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2 恋を教えて
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《side:ローレンス》
───約半年前。
「ローレンス・エイムズ様。
私に恋を教えてくれませんか?」
夕焼けの光に赤く染まった放課後の教室に、男女が二人きりと言う、ロマンティックなシチュエーション。
しかし、台詞の内容に反して、全く情熱を感じられない平坦な声で、彼女は俺にそう言った。
彼女の名前はルルーシア・ブルーノ。
子爵家の令嬢で、このクラスの委員長を務める彼女は、その真面目過ぎる性格から堅物と噂されている。
艶やかな銀髪は一分の隙もなく後ろにきっちりと束ねられ、藍色の瞳は眼鏡の奥に隠されていた。
素材は良いのだから、もう少しオシャレをして、ニコニコ笑っていればモテるだろうに・・・・・・だなんて、余計なお世話でしか無い事をつい考えてしまう。
そんな彼女が恋に興味を持つとは・・・・・・。
何かの冗談だろうか?
いや、だが冗談を言う人物とも思えない。
「どう言う意味です?」
「そのまんまの意味ですよ。
実は、私、趣味で小説を執筆しているのです。
でも、恋をしたことがないので、その心理がよく分からなくて・・・」
全くの無表情で紡がれた言葉。
娯楽小説など馬鹿にしていそうに見える彼女が、自分で小説を書いていると言うのは意外過ぎるが、彼女が恋に興味を持つ事自体の意外性に比べれば、納得のいく説明だった。
「取材として、擬似恋愛を体験したいって事ですか?」
「はい。
その様に解釈して頂いて結構です」
ニコリと笑ったその顔に、不覚にもドキッとしてしまった。
普段無表情な女性の笑顔は、なかなかの破壊力。
「何故、俺なんですか?」
「エイムズ様は、女性に人気がお有りでしょう?
お付き合いの経験も多いとお聞きしますし・・・。
恋をご教授頂くには適任かと思いまして」
「それに乗ったとして、俺に何かメリットでもあるのですか?」
最近の俺は忙しいのだ。
ボランティアをしている時間は無い。
彼女は顎に手を当てて小首を傾げ、少しだけ考える様な表情を見せた。
「そうですねぇ・・・・・・。
テスト勉強のサポートと、予想問題の提供で如何ですか?」
俺にとって都合の良過ぎる提案に、微かにピクッと眉が反応したのを、彼女は見逃さずに笑みを深めた。
「交渉、成立。・・・ですかね?」
自他共に認める遊び人の俺は、学園の授業をサボる事も多かった。
当然ながら、成績は下から数えた方が早いくらいだった。
それで良かった。
寧ろ自分からそう仕向けていたのだから。
しかし最近になって、急に事情が変わってしまい、成績を上げる必要性が出て来た。
一方のブルーノ嬢は、テストの成績はいつも上位五位以内に入っている。
特にそのテスト問題の予想能力には、目を見張るものがある。
過去には、彼女の予想問題を入手した者が、複数の生徒にそれを転売した結果、テストの平均点が大幅に上昇し、問題の漏洩を疑われた事がある程なのだ。
以来、彼女は決して、他人に予想問題を提供しなくなった。
この学園は試験が多く、一、二ヶ月に一度はなんらかのテストが行われている。
今の俺にとって、彼女の予想問題は喉から手が出る程に欲しい物だったのだ。
「オーケーならば、明日から私の事を恋人として扱って下さいませ。
期限は半年くらいで。
因みに、いかがわしい行為は無しでお願いします」
「恋人同士って、いかがわしい行為以外やる事なくないか?」
「・・・・・・頼む相手を間違えた様です」
毛虫を見る様な視線を向けられて、慌てて撤回する。
「ただの冗談だよ。
いかがわしい行為無しで、半年だな。
じゃあ、せめて、貴女も俺の好みに合わせて欲しい」
そう言いながら彼女の髪紐を解いたのは、髪を下ろした彼女を見てみたいという、ちょっとした好奇心からだった。
「あっ・・・」っと、彼女が小さく呟いた。
サラリと広がった銀髪は、思った以上に美しい。
更に眼鏡を外すと、夜空みたいな深い藍色の瞳が真っ直ぐに俺を見る。
だがそれは一瞬だけで、直ぐに俺から眼鏡を取り返した彼女の瞳は、分厚いレンズの向こうに再び隠れてしまった。
「髪を下ろすのは構いませんが、私、視力がかなり悪いので、眼鏡を取ると何も見えないんですよ」
(もう少しあの瞳を見ていたかった)
何故そんな風に思ったのか、自分でも分からないけれど。
───約半年前。
「ローレンス・エイムズ様。
私に恋を教えてくれませんか?」
夕焼けの光に赤く染まった放課後の教室に、男女が二人きりと言う、ロマンティックなシチュエーション。
しかし、台詞の内容に反して、全く情熱を感じられない平坦な声で、彼女は俺にそう言った。
彼女の名前はルルーシア・ブルーノ。
子爵家の令嬢で、このクラスの委員長を務める彼女は、その真面目過ぎる性格から堅物と噂されている。
艶やかな銀髪は一分の隙もなく後ろにきっちりと束ねられ、藍色の瞳は眼鏡の奥に隠されていた。
素材は良いのだから、もう少しオシャレをして、ニコニコ笑っていればモテるだろうに・・・・・・だなんて、余計なお世話でしか無い事をつい考えてしまう。
そんな彼女が恋に興味を持つとは・・・・・・。
何かの冗談だろうか?
