スレイブレスラー☆カケル

龍賀ツルギ

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カケルとジャック

トムの来訪

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話は少し遡り、カケルがジャックに会う前日。
カケルとマキが暮らすハウスの前でトレーニングをしているカケル。
カケルは上半身裸でハイソックスとトレーニング用スニーカーを履いている。

カケルが練習するトレーニング場所はカステロ島の海沿いに有る5棟が並ぶセーフハウスの一番右。
セーフハウスの入り口は海と反対側なのだが、ハウスの東にトレーニング器具が色々と用意してあった。

鉄棒、大小のバーベルがいくつか、リングと同じ固さのマット、平均台など。
カケルが常に身体を鍛えるトレーニングが出来る様に。

柔軟体操をしっかりと行い、鉄棒を使った懸垂、バーベルを使った筋力トレーニング、平均台を使った逆立ち訓練。
小休止で全身汗まみれでタオルで身体を拭うカケルにトム・バックランドが訪ねて来たのだ。

カケルはトレーニング器具が置かれている向きに置かれていた、セーフハウス軒下にあるベンチにトムを誘い並んで腰掛けた。

「教官。こんな所で申し訳有りません。
まだトレーニング中で、マキもミスクルエルのオフィスに所用で出掛けているものですから、お構いもできなくて。」

「いいさ。急に尋ねたのは私だ。
それよりも私はカケルに用があって来たのだ。」

「…?用事ですか。」

「ああ。まずは君に謝らなければいけない。」

「謝る…?」

「そうだ。私はフラミンゴプロレスの教官。教え子たちには平等に接しなければならない。
だが…私は…君とジャックの闘いでジャックを肩入れして応援してしまった…すまなかった、伊庭カケル。」

トムが立ち上がり頭を深々と下げた事で、かえってカケルは恐縮してしまう。

「おやめ下さい…教官。僕は気にしていません…」

狼狽するカケルにトムは苦笑。
トムからすればトレーナーは選手を差別すべきものではなく、自分自身が許せなかったのだ。

「もし君が私を許せなければ、私はカステロ島より去るつもりだ。」

するとカケルは真っ直ぐにトムの目を見ながら強い瞳でそれを拒絶した。

「教官。それはおやめ下さい。あなたはフラミンゴプロレスにとってかけがえのない人物なんです。
伊庭流古武術しか知らなかった僕にレスリング技術を教えてくれて、僕がレスラーとなれたのは、教官のおかげなのです。」

「…カケル。ありがとう。そう言ってもらって私は気持ちが救われたよ。
しかしカケルは私のジャックへの声援は聞こえなかったのかね?」

「…実は聞こえちゃいました…ショックだったのも事実です。
それでも僕は教官に感謝してますし、教官にはこれからもフラミンゴプロレスにいて頂きたいのです。
でも…ひとつ…教官に教えて頂きたいんですが、教官がジャックをそこまで気に掛ける理由はなぜなのですか?
差し支え無ければ教えて頂きたいのですが?」

トムは思わず苦笑。
トム自身、ジャックにだけ多く肩入れする理由が不思議なのだ。
ジャックはフラミンゴプロレス内でも孤立していて嫌われていると言ってもいい。

「そうだな。君は明日からジャックの主になるのだし、君には話した方がいいだろう。
私がジャックに肩入れする理由は…ジャックがもっとも純粋にレスリングを愛していると思えたから。
いやっ…もちろんカケル、君やミンジェ、デビーなど私が教えたレスラー達皆レスリングを愛していると思っている。
ただそれでも…ジャックは別格かもしれないんだ。」

「………なるほど。そうかもしれませんね。」

「うん?なんでカケルもそう思ってくれたんだい?」

「はい。それは僕はジャックにミゼラブルレスラーに堕とされて、ジャックの身近に数カ月いてジャックが練習する所を見てきましたから。
想像を絶するもの凄い練習量でした。
僕もジャックに勝つ為には、それ以上に練習するしかない!そう思ってジャックの目の届かない場所では常に練習だけをしていたのです。その意味では僕が前より強くなれたのはジャックのおかげかもしれない…」

カケルの言葉を聞きトムも頷く。
それに素直に相手の強さを認めるカケルにも感心した。
そしてトムは肩を撫で下ろす。
カケルはジャックを理不尽に痛めつけたりはしない。
この少年はそんな人間ではない。広い心も持っている。
そう思い安心したのだ。

「そう、あの子はみんなが見ていない所でいつも歯を食いしばる厳しいトレーニングを己に課してきた。
練習量ならナンバーワン…いやっロビン立華と双壁かな?
私はね、ジャックの事がどうしても気になって、彼の過去を探ってみたんだ。
詳しい事は分からないが、彼がアメリカから逃げた理由は分かったよ。」

カケルは黙ってトムの話を聞いている。

「ジャックはペンシルバニアの出身なんだ。多分顔立ちや元は赤毛だからアイルランド系だと思う。そこでジュニアハイスクール時代はペンシルバニアでも将来を嘱望されたレスリング選手だったんだ。それもオリンピックも狙えるほどの。」

