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神の力

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 眠りについていたはずなのだが目が覚めると真上にあるのは見慣れない白い天井だった
 体を起こし全体を見てみると周りは真っ白な壁で覆われている
 真ん中には机と椅子が二脚置かれている
 見覚えのある光景に戸惑っている。この空間は先程天啓の儀式を受けた場所によく似ている
 違うところはアドナイ様がいない点だ。この前は椅子に座っていたが今回は違うようだ
 しかし、空間全体を見渡してもアドナイ様どころか誰もいない
 もしかしたらどうにも出来ず死ぬのではないかと不吉なことを考え始めるくらい時間が経ったと思う
 時間が経っても誰も現れない。この空間がなんなのかすら聞いていない
 よく分からない空間で誰も来ず、時間がだけが過ぎていく
 ここにいると気が狂いそうだ


 「やぁ待たせたね。ちょっと用事が入っちゃって」

 しばらく待っていると、目の前に扉が現れ中からアドナイ様が出てきた
 アドナイ様が現れた時は安堵した。やっと誰か来たと不安から解放された気分だった


 「呼ぶだけ呼んでおいて適当ですね」

 「まぁそう怒らないで。本当に急に用事が入っちゃったから」
 
 神様なら何が起こるのか予測出来そうな感じはするが
 そうもいかないのだろうか

 「何の用ですか?寝てただけですけど……」
 
 「力を渡すって言ったでしょ?今あげちゃおうと思って」

 「今ですか?」

 「今しか無いでしょ」

 心の準備というものが出来ていない
 色々考えていて整理するために寝たはずなのだが
 これでは整理がつかない


 「じゃあ早速やろうか」

 「何をですか?」

 「力を与える儀式。目を閉じて」

 俺はアドナイ様に言われた通り目を閉じる
 何か物音がして気になったが目は開けなかった   

 「手出して貰える?あと目は閉じたままで」

 「はい。これで……」

 言われた通り手を開いた状態で前に出す。差し出した手が他の手と触れる感覚があった。おそらくアドナイ様のものだ。手を出しただけでどうにかなるものなのかと思い聞いてみようとした時、言葉の途中で急に息苦しくなり立っていられなくなった。どうにか息苦しさをなくそうと藻掻くが何も変わらない。でも、息苦しくても目は開けなかった


 「ゴホッゴホッ……!!」
 
 「頑張って。あと少し」

 アドナイ様の言葉が聞こえてから少しして息苦しさから開放された
 率直に死ぬかと思った。アドナイ様は俺に何をしたんだ
 
 
 「よく耐えたね。目を開けていいよ」

 「はい……」

 俺は言われた通り目を開ける
 目の前に広がっていたのはさっきと同じ空間
 何も変わっていない

 「何をしたんですか?」

 「力を与えたんだよ。君に力を流したんだ」

 アドナイ様は自身の手を振りながら言った
 触れただけで流れてくるなんて……
 どうやってやってるんだ


 「力が流れてきた時すごい苦しかったんですけど……」

 「まぁ人を超えた力だからね。人間の君には負担が大きすぎたかな」

 「具体的にどんな力なんですか?」

 「具体的に……か。うーん、万物の力とでも言えばいいかな」
 
 「?」

 万物という言葉の意味が理解出来なかった
 聞いたことがない言葉だ
 

 「万物?」

 「うん。どんなものにもなる不思議な力」

 「どんなものにも?」
 
 「使って見れば分かるよ。でも加減は間違えないでね。その気になれば軽く森1つは消せるから」

 アドナイ様の言葉を聞いて体が固まった
 加減を間違えれば森1つ消せるだと
 その程威力のある力ということか
 ますます扱い方に困る

 「弱い力で試して慣れていくしかないよ」

 「加減を間違えたら軽く森1つ消せるこの力をどう使えば?」

 「それは自分で考えないと。どう使おうと力を持っているのは君だ。君が決めることだよ」

 「俺が決める……」

 アドナイ様も難しいことを仰る
 一般人からみれば俺が持っている力は兵器のようなもの
 その兵器を正義に使うか悪に使うか、それとも私利私欲に使うか
 その選択も自由ということだ
 

