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昭和20年8月9日ソ満国境から令和X年靖国神社に飛ばされた関東軍兵士の件
砲撃は止んだのか?耳鳴りがしている。圧倒的な火力の差を思い知らせされた。凄まじい轟音と地響き振動。身動きする事すらできなかった。
まだ俺は生きているのか。自分の左手を目の前にかざし開いたり閉じたりする。指の震えが止まらない。
今どうなってるんだ?砲撃が止んだのなら…
蛸壺から頭をそっと出す。前方数百メートル先には予想した通りの光景。結局、助からないって事か。
辺りを見回す。陣地は完全に掘り返されていた。山砲が配置されていた方に目を向ける。何もなかった。完全に吹き飛ばされている。
「小銃分隊!」
思い付くまま初年兵達の名前を大声で並べ立てる。
沈黙。
返事が聞こえないのは耳鳴りのせいか?それとも…
全滅か…
みんな死んだのか。部下の初年兵達の顔が次々浮かぶ。まだ二十歳で精気の塊のようだった寺田、逆に疲れきった二国の四十男の小原、銀座の出版社に勤めていたというだけあって垢抜けた雰囲気の小泉…
上の方で何かが動くのが目に入った。蛸壺から一人這い出て来るとこちらに走ってくる。あの辺は確か…
「軽機分隊の本田二等兵であります!」
敬礼するのを軽機もろとも蛸壺に引きずり込む。
「俺は小銃分隊長の佐治だ」
相手の顔は引き攣っている。あの砲撃の後では無理もない。俺もそうなっているのだろうか?若いと言うより幼い顔。
こいつも初年兵か。最近入隊したばかりで貧乏くじを引かされたのはこいつらって事か。俺も特幹志願しときゃ教育の為後方に異動してこんな目に遇わなくてすんだのに。職業軍人になりたくないなんて内務掛の伍長に言えるはずもなく厳しく詰問され我を通したがあれは間違いだった。
まさかこんな早くソ連軍が動くとは思っていなかった。
いや何日か前に兵器受領に行った擲弾筒分隊長が言ってた事を思い出す。兵站部は後退の準備中だった、それもどさくさに紛れ物資を横領して。どうもこうなる事を予測してた節があると。関東軍上層部も逃げたという噂だ。
糞どもが!
猛烈に腹が立つ。ロスケよりもそいつらを殺したい。
「地方では何をやっていた?」
別に興味があるわけでもなく残された僅かな最期の時間に話す事でもないが…
「自分は満蒙開拓義勇団であります」
そうか。大陸勇飛とか威勢の良い言葉で喧伝されていたが目の前の少年の印象は…
食いつめた小作農が多いと聞いた事があるが彼もその一人なのか?
ま、こいつはこうなる運命だったって事だ。満蒙開拓義勇団員として死ぬか大日本帝国陸軍二等兵として死ぬか、そこが違うだけ。
俺は?
三高を出て京都帝大から満鉄。結婚して子供が出来て順風満帆だったのに赤紙。
考えても仕方ない事だが…
蛸壺は二人入ると窮屈だった。本田二等兵の目が怯えている。敵が目の前にいるから、それだけが理由じゃない。神様五年兵と一つ穴の中に居るんだからな。ひょっとしたらこいつ敵よりも俺の方が怖いのかも知れない。
俺が初年兵いじめをしない稀有な古兵だって事こいつは知らない。もうすぐ死ぬって時でも古兵が怖いのか?そうだろうな。
二人とも喉を枯らしたが誰も返事をしなかった。小銃分隊、擲弾筒分隊、軽機分隊、重機分隊、肉攻班…1個中隊全滅か。
前方に目を向ける。十輌以上の戦車がこちらに進んで来る。それぞれ1個小隊程度の歩兵がついている。
第二波攻撃。最初は意外とこちらの反撃が激しく後退し砲兵が制圧してから仕切り直し。最初からそうすりゃ良かったのに、こちらを舐めていたのか、向こうの指揮官が無能なのか?
