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21 本来の婚約者
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一度目の人生の時・・・・・・
フィルは、学園を卒業して、しばらく経った頃にブリトニー・オールストン侯爵令嬢と婚約を発表した。
女性に冷たいと思われていたフィルが、突然婚約を決めた事は、当時の社交界を騒がせた。
軟禁に近い状態だった私の耳にも届く程に。
二人が婚約した理由は分からない。
同時期にクラックソン公爵家とオールストン侯爵家の共同事業も発表された事から、政略結婚だと言う見方をする人が多かったみたいだが、学生時代に人知れず愛を育んでいた可能性も無きにしも非ず。
どちらにしろ、私が彼女の婚約の邪魔をしてしまった事は確実だ。
切羽詰まって、フィルに一時的な婚約をお願いしたけれど、それによって不利益を被る人がいる事に考えが及ばなかった。
自分が、他人の置かれている立場や心情を慮る能力に欠けている事には気付いていた。
一度目は、婚約後はマナーや教養を叩き込む事にばかり注力していた。
元々家業に必要な知識も詰め込んであった私の然程優秀では無い頭脳は、それだけで容量をオーバーしており、その他の事は疎かになっていた。
それに加えて学園にも通わず、結婚後は軟禁状態で他者との接触が圧倒的に足りなかった。
二度目は望まぬ婚姻を回避する事ばかり考えて、フィル以外の人とは交流していない。
だから、欠落している部分があるのだろうとは思っていたが、今回の出来事はそれを突きつけられた様な気がしてショックだった。
卒業迄にフィルとの婚約を解消すれば、彼女の運命を変えずに済むのだろうか。
だが、私と婚約を解消した直後に、フィルが彼女と恋に落ちるのかもしれないと思うと・・・・・・
胸の奥に小さな棘が刺さったみたいに、チクリと痛みを感じた。
「ディア、どうしたの?
今日は朝からボンヤリしてるみたいだけど」
隣から聞こえた心配そうな声に、そちらを見上げると、澄んだ湖面の様な水色の瞳が私を映していた。
「ごめんなさい、フィル。
ちょっと考え事をしていて」
学園がお休みの今日は、以前からフィルとデートの約束をしていた。
アンティークの鑑定を学ぶついでに、美術品の鑑定も勉強した私は、絵画を鑑賞するのが趣味になった。
今、私が好きな画家が王都で個展を開いているので、フィルがそのチケットをわざわざ用意してくれたのだ。
「良いんだ。
何か心配事でもあるなら、相談して欲しいなって思っただけ」
「・・・心配かけてごめんなさい。
何でも無いんです」
「・・・そうか」
フィルは、困った様に眉を下げて、私の頭を撫でた。
それからは、せっかくフィルが誘ってくれた個展を、しっかりと楽しむ事にした。
絵画を堪能した後は、近くのカフェへと移動した。
「ああ、本当に素晴らしかったわ!
特に、新緑の森の絵は瑞々しくて、キャンバスから爽やかな風が吹いて来そうな程でしたね!
夕焼けに染まった海の絵も、色合いが絶妙で───」
興奮気味に感想を述べる私を、フィルは優しい眼差しで見ている。
「喜んでくれて嬉しいよ。
好きな事を話している時のディアは、キラキラしてるね」
「済みません、ついテンションが上がり過ぎてしまって・・・。
はしたない所をお見せしました」
「いや、元気になってくれて良かったよ。
ところで、今日は甘い物は食べないの?」
私が紅茶しか注文しなかった事に、フィルは少々不満顔。
「そんなに毎回は食べませんよ」
「なんだ、残念。
この店の洋梨のタルトは絶品なのに」
「・・・・・・やっぱり、食べても良いですか?」
おずおずと尋ねると、彼は笑みを深めた。
なんだか思う壺みたいで悔しい!
だけど、洋梨のタルトは本当に絶品で、ついつい頬が緩んでしまうのだった。
カフェを出て、自邸に送ってもらう馬車の中。
フィルはいつも当たり前のように、向かい合わせではなく隣り合って座る。
「・・・フィルはブリトニー・オールストン様の事、どう思いますか?」
密室の中、ふと齎された沈黙に耐えかねて、思わず聞きたくても聞けなかった事が口に出てしまった。
「ああ、ディアはこの前オールストン侯爵令嬢に絡まれたんだったな。
もう抗議はしてあるから心配無いと思うけど・・・、もしかして何か言われた?」
「いえ、ちょっと気になって」
「オールストン侯爵家からは、何度か婚約の打診を貰ったけど、僕は彼女の事が苦手だから毎回断っていた。
ディアが彼女に絡まれたのは、きっと僕のせいだね。
・・・・・・ごめん」
「いえ、フィルのせいでは・・・」
やっぱり、彼女はフィルが好きなんだろうな。
そして、フィルも今は彼女の事を苦手だったとしても、何かのきっかけで、気持ちが変化するのかもしれない。
そんな風に考えると、自然と眉根が寄ってしまっていて・・・。
「僕の可愛いウサギは、何をそんなに悩んでいるの?」
「・・・っ!ウサ・・・っっ?」
「ローズマリーにバラされちゃったから、もう本人に隠す必要もないかと思って」
「まさか本当にウサギって呼んでるんですか!?」
「ダメだった?
ウサギ、可愛いじゃないか」
「可愛いから、恥ずかしいんですよ!
全然似てないですし!」
「そうかな?
柔らかそうで、小さくて、まんまるの赤い目で、美味しそうで、逃げ足が速い所もそっくりだ。
なかなか捕まってくれない」
「!?!?!?」
え?
