ヒーロー

ヨージー

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8.発見

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 周防は階段を上る。息が切れる。本日二度目の往復だ。といってももう日付が変わっているかもしれない。ふがいない。デスクワークがここまで体力を失わせるものだとは思わなかった。久志を追う手掛かりは地下の端末からは見つけられなかった。だが、久志が殺されない理由は少しわかった。透の言葉によれば、例の試作品の操作が犯人側で上手くいっていないようだ。技術者として活用されるのならば、すぐに殺されたりはしないだろう。久志は自分よりも賢い。技術のすべてを吸い出されるまではまだ時間をかけてくれると思いたい。少なくとも一目見た久志の姿はそこまで身体的に追い詰められているようには見えなかった。
 透との話で一つの発見があった。犯人の一人が予定を狂わされ、バイクを燃やしたという。バスジャックが目くらましの一つという発想には驚かされたが、もともと車を燃やす予定だったと言われて、納得したところもある。そう、車だ。犯人が黒のバンを利用していたと聞いて、敷地に乗り捨てられていた車を思い出した。犯人たちは大型車、トラックで逃走したようだった。黒のバンや路駐された軽車両も、周防の車と同じくパンクさせられていた。てっきり透が打たれた竹でっぽうでパンクさせられたのかと思ったが、ナイフか何かで切り付けられたようだった。二人に見つからないように移動した男の遺体も恐らく噂の竹でっぽうで殺害されたようだったが、狙った個所といい、そこまで殺傷力がないのかもしれない。車のタイヤを見たとき、外の雨からガスガンの類なのではないか、と考えた。周防は学生のころサバイバルゲームに励んでいた。その当時の記憶によれば、ガスガンは天候によって、正確には気圧によって威力が弱まる。透が深手を負わなかったこともそのためかもしれない。
 犯人は本来バイクでバスが発見された廃工場から逃走しようとしていたらしい。それを透の存在が急変させた。透を超音波爆弾の実験台にすることにしたための判断のようだが、予定外は予定外。車にこの先の計画の何らかが残っているかもしれない。建物の外の雨は強まっていた。
応急処置とはいえ、自分の判断で処置した透も心配だった。このあと二人を連れて電波の入るところまで歩かなくてはならない。竹針を引き抜いた時の流血に肝を冷やした。消毒液は存分に使ったが化膿なども心配だし、ろくに食料もないまま貧血で倒れたりしないかも不安だ。この強い雨の中、彼を担いで移動する体力は自分にはない。意識が戻るまで待ったのはその点も大きい。
黒のバンは施錠されていた。乗り捨ててあることから、痕跡があるとは考えづらかったが、それでも自分の独断で警察の捜査を遅らせた罪の意識はぬぐい切れなかった、どうにかして取り返して、すぐにでも久志を救い出したかった。敷地に転がる岩で車のドアノブを叩いたりしてみたがびくともしない。表面に傷をつけることが手一杯だった。透は依然見かけた海外ドラマのシーンを思い出した。海に沈んだ車からの脱出シーン。フロン路ガラスを枠ごと蹴りぬいていた。周防に海外スターのような脚力はない。あたりを見回しひらめいた。周防は自分の車に急いだ。
車の荷台を開ける。中には太田と出かけたキャンプの道具が載せたままになっていた。太田はテントを支えるペグとそれを地面に打ち込むペグハンマーを取り出した。急ぎ施設内の犯人の逃走車に向かった。周防はフロントガラスに金属製のペグをハンマーで打ち込んだ。フロントガラスの外側を囲うように手当たり次第に打ち込んでいく。満を持して周防はペグの打ち込まれたフロントガラスをボンネットに乗って蹴った。幾度も繰り返すうち、フロントガラスがへこむように歪んでいく。大きな音とともにフロントガラスが車の内側に倒れ込んだ。周防は達成感を噛みしめ、車内にもぐりこんだ。
周防は狭い車の中を吹き込む雨の中くまなく探す。荷台も覗くとロードマップがあった。望み薄だが、それを持っていくことにする。それ以外に大したものは見つからない。周防は再びフロントガラスから外に出ようとしたときに、ふとカーナビに目が留まった。もしこれが起動できたら犯人が立ち寄ったところがわかるかもしれない。もしくは下見などで次の犯行現場を訪れていたら…。そのとき近くでエンジン音が聞こえた。周防は驚きのあまり頭を打ち付けた。周防は車を飛び出し通りへでる。こんな時間に、こんな人気のないところに。これを逃すわけにはいかない。強い雨の中目を凝らす。バックランプが見えた。駆けだす。追いつけるか。いや、走るしかない。駆けだした周防は驚いた。車がバックしてきたのだ。そして気づいた。この車は…。
「おい、周防。こんなとこで何してる」
 運転席のウィンドウが開いて見慣れた顔がこちらを向いた。
「澄川、お前こそ!」
「お前の携帯電話を追ってきたんだよ。病院から突然行方くらましやがって。電話も何度も掛けたってのに」

