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第一章:青が散る
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「ちょっと、なに言ってるんですか、ノワールさん! 腕を見たいってだけでしたよね!? なに余計な条件つけているんですか!」
「そうでも言わないと本気でかかってこないだろう」
「だからって……! もしこれで本当に見逃したりしたら……」
慌てるアベルに、ノワールは静かに手で制止をかける。そうすればアベルはむすっと黙って腕を組んだ。
「さあ、ラズワード。くるといい」
「……っ」
ノワールの放つ雰囲気というか、圧力というか。恐怖に近い感情が、ラズワードの足に制止をかける。しかし、やらなければ、この状況は脱却できない。ラズワードは意を決して地を蹴った。
「……!?」
ノワールから渡された剣に魔力を込めた瞬間、ラズワードはその動きを鈍らせた。あまりにも軽いその剣にいつものように魔力を流すと、刀身が光りだし、小さくプラズマを放ち始めたのである。今までそんなことはなかったため、ラズワードは驚いてしまったのだ。
「今までは、そうなることはなかったか?」
「……え?」
「聖堊剣は、魔力投影率ほぼ100%。君の使っていた武器は10%。その剣はきみの武器とは異なり、君のもつ魔力をそのまま力として扱うことができる。その光は、君の魔力そのものだ」
魔力投影率という聞きなれない言葉に、ラズワードは戸惑ったが、要するに今までの武器は自分の魔力にリミッターとして働いてしまっていたのだろうと理解した。つまり、今はリミッターなしの魔力。今までよりもその威力は段違いに跳ね上がるということだ。
「……」
今までの武器でも、人体破壊は可能だった。では、この聖堊剣で人を切りつけたらどうなる?
ラズワードは自分の頭に浮かんだ映像を、首をふってかき消した。それは、あまりにもおぞましいものであったから。
剣へ流す魔力をいつもより減らしてみる。しかし、減らしすぎてはノワールへきっと届かない。それはわかっているのだが、いつもと感覚が違いすぎて、調整が上手くできない。
「遠慮しなくてもいい。自由になりたいのなら、俺を殺す気でこないといけないよ」
「……わかってる……!」
剣を握る手に力を込め、ラズワードはノワールを睨みつける。そして、大きく深呼吸して、足を踏みこんだ。
ダガーよりも当たり前だがサイズが大きい聖堊剣は、それでも軽く、扱いやすかった。あまり剣は使い慣れていないが、上手く間合いを取りながら、斬りかかる。
しかしノワールはただひょいひょいとラズワードの攻撃を躱していた。手に武器も持たず、攻撃を仕掛けてくる様子もなく、ただ躱すのみである。
「……っ」
まったく攻撃の当たらない様子に、ラズワードは焦れた。降っても降っても、掠る気配もなく、剣はただ虚空を切り裂くだけである。ただ、焦れているのはノワールも同様だったらしい。
「ラズワード、本気をだしたらどうだ」
「……だしている……!」
「いいや、だしていない。君はまだ、自分の魔力の強大さに怯えて、俺に攻撃を当てるのを心のどこかで躊躇している。君の攻撃には、迷いしか感じない」
「……っ」
全くの図星であった。はっきりと言い当てられて、どきりとしてしまう。それと同時に真正面から剣を振り落とすと、鋭い金属音と共にそれは阻まれた。
見れば、ノワールが短剣でラズワードの剣を受け止めていた。
「……そういえば、ラズワード。君に謝らなければいけないことがある」
「……謝る……? 今ですか……?」
ラズワードは静かに言葉を投げてきたノワールから、一歩引いて、立ち止まる。ノワールは短剣をおろし、話し始めた。
「きみの、お兄さんのことだ。彼の死因は聞いているか?」
「……え、ああ、はい」
「彼は、私が誤ってリストに流した魔獣を退治しようとして亡くなった。その魔獣はレベル5の魔獣で、本来ならばハンターには狩ることが禁止されているはずのものだった。危険だからね。……ところでラズワード」
僅かに優しげな色を含んでいたノワールの声が、低くなる。
「君のお兄さんは……たしか、レイといったか。君の免除金を払うために、随分と無理をしていたそうだな。そのときリストに載っている獲物の中で最もランクの高いものを選んで狩っていたんだろう?」
「……ええ、まあ」
「今回もそうだったな。俺が手違いでリストに載せた魔獣ゲヴァルトはレベル5。確実にリストのなかでの最高ランクとなる魔獣だ。国の半分をも滅ぼしたという恐ろしい魔獣だという。……ただ、彼はレベル5がどれほど恐ろしいものだかわかっていなかったみたいだな。残念なことに亡くなってしまった」
「……」
淡々と話すノワールの言葉に、ラズワードは違和感を覚えた。なにが、とははっきりしていない。しかしそれは、次のノワールの言葉により、徐々に輪郭をあらわにする。
「そう、レイは神族が『誤って』載せた『最高ランク』の魔獣を狩るのに失敗して亡くなったんだ。本当に申し訳ないと思っている」
「……まさか」
なぜ、レイが免除金を払うために最高ランクの獲物を狩るだなんてことを知っている?なぜ、ミスをしておきながらそのゲヴァルトについてそんなにも情報を知っている?
