68 / 200
68 答えを探して
しおりを挟む
アイザックの告白の返事には、一週間の猶予をもらった。
他にやりようが無かったのだ。
だって、初対面ならば『お友達から始めましょう』って言えたのに、とっくのとうに『お友達』が始まってしまっている場合は、一体なんと言うのが正解なの?
そして、あれから数日が経過した。
私の中にあるアイザックへの好意は、どんな種類の物なのか?
いくら考えても、その疑問の答えはなかなか導き出せず、告白の返事は未だに出来ていない。
それどころか、私は彼と普通に接する事が難しくなっている。
アイザックの顔を見るだけで、あの日見た夢を思い出し、まるで体中の血液が沸騰してしまったかの様に全身が熱くなるのだ。
頬を撫でる手の感触も。
抱き締められた、腕の強さも。
低く囁く甘やかな声も。
熱い吐息も。
まるで実際に起きた出来事みたいに、リアルさを持って脳裏に蘇る。
そうなってしまえば、もう今までみたいに振る舞う事など不可能。
逃げ出さない様にその場に足を固定するのが精一杯で、どうしても挙動不審になってしまう。
真っ赤に染まっている顔が恥ずかしくて俯きがちになり、いつもの様に頭を撫でる手が伸びてくれば、勝手に肩が震える。
そして、そんな私の些細な仕草や言葉に過敏に反応し、傷付いてしまう彼を見て、申し訳なさと情けなさで一杯になり、どんどん気まずい空気になるのだ。
もう完全に悪循環だった。
心も体も、まるで別人の物と入れ替わってしまったかの様に、上手く制御する事が出来ない。
こんな状態になるのは前世を含めても初めての事で、どうすれば良いのか自分でも全く分からなかった。
放課後の学園で、廊下を歩いていた私は、アイザックの姿を見付けて咄嗟に近くの柱の影に身を隠した。
彼と対峙すれば、またパニック状態になって冷静に自分の気持ちを分析出来ないから、出来るだけ接触の機会を減らしたいのだ。
暫くして彼がいた方をソッと覗けば、こちらに気付かず遠ざかって行く後ろ姿が見える。
私はホッと胸を撫で下ろす。
「良い歳して、隠れんぼ?」
背後から突然声を掛けられ、心臓が口から飛び出しそうな位に驚いた。
振り向くと、呆れ顔のベアトリスが腕組みをして立っている。
「私はいつだってオフィーリアの味方でいてあげたいけど、流石に今のは、アイザックが気付けばショックを受けたんじゃないかしら?」
諌める様にそう言われて、私はシュンと項垂れた。
「……そうですよね。済みません」
「でもまあ、アイザックも悪いのよ。
ちょっと肩が震えたくらいの事で、一々この世の終わりみたいな顔されたら、オフィーリアだって気を使っちゃうじゃないねぇ?
重いしウザいしヘタレだし、おまけにちょっと変態だし、あんな面倒な男、サッサと振っちゃった方が……」
「あ、いえ。アイザック様は素敵な方ですよ?
私がこういう状況に慣れていないせいで迷惑をかけているだけで、彼は何も悪くないです」
…………………ん? ちょっとヘン……、何ですって?
アイザックに対する悪口をとめどなく垂れ流し続けるベアトリスを慌てて止めたけど……。
なんか聞き捨てならない単語が混じってた気がして仕方ない。
聞き間違いか?
怪訝な顔をして考え込む私を眺めながら、フフッと小さく笑うベアトリス。
「冗談よ。
貴女がアイザックを嫌いになった訳じゃなくて良かったわ」
彼女は安心した様な微笑みを浮かべながら、封筒を一枚差し出した。
「オフィーリアに渡してくれって、アイザックから頼まれたの。
貴女はいつも難しく考え過ぎなのよ。早く自分の気持ちに素直になりなさい」
ポンポンと私の頭を撫でてから、ベアトリスは踵を返した。
手の中に残された封書をジッと見詰める。
アイザックからの手紙はいつもズッシリと重たいのに、これはとても薄くて軽かった。
(ずっと酷い態度を取っていたから……、もしかしたら、もう、嫌われちゃったかな?)
