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Order7. Judgement
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<ミレニアムパークアパート・ロビー>
アルフとの通話を終わらせたあとにグレイはコートのポケットに手を突っ込んだままガラス張りのドアを開け、悠々と中へ入っていく。アパートの管理人の訝し気な視線を受けつつも彼は管理人のいるカウンターに歩み寄った。
「あー、おっちゃん? 今からここ、危なくなると思うから出た方がいいと思うんだけど」
「……若い者に心配されるほど、儂はやわじゃないわい。それよりも――」
瞬間、グレイはその管理人の額に愛銃M686の銃口を突きつける。既に彼はカウンターの下に銃がある事、そして管理人がアルフ達の一味である事は把握していた。驚愕の表情を浮かべる管理人から目を離さずに、グレイは不敵な笑みを見せる。そして背後を振り向き、グレイに銃口を向けていた刺客の一人に向けてトリガーを2回引いた。その男は自分の存在がバレていた事に驚きを隠せないまま、血を流して死んでいく。
「あぁ。それも知ってる。"背後に気を付けろ"、だろ? 」
「お、お前は……! 」
そしてグレイは管理人が凶行に及ぶ前に右腕と右腿を撃ち抜き、カウンターから管理人を引きずり出した。M686からサイレンサー付きのHK45に交換し、管理人を盾にしながらゆっくりと階段へ進んでいく。直後幾つもの足音が聞こえ、グレイはHK45の銃口を音の聞こえた方向へ向けた。痛みに苦悶の声を上げる管理人を一瞥し、グレイはそのまま階段をゆっくりと上っていく。
「や、やめろ! 撃つ――」
管理人の必死の制止も虚しく、グレイは管理人の体を無理やり引き寄せて迫り来る銃弾の盾にした。無数の風穴が空いた管理人は悲鳴も上げる間もなく即死し、体を痙攣させつつ身体中から血を流す。階段を降りてきたアルフの護衛達の膝をHK45で撃ち抜き、
そしてロビーのエレベーターから現れた男たちにも.45ACP弾の嵐を浴びせた。1階の敵を全て排除したことを確認するとグレイは管理人の死体を投げ捨て、耳に着けていたスマートインカムを起動する。次にスライドが開ききったHK45の弾倉を入れ替え、心地良い装填音と共にグレイはスライドを引いて中の銃弾を確認した。
「ふぅっ、どうなるかと思ったぜ。カル、俺だ。今二階に上がってる最中」
『確認した。しかし無茶をする』
「ま、カチコミなんてこんなもんだ。これから五階に向かう」
了解、というカルの声と共にグレイは自動小銃で武装した増援がやって来た事をいち早く察知し、同時に現れた階段付近の部屋からの男に飛び掛かった。顎に飛び膝蹴りを叩き込み、地面に抑え込むとHK45の引き金を胸と頭目がけて引き絞る。止めを刺したあとに彼は背後の増援達から身を隠そうと、玄関にあったユニットバス付きのトイレへと駆けこんだ。
即座に7.62mm×39弾の暴風雨がトイレの壁を易々と貫き、グレイは急いで洗面台の鏡をHK45の台尻で割ってからバスタブの中へ身を隠す。コンクリートの粉やガラスの破片が周囲に飛び散る。嵐が止んだと同時にグレイはトイレの扉の傍へ体を寄せ、先ほど割った拳大の鏡の破片を手にした。その破片から増援の姿が反射して映し出され、彼は再び不敵な笑みを浮かべる。増援の数はおよそ4人。そして彼らは人数を過信したのか、全員余裕を持ってAK-47の弾倉を変えていた。
「基礎がなってねぇな、出直してこい」
