非凡人間の日常

おしゅれい

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偉大なる賢者の願い3

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 レクリエの口から放たれた言葉を聞いた瞬間、俺は背筋に冷たいものが伝う様な感覚を覚える。
「僕の身体は霊体で刃を持つことができない。だからこれは、ニコルにしかできない事なんだ」
「…………」
 返事ができずにいると、レクリエが不思議そうに首を傾げる。
「迷っているの? どうして?」
 それからじっと俺の顔を見つめると、レクリエは「まさか」と呟き言った。
「もしかして、情が湧いちゃった?」
 レクリエの言葉に息が詰まるのを感じる。
 全くもってその通りだ。こんな事はあってはならないのは分かっている。だけど、俺は声を出すことができなかった。
 レクリエはしばらくの間じっと俺の様子を見て、「そっか」と言って目を伏せた。
「君に一日、考える時間をあげるよ。よく考えて。君が今ここにいる理由を。そして、何をすべきかを。もし君が自分の役目を捨てる決断をしたとしても、僕は自分で二人を殺す方法を探す。その時は僕と君は対立することになるだろう」
 とても冷たい言葉と眼差しを俺に向けた後、レクリエはもう一度ふわりと笑う。
「僕は君を信じているよ。それじゃあまた明日この場所で、ね」
 そう言い残しレクリエの形を形成していた光は分散し、郵便屋の店長の体へと戻っていく。すると、倒れたままずっと眠っていた郵便屋の店長がぱちりと目を覚ました。
「んあ……ふわぁ……ここどこ……っ!? あれっ、僕ってばこんな外で寝ちゃってたの!? やだー! ニコルも起こしてよー!!」
「あはは……ずいぶんと心地良さそうに寝ていたから起こすのも可哀想かなって思ってたんだ」
「あー! もうこんな時間! 大変だ、ユーリが来ちゃう! 急がなきゃ~!!」
 郵便屋の店長は腕時計を見るなり慌ただしく去っていく。
(ユーリ、それにレイヴァン、か……)
 俺の脳裏に二人の姿が浮かぶ。
(俺は二人を……)
 不意に近くの茂みがガサガサと音を立てる。音がした方を見た瞬間、一匹の猫が俺の足元に飛び込んできて、俺の目の前で少年の姿に変わった。
「ニコルっ!! 会いたかった……!!」
 あまりの突然の出来事にぽかんとしていると、少年は慌てたように自己紹介をした。
「あぁ、えっと、おれはミケポチだよ! レクリエの飼い猫のミケポチ!」
 少年の口から出た懐かしい名前に俺は目を丸くする。
「とても懐かしいオーラだと思ったら、ミケポチ……? そっか、人間の姿を手に入れたんだね。まさか今の時代でミケポチと再会できるなんて思ってもいなかったな……君はずっと生きていたの?」
 俺の質問にミケポチは人懐っこい笑みを浮かべ答える。
「うん、おれは化け猫になったんだ。化け猫は長命だから、ずっと生きてたよ。ニコルもレクリエもいなくなってずっと寂しかった。でも……また二人の姿が見れて本当に良かった」
「二人……?」
 咄嗟に聞き返すとミケポチは少し気まずそうな表情をした。
「えっと……実はさっきの会話、見てたんだ。覗き見するつもりじゃなかったんだけど、懐かしい声が聞こえて嬉しくて……」
「ミケポチはレクリエの姿が見えるの?」
「うん、見えるよ。おれもレクリエの傍にずっといたからかな? レクリエは本当に変わらない人だったね。凄く懐かしくなっちゃった……えへへ……」
 ミケポチはひきつった笑みを俺に見せた後、しょんぼりと耳を垂らす。
「ううん、ごめん。今はそんな事言ってられないよね。おれ、ユーリとレイヴァンに会ったんだ。そんなにしっかりと話をした訳ではないんだけど……二人とも凄く優しい人だっていうのが伝わってきた。それに、二人には友だちもいた。普通の人と同じような生活をして、友だちと話をして笑って、怒って……二人はそんな人間味のある人だった」
 言葉を続けるミケポチの声は少し震えている。
「おれ、ニコルたちの追ってる兵器っていうのは無感情に人を殺戮する恐ろしいものだと思ってた。なのにあんな……あんなの見たら……危険だからって簡単に殺せるものじゃないよ」
 ミケポチはまるで俺の心の中を映し出したかのような不安そうな表情をする。
「レクリエの言っている事はいつも正しい。レクリエは間違った事は言っていないんだ。ユーリとレイヴァンを守ろうとすればニコルとレクリエは対立してしまう。でもニコルは……レクリエの事もあの二人の事も好きなんだよね?」
 ミケポチの問いかけに俺はようやく頷く。
「うん……うん、そうなんだ。本当にその通りで困っちゃうんだ」
「あのね、ニコル」
 やっと外に出すことができた俺の弱音を、まるで包み込むような優しい声音でミケポチは言った。
「ニコルがどんな決断をしても、おれはニコルを責めないよ。ニコルについていく。だから……ニコルの重荷を半分こしよう? ニコルは独りぼっちじゃない、大丈夫だよ。おれは、ニコルの事が大好きだから」
 ミケポチの優しい言葉に、俺は泣きそうな気持ちになる。それでもぐっと涙をこらえ、そっとミケポチの頭を撫でながら笑ってみせた。
「ありがとう。君は昔からずっと優しいままだ。君とまた出会えて良かった。本当に、そう思うよ」
 そう言ってミケポチの頭を撫でると、ミケポチはせきを切ったかのように泣き出した。
 それは、泣くことができない俺の代わりに泣いてくれているかのようだった。

ーーユーリサイド
 屋台を去った後、俺はニコルの様子が気になり探していた。
(ニコルがあんな顔をするなんてほんと……相当な悩み事なんだろうな)
 俺が聞いた所で何かしてあげられるレベルではない悩み事かもしれない。それでも一人で悩み事を抱えるのはとても心細いだろうから、せめて声をかけて聞くことぐらいはしてあげたい。
(余計なお世話かな? そもそも俺が原因だったり……? 魔法が使えないニコルに得意気に魔法を見せびらかしちゃったからとか……肉まんを食べてるニコルを前に俺はたい焼きの方が好きとか言っちゃったから……!?)
 ひとりでに考え、慌てていると不意に声が聞こえてくる。
「ユーリ? こんな所でどうしたの?」
 声がした方を見ると、ニコルが不思議そうな顔をして俺を見ていた。
(えっ、あっ……どうしよう、ニコルが心配でわざわざ探してたなんて言ったらドン引きしちゃうかな……。何て言おう……)
 あれこれ言い訳を考えるも瞬時に上手い言い訳が思い浮かばなかったので俺は素直に話す。
「さっきニコルを見かけたんだけどさ、ニコル、凄く思い詰めたような顔をしてたから心配で探してたんだ。今も顔色あんまり良くないよ。悩み事?」
 俺が尋ねるとニコルは少し黙った後に「そっか……」と呟いた。
「流石に分かっちゃうか……心配かけちゃったかな? ごめんね。気にかけてくれてありがとう」
 力無く微笑むニコルに俺は気になっていたことを聞く。
「もしかして俺のせいだったりする?」
「えっ……?」
 俺の問いかけにニコルは驚いた様に目を開く。
「この間、ニコルに魔法を見せたじゃん? ニコルは頑張って練習しても使えないのに軽率に見せびらかしちゃったからさ。俺、ニコルは完璧な人だと勝手に思ってたから、ニコルにもできないことあるんだって、ちょっと嬉しくなっちゃって……ごめん」
 引っかかってた事を謝りニコルにぺこりとお辞儀をすると、ニコルは「違うよ」と首を振った。
「違うんだ。ユーリ……君は何も悪くない……悪くないんだ」
 そう呟いてニコルは俺に質問をする。
「ユーリは大好きな人と意見が割れた時、どうする?」
「大好きな人と意見が割れた時?」
 ニコルの質問に俺はうーん……と考え、想像する。
(もしれい兄が屋台は肉まん一択だと主張してきたら俺はどうするかな……)
「まずは自分の意見を言うかな。それから自分の気持ちをしっかり伝えて、相手に理解してもらえるように頑張ってみる。それでも意見が衝突するなら、そしたらその時は全力で喧嘩するな。喧嘩するのも大事って言うしね」
「自分の気持ち……か」
「ていうか、ニコルをこんなに悩ませるなんて俺も許せないよ! もし会ったら俺が怒ってあげる! あ、でもニコルを悩ませるほどの人って事は逆に怒られちゃうかも……?」
「どうして……」
 俺の様子を見ていたニコルは困惑したような顔をする。
「どうしてユーリはそんな事を言えるの? 俺は……ユーリが思うほど完璧な人間じゃないし、信頼されるべき人間じゃない」
 ニコルの言葉に俺ははっきりと答える。
「何でってそりゃ、ニコルは俺の大切な友だちだからだよ。ニコルがいて、うるさいあいつらがいて、それが俺にとっての日常なの! ニコルについてさ、詳しくは知らないけど、俺は友だちとしてニコルが悩んでたら心配になるし、ニコルが笑ってたら嬉しいんだ。……それに、ニコルがいないとあいつらもっと収拾つかなくなるし……その、えっと……」
 恥ずかしげもなくはっきりと言った後にだんだんと恥ずかしくなってきて口ごもっていると、ニコルはふっと可笑しそうに笑った。
「そうだね、ユーリ。俺たちは友だちだ。ありがとう」
「……? どういたしまして……?」
 もう一度しっかりと見たニコルの顔はどこかすっきりとした晴れやかな笑顔に変わっていた。

ーー屋台のおっちゃんサイド
 学生たちは元気に学校へ行き、大人たちは働きに出て客足が途絶える朝の時間。
 オレは暖かな日差しに感謝しながらカルビちゃんにエサの牛肉を与えていた。
「おーよしよし。カルビちゃん今日も元気に肉食って偉……」
 カルビちゃんに牛肉を与えながらオレはふとあることに気がつく。
「カルビちゃんに牛肉って……これは共食いってやつでは!? 教育上よろしくないのでは!? オレは……オレはなんてことしてしまったんだー!?」
「おっちゃん何してんのー?」
 衝撃を受けて頭を抱えていると、唐突に声をかけられオレはびくんと肩を震わせる。
「ヘイらっしゃいっ! って、お前ら!?」
 客の方を振り返ると正義のヒーロー隊とその他の学生たちがぞろぞろとやって来ていた。
 こんな時間帯にまさか客が来るとは思ってもいなかったオレは慌てて散らけていた物を片付ける。
「なんだお前ら学校は?」
「なんかインフルレンサが流行ってるから休校になった」
「いやお前ら家で大人しく休んでろよ……」
「オレらが家で大人しくできると思う?」
「そりゃ無理だな」
 正義のヒーロー隊が家で大人しくしているなんて日が来たらきっと空から大雨どころか槍でも降ってくるのではないのだろうか。
「てかケイ、お前まで来てたのかよ……お前優等生だろう」
「うん、歌音は今仕事中だから、私一人だと歌音に会いたくて寂しくなっちゃうから皆についてきたの」
「お前ら今日も仲良しだな……」
 正義のヒーロー隊一行は各々好きな食べ物を注文し、オレから受け取った物を食べ始める。
「なーおっちゃん、レクリエムの予言って知ってる? 今週辺りに世界が終わる~ってやつ!」
 正義のヒーロー焼きをもぐもぐと食べながらしーちきんが俺に聞いてくる。
「あーなんかカイが言ってたな。オレはそういうのはハナから信じないけどな」
「俺も全然そういうのは信じないんだけど……でもあんまりにも世間が騒いでるから俺、段々と怖くなってきちゃって……」
 オレンジジュースを飲んでいたミカサがおずおずと口を開く。
「今そんなに話題になってんのか? 知らなかったなぁ」
「おっちゃんそれは疎すぎるというか……もはや才能だにょ」
「そんなにか……」
「大丈夫だよおっちゃん。実はオレも知らなくてミカサに教えてもらったんだよね」
 なぜかショウマが得意気に言う。
「ミカサがけっこう怖がってるもんだから、それじゃあ今週末くらいに歌音と弥生とオレッドも誘って、白い桜にお願いしに行こうか~なんて言ってたんだ!」
「白い桜?」
 とろろの口から出た聞き慣れないワードにオレはつあ聞き返す。
 するとショウマが目をキラキラと輝かせながら説明をしだした。
「さっき正義のヒーロー隊が教えてくれた『白い桜の伝説』に出てくる白い桜なんだけど……これが凄くカッコいい話なんだ!」
 そう言ってショウマは嬉々として語る。
「その昔、二つの大きな国が大きな戦争を起こしたんだって。二つの国の間にはどちらの国にも属さない小さな町があって、いつ巻き込まれてもおかしくない状況だった。でもその町は戦争が終わるまで無傷だったんだって。その町には変わった白い桜の木があって、その桜の木が護ってくれてたんだっていうそんな話! 戦争が終わった後に白い桜の木は燃えちゃって、それ以降咲かなくなっちゃったらしいんだ」
「へぇ、そんな話があるんだな」
 ショウマの話に感嘆の息を漏らすと、とろろがうんうんと頷きながら言葉を続ける。
「それでさ、皆でその時のお礼と、これからの事も護ってくださいってお願いしに行こうって言ってたんだ! 皆でお願いしたら、もしかしたら花を咲かせてくれるかもしれないって思ってさ! おっちゃんも来る?」
「オレは屋台があるからな、お前らだけで行ってこい」
 オレが答えるととろろは「そっかー」と呟いて少し残念そうな顔をした。
「ま、そーいう訳でおっちゃん。今週末は俺ら屋台来れないけど、寂しくなって泣くんじゃないぞー?」
 ニヤニヤと笑うとうがらしにオレもハハハと笑い返す。
「泣かねーよ! ま、退屈にはなるがな!」
 各々注文した物を食べ終えた正義のヒーロー隊たちはしばらく駄弁った後、元気よく手を振り去っていく。
 その背中を見送りながらオレは先ほどの会話を思い出す。
(レクリエムの予言に白い桜の伝説、ねぇ)
 こうして屋台をやっているとまだまだオレの知らない話がたくさんあるもんなんだなと常々感じるものだ。特に正義のヒーロー隊の周辺は新たな発見に溢れていて本当に面白い。
「週末はあいつら来ないのかぁ~、ちょっと寂しいな。あいつら何気に皆勤賞だったからなぁ~。なぁ、カルビちゃん」
 そんな事を呟きながらオレは再びカルビちゃんの手入れに勤しむのだった。
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