そう考えると、胸の奥に棘でも刺さっているみたいに、チクチクとした痛みを感じる。
手紙の内容がとても気になるのに、読むのが怖い様な気もして……。
結局、未開封のまま鞄にしまい、帰りの馬車へと乗り込んだ。
夕食も湯浴みも済ませ、自室で一人きりになった私は、鞄から手紙を取り出した。
小さく息を吐き出し、微かに震える手で封を切る。
中から出て来たのは、一枚きりの便箋だった。
『視察に向かうサディアス殿下に、僕も同行する事になった。
明日から一ヶ月程、王都を離れる予定だ。
オフィーリアに会えないのは淋しいけど、丁度良いタイミングだったのかもしれない。
急かしたくはないけど、出来れば僕が留守にしている間に、答えを見つけて欲しい。
良い返事を期待している』
私の中には、アイザックの不在に安堵する気持ちと、それをとても淋しく思う気持ち、二つの相反する思いが同時に湧いた。
そして、本題の後には『最近はちゃんと眠れているのか?』とか、『不在中はクレイグやクリスティアンに近寄らない様に』とか、私を案ずる言葉ばかりが綴られていた。
いつもとは違って少し短い手紙。
それを何度も何度も読み返していると、いつの間にか視界がジワリと滲んで来る。
アイザックはこんな状況になっても、私を心配してくれているのだ。
それに比べて私は、いつまでも自分の気持ちを理解する事さえ出来ず、アイザックを苦しめ続けている。
だけど少しだけ、答えのヒントを掴んだ気がした。
薄い封筒を受け取った時に感じた、あの焦燥感。
もしかしたら、あれは───。
他にやりようが無かったのだ。
だって、初対面ならば『お友達から始めましょう』って言えたのに、とっくのとうに『お友達』が始まってしまっている場合は、一体なんと言うのが正解なの?
そして、あれから数日が経過した。
私の中にあるアイザックへの好意は、どんな種類の物なのか?
いくら考えても、その疑問の答えはなかなか導き出せず、告白の返事は未だに出来ていない。
それどころか、私は彼と普通に接する事が難しくなっている。
アイザックの顔を見るだけで、あの日見た夢を思い出し、まるで体中の血液が沸騰してしまったかの様に全身が熱くなるのだ。
頬を撫でる手の感触も。
抱き締められた、腕の強さも。
低く囁く甘やかな声も。
熱い吐息も。
まるで実際に起きた出来事みたいに、リアルさを持って脳裏に蘇る。
そうなってしまえば、もう今までみたいに振る舞う事など不可能。
逃げ出さない様にその場に足を固定するのが精一杯で、どうしても挙動不審になってしまう。
真っ赤に染まっている顔が恥ずかしくて俯きがちになり、いつもの様に頭を撫でる手が伸びてくれば、勝手に肩が震える。
そして、そんな私の些細な仕草や言葉に過敏に反応し、傷付いてしまう彼を見て、申し訳なさと情けなさで一杯になり、どんどん気まずい空気になるのだ。
もう完全に悪循環だった。
心も体も、まるで別人の物と入れ替わってしまったかの様に、上手く制御する事が出来ない。
こんな状態になるのは前世を含めても初めての事で、どうすれば良いのか自分でも全く分からなかった。
放課後の学園で、廊下を歩いていた私は、アイザックの姿を見付けて咄嗟に近くの柱の影に身を隠した。
彼と対峙すれば、またパニック状態になって冷静に自分の気持ちを分析出来ないから、出来るだけ接触の機会を減らしたいのだ。
暫くして彼がいた方をソッと覗けば、こちらに気付かず遠ざかって行く後ろ姿が見える。
私はホッと胸を撫で下ろす。
「良い歳して、隠れんぼ?」
背後から突然声を掛けられ、心臓が口から飛び出しそうな位に驚いた。
振り向くと、呆れ顔のベアトリスが腕組みをして立っている。
「私はいつだってオフィーリアの味方でいてあげたいけど、流石に今のは、アイザックが気付けばショックを受けたんじゃないかしら?」
諌める様にそう言われて、私はシュンと項垂れた。
「……そうですよね。済みません」
「でもまあ、アイザックも悪いのよ。
ちょっと肩が震えたくらいの事で、一々この世の終わりみたいな顔されたら、オフィーリアだって気を使っちゃうじゃないねぇ?