顔を出さずにグレイはHK45の銃口のみをトイレの向こう側から出し、5回引き金を引く。野太い悲鳴と地面に倒れる轟音が響き渡ったと同時にグレイはトイレから姿を現し、4人の増援を全て地獄へ叩き込む。
「リロードはカバーしつつされつつ。覚えておきな……ってもう聞こえちゃいねぇか」
グレイは積みあがった4つの死体を踏み越え、その傍らに落ちていたAK-47を拾い上げると同時に死体を漁る。予備弾倉を3つほどかっぱらうとグレイはHK45を腰のホルスターに仕舞いこみ、AK-47の銃口を3階へ続く階段へと向けた。やけに静かな空間に不信感を抱きつつ、グレイはクリアリングと同時に階段を登っていく。直後左方から殺気を感じ取り、階段を一気に駆け上がるとグレイは殺気の方向へ銃口を向けた。しかし同時に向けていたAK-47の銃口は強い衝撃によって逸らされ、グレイの体はドアごと部屋の奥へと叩きつけられる。
「くそったれっ……! 」
揺れる視界を無理やり安定させつつ、グレイは立ち上がると再び何かに殴られたような衝撃が彼の両腕にのしかかった。彼の眼前に坊主頭の巨漢が既に拳を振り上げており、咄嗟に出した左肘に鈍痛を感じる。
『アールグレイ! 何があった! 』
カルの無線を無視し、グレイは巨漢の鼻筋目がけて手刀を叩き込む。しかし男は瞬きすることなくそれに耐えてみせ、スタームルガー SR9の銃口が至近距離でグレイに向いた。間一髪でその銃口をカランビットナイフで逸らし、グレイは巨漢との距離を取る。
「やはり……アールグレイ・ハウンド。やったのはお前か」
「なんだよ……ったく。なんで男ばっかに名前覚えられるかねぇ」
「胸と頭に必ず一発ずつ叩き込む射撃。そしてそのM686……それらが何よりの証拠だ」
口元から流れ出た血を親指で拭い、グレイはカランビットナイフを構えた。すると男も両手に構えていたSR9を仕舞い、刃渡りが15㎝以上あるサバイバルナイフを取り出す。思いもよらぬ男の行動にグレイは笑みを浮かべ、一気に距離を詰めた。
「いいねぇ! 俺、あんたみたいな男と一緒に仕事したかったよ! 」
「死の芳香にそう言われるとは、光栄だな……ッ! 」
まず最初に右斜めに振り下ろされたサバイバルナイフの刃を肉薄しグレイはカランビットナイフを男の右手首に突き刺そうとするも、それも手刀によって阻まれる。反撃として突き出されたサバイバルナイフを間一髪でかわし切ると、グレイはその左腕の肘に掌底を叩き込んだ。
ミシリ、という骨の軋む音が彼の耳に届くとグレイはそのまま左腕の付け根に向けてカランビットナイフを突出させる。
「がぁッ!! 」
だが男は折れた右腕を無理矢理動かし、グレイの刺突を中止させた。更にグレイはカランビットをその衝撃で落としてしまい、一気に状況は不利なものとなってしまう。やばい、という感情を抱いた瞬間にグレイの右上腕二頭筋がサバイバルナイフによって裂傷され、思わずグレイは距離を取った。
「へ、へへっ……ったく……こないだ右脇腹やったばかりだってのによぉ……」
とめどなく血が流れる右腕を抑え、グレイは部屋のテーブルに置いてあった雑誌をその場で丸めて逆手で構える。これでお互い片腕は使えない。そんな極限状態の中でも二人はなぜか笑みを浮かべており、そして衝突した。サバイバルナイフの刃がグレイの頬を掠ったかと思うと彼は男の脳天目掛けて丸めた雑誌を振り下ろす。紙とは思えない重い一撃に男は驚愕の表情を浮かべ、ふらふらと体を左右させた。
「まだ立ってやがる……いい加減諦めな」
グレイはよろめく巨漢の喉仏に左手の手刀を叩き込み、その場に座り込ませる。そして血まみれになった男の額にM686を突きつけ、いつものような不敵な笑みを浮かべた。
「……久々にいい戦いだった。名前聞いておくぜ」
「り、リチャード・ダミア……。リックと呼ばれている……」
「そうか。あばよリック。ゆっくり休みな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<ミレニアムパークアパート・5階>
幾つもの銃声が響く中でアルフは悠々と3本目のビールを飲み干す。たかが一人の刺客などこっちの護衛を以てすれば撃退することなど朝飯前だ。安心しきっていたアルフはFN ブローニング・ハイパワーを机の上に置き、4本目のビールを開ける。
だが、その時だった。急に部屋の照明が全て消え、辺りは暗闇に包まれた。急いでカーテンを開けつつアルフは部屋にいた護衛を傍に呼び寄せると、部屋のブレーカーが設置されている電気室まで向かう。そしてブレーカーを上げた瞬間に全ての電化製品や明かりが元通りに点く。――だが。
「……っ!? 」
「な、なんだ――」
見覚えのない血まみれの黒コートの男。男は手にしていたHK45で一瞬にして護衛二人を無力化、そして殺害し、アルフにゆっくりと詰め寄った。
「ま、まさか……?ぜ、全員殺してきたってのか……? 」
「ご名答。リックにゃ少し苦戦したがな」
憎たらしいほどの不敵な笑みと、突きつけられる回転式拳銃の銃口。銀に輝くその塊は、今まさにアルフに死を告げようとしている。アルフは少しずつ後ろへ後退しながらも隙を突こうと背中に隠し持っていたチーフスペシャル S&W M36に手を伸ばした。死の恐怖を感じつつ、アルフはM36の銃口を男――アールグレイ・ハウンドに向ける。しかし。
「ッ!? あぁぁぁぁぁぁぁッ!? 」
突如として右腕に走った激痛。そして瞬時に右手の感覚が無くなり、おそるおそるアルフは自身の腕に視線を落とした。あるはずの右腕が、赤黒い鮮血と共に消え失せている。そして床に落ちている右腕を拾い上げるも、傷口がグレイの足によって踏まれた。想像を絶する苦痛にアルフは絶叫し、涙を流す。
「いい仕事するじゃん、さすが銀の死神」
「ぎ、銀の……死神……? なぜ……? 」
「さぁな。お前が知ったところでどうせ死ぬんだ、関係ねぇよ」
アルフの死を告げる凶悪な笑み。感じたことのない恐怖が彼の背筋に忍び寄り、アルフは体を震わせる。
「お前……電話の時に来れるなら来てみろ、みたいな態度だったよな? あぁ、"来てやったぜ"」
「お、俺を殺したら……! 大規模な報復が来るぞ……! 」
「構わねぇよ。全員殺してやる」
彼の苦痛を更に強めるように、グレイの踏む足がギリギリと強まっていく。気を失いそうになるも、強制的に目の前のグレイがそれを阻んだ。さらに右腕に走る痛みが、目の前の事実を決定づけていく。
「お前は、俺の大切なものをいくつも壊した。車、それに新入りまでにも手を出したしな。お前はケンカを売る相手を間違えたんだ」
ゆっくりと、アルフにM686の銃口が向けられる。自嘲気味にアルフは笑うと、そこから既にもう意識はなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<ミレニアムパークアパート・エントランス>
「おう、お前ら。片つけてきたぜ」
「ぐ、グレイさん!? 血まみれですけど大丈夫ですか!? 」
先ほどリックのナイフによって出来上がった傷を抑えつつ、グレイは涼しげな笑顔を浮かべる。エントランスにはネメシスアームズ・ヴァンクィッシュを肩に下げたカルと不安げな表情を見せるソフィアがグレイを迎え、ふらふらと歩く彼の体を受け止めた。おそらく失血量が想像以上に大きかったのと、復讐が終わり気が抜けたせいで彼の体の消耗が激しかったのだろう。
「あー……やばい。なんとか止血は自分でしたが頭がくらくらする。おいソフィア、アンジュ呼んでくれ。このままじゃぶっ倒れちまう」
「もう! 無茶するから! またアンジュさんに怒られますよ! 」
「とはいえ、一人であのグループを殲滅するとはな。つくづくあんたには驚かされる」
カルの照れ隠しの言葉にグレイは笑みを浮かべ、彼の肩を叩く。
「へっ、この道何年だと思ってる? 俺を舐めるなよ、ルーキー」
「……誰がルーキーだ。まあいい、あんたの事務所まで送らせてもらう。家に送り届けるまでが護衛任務だ」
「ありがとうございます! カルさんっ! 」
ソフィアの言葉に微かに顔を赤らめるカルを見て、グレイは悪戯な表情を浮かべた。カルに肩を借りながら、銀のインフィニティQ60までなんとかたどり着くとグレイは後部座席に腰を下ろす。こんな日には煙草が吸いたい、と彼は自身の懐を漁り箱を取り出した。
「あら、ちょうど切れてたか。なあ新入り、煙草持ってるか? 」
「……持ってるように見えますか? 」
「あー、まず年齢確認の前にお遣いと勘違いされるか」
直後、ソフィアのかかとがグレイの小指目がけて振り下ろされる。飛び上がるほどの痛みに声を上げると、グレイはソフィアの頭を掴んだ。
「テメェ……けが人相手に何しやがる……! 」
「それだけ元気なら大丈夫ですよっ! というか子供扱いは辞めてくださいって言ってるじゃないですか! 」
「んだとちんちくりん! 新入りのくせに生意気言いやがって! 解雇すっぞ! 」
「あー! ズルい! 職権濫用ですよ! 」
グレイは自分がけが人だということを忘れ、ソフィアと取っ組み合いを始める。案の定運転手であったカルに一喝され二人は落ち込むのだが、交差点で停車した瞬間に運転席からグレイの座席へ何かが投げ入れられた。
「ん? お前……」
「……前知人に押し付けられてな。俺は吸わないから、あんたにやる」
「……なんだ、また照れ隠しか? 可愛いとこあるじゃねぇの、後輩君」
カルからの視線の威圧を受け、素直に謝るグレイ。気を取り直して彼は箱の封を切り、煙草を咥えて火を点ける。あいにくグレイの愛飲しているラッキーストライクではないのが不満だが、贈り物を拒否するほどグレイは性悪ではない。
「ありがとよ、カル」
普段と違う味のする煙草が、やけに旨く感じた。
アルフとの通話を終わらせたあとにグレイはコートのポケットに手を突っ込んだままガラス張りのドアを開け、悠々と中へ入っていく。アパートの管理人の訝し気な視線を受けつつも彼は管理人のいるカウンターに歩み寄った。
「あー、おっちゃん? 今からここ、危なくなると思うから出た方がいいと思うんだけど」
「……若い者に心配されるほど、儂はやわじゃないわい。それよりも――」
瞬間、グレイはその管理人の額に愛銃M686の銃口を突きつける。既に彼はカウンターの下に銃がある事、そして管理人がアルフ達の一味である事は把握していた。驚愕の表情を浮かべる管理人から目を離さずに、グレイは不敵な笑みを見せる。そして背後を振り向き、グレイに銃口を向けていた刺客の一人に向けてトリガーを2回引いた。その男は自分の存在がバレていた事に驚きを隠せないまま、血を流して死んでいく。
「あぁ。それも知ってる。"背後に気を付けろ"、だろ? 」
「お、お前は……! 」
そしてグレイは管理人が凶行に及ぶ前に右腕と右腿を撃ち抜き、カウンターから管理人を引きずり出した。M686からサイレンサー付きのHK45に交換し、管理人を盾にしながらゆっくりと階段へ進んでいく。直後幾つもの足音が聞こえ、グレイはHK45の銃口を音の聞こえた方向へ向けた。痛みに苦悶の声を上げる管理人を一瞥し、グレイはそのまま階段をゆっくりと上っていく。
