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第五章:小さな嵐、珈琲の香り
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キッチンに、エプロンを身につけたモアとフレドリカが並ぶ。その様子を、イリスはため息をついて見つめていた。
「決闘は――お料理勝負ですわ!」
「はっ、はい!」
むん、とモアが拳を握る。
「イリスが好きなスイーツを作って、イリスが美味しいと言ったほうが勝ち! よろしくて?」
「わかりました……!」
スイーツ作りが決闘――平和な決闘でよかったとイリスは安堵したが、なぜ自分抜きで話が進んでいるんだろうと思わざるをえなかった。イリスは一言も「結婚する」とは言っていない。どちらかが勝ったとして、どの先どうすればよいのだろうか。
そんなイリスの不安をよそに、モアとフレドリカは料理の支度を始める。
モアは料理の経験は少ないものの、何度かイリスと一緒に料理をしたことがある。そのなかで、今、モアが一人で作れるものはドロンマル。ふっくらとした形状が特徴の、ざくざくとしたクッキーだ。
モアはさっそく、バターをボウルに入れてかき混ぜてゆく。少し力がいる作業なので、必死だった。
ちらりと横目でフレドリカを見てみれば、どぼどぼと何かの液体を混ぜ合わせている。何を作っているのか想像も付かなかったが、ただ負けたくないという思いでモアは作業を進めていった。
「あら、モアさん。貴女はずいぶんと可愛らしいものを作るのですね」
「え……そうでしょうか」
「砂糖が足りないんじゃないかしら。ほら、このくらい、ドバッと!」
ざざーっと大量の砂糖をフレドリカはボウルにいれていく。
それは多いのではないか……とモアは言いたかったが、自信満々といったフレドリカの顔を見ていると何も言えなかった。
「イリスは甘いお菓子が好きですから……甘いあま~~~~~~いお菓子を食べてほしいのです!」
「……! あ、あの……!」
「はい?」
「私も、……私もっ……! イリスには、イリスの好きな甘いものを食べてほしいのです。その……私とフレドリカ様は、同じ気持ちということでしょうか……!」
「ふふっ、そうね。同じよ!」
「……!」
もこもこ、とモアの胸のなかで温かな気持ちが膨らんでゆく。
イリスに、イリスが好きなものを食べて欲しい――そういった気持ちになるなんて、以前ならありえないことだった。だから、こうした自分の気持ちの変化にモアは戸惑っていた。
この戸惑いを、フレドリカなら解決してくれるのではないか。そんなことをモアは思ったのである。
「あの……こういう気持ちのことを、なんというのですか? 私……あまり、心のことを知らなくて」
「『好き』ではなくて?」
「私はイリスのことを好きなのでしょうか」
「さあ? 私はわかりません。でも、私はイリスのことが好きです。ふふ」
こんな会話をしていることは、イリスは気付いていない。
二人の様子を、イリスとフレドリカの付き人・ヴィリアムは遠くから眺めていた。
「イリス様……苦労なさいますね」
「まったくだよ……」
「ところで……モア様……あの少女はいったい……」
「――普通の女の子だよ」
カシャカシャとボウルで一生懸命泡立てているモアを見て、イリスが微笑む。
「貴方様も変わられましたね」
「……俺が?」
「ええ、とても」
「俺は変わったつもりはないんだけどな」
二人が会話していることも気付かないくらいに、モアとフレドリカはイリスに食べてもらうためのお菓子を作っているのだった。
キッチンに、エプロンを身につけたモアとフレドリカが並ぶ。その様子を、イリスはため息をついて見つめていた。
「決闘は――お料理勝負ですわ!」
「はっ、はい!」
むん、とモアが拳を握る。
「イリスが好きなスイーツを作って、イリスが美味しいと言ったほうが勝ち! よろしくて?」
「わかりました……!」
スイーツ作りが決闘――平和な決闘でよかったとイリスは安堵したが、なぜ自分抜きで話が進んでいるんだろうと思わざるをえなかった。イリスは一言も「結婚する」とは言っていない。どちらかが勝ったとして、どの先どうすればよいのだろうか。
そんなイリスの不安をよそに、モアとフレドリカは料理の支度を始める。
モアは料理の経験は少ないものの、何度かイリスと一緒に料理をしたことがある。そのなかで、今、モアが一人で作れるものはドロンマル。ふっくらとした形状が特徴の、ざくざくとしたクッキーだ。
モアはさっそく、バターをボウルに入れてかき混ぜてゆく。少し力がいる作業なので、必死だった。
ちらりと横目でフレドリカを見てみれば、どぼどぼと何かの液体を混ぜ合わせている。何を作っているのか想像も付かなかったが、ただ負けたくないという思いでモアは作業を進めていった。
「あら、モアさん。貴女はずいぶんと可愛らしいものを作るのですね」
「え……そうでしょうか」
「砂糖が足りないんじゃないかしら。ほら、このくらい、ドバッと!」
ざざーっと大量の砂糖をフレドリカはボウルにいれていく。
それは多いのではないか……とモアは言いたかったが、自信満々といったフレドリカの顔を見ていると何も言えなかった。
「イリスは甘いお菓子が好きですから……甘いあま~~~~~~いお菓子を食べてほしいのです!」
「……! あ、あの……!」
「はい?」
「私も、……私もっ……! イリスには、イリスの好きな甘いものを食べてほしいのです。その……私とフレドリカ様は、同じ気持ちということでしょうか……!」
「ふふっ、そうね。同じよ!」
「……!」
もこもこ、とモアの胸のなかで温かな気持ちが膨らんでゆく。
イリスに、イリスが好きなものを食べて欲しい――そういった気持ちになるなんて、以前ならありえないことだった。だから、こうした自分の気持ちの変化にモアは戸惑っていた。
この戸惑いを、フレドリカなら解決してくれるのではないか。そんなことをモアは思ったのである。
「あの……こういう気持ちのことを、なんというのですか? 私……あまり、心のことを知らなくて」
「『好き』ではなくて?」
「私はイリスのことを好きなのでしょうか」
「さあ? 私はわかりません。でも、私はイリスのことが好きです。ふふ」
こんな会話をしていることは、イリスは気付いていない。
二人の様子を、イリスとフレドリカの付き人・ヴィリアムは遠くから眺めていた。
「イリス様……苦労なさいますね」
「まったくだよ……」
「ところで……モア様……あの少女はいったい……」
「――普通の女の子だよ」
カシャカシャとボウルで一生懸命泡立てているモアを見て、イリスが微笑む。
「貴方様も変わられましたね」
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