 周防はナビを見て声を発する。しかし、その先の条件は言えなかった。
「病院による必要はありません」
 透が周防の考えを察した。
「助けたい人がいるのでしょう」
「…」
「まず警察に伝えないと」
 澄川に促され、警察に気づいた点について再度電話を掛けて伝えた。カーナビの移植の件は省いた。周防は考える。通話が終わったとき決断していた。
「このまま小学校に向かう」
「あとは警察に任せる、とはできないんだな」
 澄川の気遣いのこもった言葉に、意志を強く持って答えた。
「ああ、俺がもし助けになる余地があったらと後から後悔したくない」
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