【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

文字の大きさ
44 / 200

44 大人の魅力

しおりを挟む
 授業で分からない部分があったので、休み時間に職員室へ質問しに来たのだが、目当ての教師は見当たらない。

(席を外しているのかしら? 我ながら運が悪いなぁ)

 諦めて教室へ戻ろうとした所で、これまた運悪く、背後から声が掛かる。

「おっ、エヴァレット嬢。丁度良い所にいた」

 声の主は、探していたのとは別の教師。

「……はい、なんでしょう?」

 面倒臭い事になりそうな予感がするが、無視する訳にもいかずに振り返った。

「この前提出してもらった課題のノート、返すの忘れててさぁ。
 A教室へ戻るなら、持って行って皆んなに返しておいてくれない?」

 教師は私の返事を待たずに、クラス全員分のノートの束を、なかば無理矢理に手渡してくる。

「ちょっ……、職務怠慢ではっ!?」

「まあまあ。固い事言わずに手伝ってよ。
 ああ、忙しい忙しいっ」

 ついさっきまでノンビリとお茶を飲んでいた癖に、急に書類を広げ出した教師に胡乱な視線を向けつつ、小さく溜息をついた。

「はぁ……。まあ、良いですけどね」

「ありがとう。よろしくな!」

 Aクラスは人数が少ないので、全員分のノートでも然程重くはないし、手間もそんなにかかる訳ではない。
 だが、この学園の生徒は貴族の子女ばかりなので、前世の学校と違って教師が生徒に雑用を頼む事は滅多にないのだ。
 とは言え、ああいう軽薄なキャラの人間は、何処にでも一人くらいはいるものだ。


 タイミングが悪かったなぁ、と思いながら廊下を歩いていると、開いていた窓から強い風が舞い込んだ。
 つい最近上げるのをやめた長めの前髪が、風に煽られて私の視界を塞ぐ。

「……ぅわっっ!!」

 驚いた拍子に体がバランスを崩した。

(ヤバい、転ぶっっ!)

 思わず目を瞑り、衝撃に備えて身構えたのだが───。

 ドサドサッとノートが床に落ちる音がしたと思ったら、白い手袋をはめた手がグッと私の手首を掴み、もう一本の力強い腕が私の背中を支えた。

 蜂蜜とシナモンみたいな香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐる。

 恐る恐る目を開けると、深い青の瞳が至近距離から私を見詰めていた。

(あ、この人は……)

 私の心臓がドクンと大きく音を鳴らす。

 まるでダンスの決めポーズみたいな体勢で私を支えてくれた男性は、ヴィクター・リンメル。
 薬学を担当している教師で、乙女ゲームの攻略対象者の一人である。
 いつも白衣を着て白い手袋をはめているのが特徴だ。

 薬学は選択科目なので、私は彼の授業を受けていないけど、『格好良くて優しい!』と、女生徒達からの評判は上々だ。

 リンメル先生は掴んでいた私の手首を軽く引っ張り、崩れていた体勢を整えさせてから、ゆっくりと手を離した。
 少し癖のあるココアブラウンの髪を掻き上げながら、フゥッと軽く息を吐いたその仕草は、妙に艶っぽい。
 所謂、大人の魅力ってヤツだろうか?

「大丈夫か?」

 低く心地良い声で問われて、頬が微かに熱くなる。

「あ、はい。
 助けて頂いて、ありがとうございます」

 慌ててペコリと頭を下げると、フッと小さく笑われた。

 しゃがみ込んで足元に散らばったノートを拾い始めると、リンメル先生も手伝ってくれる。

「コレは数学のノートだな。
 あのぐうたら教師、また生徒に雑用をさせてるのか」

 彼は手に取った一冊をペラリと捲ると、微かに眉根を寄せて、呆れた様に呟いた。
 どう答えるべきなのか迷った私は、曖昧な笑みを浮かべる。

「全く……。女生徒に荷物運びをさせるなんて、けしからんな。
 悪いな、エヴァレット嬢。
 アイツには俺からもちゃんと言い聞かせおくから」

(……私の名前、知ってたんだ)

