非凡人間の日常

おしゅれい

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土砂降り後の虹5

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ーー歌音サイド
 猫と別れた俺は、そのまま迷うことなくいつもの場所……マンションの屋上へと来ていた。
 いつもの場所とは言っても、ここに来るのはとても久しぶりだ。ケイはもうこの場所を必要としなくなっていたからだ。
 ケイと出会ってからずっと、俺の時間は止まっていたように感じる。
 ケイという存在が無くなった今、俺の時間は元あるべき様に戻っただけ。
(ケイがいなければ俺はとっくにいなくなっていた。ケイがいない世界なんて、俺には意味が無い)
「本当にそう思う?」
 マンションの屋上の扉を開くと同時に問いかけの声をかけられ、俺は足を止める。
 扉を開いた先には屋上のフェンスに腰かけるニコルの姿があり、ニコルは優しげな表情で俺を見ていた。
「こんにちは、歌音。少し話をしよっか」
「え? あ、えぇっと……」
 予想外の人物に困惑して言葉を詰まらせていると、ニコルは近くに来るように促す。
「人との縁って不思議だと思わない?」
 眩しいくらいに晴れ渡った空を見上げながらニコルが呟く。
「俺にはね、凄く大切な人がいたんだ。その人は俺よりもずっとキラキラしていて、俺はずっと……今でもその人に憧れてる。ずっと……ずっと背中を追っていた。俺もいつかあんな風にキラキラした存在になりたいって思っていたんだ」
 空を見上げていたニコルはゆっくりと俺の方に視線を戻し、優しい笑みを浮かべた。
「歌音、君が誰かを笑顔にするために頑張ってる姿は、その人みたいに凄くキラキラと輝いて見えるんだ。君が思っている以上に、君は色んな人を笑顔にしてきていたんだよ。その証拠にさ、ほら」
 そういってニコルは扉の方を見ると、扉の方から騒がしい音が聞こえてくる。それから勢いよく扉が開け放たれた。
「歌音! ここにいるのか!? 無事か!? 無事なのか!?!?」
「歌音ー! 歌音ー!!」
 ドンッと開かれた扉から騒がしさ全開の正義のヒーロー隊たちがやって来てキョロキョロと辺りを見渡す。
「おー、なんだお前ら騒がしいな……って、うぉっ!?」
 騒がしくする正義のヒーロー隊にいつも通り笑ってやろうと口を開いた所で突進するように抱きつかれ、つい変な声が出てしまう。
「いきなり飛びついて来るなんて随分過激な……ってケ……メグミ!?」
 正義のヒーロー隊が飛びついてきたのだと思っていた俺は予想外の人物に驚く。
 ケイは俺を抱きしめ、「ごめん」と言って涙を流した。
「ごめん、本当にごめんね。私、歌音の事、本当に大好きだよ」
「メグミ……」
 泣きじゃくるケイに声をかけようと口を開くと、言葉を発するよりも先に周りがざわめき出す。
「キャーっ!! これが生の告白ってやつ!?」
「見てるこっちがドキドキしちゃうー!!」
「俺も彼女欲しいー!!」
「お前ら……今良い所だっただろ! 空気読めよ!」
 あまりの外野のうるささにツッコミを入れると、ユーリが呆れたようにはぁ……と溜め息を吐いた。
「何なんだよもう……。歌音は元気そうだし正義のヒーロー隊はうるさいし……心配して損した」
「えっ、ユーリ、俺の事心配してくれたのか!?」
 ユーリの言葉に驚きながらユーリの顔を見ると、ユーリは「別に……」と言ってそっぽを向く。
「そりゃ心配するでしょ。正義のヒーロー隊の中にあんたもいなかったら……ほんのちょっとつまらなくなるじゃん。……友達だし」
「……!! 今何て言った!? 俺の事が何だって!?」
「う、うざっ! 今の絶対聞こえてたでしょ!! もう帰るっ!!」
 大袈裟に聞き返すとユーリは心底ウザそうに顔をしかめ、パタパタと飛び立っていってしまう。
 その様子を見ていたケイが涙を拭い、可笑しそうに笑った。
「素敵なお友達さんたちだね。皆、歌音の事を大事に思ってるんだよ」
「そっか……そうだったな」
 俺にはいつの間にかたくさんの人との関わりが出来ていたんだ。
 俺がケイを笑顔にしようと頑張った努力は……たくさんの人との縁に繋がってたんだな。

ーー屋台のおっちゃんサイド
「お願い! ボクを弟子にしてください!!」
 屋台の客足が少なくなるお昼時。俺の愛牛カルビちゃんのブラッシングをしていると、やけに必死そうなスズの声が聞こえてくる。
 何事かと思い声がした方を見ると、何やらスズに絡まれているニコルと目が合った。
「あぁ、ちょうど良い所に……。スズが俺の弟子になりたいってついてきて困ってるんだ。お兄さんからも何か言ってくれないかな」
 ニコルは困惑した様にチラリとスズを見る。
「ニコルって凄い人じゃん! 物凄い力持ってるのにいつも余裕そうで……ボクは力があるけどコントロールが出来てないというか、暴走しちゃったりする未熟者だからさ。今回の件でそれを痛感したんだ。それで、ニコルの弟子になればボクも余裕な大人になれるんじゃって思ってさ!」
 いつもの生意気さの無いスズがオレに熱弁をしてくる。
「なるほどな。まぁニコルって確かに凄いやつだし、スズが落ち着いてくれるんなら良いんじゃないか?」
(ニコルの元に着くことでスズのモンスターっぷりが減るならオレ的にはありがたいしな)
 オレの言葉を聞いたニコルは困った様子で「それは困る」と言った。
「実は……俺にも師匠がいて、俺もまだまだ修行の日々だから、君を弟子には出来ないんだ。ごめんね」
「へぇ、ニコルに師匠がいるのか。なんというか……ニコルに師匠って相当凄そうだな」
 ニコルが既に色々と凄いのにニコルに師匠とか、想像が出来ない。
「スズお前、ニコルの弟子になろうとしてんのかー? そりゃ高望みの欲張りってやつだろ! せめてオレにしとけよー?」
 ニコルの師匠について考えていると、どこからともなくやって来たカイが口を挟んでくる。
 カイの言葉に「えー」とスズは口を尖らせた。
「この高潔で高級で超可愛いボクがなんでカイなんかの弟子にならなくちゃいけないのさ! なるわけないでしょ!」
「なんだその言い草は! オレだって超クールで超カッコ良くて超イケメンだし! ま、オレには千百合ちゃんがいるから弟子になりたいって言われても却下するけどな!!」
 謎の言い合いを始めるスズとカイにニコルは苦笑いをし、「それじゃあ俺は帰るね」と言って去っていく。
「あっ、待ってよニコルー! ボク、絶対に諦めないからねー!!」
 そう言い残し、スズもニコルの後を追って走り去っていく。
「ニコルも大変だな」
「だなー」
 オレとカイは二人の去っていった方向を眺め、しみじみと呟くのだった。
「んじゃあおっちゃん、今日は千百合ちゃんに呼ばれてっから帰るわー」
「お? 今日は食っていかないのか?」
「オレだっていつも他所の売上に貢献してばっかじゃないんだぞ! ……まぁ、たまたま時間が無いだけなんだけどさ」
 フリフリと尻尾を振って去っていくカイを見送っていると、カイと入れ替わるように二人の客がやって来る。
「お、歌音とメグミか。今日は何頼むんーー」
「お兄さん、ホットチョコレートフラペチーノカフェオレモカミルク一つ」
 突然メグミの口から出た長いワードにオレはポカンとして聞き返す。
「うん……? 今何て……?」
 俺が聞き返すとメグミは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯き、「たい焼き一つ」と言い直した。
 その様子を見ていた歌音が可笑しそうに笑う。
「昨日メグミがさー、俺の友達……正義のヒーロー隊たちの事を素敵だって言っててな、どうやったらあんな風になれるかなって聞いてきたから、正義のヒーロー隊は屋台で奇妙な物注文するぞって教えてやったんだ!」
「あーなるほど、そういう事ね。はいよ、たい焼きとおまけのホットチョコレートミルクな」
 たい焼きと一緒にホットチョコレートミルクを差し出すと、メグミはぱぁっと顔を明るめながらたい焼きとホットチョコレートミルクを受け取った。
「はぁ……色々とツッコミどころがありすぎる……。とりあえずこれだけは言っておくけど、屋台はメニュー外の物を無茶振りする所じゃないんだけど……」
 呆れたようにぼやきながらユーリが屋台に寄ってくる。文句を言っていたユーリだったが、ユーリはメグミが持っているホットチョコレートミルクを見て「あー……」と悩ましげな声を出し、少し考えてから口を開いた。
「おっちゃん、俺もホットチョコレートミルクで」
「はいよ。お前ほんと甘い物好きだよな」
 ユーリにホットチョコレートミルクを渡すと、ぞろぞろといつもの騒がしい連中がやってくる。
「おっちゃん、オレは今非常に腹が減っている。至急正義のヒーロー焼きを頼む!」
「焼おにぎり!!」
「オレンジジュース一つ……!」
「おっ、歌音にメグミちゃんじゃん! もう来てたのかー!」
「おうよ、俺とメグミも今来たばかりだぞ!」
「二人が仲直りして本当に良かったぞ! やっぱ歌音とメグミちゃんは一緒じゃないと違和感あるしな!」
 楽しそうに会話をする歌音と正義のヒーロー隊のやり取りを見て、ふとメグミが表情を暗く落とす。
「あのさ、歌音。私、本当の事を話したいと思うんだ」
 唐突に呟かれたメグミの言葉に歌音は首を傾げる。
「え? 本当の事って?」
「うん、その……名前の事なんだけど……」
 メグミの返答に歌音は「あぁ」と呟き、今度はその場にいた全員が首を傾げた。
「俺は二人だけの秘密みたいで、それはそれで楽しかったけど……お前が話したくなったんなら話すのが良いと思うぞ!」
「うん、ありがとう」
 歌音の言葉にメグミはにこりと微笑み、皆の方に向き直る。
「実は私、皆に嘘ついてました。本当は私、メグミじゃなくてケイっていいます。男っぽい名前が嫌で、ずっとメグミって名乗ってたんだけど……」
 メグミ……ことケイが話し終えると皆がニコニコと優しい笑みを浮かべる。
「なんだ、そんな事か! 今実は歌音の恋人じゃないって言い出すんじゃないかってヒヤヒヤしたぞ!」
「んなっ! そんな訳ないだろ! 俺らはラブラブだからな!!」
「残念だったなユーリ。今度たい焼きおまけしてやるから元気出せって」
「ちょっと! おっちゃんはいつまで変な勘違い引っ張るつもり!? 違うってば!!」
「でもまぁ、メグミちゃん……じゃなかった、ケイが本当の事を教えてくれてくれて嬉しいぞ! なんというか、距離が縮まった気がする!」
「オレたちとも仲良くしてくれるー?」
「あのあのっ、ケイ先輩って呼んで良いですか……?」
「こらこら、いっぺんに喋るんじゃないよ! あと、ケイは俺のだから惚れるなよ?」
 一気に喋り出す皆を制止する歌音とその様子を楽しそうに見るケイの表情はとても晴れやかで、雨上がりに咲いた虹のようだなと、オレは心の中でそう思うのだった。

ーーユーリサイド
 人は誰かを愛するために生まれてくるんだって、そんな話を聞いた事がある。
 その言葉の意味を、俺は考えた事なんて無かった。
 ただ、今回とケイの二人の仲を……恋人という仲を身近に見た事で、俺はその言葉の意味を考えさせられていた。
(誰かを愛する……ね)
 正直、羨ましいと思う気持ちがあった。あんな風に人を愛して、愛されるということが眩しく見えた。
(俺は……俺が生まれた事に、愛はあったのだろうか?)
 人をただ殺戮する為に造られ、汚い欲と恐怖の目しかそこにはなかった。
(……って、何だろう……。最近少しずつ自分の事を思い出している気がする)
 自分自身の事を全て思い出してしまったら……俺はどうなってしまうのだろうか?
 俺の日常が壊れてしまうような、そんな気がする。
(怖い……な。俺は……自分は……)
「ユーリ」
 ふとれい兄の声が聞こえハッと我に返る。
「考え事?」
 れい兄は俺の顔を覗き込み、そっと優しく俺の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ユーリ。俺らの生まれがどうであれ、俺らが何者であっても、多分あいつらにとってそんなに重要な事じゃない。あいつらならきっと笑い飛ばしてくれるって、そう思わないか?」
 れい兄は優しい声音で俺に問いかける。
「うん、そう……そうだね。多分、その通りだ」
 れい兄の言葉を聞いたら段々と自分の悩みや不安がちっぽけなものに感じてくる。
「ふふっ、ありがとう。れい兄」
 俺はれい兄に笑顔を見せてお礼を言う。
 「どういたしまして」と言ってれい兄も俺に笑顔を返してくれるのだった。
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