なんにしろこれで終わり。鶏を裂くに牛刀って奴だ。
こっちは二人、小銃が1挺と手榴弾2発、実包は…手探りで確かめる。前弾入れに30発、銃に5発。小銃分隊には一人30発しか渡らなかったが、俺の射撃の腕を知っている軽機分隊長が特別に90発分けてくれた。ほとんど覚えていないがあの猛烈な砲撃が始まる前にそんなに撃っていたのか。何人かは確実に殺しているが正に蟷螂のなんとやら…
あの軽機分隊長も死んだのか。間特演の古兵。徴発先での話を自慢気に話してたな。クーニャンを何人やったとか、妊婦の腹割いたとか。地方にいた時は腕の良い大工でまだ幼い子供が二人居るとか…
今そんな事はどうでも良い。
「弾は何発ある?」
「30発であります!」
本田二等兵の声が耳に刺さる。弾倉一つか。ま、幾つあっても結果は変わらない。
「着剣しろ!」
最期は突撃だ。ロスケの捕虜になるつもりはない。
戦車と歩兵の集団との距離はもう300メートルを切っているだろう。俺の4秒時限5発命中圏に入った。
ふと、このまま蛸壺の底に隠れていたら見過ごしてもらえるのではないかと思った。
いや、そんなに甘くはないだろう。一人だったら見つかるかどうか賭けに出たかも知れないが初年兵の見てる前でそんな事はできないし。
それに、このままやられっぱなしで終わるのは腹が立つ。何人か道連れにしてやる。
銃の照尺を起こし300にする。何故か指の震えは完全に止まっている。
「お前はまだ撃つな」
本田二等兵に命令すると据銃姿勢に入る。
おそらくこいつの腕ではこの距離じゃ無駄弾になるだけだ。
先頭の戦車の前を歩いてる歩兵を狙う。ゴリラのような大男。さっきも思ったが手に持っている銃についている丸い物は弾倉か?
息を止め引き金を絞る。
敵が目に見えない紐で引っ張られたように後ろに倒れる。命中。体が勝手に動き薬莢を弾き出し連射、他の歩兵が戦車の陰に隠れる前に3人倒していた。
2発外したか。相手は動いてる人間だ。訓練のようにはいかない。
これも体が勝手に動き再装填。残り30発か。横に目をやる。軽機を構え緊張しきった本田二等兵の顔を見て思う。こいつの軽機の弾も俺が使った方が良いのかも知れない。
そこまで生きていられるかどうか?
迷っていると戦車が止まり砲塔のハッチが開き双眼鏡を持った乗員が姿を現した。
敵ながら勇敢な奴だ。安全な戦車の中に隠れてりゃいいのに。
だがそれが命取り。
俺の方に双眼鏡が向けられた。糞、見つかったか?引き金を絞る。
弾は双眼鏡のレンズを貫通しその後ろの頭を吹き飛ばした。
砲塔が動き砲身が持ち上がりまともにこちらに向けられる。あいつが死ぬ前に砲手に俺の位置を教えたのか単なる偶然か?
蛸壺に潜る気にもならなかった。もうどうでも良い。少し遅いか早いかの違いだけだし戦車に踏み潰されて死ぬより榴弾で吹き飛ばされる方がマシだ。
戦車の前に黄色い閃光が閃く。
衝撃。
うるさい。
なんだこの音は?
頭がぼんやりしていて考えがまとまらない。
そうだ、これは蝉の鳴き声だ。
「上等兵殿」
傍らに軽機を持った本田二等兵がいた。怯えた目。
「手を貸せ」
本田二等兵が弾かれたように動く。軽機の二脚を開き地面にそっと置くと立ち上がるのを助けてくれた。流石開拓農民、意外に力強かった。
少しめまいがするが大丈夫のようだ。
一体何が起きてる?
俺達は死んだのか?
ここはあの世なのか?
辺りを見回す。目に入るのは大勢の人々と日の丸の旗、そして…
ここはまさか
「めっちゃリアルですね!」
耳障りな声が鼓膜に突き刺さる。
ふやけた笑みを浮かべた白い服を着た男。何故笑う?猛烈に腹が立つが…
この服は海軍の制服?海兵に進んだ中学の先輩が夏期休暇で帰省した時着ていた。二種軍装とか言ってたか?
何故海軍が?いや横にいるのは陸軍少尉じゃないか。その横には俺と同じ上等兵。後ろには飛行服を着てる奴がいる。ここはやはりあの世なのか?あの世でも上官には敬礼しなくてはいけないのか?