ラズワードの中に、一つ、その答えが浮かびあがる。
「まさか……わざと、リストにレベル5を載せたのか……?」
声が震えた。汚い。あまりにも卑怯だ、と思ったからだ。
直接手を下したのでは、施設の威厳に傷が生じてしまう。しかしこの方法ならば、そうはならない。事実を知らない者からすれば、施設のミスはあくまで間接的原因にすぎないのだ。
「……俺を施設に連れて行くために、兄さんが必ず最高ランクの魔獣を狩ると知っておきながら……!」
「だからはじめに言ったはずだ。きみに謝らなければいけないことがある、と」
「……っ!!」
「きたねェぞ!」
ラズワードが言葉を発する前に叫んだのは、グラエムだった。レックスが真っ青な顔をしてグラエムの腕を掴み制止をかけたが、グラエムはそれに応じるつもりはない。
「テメェら、そこまでしてラズのこと連れていきてぇって言うのか!」
「……おそらく君は知らないだろうが、そこにいるラズワードという青年は、我々にとって非常に価値のある存在だ。なんとしてでも手に入れる必要がある。いつまでも彼の兄が粘るものだから、消えてもらった、それだけのことだ」
「な……おまえ、ラズのことをなんだと思って……おまえらの都合のために、どうしてラズがこんな目にあわなければいけないんだよ……!」
「きみは奴隷をなんだと思っている。奴隷というのは人権を持たない、資源のことだ。物質として定義される彼に、何をしようが構わない。そうだろう?」
金属が擦れる音がした。グラエムがダガーを抜いたのだ。
まて、とラズワードが叫んだときには、もうグラエムはダガーを振り抜いていた。
グラエムの魔術が、風巻き起こす。巨大な刃のような風はノワールへ向かっていった。
しかし、それはノワールへ当たったかと思った瞬間、消えてしまう。
「ちょっとノワールさん、いくらなんでも煽り過ぎじゃないですか?」
風の刃が消えたところには、ノワールを庇うようにアベルが立っていた。ラズワードと年齢がほぼ変わらないと思われるその青年は、ヘラヘラと笑いながらノワールに軽口を叩いている。その手には、武器もなにも持っていない。それでいながら、グラエムの魔術を無にかえしたのである。
呆然とするグラエムを、アベルはチラリと見て笑う。
「でもちょーっと足りない見たいですね。俺が仕上げしてあげますよ」
にこ、と微笑むと、アベルは自らの胸元に手を差し入れる。ぞ、と寒気を感じたときには遅かった。目が潰れるほどの閃光と重い衝撃が、グラエムを襲った。
「――グラエムッ!!」
ラズワードとレックスが叫ぶと同時に、グラエムは膝からがくりと崩れおちる。その腹には、大きな風穴が空いていた。
「――っ!!」
血の気が引くのと同時に、ラズワードは駆け出した。グラエムは大量の血を口から吐き出し、体を震わせながら息を吐いている。
(今すぐ、治療を……!)
「うっ……!?」
しかしグラエムに治癒魔術をかけるべく近寄ろうとノワールに背を向けた瞬間、鋭い痛みが左肩を貫いた。振り向いて見れば、ノワールが銃を持っている。それで撃ち抜かれたようだ。
「まだ終わっていないぞ」
「……おまえ……!!」
いずれにせよノワールをどうにかしないことにはグラエムの治療はできない。それを悟ったラズワードは剣を握り締める。そして撃たれた肩を治療すると、ノワールを睨みつけた。
姑息な手段で兄を殺したこと。グラエムを傷つけたこと。
そのことに血が昇ったのか、ラズワードの中で魔力のリミッターが外れた。
「……!」
ラズワードのもつ剣には、先程までとは比較にならないほどの光が迸っていた。膨大な量の魔力に、刀身が震えている。
「な、なんだあの魔力量は……!?」
「ふうん、結構すごいね」
ジェイクは目を白黒させ、心底驚いているようであった。その横で、アベルは唇に手をあて、じっとその光を見つめている。
その場にいる誰もが驚きを示す中、ラズワードは神族への怒りの感情そのままに、ノワールへ斬りかかった。
「そうだ、それを見せてほしい」
「っざけんな!!」
ノワールは全く動じる様子もなく、剣を受け止める。
「……っ!!」
両手で振りかぶった剣は、いとも簡単にノワールが片手で持った短剣に阻まれてしまう。
(また……!)
刃と刃がぶつかりあった瞬間に空気を裂くような音と光が走ったことよりも、ラズワードはノワールの体術に驚いた。いくらラズワードが体の弱い種族であるからといって、両手で振り抜いた剣が片手で阻まれるなんてことがあるものか。
潜ってきた死線の数が違いすぎる。
それに気づいた瞬間、ラズワードは負けを悟ってしまった。
「!」
ギ、と刃が擦れる音がした。退くのが遅れた、と思った時には遅かった。ノワールは刃の向きを変え、ラズワードの剣を受け流したのだ。渾身の力を込めていたものだから、ラズワードは体のバランスを崩してしまう。
「あっ――」
左肩から腹のところまで、一気に切り裂かれた。強烈な痛みと共に、次でヤられると確信したが、一向に次の一撃はこない。見ればノワールは一歩引き、ただ短剣を構えているだけであった。
「……っ」
ここでトドメをささない。完全に、手を抜いている。
「おまえ……なにが目的だ……」
治癒魔術を使いながら、ラズワードは問う。そうすれば、ノワールは短剣を構えたまま答えた。
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