 「力もあげたことだしお開きにしよう。何かあったらまた呼ぶから」

 「……」

 「じゃあまたね……あ、そうだ1つ言い忘れてた。まだ体が力に慣れてないから辛いと思うけど頑張って」

 アドナイ様は申し訳なさそうな顔をして俺に手を振った。最後の言葉が気になり口を動かしたが声が出ない。俺はアドナイ様に手を伸ばし、あと少し伸ばせば届きそうなところで意識を失った
 目を覚ますと見慣れた天井が見える
 ゆっくり体を起こすと頭が酷く痛い
 頭だけでなく体の隅々がすごく痛い。全身が石になってしまったようだ
 あまりの痛さで体を横に戻す
 体がまだ追いついていないのだろうか
 神の力に追いつくにはまだ時間がかかりそうだ
 体が慣れるまでは動けそうにない


 「まだ寝てるの?」

 「うん。ちょっと頭痛くて」

 「大丈夫?」

 「少し寝てれば大丈夫だから」

 俺は部屋に入ってきた母に顔も見せなかった
 体を動かそうにも動かせない
 体が言うことを聞かない
 
 
 「何か作る?」

 「大丈夫。ありがとう」

 心配そうな母の声が聞こえたが空元気で声を出す
 しばらくすると母が部屋の扉を開ける音が聞こえた
 迷惑をかけてばかりだ
 
 

 
 「ここにおいておくから」
 
 「いいのに……」

 「何言ってるのよ。これ食べて元気になりなさい」

 母が部屋を出てからしばらくすると軽食を持ってきてくれた
 料理を持ってきてくれても母に顔も向けられなかった
 情けないと心の中で思ったのと同時に母の優しさが心に染みた
 俺はこのままじゃダメだ。変わらないと





 ――――――――

 ~1年後~
 

 どうしよう。何も変わらず一年が経ってしまった
 力に慣れている間に時間はあっという間に流れた
 1年間、力を使いこなすために費やしてきたけど1つ慣れると新しいことが1つ増えるの繰り返しできりがない
 今も完全に使いこなせるわけじゃない
 あの日以降アドナイ様とも会ってない。力に慣れるのも独学でやった
 アドナイ様がくれた力は自由自在の力。アドナイ様はこの力のことを万物と言っていた
 魔法も本来なら一人1属性しか扱えないのだが、俺は全属性使う事ができる
 特別なスキルでさえ扱うことも出来てしまう。最強になれるのだ
 欠点を言うなら俺は人間であるため力を使う度、体に負担がかかる
 体が限界を迎えると何も出来なくなってしまう
 そうならないように力の調節は何度も練習した
 

 そんな風に力を扱える練習をしていたら1年が経っていたということだ
 これからどうするかは全く決めていない
 とりあえずこの国は出る。でなければ見つかって処刑される
 無職が死刑とならない国に行こうと思っている
 ということで旅へ出る。行き先はエルサ帝国の北にあるベレバン
 天啓とは違う職業についたら死刑となるのだが、それはこの国のお話。外へ出てしまえばそんなのは関係ない。違う国で働いて生活する。それであれば無職にならず済む
 母親には職場が遠いから一人暮らしすると言ってある
 仕事は世界を転々とする冒険者と言っておいた
 母は驚いた表情した後に「頑張るのよ」と言ってくれた
 その時の優しい顔が印象に残っている
 
 
 「明日行くのね?」
 
 「うん。いつまでもここにいるわけにはいかないから」

 「そうね……」
 
 母はそう言うと寂しそうな顔をした
 俺も寂しいな。でも一人立ちに別れは付きものだろう
 乗り越えなければいけないものだ


 「良く寝なさいよ。おやすみ」

 「おやすみ」

 母に挨拶をして自分の部屋に入る
 この部屋とも別れになるのか
 そう考えると急にこの部屋が懐かしく感じる
 小さい時の記憶が思い出されてくるようだ
 俺はベッドで横になり小さい頃の記憶を辿りながら目を瞑った
 学校から帰ってきたら疲れてすぐにベッドで寝てたな
 変な虫を持って帰って来て怒られたこともあった
 体調を崩して寝込んでた時に母が看病してくれた
 父が亡くなったという知らせを聞いて泣きじゃくっていた俺を母が寝付くまでなだめてくれた
 

