すべての出会いに

ヨージー

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4.

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「いやあ、助かりましたよ」
男はビルの入り口を出ると私に笑いかけた。
「うまくいったのですか」
「ええ、ありがとうございます。ばっちりでした」
男の話ではスタッフと密会を果たしたオーナーが親密なそぶりをのぞかせつつ、二人で、スタッフオンリーの戸の奥へ入る場面までが撮影できたという。おおよそ男の予想通りの内容だった。
「実はオーナーは三十分ほど前に店から離れていました」
男は肩をすくめる。
「すぐに退店すると怪しまれかねないので、調整しました」
「見失ったのでは」
「ああ、ええ、そうですね。ですがそれは作戦の範囲です」
「え、」
「ん-、今日はここまでっていうことです」
「いいんですか」
「深追いは禁物です。ヒットアンドアウェイです」
「そういうものなのですね」
「ええ、ですが、今日の収穫は大きい。これは黒といえるでしょう」
「白の可能性があったのですか」
「いえ、限りなく低い話でしたが、念には念を。私の仕事は評判が大切ですからね。手抜きの上、ミスなんてことは避けなくてはいけません」
「まだ、調査を続ける必要があるのですね」
「そうですね、それに、ここだけの話、こんなおいしい話を簡単に終わらせるつもりはないですね」
「おいしい、ですか」
「多少不謹慎ですが、長引かせたほうが実入りはいいので」
「それこそ評判にかかわるのでは」
「そこはうまい駆け引きです。情報が小出しでも、内容が伴っていれば
、むしろ好印象です。少しづつ真実に迫るスリルは万人が嬉々とします」
「…」
「ああ、由香里さん、すみません、時間が遅くなりましたね。タクシーをお呼びします」
「ああ、ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、今日はありがとうございました」
男はタクシーを停め、私を奥の席に通した。私は促されるままタクシーに乗り込んだ。男は手際よく札入れを取り出し紙幣を数枚抜き取り私に差し出した。
「交通費にご利用ください。おつりは結構ですので」
「あの…」
「ああ、大丈夫です。今回は大口のご依頼でしたので、こんな仕事でも少しゆとりがあるんです。今日もこれから祝杯にいってまいります」
男はそう笑顔で告げた。
「あの…!」
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