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第四章
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「悪いね、氷高くん。突然ドイツだなんて、驚いただろう。バタバタさせてしまって申し訳ない」
「いえ。同行させていただけてとても光栄です」
「そう。氷高くんは海外慣れしているからね。準備もスムーズで助かるよ。もしも真琴ならこうはいかない」
「真琴様は女性ですから仕方ないでしょう」
準備を済ませ、絃と氷高は早速空港に着ていた。急いで出てきたからか、搭乗時間まではまだまだ余裕がある。あまりにも時間が余ってしまっていたものだから、氷高はせめて契に挨拶くらいしてきたかった、とこっそりとため息をついた。心の端にモヤモヤが居座ったままでは、仕事もはかどる気がしない。
せめて気を紛らわそうと、氷高はいつも以上に絃と熱心に話し込んだ。これからの予定、自分のすべきこと、それから世間話まで、自分に考え事をする隙を与えないように とひたすらに会話を続けていったのだ。普段、氷高はそこまで絃と接点があるわけではないため、絃も氷高がこんなに話す男なのかと驚いていた。
「それにしても氷高くんはとても優秀な人間だよ。私が言うのもなんだが、執事をしているのは勿体無いんじゃないか? もっと君という存在を世界にアピールすべきだと思うんだ」
「……いえ。私は、契さまの執事として、ずっと鳴宮家で働くつもりです」
「君がそう言うなら、それでいいが……由乃さんもきっと、君には君の夢を追って欲しいと願っているよ」
「……それなら私の母は、なおさら今のままでいてほしいと言うでしょう。契さまと出逢った時の私を見ていた母ならば、きっと、私の本懐を知っている」
「……氷高くんは本当に、契のこと、大切に想っていくれていて嬉しいよ」
絃と会話をする――そうすると最終的に行き着くのは、いつも契の話題だった。二人の一番の共通点が契なのだから、当然といえば当然であり、しかし今の氷高にとっては一番苦い話題でもあった。
氷高は結局、契のことを頭に浮かべてしまい、憂鬱な気持ちになってしまう。
何もかもが、間違いだ。自分が契に対して抱いている想いは、不敬に値する想い。たかが執事が、ご主人様の寵愛を受けたいなど、ありえない。想いは一方的であるべきで、ご主人様から愛されたいなんて――絶対に、想ってはいけない。そうだ、手を出してしまったのがそもそもの間違いだった。こちらがどんなに愛を訴えようが、そんなもの契には届かないと思っていた。だから、全てを彼にぶちまけてしまった。それなのに……
「おい!」
「……」
「おい! こっち見ろ! 聞こえてんだろ!」
「……え?」
視線を落とし、後悔の念に駆られていた氷高。そんな氷高の耳に、酷く懐かしい声が聞こえる。ここにはいないはずの人物の声だったから、他人の空似だと思って無視した氷高だったが……あまりにも似ていたため、ついに声が聞こえた方へ振り返った。
少し離れた先。行きかう人々の、その奥に。
「……契、さま?」
――契が、いた。となりに酒井を連れている。ムスっと怒った様子で腕を組んでいる契が、なぜか、ここにいた。
「聞いてないんだけど! なんでいきなりドイツとか行くんだよ!」
「悪い、契! 今日決めたことだったんだ」
「父さんには言ってない! 隣のバカ執事に言ってんだよ!」
唖然とする氷高。あらかた酒井から事情を聞かされた契が、酒井にここまで連れてきてもらったのだろうが……なぜここに来たのかが、わからない。ただただ混乱する氷高の前に、契はズンズンと魔王のように近づいてきて――そして、ネクタイを掴んで、座り込む氷高を引っ張り上げる。
「……こっちにこいよ」
「せ、契さま……」
「こいって言ったらこい! 命令だぞ!」
「は、はい」
学生服を着た少年に、スーツを着た青年が連行される。おかしな光景に二人は目立ってしまっていたが、契はそんなことは気にしないでいた。ぐいぐいと氷高を引っ張っていってしまう。