「オリンピックを…ですか…」

驚きにカケルの大きな瞳がさらに大きく見開かれる。

「ペンシルバニアはアメリカで一番アマチュアレスリングが盛んな地域だからね。
ところがそんなジャックが15歳の時に大事件を起こしてしまったのだ。」

「…大事件?ですか?」

「人を殺めてしまったのだ。相手の手足を折り、首を絞め殺したそうだ。
なんでそんな酷い事をしたのか理由は謎だ。
よほどの怨恨があったのだろうが。
それからペンシルバニアを逃げ出して、おそらくどこかでカステロ島の話を聞いたのだと思う。ここは実質マフィアが支配する島で国レベルの法律が全く通じない場所だからね。
それでここに逃げて来た。おそらくだが。」

「そうだったんですか?」

「これは私自身の話を差し込むが許してくれ。
実は私もアマレス時代にオリンピックに出場したのだよ。」

「えっ…教官が?」

「そう。それから期待の新鋭としてプロデビュー。そして5年後にはベルトも巻いたよ。
そして好きな女性が出来て結婚。
幸せだった。愛する妻がいて…そして生きがいのレスリングでプロとして評価され経済的にも恵まれる。
でも…妻は…レスリング以外は何も知らず…ただ真面目だけの私はつまらない男だったらしい。女の喜ばせ方をよく知っているエリートビジネスマンなどと私が知らない間に浮気を始めていたのだ。」

カケルには何も言えない。
カケルは性的行為には豊富すぎる経験を持っているが、男女の心の機微や愛情が分からなかった。ただ教官のトムの深い哀しみは理解出来た。
トムはこんなに誠実な人柄なのに…つまらないなどと言う愚かすぎる理由で裏切る妻と言う存在が全く理解出来ず、また不快だった。

「20世紀の後半、まだ世の中が今ほど複雑では無かった時代。
男の価値は女性にモテる事などと言われた軽薄な時代があったらしい。妻はそのような考えの女性だったようだ。まあ…私に女性を見る目が無かったと言えばそれまでだが。
そんな妻がある男と浮気をした。男は寝た女の数を自慢するような軽薄なヤクザ者。
ある時、妻の不貞を目撃した私は愚かにも…」

「愚かにも…ですか?」

「うん…相手のヤクザを殺害してしまったのだ。
妻の浮気相手はヤクザ者で私に銃を向け、罵倒して辱めた。
私は激昂してヤクザ者の銃を弾き飛ばし…そこで止めておけば良かったが、ヤクザ者を殴り殺したのだ。
明確な殺意を持って。
そして私は過剰防衛の殺人の罪で服役。
もう13年以上も昔の話だよ。
一番ショックだったのは愛する妻に私が不利になる証言をされた事だったが。
妻にとっては私は誠実だけが取り柄のつまらない男で邪魔者だったのだ。
ましてや私は所属するプロレス団体のチャンピオン。当時は大スキャンダルだったよ。
そして服役を終えても、罪人の私に…レスリング界に私の居場所はどこにも無かった。
私は…何より…レスリングが大好きで…レスリングの事しか知らないのに!もうどうやって生きて行けば良いかも分からなかったよ。
カステロ島の事を知るまではね。『微笑』」

聞いているカケルの瞳から涙がこぼれる。
なんで世の中はこんなに理不尽なんだろう!
どうして大人の世界は不純で嘘ばかり付くのだろう!
僕は理不尽な世界が大嫌いだ!

カケルの瞳から涙が溢れているのを見て、トムは思わず謝罪する。
カケルを悲しませる為に話した訳じゃない!

「カケル。すまない。そんなつもりで話したのでは無かった…
許して欲しい。
カケル。これは君にお願いする筋ではない。君はジャックには本当に酷く痛めつけられた。
心も大いに傷つけられたのだろう。
だから君がジャックをどう扱おうとそれに口出しする権利はない。
ただ私はジャックがレスリングに対しては、いつもひたむきな姿に共感していた。昔の私にあまりに似ていたから。
それに私には子供はいないが、もし子供がいたらジャックみたいにレスリングをやってくれたのかな?などと考えてしまってね…
カケル。私は余計な事を話しすぎてしまったようだ。
今日はもう帰るよ。」

トムはカケルと握手をして帰っていく。
入れ違いにマキとエンジェル、そして今日は覆面レスラーゴールド事ナン・ミンジェも一緒。

マキ「カケル、トムが来てたの?
あれっ…目が赤いよ…
泣いたの?」

カケル「うん…まあね。でも何でもない。」

エンジェル「まさか…バックランドに何か言われたな!バックランド、許せねえ。ぶん殴ってやる!」

エンジェルが踵を返しトムの所に行こうとすると、カケルとミンジェが慌てて止める。

カケル「誤解だよ!エンジェル!」

ミンジェ「まずはカケルに話を聞いたからにしないと!
それにトムは元レスラーだし、エンジェルが殴っても効かないと思う!」

マキ「全くエンジェルは本当に気が短いんだから!」

エンジェル「俺はダチを傷つける奴は許せねえだけなんだよ!」

エンジェルが唇を尖らせると、カケルはマキ、ミンジェ、エンジェルを見回し、急にクスクスと笑い出した。
カケルが急に笑い出した事に3人は怪訝な顔。

カケル「ごめん…急に笑いだして…ただ僕は誠実な友に囲まれて…幸せなんだな…なんて思ってさ。」

☆同時にカケルはジャック・フォスターの事を考えていた。

ジャックも…きっと…❗️

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