「ここはどこ…なんですか?」
やはり敬語を使ってしまった。
「え?」
海軍士官が口をポカンと開けまるでバカのように見えた。
そういえばこの男何故あんなに太ってるんだ?腹がはち切れそうに膨らんでいる。海軍は食いもんに困ってないのか?猛烈な空腹感を覚えた。昨夜乾麺包を一袋食べたきりだから当然だ。
デブの海軍士官の浮かべている奇妙な笑みが不愉快で苛立ちがつのる。
「ここはどこだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
海軍士官の顔から笑みが消え一歩身を引く。
「どこって…」
周りの雑多な軍服集団全員同じ表情になっていた。
怯えている。
「マジでヤバい奴じゃね?」
飛行服の男が呟く。こいつもそうだが日本語を話しているのに何かがおかしい。違和感がある。
「…ここ靖国神社だけど」
陸軍少尉の言葉に愕然とする。
そうか、やはり、そうか。
特幹志願の件と同じく口が裂けても言えない事だが俺は死んだら靖国ではなく年老いた親と妻と幼い娘のいる京都の家に帰りたかった。
「そうか俺は死んだのか」
口に出して言ってみる。現実味がない。これは全て夢なのだろうか?
「え、何言ってんの?」
デブの海軍士官は完全に逃げ腰だが…
この男、そして周りの連中もみんな戦死者?いや周りには軍服以外の奴も沢山いる。
何人かがこちらに何かを向けている。よく見ると手のひらより少し大きな長方形の…
「勝手にとるのやめて下さい」
飛行服の男が訳の分からない事を叫ぶ。
いや訳が分からない事だらけだ。あの陸軍少尉どう見ても70位だろう。あんなジジイの少尉がいるはずない。
「お、めっちゃ気合い入ってるやん」
新たに近づいてきた声の主は陸軍二等兵。上官にそんな口の聞き方をする二等兵がいるはずない。やはり、これは夢か?それにしてもあの緩みきった巻脚絆はなんだ?銃の持ち方もまるでなってない。99式短小銃が綺麗過ぎるのも気になる。手入れがどうのじゃなくまるで工場から出てきたばかりの新品みたいだ。
「その99、ケーティーダブリュの?それともエスアンドティーの?」
地面に置いてある本田二等兵の軽機を指差し早口でアルファベットを並べ立てる。
「軽機に着剣するのって弾道を安定させる為なんすよね?」
何を言ってるんだ、こいつは?言ってる事の意味も分からないし、こいつの日本語にも違和感。
「この99めっちゃリアルっすね。てか、この銃剣本物?ヤバいって」
意味が分からない事を早口で並べながら俺の銃に手を伸ばす。
「これタナカのじゃなくて無可動実銃っすね。やっぱホンモンは違いますね。でもホンモンの銃剣はヤバいっすよ。あちっ!」
相変わらず訳の分からない事を言いながら銃身に触れて叫び声を上げる。さっき5発連射したばかりだから当然だ。
「え?マジで意味分からん」
やけどした指を口に咥え首を傾げている。
それはこっちのセリフだ。
さっきから意味が分からない事だらけ。そして日本語のはずなのに拭えない違和感。
気分が悪い。気持ち悪い。
ムカムカして込み上げて来る物を感じ…
吐いた。
ほとんど胃液しか出なかった。
「きったねぇ!マジあり得ん!」
二等兵の新品99式に俺の嘔吐物がかかったらしい。金切り声で違和感のある日本語を並べ立てている。
それを聞いていると猛烈な怒りが沸き上がってきた。
訳の分からない状況。奇妙な日本語。
海軍士官達に目をやると互いになにやら目配せしあっている。逃げたいが俺がどう反応するか分からないので逃げるのも怖い。そんな風に見えた。
情けない。そんな軍人がいるはずない。
そいつらの背後の足元に日の丸の小旗が乱雑に散らばっているのが見えた時頭の中で何かが切れた。
ここは靖国神社でもあの世でもない。
「本田、銃を持て!」
放心状態で立ち尽くしていたが命令一下指示に従う。
「装填!安全子外せ!」
