【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
38 / 200

38 決意を込めた栞《プリシラ》

しおりを挟む
 プリシラ・ウェブスターは、男爵家の娘としてこの世に生を受けた。

 貿易商として財を成した先祖が大昔の大戦の際、国に巨額の資金援助をした事を讃えられ、その褒賞として爵位と領地を賜ったのが、ウェブスター男爵家の起源である。

 爵位と同時に賜った小さな領地は王都から遠く離れた田舎だったものの、大きな港街からほど近い場所な為、貿易を生業とする身にとっては逆に好都合であった。
 お陰様で商売は順調で、今代になってからも問題なく業績を伸ばし続けている。
 子供の頃のプリシラは、その領地にて、両親と七歳年上の兄の四人で仲睦まじく暮らしていた。

 母は他国の元子爵令嬢だったが、家族全員をを事故で亡くして市井で暮らしていた所を、仕事で訪れた父が見初めて自国へ連れ帰ったらしい。
 母は元々あまり体の強い人ではなく、度々体調を崩しては床に臥していた。
 それでも比較的調子が良い日には、プリシラの為にバターやミルクがたっぷり入った甘いお菓子を焼いてくれた。
 プリシラは母が作る菓子が大好きだった。

 兄は年の離れた妹を大層可愛がっており、忙しい父や病弱な母の代わりに、プリシラの面倒を良く見てくれていた。


 そんな風に、田舎の領地で伸び伸びと育ったプリシラの日常は、ある日突然ガラリと変わった。

 兄に付き添われて訪れた教会で、魔力測定用の水晶に触れた途端、なんと虹色の強い光が放たれたのだ。

「光、属性……」

 測定を担当した神官が、信じられない物を見る様な目でプリシラを凝視しながら、掠れた声で呟く。

 そして、瞬く間に教会内は大騒ぎになった。

「おめでとう、お嬢さん!」

「おめでとうございます!」

 その場に居合わせた貴族や神官は皆、興奮した様子で、口々に祝いの言葉をプリシラへと贈る。

 だが、兄だけは違った。

「そんな、まさか、プリシラが……?」

「お兄様……、喜んでくれないの?」

 愕然とした表情になる兄の袖口を引っ張りながら、プリシラは首を傾げた。
 この国では未だかつて光属性の魔力保持者が発見されていない事は、世間知らずのプリシラでも知っていた。
 そんな珍しい魔力を持っているなんて、喜ぶべき事なのではないのか?

「特別な力を持っているのは名誉な事ではあるけれど、周囲のお前を見る目は変わってしまう。
 そうなれば、今迄の様に自由に生きる事が出来なくなるかもしれないのだよ。
 だが、光属性が判明してしまった以上、私にはどうする事も出来ない。
 ……済まない、プリシラ」

 ガックリと項垂れながら、苦い物でも飲み込んだ様な顔で謝罪する兄。
 周りにいた者達が大いに盛り上がる中で、兄は冷静に今後のプリシラの生活を心配していたのだ。
 家の利益よりも、妹の人生を大切に思ってくれている。
 その事に、プリシラの心はほんのりと温かくなった。

「そんなに心配しないで。
 まだ実感は湧かないけど、光属性を持っているって事は、治癒魔法が使えるんでしょう?
 なら、もしかしたらお母様の体も治せるかもしれないわ。
 それに、他にも苦しんでる人達を救えるかも。
 素晴らしいじゃない。大丈夫、きっと上手くいくわ」

 グッと両手の拳を握りながら明るくそう言うプリシラに、兄は苦笑を漏らした。

 おおらかに育ったプリシラは、非常に楽観的な考えの持ち主だった。
 普段はおっとりしているくせに、頑固で思い込みが激しい面もある。


 そして彼女は意外と努力家でもあった。
 近所の教会に所属している魔術師に魔力制御を教わり、驚くべき事に、ひと月半ほどで少しだけ治癒魔法が扱える様になったのだ。
 その後も順調に成長を遂げるプリシラ。

 主に母を練習台をしていた事もあって、彼女が学園入学の為に王都へ向かう前には、母も健康な体を取り戻していた。



 そして、王都の教会に保護されてからは、市井の病院を回り、更に治癒の練習を続けた。
 中でも特に印象に残っているのは、事故に遭って両目の視力を失った幼い少年を治した時の事だ。

「見えるっ……。
 見えるよ、母ちゃんの顔が見えるっ!!」

「ああっ、なんて事なの! 夢みたいだわ。
 神様……、聖女様、ありがとうございますっ」

 少年は母親と抱き合ってオイオイと泣いた。
 まだプリシラの能力は不安定で、少年の視力を元通りにまでは回復させられなかった。
 それでも親子は、プリシラに何度も頭を下げ、お礼を言いながら帰って行った。
 翌日、その少年がプリシラの住んでいる教会を訪れた。
 小さな手に、素朴な花束を握り締めて。

「お姉ちゃん、昨日はありがとうございました。
 俺の家は貧乏だから、こんなお礼しか出来ないけど、受け取ってください」

「まあ、可愛らしいお花ね。ありがとう」

 それは野に咲くタンポポやシロツメクサなどを摘んで麻紐で束ねただけの、とても簡素な物だったが、わざわざそれを届けてくれた少年の気持ちが胸に沁みた。

「お姉ちゃんなら、きっと立派な聖女様になれると思います!」

「ふふっ。ありがとう。期待に応えられる様に、これからも頑張るね」

 自室に戻った彼女は、側仕えをしてくれている女性神官に頼んで、少年にもらった花束を生けてもらった。
 そして、その花瓶からタンポポとシロツメクサを一本ずつ抜き取り、押し花を作製した。

 この日の気持ちを忘れない様にと、それを栞に加工して魔法の勉強に使うテキストに挟んだ。

(もっと頑張って、光魔法を上手く使える様になったら、あの子の目を完全に治してあげられるかな?)

 プリシラは時折栞を見詰めながら、そんな事を考えた。




 彼女はまだ知らない。

 近い将来、この日の気持ちどころか、この栞の存在さえもすっかり忘れてしまう事を。

 そして、自分が、破滅への道を歩み始める事も。

しおりを挟む
感想 1,006

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...