誰の目にも輝きを

ヨージー

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 公演の本番。弥伊子は特別席だ普段は生徒の座ることの叶わない二階席に座っていた。一般の生徒、観覧希望の人たちは一階のパイプ椅子にかけている。週末に自由参加のイベントとして開催される定期公演はそれほど客足は多くない。一階から弥伊子の母が手を振っていた。弥伊子は控えめに手を振り返す。芦屋恭子が泊まりに来たときに、弥伊子の母親に話してしまったのだ。弥伊子の母は稼ぎ時の週末というのに店を休んできてくれた。弥伊子は恥ずかしさも強いが、なかなかそうまでしてくれる母のことを悪くも思えなかった。
 芦屋恭子は席にはついていない。場面ごとに各演者のメイクを確認、変更するため、バックヤードに控えているはずだ。芦屋恭子は母親との話を蹴った。芦屋恭子は母に会いたい気持ちで始めたメイクだが、それを取り組むほどに自分での夢も見つけた。それは母親とともに生活するには遠回りな夢となってしまったが、それでも芦屋恭子は諦めないだろう。芦屋恭子は国内ながらも、全国で公演をしてまわる舞台チームに合流する。話の通り、卒業の道筋を妨げないように事務所が配慮するらしい。芦屋恭子が母親のプランの方を選んでいた理由について考える。母親についていきたいという最初の願いのためだとも思えるが、実際もう一方の自分の夢を選んだということからしても、それだけが理由ではなかったのではないか。獅童宰都は驚くかもしれない。芦屋恭子は彼女なりにメイクの世界に夢を見ている。すごく羨ましいことだ。弥伊子は自分を振り返る。自分には何があるだろうか。そう思って始まった舞台を見る。本当に自分の思い描いた物語が多くの人の手を経て、さらに多くの人へ伝えられている。こんなに心動かされることはないかもしれない。しかも、その実現のために芦屋恭子が尽力してくれている。もし、今後も芦屋恭子とともになにかを産み出していけたら、弥伊子は体が、心がうずく。これは私の夢、だろうか。芦屋恭子に感謝しなくてはならない。彼女の破天荒な力にここまで連れてきてもらった気がする。そんなことを言うと、弥伊子自身の力だと言われるかもしれない。
 舞台袖から現れた女性は、弥伊子は知っている。藤田飛鳥だ。女の自分が言うのもだが、藤田飛鳥は美しかった。ドレス姿も似合っているし、芦屋恭子のメイクも素晴らしい。自然な美しさに見える。芦屋恭子が、言うには明かりの少ない舞台ではしっかりとしたメイクが望まれる。そのなかで見せるには技術が必要らしい。そして何より藤田飛鳥の本気の演技だ。嫌々というけれど、今の藤田飛鳥からそんなことは感じられない。姫を演じきっている。艶やかで、純粋、そんな風に感じられた。そう藤田飛鳥は純粋に。藤田飛鳥とは買い出しのあとも普通に話をしている。何か解答をすべき話だったのではないか、とも思ったが藤田飛鳥の優しさに甘えている。今度は獅童宰都が現れた。獅童宰都は王子の服装。弥伊子がはじめて思い描いた獅童宰都のイメージだ。でも今は違う。弥伊子は獅童宰都という人間を知った。理解が進んだ。今はただの王子様ではない。名前のある獅童宰都だ。物語は進んでいく。弥伊子は獅童宰都との話にでた『人魚姫』を題材にして作り直した形で物語にした。そう、だからこれは悲恋の物語。敵国の人魚姫の恋は叶わない。王子は人魚姫を討ち取って、自国の姫と婚約をする。獅童宰都は芦屋恭子を選ぶ、そういう物語だ。それを獅童宰都が演じることを知って複雑な気持ちになっていた。私は、私の願いは。
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