金属音が響く。
「え?」
二等兵が目を丸くする。
「ちょマジでヤバい人らかよ」
奇妙な日本語で吐き捨て逃げようとするが腹に銃剣を突き刺す。蹴って銃剣を抜く。
「痛ってぇ!」
腹を押さえ倒れ込みのたうち回る。
海軍士官達がまるで女のような悲鳴を上げ逃げ出す。
「撃て本田!」
軽機の轟音が響き海軍士官が倒れる。純白の制服が真っ赤に染まっている。
飛行服の男の背中に照準をつけながら、先ほどからの違和感の理由が突然はっきりした。
そうか、そういう事か。
「こいつら日本人じゃない!」
まだ俺は生きているのか。自分の左手を目の前にかざし開いたり閉じたりする。指の震えが止まらない。
今どうなってるんだ?砲撃が止んだのなら…
蛸壺から頭をそっと出す。前方数百メートル先には予想した通りの光景。結局、助からないって事か。
辺りを見回す。陣地は完全に掘り返されていた。山砲が配置されていた方に目を向ける。何もなかった。完全に吹き飛ばされている。
「小銃分隊!」
思い付くまま初年兵達の名前を大声で並べ立てる。
沈黙。
返事が聞こえないのは耳鳴りのせいか?それとも…
全滅か…
みんな死んだのか。部下の初年兵達の顔が次々浮かぶ。まだ二十歳で精気の塊のようだった寺田、逆に疲れきった二国の四十男の小原、銀座の出版社に勤めていたというだけあって垢抜けた雰囲気の小泉…
上の方で何かが動くのが目に入った。蛸壺から一人這い出て来るとこちらに走ってくる。あの辺は確か…
「軽機分隊の本田二等兵であります!」
敬礼するのを軽機もろとも蛸壺に引きずり込む。
「俺は小銃分隊長の佐治だ」
相手の顔は引き攣っている。あの砲撃の後では無理もない。俺もそうなっているのだろうか?若いと言うより幼い顔。
こいつも初年兵か。最近入隊したばかりで貧乏くじを引かされたのはこいつらって事か。俺も特幹志願しときゃ教育の為後方に異動してこんな目に遇わなくてすんだのに。職業軍人になりたくないなんて内務掛の伍長に言えるはずもなく厳しく詰問され我を通したがあれは間違いだった。
まさかこんな早くソ連軍が動くとは思っていなかった。
いや何日か前に兵器受領に行った擲弾筒分隊長が言ってた事を思い出す。兵站部は後退の準備中だった、それもどさくさに紛れ物資を横領して。どうもこうなる事を予測してた節があると。関東軍上層部も逃げたという噂だ。
糞どもが!
猛烈に腹が立つ。ロスケよりもそいつらを殺したい。
「地方では何をやっていた?」
別に興味があるわけでもなく残された僅かな最期の時間に話す事でもないが…
「自分は満蒙開拓義勇団であります」
そうか。大陸勇飛とか威勢の良い言葉で喧伝されていたが目の前の少年の印象は…
食いつめた小作農が多いと聞いた事があるが彼もその一人なのか?
ま、こいつはこうなる運命だったって事だ。満蒙開拓義勇団員として死ぬか大日本帝国陸軍二等兵として死ぬか、そこが違うだけ。
俺は?
三高を出て京都帝大から満鉄。結婚して子供が出来て順風満帆だったのに赤紙。
考えても仕方ない事だが…
蛸壺は二人入ると窮屈だった。本田二等兵の目が怯えている。敵が目の前にいるから、それだけが理由じゃない。神様五年兵と一つ穴の中に居るんだからな。ひょっとしたらこいつ敵よりも俺の方が怖いのかも知れない。
俺が初年兵いじめをしない稀有な古兵だって事こいつは知らない。もうすぐ死ぬって時でも古兵が怖いのか?そうだろうな。
二人とも喉を枯らしたが誰も返事をしなかった。小銃分隊、擲弾筒分隊、軽機分隊、重機分隊、肉攻班…1個中隊全滅か。
前方に目を向ける。十輌以上の戦車がこちらに進んで来る。それぞれ1個小隊程度の歩兵がついている。
第二波攻撃。最初は意外とこちらの反撃が激しく後退し砲兵が制圧してから仕切り直し。最初からそうすりゃ良かったのに、こちらを舐めていたのか、向こうの指揮官が無能なのか?