重いしウザいしヘタレだし、おまけにちょっと変態だし、あんな面倒な男、サッサと振っちゃった方が……」
「あ、いえ。アイザック様は素敵な方ですよ?
私がこういう状況に慣れていないせいで迷惑をかけているだけで、彼は何も悪くないです」
…………………ん? ちょっとヘン……、何ですって?
アイザックに対する悪口をとめどなく垂れ流し続けるベアトリスを慌てて止めたけど……。
なんか聞き捨てならない単語が混じってた気がして仕方ない。
聞き間違いか?
怪訝な顔をして考え込む私を眺めながら、フフッと小さく笑うベアトリス。
「冗談よ。
貴女がアイザックを嫌いになった訳じゃなくて良かったわ」
彼女は安心した様な微笑みを浮かべながら、封筒を一枚差し出した。
「オフィーリアに渡してくれって、アイザックから頼まれたの。
貴女はいつも難しく考え過ぎなのよ。早く自分の気持ちに素直になりなさい」
ポンポンと私の頭を撫でてから、ベアトリスは踵を返した。
手の中に残された封書をジッと見詰める。
アイザックからの手紙はいつもズッシリと重たいのに、これはとても薄くて軽かった。
(ずっと酷い態度を取っていたから……、もしかしたら、もう、嫌われちゃったかな?)
そう考えると、胸の奥に棘でも刺さっているみたいに、チクチクとした痛みを感じる。
手紙の内容がとても気になるのに、読むのが怖い様な気もして……。
結局、未開封のまま鞄にしまい、帰りの馬車へと乗り込んだ。
夕食も湯浴みも済ませ、自室で一人きりになった私は、鞄から手紙を取り出した。
小さく息を吐き出し、微かに震える手で封を切る。
中から出て来たのは、一枚きりの便箋だった。
『視察に向かうサディアス殿下に、僕も同行する事になった。
明日から一ヶ月程、王都を離れる予定だ。
オフィーリアに会えないのは淋しいけど、丁度良いタイミングだったのかもしれない。
急かしたくはないけど、出来れば僕が留守にしている間に、答えを見つけて欲しい。
良い返事を期待している』
私の中には、アイザックの不在に安堵する気持ちと、それをとても淋しく思う気持ち、二つの相反する思いが同時に湧いた。
そして、本題の後には『最近はちゃんと眠れているのか?』とか、『不在中はクレイグやクリスティアンに近寄らない様に』とか、私を案ずる言葉ばかりが綴られていた。
いつもとは違って少し短い手紙。
それを何度も何度も読み返していると、いつの間にか視界がジワリと滲んで来る。
アイザックはこんな状況になっても、私を心配してくれているのだ。
それに比べて私は、いつまでも自分の気持ちを理解する事さえ出来ず、アイザックを苦しめ続けている。
だけど少しだけ、答えのヒントを掴んだ気がした。
薄い封筒を受け取った時に感じた、あの焦燥感。
もしかしたら、あれは───。
2,466
あなたにおすすめの小説
悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる
冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」
謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。
けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。
なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。
そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。
恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。
「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
*らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる