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花が咲いた花園
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馨しい花の香り、木々の青々しい風。
少女はその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
花の香りと青々しい木々の葉。混じり合った香りは少女をここへ導いた。
導かれるままその中へ歩を進める。すると包み込むように香りが挨拶をしてくる。
誘うような香りを追って少女は歩いていく。迷路のように配されている花々、木々。彼らが惑わしてくるような感覚を覚え、心の底から楽しさが沸き起こってきた。
奥へ進むと一つの花を前に何かを行っている少年と女の子がいた。
何をしているのだろうと見ていたら、鋭い声が響く。
「誰だ」
少女は驚いて声を取り上げられたように返事が出来ない。少年の視線が痛かった。
その様子を見て少年の隣から女の子が歩み寄る。
女の子はそっと肩に手を添えて優しく言った。
「今ね、お母様をお見送りしていたの。一緒に祈ってくれる?」
体に染み込んでいくような不思議で綺麗な声。
一緒に祈ったあと、花を囲んで自己紹介をした。
彼らは兄妹でこの国の王子と王女だった。妹は話上手で話題が豊富、さらにとても綺麗な声をしていた。この声で話されるともっと聞きたいと思ってくる。
二人の女の子は長く話していたが、いなくなった娘を探しに来た母親が来るとお別れの時が来たとお互い沈んだ。
「私たちはもうお友達だからいつでも遊びに来て。毎日でもいいわ。温室で待ってる。お菓子を食べながらもっとお話ししましょう」
妹が別れ際に手を握り、瞳を見つめて言うと少女は目を輝かせて大きく頷いた。
こうして少女は少年と妹が待つ温室へ来る日々が続いた。
「今日のお花」
少女が温室へ来ると真っ先に妹が見せるのは自分で活けた花。妹は母親に似て生け花が上手。少女が来るたびに斬新な生け花を披露する。母親が王道で繊細な花に対して妹は斬新で大胆。花器からして違うと少年が教えてくれた。
少女は頷いて聞いていたが斬新で大胆でも見ていて楽しいし、相変わらず妹の話術も抜群なので気にならない。
妹が席を離れた時にそんな会話をしたのだが、少年にとっては非常に有難かった。
「妹は少し変わってるところがあるから、なかなか他の人に慣れなくて。君が仲良くしてくれて本当にありがとう」
真剣な表情で言うものだから、少女は声を出して笑ってしまった。何故かというと、妹も兄を「とっつきにくくて不愛想で気の利いたことも言えなくて、ごめん」と謝っていた事がある。顔だけは良いんだけどね、と必ず最後に付け加えるのを忘れない。
少女はこの兄妹が大好きになっていて、いつまでもいつまでもこうしてお菓子を食べながらお喋りをしていたいと思っていた。
「このお花は?」
少女は妹へ一つの花を示す。妹は花を凝視してから
「違うみたい」
と声を落とした。二人はある花を探している。
その花は彼らの母親が最期に贈り物として贈ったもの。彼らだけの花。温室にある自分だけの花を探すように。
名前も色も形も何もかもが不明の花。自分の花は見れば分かるという。
何とも気が遠くなるような話。妹は何が何でも探すと言ってはいるがすぐ飽きてしまう。少年は初めから探す気はないようだ。
それでも少女は必ず花探しをする。飽きもせず探す姿に少年も心が動く。いつしか二人分の花を探す事になったのだが、少女はより楽しんでいるように見える。
「ねぇ、兄さんのこと、気になるの?」
花探しの途中でいきなり妹が尋ねてくる。意味が分からないと言うように首を傾げながら聞き返す。
「どういう意味?」
「んん、そのまんまの意味だけど。だって、時々兄さんの事じっと見てない?」
自分がそんな風に見えているだなんて少女は思いもよらなかった。
「そんなつもりは、無いんだけど」
「無いんだけど・・・?」
結局少女はよく分からないと答えた。
「でも、顔が綺麗だからつい目がいっちゃうってのも分かるよ」
妹はすっかり兄で遊んでいるようだ。
その問いは少女の中に澱のように沈み、どのようになるのだろうか。
ある日、いつものように温室へ走っていくと何かが違っていた。いつものようにお茶があり、お菓子が・・・無かった。
「今日は兄さんがお菓子を焼いてくれるって」
妹が意味ありげな表情で言った。
少年は少女が席に着くと早速始めた。簡易かまどの上に小鍋を乗せ、生地を流し込む。丸い何かを入れて蓋をする。それをもう一つ用意する。
蓋があるので中をどうやって確認するのだろうと思って見ていたら、少年は時間で判断した。
鍋に蓋をしたのと同時にくべた細い棒の燃え具合で判断していた。興味津々にかまどを見つめる少女。
やがて時間がきたのか少年はかまどからアサン石を全て取り出した。そのまましばらく放置する。この時も石に乗せた細い棒の燃え具合で時間を計っていた。
このお菓子は火を通す時間が大事なようだ。
時間がきて少年は蓋を開けて中身を皿へひっくり返す。ころんと出てきた黒くて丸いもの。こんがりと焼けた香りが漂ってくる。
それだけでも十分美味しそうで少女はお腹が鳴ってしまいそうだった。
果物を盛り付けて皿を少女の前へ。
「半分に割って食べてみて」
そう言われて少女は平たい匙で中央から縦に割ってみると湯気がふわ、中身がとろりと逃げ出してきた。
感動の声をあげると匙で掬ってひと口。
外側はカリッとして中央へ向かって柔らかくなっていき、真ん中は濃厚で熱い。
言葉とは思えない声をあげて少女は全身で美味しさを表す。見上げる目が煌めいたのを見て少年は口角を上げ、妹も暖かい雰囲気に笑む。
初めて食べた美味しい時間の後、少女は花探しを開始した。
今日は何かが動き出すのではないかと予感がする。美味しい、初めての味。何だか心が躍っている、そんな感じがするのだ。
その通り、誰かあるいは何かが呼んでいた。
声ではない声で。
少女は呼び声に従って温室の中を歩く。咲き誇る花々に隠れるように一つの鉢がある。その鉢にあるのは蕾。それを見た瞬間少年の姿と重なり、本能的にこれだと分かった。
「あったよ。これでしょ?」
少女はこの鉢を少年へ差し出す。少年はその蕾を見て一瞬時間が止まり、少年の中で何かが変化した。
やがて蕾は少年へ挨拶するように花開く。
その瞬間をつぶさに見ていた少女は喜びの中で自分も何かを思い出したと感じる。
ずっと前から知っていた。
ずっと前から守られていた。
ずっと前から─────、寄り添ってくれた。
「ありがとう」
少年がお礼を言って少女に微笑んだ。淡い金の髪に縁取られた笑顔は今までで最も輝いている。心が大きく波打って少女は温かい光の瞬きを感じた。
木々の間を縫って風が吹く、その一瞬。
─────笑ったらもっと綺麗じゃないかと思うの。いつか見てみたいな─────
少女はその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
花の香りと青々しい木々の葉。混じり合った香りは少女をここへ導いた。
導かれるままその中へ歩を進める。すると包み込むように香りが挨拶をしてくる。
誘うような香りを追って少女は歩いていく。迷路のように配されている花々、木々。彼らが惑わしてくるような感覚を覚え、心の底から楽しさが沸き起こってきた。
奥へ進むと一つの花を前に何かを行っている少年と女の子がいた。
何をしているのだろうと見ていたら、鋭い声が響く。
「誰だ」
少女は驚いて声を取り上げられたように返事が出来ない。少年の視線が痛かった。
その様子を見て少年の隣から女の子が歩み寄る。
女の子はそっと肩に手を添えて優しく言った。
「今ね、お母様をお見送りしていたの。一緒に祈ってくれる?」
体に染み込んでいくような不思議で綺麗な声。
一緒に祈ったあと、花を囲んで自己紹介をした。
彼らは兄妹でこの国の王子と王女だった。妹は話上手で話題が豊富、さらにとても綺麗な声をしていた。この声で話されるともっと聞きたいと思ってくる。
二人の女の子は長く話していたが、いなくなった娘を探しに来た母親が来るとお別れの時が来たとお互い沈んだ。
「私たちはもうお友達だからいつでも遊びに来て。毎日でもいいわ。温室で待ってる。お菓子を食べながらもっとお話ししましょう」
妹が別れ際に手を握り、瞳を見つめて言うと少女は目を輝かせて大きく頷いた。
こうして少女は少年と妹が待つ温室へ来る日々が続いた。
「今日のお花」
少女が温室へ来ると真っ先に妹が見せるのは自分で活けた花。妹は母親に似て生け花が上手。少女が来るたびに斬新な生け花を披露する。母親が王道で繊細な花に対して妹は斬新で大胆。花器からして違うと少年が教えてくれた。
少女は頷いて聞いていたが斬新で大胆でも見ていて楽しいし、相変わらず妹の話術も抜群なので気にならない。
妹が席を離れた時にそんな会話をしたのだが、少年にとっては非常に有難かった。
「妹は少し変わってるところがあるから、なかなか他の人に慣れなくて。君が仲良くしてくれて本当にありがとう」