なんにしろこれで終わり。鶏を裂くに牛刀って奴だ。
こっちは二人、小銃が1挺と手榴弾2発、実包は…手探りで確かめる。前弾入れに30発、銃に5発。小銃分隊には一人30発しか渡らなかったが、俺の射撃の腕を知っている軽機分隊長が特別に90発分けてくれた。ほとんど覚えていないがあの猛烈な砲撃が始まる前にそんなに撃っていたのか。何人かは確実に殺しているが正に蟷螂のなんとやら…
あの軽機分隊長も死んだのか。間特演の古兵。徴発先での話を自慢気に話してたな。クーニャンを何人やったとか、妊婦の腹割いたとか。地方にいた時は腕の良い大工でまだ幼い子供が二人居るとか…
今そんな事はどうでも良い。
「弾は何発ある?」
「30発であります!」
本田二等兵の声が耳に刺さる。弾倉一つか。ま、幾つあっても結果は変わらない。
「着剣しろ!」
最期は突撃だ。ロスケの捕虜になるつもりはない。
戦車と歩兵の集団との距離はもう300メートルを切っているだろう。俺の4秒時限5発命中圏に入った。
ふと、このまま蛸壺の底に隠れていたら見過ごしてもらえるのではないかと思った。
いや、そんなに甘くはないだろう。一人だったら見つかるかどうか賭けに出たかも知れないが初年兵の見てる前でそんな事はできないし。
それに、このままやられっぱなしで終わるのは腹が立つ。何人か道連れにしてやる。
銃の照尺を起こし300にする。何故か指の震えは完全に止まっている。
「お前はまだ撃つな」
本田二等兵に命令すると据銃姿勢に入る。
おそらくこいつの腕ではこの距離じゃ無駄弾になるだけだ。
先頭の戦車の前を歩いてる歩兵を狙う。ゴリラのような大男。さっきも思ったが手に持っている銃についている丸い物は弾倉か?
息を止め引き金を絞る。
敵が目に見えない紐で引っ張られたように後ろに倒れる。命中。体が勝手に動き薬莢を弾き出し連射、他の歩兵が戦車の陰に隠れる前に3人倒していた。
2発外したか。相手は動いてる人間だ。訓練のようにはいかない。
これも体が勝手に動き再装填。残り30発か。横に目をやる。軽機を構え緊張しきった本田二等兵の顔を見て思う。こいつの軽機の弾も俺が使った方が良いのかも知れない。
そこまで生きていられるかどうか?
迷っていると戦車が止まり砲塔のハッチが開き双眼鏡を持った乗員が姿を現した。
敵ながら勇敢な奴だ。安全な戦車の中に隠れてりゃいいのに。
だがそれが命取り。
俺の方に双眼鏡が向けられた。糞、見つかったか?引き金を絞る。
弾は双眼鏡のレンズを貫通しその後ろの頭を吹き飛ばした。
砲塔が動き砲身が持ち上がりまともにこちらに向けられる。あいつが死ぬ前に砲手に俺の位置を教えたのか単なる偶然か?
蛸壺に潜る気にもならなかった。もうどうでも良い。少し遅いか早いかの違いだけだし戦車に踏み潰されて死ぬより榴弾で吹き飛ばされる方がマシだ。
戦車の前に黄色い閃光が閃く。
衝撃。
うるさい。
なんだこの音は?
頭がぼんやりしていて考えがまとまらない。
そうだ、これは蝉の鳴き声だ。
「上等兵殿」
傍らに軽機を持った本田二等兵がいた。怯えた目。
「手を貸せ」
本田二等兵が弾かれたように動く。軽機の二脚を開き地面にそっと置くと立ち上がるのを助けてくれた。流石開拓農民、意外に力強かった。
少しめまいがするが大丈夫のようだ。
一体何が起きてる?
俺達は死んだのか?
ここはあの世なのか?
辺りを見回す。目に入るのは大勢の人々と日の丸の旗、そして…
ここはまさか
「めっちゃリアルですね!」
耳障りな声が鼓膜に突き刺さる。
ふやけた笑みを浮かべた白い服を着た男。何故笑う?猛烈に腹が立つが…
この服は海軍の制服?海兵に進んだ中学の先輩が夏期休暇で帰省した時着ていた。二種軍装とか言ってたか?
何故海軍が?いや横にいるのは陸軍少尉じゃないか。その横には俺と同じ上等兵。後ろには飛行服を着てる奴がいる。ここはやはりあの世なのか?あの世でも上官には敬礼しなくてはいけないのか?
