甘い恋をカラメリゼ

うめこ

文字の大きさ
12 / 167
Tarte au citron~甘く蕩ける恋のはじまり~

12

しおりを挟む

 智駿さんが連れて行ってくれたのは、少し入り組んだ道にあるおしゃれなレストランだった。こんなところに店があったのかとびっくりすると同時に、今まではいったことのない小洒落た雰囲気に俺はたじろいでしまう。


(……あ)

 でも。俺を先導する智駿さんがいつもどおりだったから。いつものように柔らかい笑みを浮かべて俺の先を行ってくれたから、なんとなく安心する。

 きっとこの人とだったらどこまでも一緒にいけそうだな、なんて考えて。いやそこまでこの人とずっと一緒にいるわけじゃないし、と自分で自分に突っ込んでしまう。



「梓乃くん、緊張しているでしょ」

「えっ……えっと、」

「いいんだよ。恥ずかしがらなくても。いつもと違う雰囲気が、料理に華を添えてくれるからね」

「……」


 席につくと、智駿さんは落ち着いた笑顔を浮かべて、俺にそう言ってくれた。慣れているんだなあ、と思った。かっこいいなあって。

 パティシエをやっているくらいだから、色んな美味しいものを食べたことがあるのだろう。小さなお店のなかで人当たりのいい笑顔を浮かべている彼、家で少しだらしない生活をしている彼……今、店内の暗いオレンジライトを浴びる智駿さんは、そんないつもの彼とは違う大人っぽさがある。しっとりとした、大人の色気。

 なぜか俺はどきどきとしてしまって、智駿さんと顔を合わせられなくなってしまった。



「梓乃くん」

「は、はい……!」

「あは、緊張しすぎ。どれ食べる? 僕のおごりだから好きなもの食べて」

「お、おごり……!? そんな……」

「誕生日、明日なんでしょ? プレゼントだと思って」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 メニューに目を通して行って、何がいいかな、と真剣に考え始めてみる。正直、ステーキが美味しそうだと思った。でもステーキはおごってもらうには少し高い。

 じゃあ、パスタはどうだろう。値段は比較的安いけれど……食べ方が一番気になる食べ物な気がした。女の子みたいにスプーンを使ってくるくると巻いて食べるのは女々しいような気がするけれど、だからといってすすって食べるのは……なんとなく智駿さんの前ではしたくなかった。

 食べ方を気にするなんて、それこそ女子か、なんて思ってしまうけれど……仕方ない。だって智駿さんが目の前にいるんだから、少しでも自分を良くみせたいじゃないか。


「じゃ、じゃあ……これで」


 ……結局俺が選んだのは、難しい名前をしたグラタンだった。メニューにのっているのはどれもこれも美味しそうだし、一度は食べてみたいって思うようなものだったけれど、正直今の俺は何を食べるか、ということをそんなに重要視していなかったと思う。智駿さんと一緒にごはんを食べれるってだけで、嬉しかったから。

 なんでこんなに俺は、智駿さんと一緒にいることが嬉しいんだろう。さすがに、自分が浮かれてしまっていることを俺は自覚していた。

 智駿さんが大人として素敵だなって思っているからといって、ここまで一緒にいるだけでうきうきとしてしまうものなのだろうか。

 今までだって、尊敬している先輩と一緒にごはんを食べにいったりして、楽しかった記憶はいくらでもある。でも……それと、今の楽しさはどこか違うもののような気がした。……どこか、甘酸っぱいような。智駿さんと視線がぶつかるたびに、きゅ、と胸が痛くなる、不思議な楽しさ。


「あ――すごい、ですね」


 うんうんと考えて、うわの空で智駿さんと会話をして。そうしているうちに料理がやってきた。陶器の皿にはいった、ぐつぐつと熱そうなグラタンが俺の前にやってくる。智駿さんの前には、メニューをみたときにちょっと気になっていたステーキが。すごく美味しそうだ。いい匂いがしてきて、口の中が潤ってくる。

 一緒にいただきますをして、俺はスプーンでグラタンをすくって口に運ぶ。


「……あつっ」

「ん?」


 ……思った以上に、グラタンは熱かった。思わず俺は口を手で抑えて、顔をしかめる。目元が熱くなってきて、うる、と視界が歪んだ。そうしてなんとかその一口を呑み込もうと頑張っていると、前の方から笑い声が聞こえてくる。


「梓乃くん、猫舌?」

「えっ……そ、そんなこと」

「可愛いなあ」

「……か、かわいい、とか……」


 智駿さんがくすくすと笑っている。馬鹿にされているのかな、なんて思ったけれど「可愛い」って言われてどきっとしてしまった。潤んだ瞳をぬぐって視界を取り戻し、智駿さんをみて……俺は心臓が止まりそうになった。


「……っ」


 智駿さんが、じっとこっちをみていた。すごく、優しそうな顔で。俺の食べている様子をみて、微笑んでいる。


「お、美味しいですね、ここの料理!」


 ……その顔はヤバイ! まって、本当にまって。ドキドキがとまらなくなって、かあっと全身が熱くなってくる。

 あれ? こんなこと、今まであったっけ。先輩とごはんを食べていてこんなこと一度でもあったっけ。ない。こんな風に、胸がきゅんきゅんとして締め付けられて、息が苦しくなったことなんて、一度もない。


「梓乃くん」

「はっ……はい……」

「梓乃くんが喜んでくれて、嬉しい」

「……はい……」


 言葉がどんどん尻すぼみになってゆく。智駿さんの食事をしている様子がまた、かっこよくて。テレビでみるお手本のような綺麗な食べ方で、スマートにステーキを食べていくんだ。指先が綺麗でナイフとフォークを持つその手に目が釘付けになってしまうくらい。

 ドッ、ドッ、と心臓がうるさい。智駿さんを意識すると、頭がおかしくなってしまいそうになる。

 ――グラタンは、いつの間にか全部なくなっていた。無意識に手を動かして、口に運んで呑み込んでいたから、気付かないうちに完食していたのだ。意識が全部智駿さんに向いていた。料理に集中できなくて、グラタンの味を覚えていない。

 ……もったいないことをした。そうだと思う。せっかくいつもよりも少し高い料理を食べているのに、料理に集中できないなんて。

 でも、後悔はしていなかった。智駿さんと一緒に御飯を食べれた……その事実が、俺のなかできらきらと輝いていて、まぶしかったから。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...