いや、だが冗談を言う人物とも思えない。
「どう言う意味です?」
「そのまんまの意味ですよ。
実は、私、趣味で小説を執筆しているのです。
でも、恋をしたことがないので、その心理がよく分からなくて・・・」
全くの無表情で紡がれた言葉。
娯楽小説など馬鹿にしていそうに見える彼女が、自分で小説を書いていると言うのは意外過ぎるが、彼女が恋に興味を持つ事自体の意外性に比べれば、納得のいく説明だった。
「取材として、擬似恋愛を体験したいって事ですか?」
「はい。
その様に解釈して頂いて結構です」
ニコリと笑ったその顔に、不覚にもドキッとしてしまった。
普段無表情な女性の笑顔は、なかなかの破壊力。
「何故、俺なんですか?」
「エイムズ様は、女性に人気がお有りでしょう?
お付き合いの経験も多いとお聞きしますし・・・。
恋をご教授頂くには適任かと思いまして」
「それに乗ったとして、俺に何かメリットでもあるのですか?」
最近の俺は忙しいのだ。
ボランティアをしている時間は無い。
彼女は顎に手を当てて小首を傾げ、少しだけ考える様な表情を見せた。
「そうですねぇ・・・・・・。
テスト勉強のサポートと、予想問題の提供で如何ですか?」
俺にとって都合の良過ぎる提案に、微かにピクッと眉が反応したのを、彼女は見逃さずに笑みを深めた。
「交渉、成立。・・・ですかね?」
自他共に認める遊び人の俺は、学園の授業をサボる事も多かった。
当然ながら、成績は下から数えた方が早いくらいだった。
それで良かった。
寧ろ自分からそう仕向けていたのだから。
しかし最近になって、急に事情が変わってしまい、成績を上げる必要性が出て来た。
一方のブルーノ嬢は、テストの成績はいつも上位五位以内に入っている。
特にそのテスト問題の予想能力には、目を見張るものがある。
過去には、彼女の予想問題を入手した者が、複数の生徒にそれを転売した結果、テストの平均点が大幅に上昇し、問題の漏洩を疑われた事がある程なのだ。
以来、彼女は決して、他人に予想問題を提供しなくなった。
この学園は試験が多く、一、二ヶ月に一度はなんらかのテストが行われている。
今の俺にとって、彼女の予想問題は喉から手が出る程に欲しい物だったのだ。
「オーケーならば、明日から私の事を恋人として扱って下さいませ。
期限は半年くらいで。
因みに、いかがわしい行為は無しでお願いします」
「恋人同士って、いかがわしい行為以外やる事なくないか?」
「・・・・・・頼む相手を間違えた様です」
毛虫を見る様な視線を向けられて、慌てて撤回する。
「ただの冗談だよ。
いかがわしい行為無しで、半年だな。
じゃあ、せめて、貴女も俺の好みに合わせて欲しい」
そう言いながら彼女の髪紐を解いたのは、髪を下ろした彼女を見てみたいという、ちょっとした好奇心からだった。
「あっ・・・」っと、彼女が小さく呟いた。
サラリと広がった銀髪は、思った以上に美しい。
更に眼鏡を外すと、夜空みたいな深い藍色の瞳が真っ直ぐに俺を見る。
だがそれは一瞬だけで、直ぐに俺から眼鏡を取り返した彼女の瞳は、分厚いレンズの向こうに再び隠れてしまった。
「髪を下ろすのは構いませんが、私、視力がかなり悪いので、眼鏡を取ると何も見えないんですよ」
(もう少しあの瞳を見ていたかった)
何故そんな風に思ったのか、自分でも分からないけれど。
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