「ここはどこ…なんですか?」
やはり敬語を使ってしまった。
「え?」
海軍士官が口をポカンと開けまるでバカのように見えた。
そういえばこの男何故あんなに太ってるんだ?腹がはち切れそうに膨らんでいる。海軍は食いもんに困ってないのか?猛烈な空腹感を覚えた。昨夜乾麺包を一袋食べたきりだから当然だ。
デブの海軍士官の浮かべている奇妙な笑みが不愉快で苛立ちがつのる。
「ここはどこだ!」
思わず怒鳴ってしまった。
海軍士官の顔から笑みが消え一歩身を引く。
「どこって…」
周りの雑多な軍服集団全員同じ表情になっていた。
怯えている。
「マジでヤバい奴じゃね?」
飛行服の男が呟く。こいつもそうだが日本語を話しているのに何かがおかしい。違和感がある。
「…ここ靖国神社だけど」
陸軍少尉の言葉に愕然とする。
そうか、やはり、そうか。
特幹志願の件と同じく口が裂けても言えない事だが俺は死んだら靖国ではなく年老いた親と妻と幼い娘のいる京都の家に帰りたかった。
「そうか俺は死んだのか」
口に出して言ってみる。現実味がない。これは全て夢なのだろうか?
「え、何言ってんの?」
デブの海軍士官は完全に逃げ腰だが…
この男、そして周りの連中もみんな戦死者?いや周りには軍服以外の奴も沢山いる。
何人かがこちらに何かを向けている。よく見ると手のひらより少し大きな長方形の…
「勝手にとるのやめて下さい」
飛行服の男が訳の分からない事を叫ぶ。
いや訳が分からない事だらけだ。あの陸軍少尉どう見ても70位だろう。あんなジジイの少尉がいるはずない。
「お、めっちゃ気合い入ってるやん」
新たに近づいてきた声の主は陸軍二等兵。上官にそんな口の聞き方をする二等兵がいるはずない。やはり、これは夢か?それにしてもあの緩みきった巻脚絆はなんだ?銃の持ち方もまるでなってない。99式短小銃が綺麗過ぎるのも気になる。手入れがどうのじゃなくまるで工場から出てきたばかりの新品みたいだ。
「その99、ケーティーダブリュの?それともエスアンドティーの?」
地面に置いてある本田二等兵の軽機を指差し早口でアルファベットを並べ立てる。
「軽機に着剣するのって弾道を安定させる為なんすよね?」
何を言ってるんだ、こいつは?言ってる事の意味も分からないし、こいつの日本語にも違和感。
「この99めっちゃリアルっすね。てか、この銃剣本物?ヤバいって」
意味が分からない事を早口で並べながら俺の銃に手を伸ばす。
「これタナカのじゃなくて無可動実銃っすね。やっぱホンモンは違いますね。でもホンモンの銃剣はヤバいっすよ。あちっ!」
相変わらず訳の分からない事を言いながら銃身に触れて叫び声を上げる。さっき5発連射したばかりだから当然だ。
「え?マジで意味分からん」
やけどした指を口に咥え首を傾げている。
それはこっちのセリフだ。
さっきから意味が分からない事だらけ。そして日本語のはずなのに拭えない違和感。
気分が悪い。気持ち悪い。
ムカムカして込み上げて来る物を感じ…
吐いた。
ほとんど胃液しか出なかった。
「きったねぇ!マジあり得ん!」
二等兵の新品99式に俺の嘔吐物がかかったらしい。金切り声で違和感のある日本語を並べ立てている。
それを聞いていると猛烈な怒りが沸き上がってきた。
訳の分からない状況。奇妙な日本語。
海軍士官達に目をやると互いになにやら目配せしあっている。逃げたいが俺がどう反応するか分からないので逃げるのも怖い。そんな風に見えた。
情けない。そんな軍人がいるはずない。
そいつらの背後の足元に日の丸の小旗が乱雑に散らばっているのが見えた時頭の中で何かが切れた。
ここは靖国神社でもあの世でもない。
「本田、銃を持て!」
放心状態で立ち尽くしていたが命令一下指示に従う。
「装填!安全子外せ!」
金属音が響く。
「え?」
二等兵が目を丸くする。
「ちょマジでヤバい人らかよ」
奇妙な日本語で吐き捨て逃げようとするが腹に銃剣を突き刺す。蹴って銃剣を抜く。
「痛ってぇ!」
腹を押さえ倒れ込みのたうち回る。
海軍士官達がまるで女のような悲鳴を上げ逃げ出す。
「撃て本田!」
軽機の轟音が響き海軍士官が倒れる。純白の制服が真っ赤に染まっている。
飛行服の男の背中に照準をつけながら、先ほどからの違和感の理由が突然はっきりした。
そうか、そういう事か。
「こいつら日本人じゃない!」
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それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
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作家 蔵屋日唱