 授業を担当している生徒でもないのに、良く覚えているな。
 生徒達の間で囁かれている様々な噂話は、意外と教師の間にまで広がっているのかもしれない。

「エヴァレット嬢、どうかしたか?」

 黙り込んだ私を不審に思ったのか、リンメル先生が顔を覗き込んで呼び掛けてきた。

「……あ、はい…、いえ、大丈夫です」

 動揺が続いているせいか、よく分からない返事をしてしまった。
 恥ずかしくて益々頬に熱が上がる。

「エヴァレット嬢は、確かAクラスだったな?
 このノートは後で俺が配っておくよ」

「あ、いえっ、本当に大丈夫ですから!
 そんなに重い物でもないですし、お気持ちだけありがたく頂戴します」

「……そうか?」

 勢い良くブンブンと首を左右に振ると、リンメル先生は少し困った様な顔をしながら、拾い集めたノートを渡してくれた。


 気さくそうに見えるリンメル先生だが、実は心に闇を抱えているキャラクターだ。

 ヴィクターは若くしてリンメル伯爵家の当主となっているが、実は養子なのだ。
 前伯爵の姉が未婚のまま産んだヴィクターを、子が生まれなかった前伯爵夫妻が引き取った。
 前伯爵の姉は子供の父親の名を最後まで明かさず、出産の直後に自殺している。
 家庭環境が良好ではなかった為、後継から外された場合の保険として薬学を身に付けたらしいが、結局その道で才能を開花させ、伯爵位を継いだ今でも研究と後進の育成を続けているのだ。

 そんな出自を抱えていれば、拗らせてしまうのは必然だろう。
 ヴィクタールートに進んだ場合、勿論その心の闇はヒロインとの交流によって徐々に晴らされる。

 しかし、この世界のヒロインは、どうやら第二王子ルートを進んでいるっぽい。
 何度かプリシラとリンメル先生が話している所を見た事があるけど、もしかしたら先生の方は、既にプリシラに惹かれているのかもしれない。

(だとすると、リンメル先生はプリシラに振られて、ずっと心の闇を抱えたままで生きていくのかな?)

 そう考えると、ちょっとだけ可哀想な気がする。
 良い人っぽいのに。

(……まあ、私が心配するべき事じゃないか)

 少し親切にしてもらったからって、一々情を移していたら身が持たない。
 先生とヒロインとの間に愛が生まれなくても、別の素敵な女性と巡り合って救われるかもしれないし、友人に感化されて人生が変わる可能性だってあるだろう。


「じゃあ、気を付けてな」

「はい、ありがとうございました」

 立ち去るリンメル先生に手を振って見送った。
 その背中が見えなくなってから、ホゥッと息を吐き出す。

 先生が去った後には、微かな甘い香りだけが残っていた。

(女生徒に貰った焼き菓子でも持っていたのかな?
 ゲームのヴィクター・リンメルって、甘党とかいう設定あったっけ?)

 そんなどうでも良い事を考えていたら、背後から忙しない足音が近付いてきた。

「……オフィ、リア」

 聞き慣れた声に呼ばれて振り返ると、息を切らしたアイザックが、膝に手をついて苦しそうに立っている。
 どうやら全力で走ったみたいだ。

「そんなに急いで、どうしたのです?」

「ハァ……向こう…の、ハァ…校舎、から、見えた…から」

 私の質問に、アイザックは向かい側の校舎を指差しながら途切れ途切れに説明した。
 あちらの窓から私の姿が見えたらしいという事だけは分かったが、そんなに慌てて来るほどの用って、一体何だろう?

「ええ、それで?」

 話の先を促すと、アイザックは胸に手を当てて少し呼吸を整えてから、再び口を開いた。

「……リンメル、先生は?」

「ああ、なんだ。
 私じゃなくて、リンメル先生に用があったのですね?
 先生ならば彼方の方へ歩いて行きましたけど……。
 多分ですが、職員室か薬学実験室に帰られたんじゃないかしら?」

「……そうか。
 オフィーリアは、教室へ戻る所?」

「そうですが」

「じゃあ、一緒に戻ろう。
 そのノート、僕が持つから貸して」

 差し出された手に、素直にノートの束を渡す。

「ありがとうございます。
 ……でも、リンメル先生を追いかけなくて良いのですか?」

「うん。もう用事は済んだから」

 意味不明なアイザックの言葉に、私は大きく首を捻りながら、前を行く彼の背中を追って歩き出した。

しおりを挟む
感想 1,006

あなたにおすすめの小説

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...