 あまり心地よくない起床。体に痛みが走る。ぬくもり。頭を上げる。
「あ、起きた?」
 透の声にハッとする。自分の両手が透の肩手をつつんでいた。すばやく手を引く。
「い、いつから」
木乃美は自分の声の上ずりで、さらに混乱してしまう。
「そうだな、あ、いや、さっき起きたところだよ」
 透は一瞬の思案ののち、視線を合わせて応えてくれた。透がいつ目覚めたかという問いではなく、自分がいつから透の手を…、その自分への問いかけだった。しかも自分は寝ていたのか。寝顔を見られながら。木乃美は頬が紅潮する自覚をした。そして思い出す。寝起き間際に感じたぬくもりを。あれは。木乃美は自分の体の前方を確認する。正面には透しかいない。視線を透に戻す。目を見られない。
「あの、ごめんなさい。その、そう体は大丈夫?」
「あ、いや、飛び出したのは僕の判断。体は周防さんが手当てしてくれたらしい、って、見てたよね。うん、快調ではないけど、元気だよ」
透は一拍おいて返答した。木乃美は自分の混乱で透を戸惑わせている、と落ち着きを取り戻そうと努力する。
「す、周防さんは?」
「今、外を見に行ってくれてる。車がパンクさせられちゃったみたいで、どうしようか考えてくれているみたい。ここって、結構人里離れているところらしい」
 木乃美はここへ来る道中を思い返す。そう石井が殺される瞬間を見てしまった。彼も犯人の共犯者だと理解したが、少し同情してしまう。人が殺される。自分の軽はずみな行動がいかに危険なことだったか思い知らされる。
「えっと、ありがとう」
 透の言葉に思わず視線を合わせてしまう。唇を軽くかんで動揺を隠す。
「…、ずっとそばで見ていてくれたんだよね。心配してくれてありがとう」
「あ、うん。いいの、全然。無事でよかった」
「それに、その…、強いんだね。あの大男と張り合ってた」
 木乃美は頭の血が引いた。
「その、家が道場で。普段は、その」
「すごいよ。僕はあいつにけちょんけちょんにされちゃってたし」
 照れているような、恥ずかしがっているようなしぐさで、頭をかく透。いとおしさで胸が苦しくなる。
「あの、私、聞いたの。周防さんから。誘拐された子どもたちを助け出したって」
 木乃美は緊張しながらも、それでも伝えたい気持ちを何とか言葉にする。
「うん、無謀だったけど、助けられてよかった。…、死んでいなくてよかった…」
 透は最後のつぶやくような言葉とともに涙をこぼした。木乃美は人をいつくしむ透の姿に心拍の高まりを感じた。共感?何だろう。胸の苦しさが自分の思いの強さを感じさせた。
「僕は、通報したところを捕まってここまで運ばれたんだけど、君は?」
 そこから二人は互いがどうやってここにたどり着いたのかを話した。二人は互いの話に時折、感心したり、驚いたり、心配になったりした。時間は気にならなかった。ずっと願っていた、待っていた透との会話。緊張して何も話せないと思っていたのに、言葉がすらすら浮かんできた。透の伝え方がうまくて、木乃美は一言一言に心揺さぶられてしまった。相性がいいのではないか。自分の浮ついた考えに吹き出しそうになってしまう。言葉をとめて戸惑う透を、なんでもない、と安心させる。こんなことがあっていいのだろうか。死んでしまうのではないか。今まで連絡できなかった日々が嘘のだったような親近感。心がほどけていくようだ。そして、木乃美は思い出した。今日という日を、時計を見る。日付が変わってしまっていた。心に刺す鈍い痛み。それでも伝えなくては。
「誕生日おめでとう。本当は昨日言いたかったんだけど、間に合わなかった…」
 沈黙。透はきっと木乃美がどうして自分の誕生日を知っているのか不思議に思うだろう。もしかしたら、変な人と思われるかもしれない。それでももう止まれなかった。気持ちの抑えがなくなっていた。
「えっと、ありがとう。昨日?誕生日は今日だよ。ん、あ、生徒手帳か」
「せ、生徒手帳?」
 木乃美は動揺と喜びで言葉を繰り返すことしかできなかった。昨日の自分の運勢が悪いわけだ。人聞きで聞いていた誕生日は間違いだった。きっと今日の運勢は…。
「いや、ありがとう。なんでもない」
 透の戸惑いながら見せた笑顔は、木乃美に何か大きなことを決断させるような、そんな大きな何かを感じさせた。
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