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第七章:おまえを許さない
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ガンガンと強烈な耳鳴りと頭痛が襲ってきて、吐き気がこみ上げてくる。視界も解放されているはずなのに、なぜか目の前は真っ暗だった。
「……へーえ、なるほど」
「……う、」
「すっごいね、ラズワード。俺の予想以上だ」
「……なに、が」
「君さ、すっごく可哀想な人間だ」
馬鹿にするような、憐れむような……祝福するような。そんな声でイヴが言った。
ラズワードは一瞬何を言われたのかわからず、ただイヴを見つめることしかできなかった。比喩でもなんでもなく、激しい耳鳴りと頭痛のせいで聴覚が働いていなかったのである。
「今ね、君の過去全部みたんだ」
「……え」
「ふ、あはは! 見事だね……すごいすごい。君の人生の中は幸福の欠片もない……これからの未来にも幸福がまったく見えてこない……!」
「……」
「そして、君。あんまりにも不幸にばっかり苛まれるものだから、感情が壊れてしまっているね。幸せになりたいと望むこともなく……今の自分を不幸だと感じることもなく……今少しだけ動き始めた感情にも、そのせいで気付くこともできない」
「……かん、じょう……? 何に気づけないっていうんだ……俺は、自分のことくらいちゃんとわかって……」
「……わかってないでしょ? 俺が教えてあげようか?」
間近でみるイヴの瞳。真っ赤なそれの中で、瞳孔は開いていた。ラズワードの記憶をみたことに興奮しているのだろうか。
獲物を狙うようなその瞳に、ラズワード恐怖を感じた。
「ラズワード……君、愛している人はいる?」
「……え、愛……」
「そう、愛。俺は別にそんなものに興味はないけどね。その感情に関わったときが人は一番面白いからさ。ラズワードにもちゃんと自覚して欲しい」
「愛……」
ラズワードはチラリと傍に伏せているグラエムに目を移す。昨日は胸ぐらをつかみながら、そのあとには優しく。教えてくれた。
「ただ、笑っていて欲しい」そう思うことのできる「好き」の意味を。
「……そう、彼ね。うん、たしかに君のなかで彼は大きな存在だろうね。……でも他にいるだろう……? もっと、もっと……心を壊してしまうような、それくらい君が愛している人」
「……他に……?」
他にいる、と言われてもラズワードはわからなかった。でもグラエムに教えてもらった「好き」の意味を考えて、そしてそれを知ったときの感情に似たものを知っている、とラズワードは思い出す。
太陽の日差しと、優しい温かさ。ただただ居心地のよかった、あの人の腕の中。
「……ハル、様?」
口にだしてからラズワードは思う。
ハルといるとなんだか暖かかったし、そしてずっと傍にいたい。そんなことを考えていた。彼の隣りは居心地よかった。彼のわけのわからない言葉も、今考えればきっと、グラエムの言っていた「好き」ということなのだろう。そうした感情を向けてくれる人が、どんなに自分にとって必要な人か。
……俺は、ハル様のことを好きだったんだ。
そう考えて、心が暖かくなっていくのも、それがきっと正解だから。
「……俺……」
「はい、残念」
「……え」
イヴが笑う。その瞳の紅は深まっているようにも感じた。血を溶かしたような色だ。
「……なんで……間違ってなんかいない……俺は、ハル様のこと……」
「そうだね。君はハルのこと、好きだと思うよ」
「……じゃあ……」
「そっちじゃないんだよ。俺が気付いて欲しいのは。言っただろ。心が壊れるくらいに愛している人、だ。それに気付いた瞬間、君は壊れてしまうだろう。俺はそれがみたいって言っているんだよ」
「……何言っているんだよ……さっきから……俺がハル様以上に好きな人なんて……」
瞬間、ガッと顔を掴まれた。無理やり目を合わせられる。
「……だったら思い出せよ。……『Erinnern Sie sich』!」
「――っ!」
イヴが命令を発した瞬間、ラズワードの視界は暗くなっていった。
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