横暴な契の態度に、絃は苦笑いをしていたが、止めようとはしなかった。なにやら可愛らしい二人の背中を、にやにやとしながら見つめていた。
「いえ。同行させていただけてとても光栄です」
「そう。氷高くんは海外慣れしているからね。準備もスムーズで助かるよ。もしも真琴ならこうはいかない」
「真琴様は女性ですから仕方ないでしょう」
準備を済ませ、絃と氷高は早速空港に着ていた。急いで出てきたからか、搭乗時間まではまだまだ余裕がある。あまりにも時間が余ってしまっていたものだから、氷高はせめて契に挨拶くらいしてきたかった、とこっそりとため息をついた。心の端にモヤモヤが居座ったままでは、仕事もはかどる気がしない。
せめて気を紛らわそうと、氷高はいつも以上に絃と熱心に話し込んだ。これからの予定、自分のすべきこと、それから世間話まで、自分に考え事をする隙を与えないように とひたすらに会話を続けていったのだ。普段、氷高はそこまで絃と接点があるわけではないため、絃も氷高がこんなに話す男なのかと驚いていた。
「それにしても氷高くんはとても優秀な人間だよ。私が言うのもなんだが、執事をしているのは勿体無いんじゃないか? もっと君という存在を世界にアピールすべきだと思うんだ」
「……いえ。私は、契さまの執事として、ずっと鳴宮家で働くつもりです」
「君がそう言うなら、それでいいが……由乃さんもきっと、君には君の夢を追って欲しいと願っているよ」
「……それなら私の母は、なおさら今のままでいてほしいと言うでしょう。契さまと出逢った時の私を見ていた母ならば、きっと、私の本懐を知っている」
「……氷高くんは本当に、契のこと、大切に想っていくれていて嬉しいよ」
絃と会話をする――そうすると最終的に行き着くのは、いつも契の話題だった。二人の一番の共通点が契なのだから、当然といえば当然であり、しかし今の氷高にとっては一番苦い話題でもあった。
氷高は結局、契のことを頭に浮かべてしまい、憂鬱な気持ちになってしまう。
何もかもが、間違いだ。自分が契に対して抱いている想いは、不敬に値する想い。たかが執事が、ご主人様の寵愛を受けたいなど、ありえない。想いは一方的であるべきで、ご主人様から愛されたいなんて――絶対に、想ってはいけない。そうだ、手を出してしまったのがそもそもの間違いだった。こちらがどんなに愛を訴えようが、そんなもの契には届かないと思っていた。だから、全てを彼にぶちまけてしまった。それなのに……
「おい!」
「……」
「おい! こっち見ろ! 聞こえてんだろ!」
「……え?」
視線を落とし、後悔の念に駆られていた氷高。そんな氷高の耳に、酷く懐かしい声が聞こえる。ここにはいないはずの人物の声だったから、他人の空似だと思って無視した氷高だったが……あまりにも似ていたため、ついに声が聞こえた方へ振り返った。
少し離れた先。行きかう人々の、その奥に。
「……契、さま?」
――契が、いた。となりに酒井を連れている。ムスっと怒った様子で腕を組んでいる契が、なぜか、ここにいた。
「聞いてないんだけど! なんでいきなりドイツとか行くんだよ!」
「悪い、契! 今日決めたことだったんだ」
「父さんには言ってない! 隣のバカ執事に言ってんだよ!」
唖然とする氷高。あらかた酒井から事情を聞かされた契が、酒井にここまで連れてきてもらったのだろうが……なぜここに来たのかが、わからない。ただただ混乱する氷高の前に、契はズンズンと魔王のように近づいてきて――そして、ネクタイを掴んで、座り込む氷高を引っ張り上げる。
「……こっちにこいよ」
「せ、契さま……」
「こいって言ったらこい! 命令だぞ!」
「は、はい」
学生服を着た少年に、スーツを着た青年が連行される。おかしな光景に二人は目立ってしまっていたが、契はそんなことは気にしないでいた。ぐいぐいと氷高を引っ張っていってしまう。
横暴な契の態度に、絃は苦笑いをしていたが、止めようとはしなかった。なにやら可愛らしい二人の背中を、にやにやとしながら見つめていた。
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