真剣な表情で言うものだから、少女は声を出して笑ってしまった。何故かというと、妹も兄を「とっつきにくくて不愛想で気の利いたことも言えなくて、ごめん」と謝っていた事がある。顔だけは良いんだけどね、と必ず最後に付け加えるのを忘れない。
少女はこの兄妹が大好きになっていて、いつまでもいつまでもこうしてお菓子を食べながらお喋りをしていたいと思っていた。
「このお花は?」
少女は妹へ一つの花を示す。妹は花を凝視してから
「違うみたい」
と声を落とした。二人はある花を探している。
その花は彼らの母親が最期に贈り物として贈ったもの。彼らだけの花。温室にある自分だけの花を探すように。
名前も色も形も何もかもが不明の花。自分の花は見れば分かるという。
何とも気が遠くなるような話。妹は何が何でも探すと言ってはいるがすぐ飽きてしまう。少年は初めから探す気はないようだ。
それでも少女は必ず花探しをする。飽きもせず探す姿に少年も心が動く。いつしか二人分の花を探す事になったのだが、少女はより楽しんでいるように見える。
「ねぇ、兄さんのこと、気になるの?」
花探しの途中でいきなり妹が尋ねてくる。意味が分からないと言うように首を傾げながら聞き返す。
「どういう意味?」
「んん、そのまんまの意味だけど。だって、時々兄さんの事じっと見てない?」
自分がそんな風に見えているだなんて少女は思いもよらなかった。
「そんなつもりは、無いんだけど」
「無いんだけど・・・?」
結局少女はよく分からないと答えた。
「でも、顔が綺麗だからつい目がいっちゃうってのも分かるよ」
妹はすっかり兄で遊んでいるようだ。
その問いは少女の中に澱のように沈み、どのようになるのだろうか。
ある日、いつものように温室へ走っていくと何かが違っていた。いつものようにお茶があり、お菓子が・・・無かった。
「今日は兄さんがお菓子を焼いてくれるって」
妹が意味ありげな表情で言った。
少年は少女が席に着くと早速始めた。簡易かまどの上に小鍋を乗せ、生地を流し込む。丸い何かを入れて蓋をする。それをもう一つ用意する。
蓋があるので中をどうやって確認するのだろうと思って見ていたら、少年は時間で判断した。
鍋に蓋をしたのと同時にくべた細い棒の燃え具合で判断していた。興味津々にかまどを見つめる少女。
やがて時間がきたのか少年はかまどからアサン石を全て取り出した。そのまましばらく放置する。この時も石に乗せた細い棒の燃え具合で時間を計っていた。
このお菓子は火を通す時間が大事なようだ。
時間がきて少年は蓋を開けて中身を皿へひっくり返す。ころんと出てきた黒くて丸いもの。こんがりと焼けた香りが漂ってくる。
それだけでも十分美味しそうで少女はお腹が鳴ってしまいそうだった。
果物を盛り付けて皿を少女の前へ。
「半分に割って食べてみて」
そう言われて少女は平たい匙で中央から縦に割ってみると湯気がふわ、中身がとろりと逃げ出してきた。
感動の声をあげると匙で掬ってひと口。
外側はカリッとして中央へ向かって柔らかくなっていき、真ん中は濃厚で熱い。
言葉とは思えない声をあげて少女は全身で美味しさを表す。見上げる目が煌めいたのを見て少年は口角を上げ、妹も暖かい雰囲気に笑む。
初めて食べた美味しい時間の後、少女は花探しを開始した。
今日は何かが動き出すのではないかと予感がする。美味しい、初めての味。何だか心が躍っている、そんな感じがするのだ。
その通り、誰かあるいは何かが呼んでいた。
声ではない声で。
少女は呼び声に従って温室の中を歩く。咲き誇る花々に隠れるように一つの鉢がある。その鉢にあるのは蕾。それを見た瞬間少年の姿と重なり、本能的にこれだと分かった。
「あったよ。これでしょ?」
少女はこの鉢を少年へ差し出す。少年はその蕾を見て一瞬時間が止まり、少年の中で何かが変化した。
やがて蕾は少年へ挨拶するように花開く。
その瞬間をつぶさに見ていた少女は喜びの中で自分も何かを思い出したと感じる。
ずっと前から知っていた。
ずっと前から守られていた。
ずっと前から─────、寄り添ってくれた。
「ありがとう」
少年がお礼を言って少女に微笑んだ。淡い金の髪に縁取られた笑顔は今までで最も輝いている。心が大きく波打って少女は温かい光の瞬きを感じた。
木々の間を縫って風が吹く、その一瞬。
─────笑ったらもっと綺麗じゃないかと思うの。いつか見てみたいな─────
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