捕まえようとしているの?
しかも、この人、どさくさに紛れて『美味しそう』って言った!
フィルは、学園を卒業して、しばらく経った頃にブリトニー・オールストン侯爵令嬢と婚約を発表した。
女性に冷たいと思われていたフィルが、突然婚約を決めた事は、当時の社交界を騒がせた。
軟禁に近い状態だった私の耳にも届く程に。
二人が婚約した理由は分からない。
同時期にクラックソン公爵家とオールストン侯爵家の共同事業も発表された事から、政略結婚だと言う見方をする人が多かったみたいだが、学生時代に人知れず愛を育んでいた可能性も無きにしも非ず。
どちらにしろ、私が彼女の婚約の邪魔をしてしまった事は確実だ。
切羽詰まって、フィルに一時的な婚約をお願いしたけれど、それによって不利益を被る人がいる事に考えが及ばなかった。
自分が、他人の置かれている立場や心情を慮る能力に欠けている事には気付いていた。
一度目は、婚約後はマナーや教養を叩き込む事にばかり注力していた。
元々家業に必要な知識も詰め込んであった私の然程優秀では無い頭脳は、それだけで容量をオーバーしており、その他の事は疎かになっていた。
それに加えて学園にも通わず、結婚後は軟禁状態で他者との接触が圧倒的に足りなかった。
二度目は望まぬ婚姻を回避する事ばかり考えて、フィル以外の人とは交流していない。
だから、欠落している部分があるのだろうとは思っていたが、今回の出来事はそれを突きつけられた様な気がしてショックだった。
卒業迄にフィルとの婚約を解消すれば、彼女の運命を変えずに済むのだろうか。
だが、私と婚約を解消した直後に、フィルが彼女と恋に落ちるのかもしれないと思うと・・・・・・
胸の奥に小さな棘が刺さったみたいに、チクリと痛みを感じた。
「ディア、どうしたの?
今日は朝からボンヤリしてるみたいだけど」
隣から聞こえた心配そうな声に、そちらを見上げると、澄んだ湖面の様な水色の瞳が私を映していた。
「ごめんなさい、フィル。
ちょっと考え事をしていて」
学園がお休みの今日は、以前からフィルとデートの約束をしていた。
アンティークの鑑定を学ぶついでに、美術品の鑑定も勉強した私は、絵画を鑑賞するのが趣味になった。
今、私が好きな画家が王都で個展を開いているので、フィルがそのチケットをわざわざ用意してくれたのだ。
「良いんだ。
何か心配事でもあるなら、相談して欲しいなって思っただけ」
「・・・心配かけてごめんなさい。
何でも無いんです」
「・・・そうか」
フィルは、困った様に眉を下げて、私の頭を撫でた。
それからは、せっかくフィルが誘ってくれた個展を、しっかりと楽しむ事にした。
絵画を堪能した後は、近くのカフェへと移動した。
「ああ、本当に素晴らしかったわ!
特に、新緑の森の絵は瑞々しくて、キャンバスから爽やかな風が吹いて来そうな程でしたね!
夕焼けに染まった海の絵も、色合いが絶妙で───」
興奮気味に感想を述べる私を、フィルは優しい眼差しで見ている。
「喜んでくれて嬉しいよ。
好きな事を話している時のディアは、キラキラしてるね」
「済みません、ついテンションが上がり過ぎてしまって・・・。
はしたない所をお見せしました」
「いや、元気になってくれて良かったよ。
ところで、今日は甘い物は食べないの?」
私が紅茶しか注文しなかった事に、フィルは少々不満顔。
「そんなに毎回は食べませんよ」
「なんだ、残念。
この店の洋梨のタルトは絶品なのに」
「・・・・・・やっぱり、食べても良いですか?」
おずおずと尋ねると、彼は笑みを深めた。
なんだか思う壺みたいで悔しい!
だけど、洋梨のタルトは本当に絶品で、ついつい頬が緩んでしまうのだった。
カフェを出て、自邸に送ってもらう馬車の中。
フィルはいつも当たり前のように、向かい合わせではなく隣り合って座る。
「・・・フィルはブリトニー・オールストン様の事、どう思いますか?」
密室の中、ふと齎された沈黙に耐えかねて、思わず聞きたくても聞けなかった事が口に出てしまった。
「ああ、ディアはこの前オールストン侯爵令嬢に絡まれたんだったな。
もう抗議はしてあるから心配無いと思うけど・・・、もしかして何か言われた?」
「いえ、ちょっと気になって」
「オールストン侯爵家からは、何度か婚約の打診を貰ったけど、僕は彼女の事が苦手だから毎回断っていた。
ディアが彼女に絡まれたのは、きっと僕のせいだね。
・・・・・・ごめん」
「いえ、フィルのせいでは・・・」
やっぱり、彼女はフィルが好きなんだろうな。
そして、フィルも今は彼女の事を苦手だったとしても、何かのきっかけで、気持ちが変化するのかもしれない。
そんな風に考えると、自然と眉根が寄ってしまっていて・・・。
「僕の可愛いウサギは、何をそんなに悩んでいるの?」
「・・・っ!ウサ・・・っっ?」
「ローズマリーにバラされちゃったから、もう本人に隠す必要もないかと思って」
「まさか本当にウサギって呼んでるんですか!?」
「ダメだった?
ウサギ、可愛いじゃないか」
「可愛いから、恥ずかしいんですよ!
全然似てないですし!」
「そうかな?
柔らかそうで、小さくて、まんまるの赤い目で、美味しそうで、逃げ足が速い所もそっくりだ。
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「!?!?!?」
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