 走馬灯のように記憶が蘇る
 母は俺のことを愛情を注いで育ててくれた
 なのに、俺は天啓を授けられず力を使って生き延びろと言われた
 今の俺に出来るのは生き延びることと母に迷惑を掛けないこと
 恩返しの1つも出来ない自分が嫌いになる
 

 いや、待てよ。俺には力があるじゃないか
 この力を使って楽して働いても暮らせる金を作り出せば……
 でも母に「このお金どうしたの?」なんて聞かれたら返しようがない
 急には無理があるか。なら働き始めて仕送りと言って金を送ればいいのではないか
 これだ。唐突には怪しまれるが少しずつなら怪しまれないだろう
 情けない俺にも恩返しをする手立てはあるんだ安心する
 安心すると一気に眠気が襲ってきて俺は眠りについた


 目が覚めると窓から太陽の光が差し込んできている
 窓を開けると小鳥がさえずっているのが聞こえる
 出発の朝にもってこいのシチュエーションだと勝手に感じている
 リビングへ行くと母が朝食を食卓に並べている最中だった


 「モゼ、おはよう。朝ごはん出来てるからね」

 「ありがとう。いつもより早いね」

 「今日は特別な日だから。朝早く目が覚めっちゃったのよ。いつもより奮発して作っちゃった」

 言われてみれば食卓に並んでいる食事の量が多い
 テーブルの端から端までぎっしりと並んでいる
 食べざかりな時期とはいえこの量を朝からは結構きつい
 でも奮発してせっかく作ってくれんだから限界まで食べないと



 「もう無理……」

 「まだ残ってるわよ?」

 「いや……正直に言うと結構しんどい」

 限界まで食べたつもりだったのだがテーブルにはまだまだ食事が並んでいる
 俺の限界は大したことなかった
 母がまだ食べないの?みたいなノリで話しかけてくるため限界だと切り出しづかったがもう無理だ
 支度を済ませて家を出発しよう
 
 
 自分の部屋で支度を済ませて荷物を背負ってリビングに行くとキッチンで母が皿を洗っている
 この些細な光景を見るのも最後なのだと思うと目に焼き付けておきたいと思うほどずっと見ていたい
 母はリビングに来た俺を見るとニッコリ笑って俺のことを見送るためについてくる
 俺は扉の前で止まると覚悟を決めて扉を開ける


 「いってらっしゃい。戻りたくなったらいつでも戻っておいで」

 「うん。いってきます。今までありがとう」

 「何言ってるの。元気でね」

 俺は家の扉を開け、出迎えてくれた母と最後の挨拶を交わした
 母はいつもと変わらない優しい表情で見送ってくれた
 母なりの配慮なのだろう。だから俺もいつも変わらない表情で家を出た
 俺はもう二度とここに戻ってくることはないだろう
 俺は家を出た後、後ろを振り返ることはしなかった




 「ん?何してるんだ?」

 とりあえず国外逃亡しようと国境に向かって歩いていたら街頭から少し離れたところで激しい音が聞こえる
 戦っているような激しい音だ
 この街頭の近くには森がある。音がするのは森の平原の堺辺り
 森には魔物が住み着いている。魔物と戦っているのだろうか
 
 
 「えっ……!まだ復活するの?」

 音のする方へ行ってみると案の定、魔物と戦っている人の姿があった
 戦っている人は金髪に輝く髪を肩まで伸ばし、太陽の光を受けて光っている白い肌をしている女性。服装はシャツに薄い上着を羽織っただけ。下は薄い長ズボン。森から出てきた影響で服が汚れている。戦闘をしているとは思えない程軽装すぎるが立派な剣を構えて魔物と対峙している
 見たところ魔物はスライム。こいつは剣のような物理攻撃だとダメージを与えても、分離して数が増えることがあるので倒すのに時間がかかる
 魔法を使った方が簡単に倒せる。だから攻撃魔法を扱えるようになるならまずはスライムを倒せるようになることから始めようとどこかの本で読んだ
 ここにいるスライムは数がすでに5体ほどおり、たった今もう一匹増えた
 かなり物理でゴリ押ししていたんだろう
 
 
 「そこの旅人の方!助けてくれませんか?」

 女性がこちらに気づき助けを求める
 ここは1年かけて慣らした力を使う時だと直感が言っている
 相手が相手だ。気楽に行こう
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