ヒーロー

ヨージー

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 強い吐き気がした。腹を思い切り殴られたらしい。エレベーターの中で周防は腹を抱えて痛みと吐き気に苦しんでいた。久志だった。ここは間違いなく犯人の隠れ家だった。油断、ではない。もともと、一人でどうにかしようというのが、自分への過信でしかなかった。咲が久志を待ち、泣いている。久志は間違いなく被害者だ。そんなこと久志を信じていれば分かったことじゃないか。このままでいいわけがない。今ここに自分しかいないのは、もうどうにもならない。でも、ここからさきは変えられる。歯を食いしばる。エレベーターの扉が開いた。周防が体を起こして、壁を頼りに立ち上がろうとしたとき、エレベーターが消灯した。電源を落とされたのだろうか。いや、先ほどまでの状態に戻されただけなのかもしれない。犯人の一人がさっき仲間に連絡しているのが見えた。それを指示したのか、それとも連絡したのか。仲間は外にいるのか、それとも、ここにいるのだろうか。犯人に拳一つでねじ伏せられた周防は恐怖を感じていた。ともかく目的は久志だ。上に挙がらなくては。周防はエレベーターから通路へ出た。壁沿いを行くとすぐそばに扉があった。非常口のランプがついている。やはり電源を落とされたのではなく、何らかの非常時設定に変更されたのだと周防は理解した。非常口の扉が開かない。施錠されている。鍵穴があった。システムで閉じられてはいるが、アナログ操作で開錠できるようだ。鍵を探さなくては。犯人はここを離れるのだろう。出なければ拘束しておきたい久志を連れまわしたりはしないだろう。周防は腹を抑えながら通路を進む。敷地内に車があったな。逃走車にするのだろうか。車は大型のものと、軽車両が一台あった。路駐してあったものも含めれば三台か。周防は自分の車のキーを握った。外に出られれば追うことはできる。だが、どこへむかうつもりだろう。人ひとり誘拐して、拘束しておける場所がそんなにいくつもあるのだろうか。待て、久志は何故生かされ、連れまわされている。幼稚園バスの被害者たちは殺されかけていた。久志の存在が何か影響を持つのか。新製品の試作品という話だったが、周防の企業は遠隔操作に関する特許を所有している企業だ。ワイヤレス操作によって様々なコンテンツを開発してきている。今、開発していた計画は…。そこまで考えて状況を思い出した。今はとにかく急がなくては。
 通路は一回よりも明るかった。黄色いランプが灯っているのは変わらないが、照明も点灯していた。つくりは一階と同様で、デスクのような部屋と研究機器の備わった部屋がいくつか見られた。部屋は大体施錠されておらず、全てを調べていたら朝になってしまいそうだった。何かそれらしい、犯人の痕跡のある部屋はないだろうか。周防は痛む腹を無視して小走りに通路を進んだ。周防は数ある扉の一つを開けながら進んでいたが、一か所開け放たれた部屋を見つけた。足音を抑え、近づく。今のところ犯人の仲間どころか人の気配がない。部屋に入り、息をのんだ。中年の男が一人倒れている。足元には血だまりができていた。恐る恐る歩み寄る。うつぶせの男の方を掴んで仰向けにした。周防は男の状態に表情を硬くした。男の片目に何か長いものが突き立てられていた。明らかに死んでいる。周防は男から離れた。部屋の奥にいくつかの端末が設置されていた。画面が明るく使用されていたことが分かった。スクリーンセーバーを閉じると画面にはいくつかのファイルが展開されていた。ロックはされていないらしい。もしかすると鍵を探すよりもこちらからフロアのロックを外せるかもしれない。周防はデスクに掛け、端末の操作を始めた。

