女人手餅

女人手餅

佳代子の絹糸の様な黒髪に雪が降り注ぐ。
紅いリップに彩られた唇は、真一文字に結ばれている。
「高橋くん、寒い。」
佳代子は堪らず声が出た。
「ダウンかすよ。羽織って。」
「ありがとう。私もすっかり東京の人になっちゃったね。このぐらいで寒いなんて。」
「まぁこんな山奥が実家なら、寒さ強いかと思ってた。でも本当に寒いや。」
内心は早く車に戻って、暖かい思いがしたい。
ダウンは2枚に重ねていた。
1枚脱いで貸した。
びゅーびゅーと狂ったように、吹雪が鳴く。
「私と結婚するには、お餅を食べないといけないの。」
「お餅ぐらい食べるよ。」
「その、そのお餅は、気味が悪いんだけど、」
佳代子は、口を噤んだ。
ようやく着いた洋館に、佳代子は入っていく。
ギィーと扉をあけ、禿頭の召使いが現れた。
「お待ち申し上げておりました。」
ペコペコと小さな身体を折り曲げ、召使いはなんどもお辞儀した。
「佳代子さま、ここにお住いになってください。是非是非、私たち一族のもとで、大切な蜘蛛の里で、やや子をお育てください。」
「やめて！！蜘蛛の里は差別用語よ！！里の掟を守ったら、東京で暮らしていい、そうよね？」
「まぁまぁ怒ったら別嬪が台無しですよ。」
「やめてといってる！！だまれよ、じーさん！！」
俺は怒鳴った。
「ヨソモンのお前にそんな口聞かれる覚えねぇ。ぼっとが、うじが。」
そのあともグチグチと何か言っていたが、聞き取れなかった。
悪口を方言で言っているのだろう。
「まぁまぁおぼっちゃま、おじょっちゃま、お食事にしましょう。」
取り繕う甲高い声が、更に憎い。
薄暗いテーブルにとおされると、皿にのった女の手があった。
「ウェェ」
俺は吐いた。
その手に塗られた柔らかいピンクのマニキュアは佳代子の手だ。
「お餅ですよ？おぼっちゃま。蜘蛛の里ではね、凍死者がでるんです。餓死者も。こんな寒い山奥じゃ作物も育たない。凍死した嫁さんを食っちまう旦那も多くてね。愛おしい嫁さんを、腹に収めて、可愛がるんですよ。」
ニタニタ気味悪く笑う召使い。
「佳代子お嬢様と東京で暮らしたいでしょう？」
無理やりナイフとフォークを持たされた。
佳代子の手はちゃんとあった。
柔らかい白い肌にナイフが刺さる。
吐いて吐いて、それでも食べた。
旨いのだ。
焼いた極上のラムにラズベリーを加えたような旨みが口いっぱいに広がる。
佳代子。
佳代子。
愛しい佳代子。
君と僕は1つだ。
君の血が僕に通うのが分かるよ。
「ご馳走様でした。」
召使いはニタニタと僕を見て笑った。
ニタニタと僕も笑っているのだろう。