 木乃美は自分の手に捕まって立ち上がった透を見て、急に心臓が高鳴った。距離が近い。というより、今自分は透の手を握ったぞ。いくつかの衝撃が木乃美の脳裏を駆け巡った。透は唖然としている。そうだ。まず自分が彼の前でしたことを思い返した。体格が二回りは大きい大男と拳を交えたのだ。透は自分をどう思ったのだろう。野蛮人?男勝りヤンキー?鳥肌が立った。そして困惑したのが、彼の装いだ。どうして、黄緑色のジャージなんだろう。うち高校の指定ジャージではもちろんない。私の影響、だろうか。私を想って。混乱する。でも透は自分があの時の人物だと気づいていないのでは。思考が止まらない。
「あの、逃げよう」
 透の言葉に木乃美は現状を思い出す。郷田は気絶したわけではあるまい。
「そ、そうですね。早く逃げよう」
二人は手を取って走り出した。今度は透から手を取ってくれた。その時、大きな物音がした。
「クソガキが」
 通路に細身の男が顔を出した。佐田だ。佐田の手には木乃美の見覚えのあるものが握られていた。銃口がむけられた。
バシュッ、バシュッ。
軽い発砲音が連続した。木乃美は通路の床に倒れ込んだ。黄緑色のジャージがなびいた。
「くっ…」
 透が木乃美の上に覆いかぶさっていた。透の背に血がにじんでいる。
「いや…」
 木乃美の声はか細いものとなった。佐田が駆け足で近づいてくる。
「待て、佐田」
 郷田が立ち上がっていた。郷田はこちらに駆けよろうとする佐田を通路を塞ぐように立ち塞がって止めた。
「さっきの通信はきいただろう、急ぐぞ」
「ふざけんな、俺はそいつにコケにされたんだ」
「計画の邪魔をするようなら、お前がガキにしてやられた話を告げ口してやってもいい」
 佐田の表情がゆがんだ。
「行くぞ」
郷田は佐田を引っ張るようにして木乃美たちの前から歩き去っていった。郷田は最後に木乃美を横目で見た。そこに感情は読み取れなかった。
木乃美は何も考えられない。涙がとまらない。透が自分をかばって打たれてしまった。血が出ている。透の額に脂汗が浮いている。背中に針のように刺さった竹が血を吸って黒ずんでいる。透を助けなくては。木乃美は涙をぬぐう。透を抱えて立ち上がる。
「うあっ…」
 透の苦しそうな声に木乃美は自分のことのように胸が痛んだ。
「待った、動かさなくていい」
 木乃美の視線の先に人影があった。

 透は意識が戻ったとき、体の上にぬくもりを感じた。視線を向けるとそこには木乃美の頭があった。ベッド、いやソファに横になっていた。木乃美は床に膝立ちのままソファに横になっている透に頭を預けていた。片手は木乃美に握られていた。
「っつ…」
背中にピリピリとした痛みが走った。透は空いている手で自分の体に手を回す。包帯のようなものが巻かれていた。治療されているのか。
「起きたね」
声のする方に目を向けると若い男の姿があった。男はデスクに腰かけてパソコンを操作している。
「事件の話は警察からも聞いていたけど、まさか高校生二人が誘拐犯と格闘していたとは思わなかった。あ、失礼。俺は周防雅人っていいます。君たちと同じ事件を違う理由で追ってここまでたどり着いた」
「お、おれは引田透です」
 とっさに透は名乗ったが、周防の話を全くのみ込めていなかった。事件、そうだ、清水さんを助けるためにここまで…。清水さん。
「あ、あのバスの人たちは…!」
「うん、お手柄だったね。とても俺にはできない芸当だよ」
「あの子どもたち、乗務員は無事ですか?」
「そう、無事だ。完全にではもちろんないが、君のおかげで、亡くなった人はいないはずだよ」
「あああ、よかった」
 透は思わず涙を流した。空いている片手で顔を覆う。
「お疲れさま」
 周防は涙を流した透を見て一瞬動きを止めたが話を続けた。
「君のおかげで、大切な姪っ子を失わずに済んだ。本当にありがとう」
 周防の口調は心が込められていた。透は自分のしたことの正しさを実感してまた涙を流した。
「俺たちがいるこの場所は地下で、先ほどまで閉じ込められていた」
透は周防を見る。
「二人組の犯人が出ていくときに非常階段の鍵を開けていった」
「出られるんですね」
「そう外には出られる。ただここは君の家から遠い。もちろん大人の俺がここから送るのが当たり前なんだけど、俺にはまだ助けたい人がいる」
「…八島さん」
 周防が驚いてこちらを見た。
「犯人の一人が言っていたんです。超音波爆弾?だかのストッパーをかけられたって」
「超音波爆弾?そうか、そういうことか。大体わかったよ」
 周防はタイピングを続けながらうなづいている。
「ここはどうやら電波妨害がなされているらしい」
「電波妨害ですか」
 周防がまたうなづいた。
「俺や君たちがここにきたから作動させたのかもしれない。俺は別にエンジニアでもハッカーでもないからそれをどうこうはできない。君をそこに寝かせた後、外に出てそれなりに離れてみたんだがダメだった。奴ら俺の車をパンクさせる念の入れようだ。俺たちを殺さなかったのが不思議なくらい」
 そこで透は気づいたことを口にする。
「あ、あの治療はあなたが?」
「ああ、治療といえば治療かな。そもそも傷が浅かった。施設内を歩き回ったおかげで多少の道具のありかに見当がついていたのもよかった。手錠も外せたよ。偽造品か何かだったんだろう。工具でストッパーみたいな部分を壊せた。」
 透は両腕を確認する。少し赤らんでいた。
「…ありがとうございます」
「それは彼女にもあとで言ってあげて。ずっと看ていたのは彼女だ」
 透は木乃美を見つめた。
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