「や、やめろ! 撃つ――」
管理人の必死の制止も虚しく、グレイは管理人の体を無理やり引き寄せて迫り来る銃弾の盾にした。無数の風穴が空いた管理人は悲鳴も上げる間もなく即死し、体を痙攣させつつ身体中から血を流す。階段を降りてきたアルフの護衛達の膝をHK45で撃ち抜き、
そしてロビーのエレベーターから現れた男たちにも.45ACP弾の嵐を浴びせた。1階の敵を全て排除したことを確認するとグレイは管理人の死体を投げ捨て、耳に着けていたスマートインカムを起動する。次にスライドが開ききったHK45の弾倉を入れ替え、心地良い装填音と共にグレイはスライドを引いて中の銃弾を確認した。
「ふぅっ、どうなるかと思ったぜ。カル、俺だ。今二階に上がってる最中」
『確認した。しかし無茶をする』
「ま、カチコミなんてこんなもんだ。これから五階に向かう」
了解、というカルの声と共にグレイは自動小銃で武装した増援がやって来た事をいち早く察知し、同時に現れた階段付近の部屋からの男に飛び掛かった。顎に飛び膝蹴りを叩き込み、地面に抑え込むとHK45の引き金を胸と頭目がけて引き絞る。止めを刺したあとに彼は背後の増援達から身を隠そうと、玄関にあったユニットバス付きのトイレへと駆けこんだ。
即座に7.62mm×39弾の暴風雨がトイレの壁を易々と貫き、グレイは急いで洗面台の鏡をHK45の台尻で割ってからバスタブの中へ身を隠す。コンクリートの粉やガラスの破片が周囲に飛び散る。嵐が止んだと同時にグレイはトイレの扉の傍へ体を寄せ、先ほど割った拳大の鏡の破片を手にした。その破片から増援の姿が反射して映し出され、彼は再び不敵な笑みを浮かべる。増援の数はおよそ4人。そして彼らは人数を過信したのか、全員余裕を持ってAK-47の弾倉を変えていた。
「基礎がなってねぇな、出直してこい」
顔を出さずにグレイはHK45の銃口のみをトイレの向こう側から出し、5回引き金を引く。野太い悲鳴と地面に倒れる轟音が響き渡ったと同時にグレイはトイレから姿を現し、4人の増援を全て地獄へ叩き込む。
「リロードはカバーしつつされつつ。覚えておきな……ってもう聞こえちゃいねぇか」
グレイは積みあがった4つの死体を踏み越え、その傍らに落ちていたAK-47を拾い上げると同時に死体を漁る。予備弾倉を3つほどかっぱらうとグレイはHK45を腰のホルスターに仕舞いこみ、AK-47の銃口を3階へ続く階段へと向けた。やけに静かな空間に不信感を抱きつつ、グレイはクリアリングと同時に階段を登っていく。直後左方から殺気を感じ取り、階段を一気に駆け上がるとグレイは殺気の方向へ銃口を向けた。しかし同時に向けていたAK-47の銃口は強い衝撃によって逸らされ、グレイの体はドアごと部屋の奥へと叩きつけられる。
「くそったれっ……! 」
揺れる視界を無理やり安定させつつ、グレイは立ち上がると再び何かに殴られたような衝撃が彼の両腕にのしかかった。彼の眼前に坊主頭の巨漢が既に拳を振り上げており、咄嗟に出した左肘に鈍痛を感じる。
『アールグレイ! 何があった! 』
カルの無線を無視し、グレイは巨漢の鼻筋目がけて手刀を叩き込む。しかし男は瞬きすることなくそれに耐えてみせ、スタームルガー SR9の銃口が至近距離でグレイに向いた。間一髪でその銃口をカランビットナイフで逸らし、グレイは巨漢との距離を取る。
「やはり……アールグレイ・ハウンド。やったのはお前か」
「なんだよ……ったく。なんで男ばっかに名前覚えられるかねぇ」
「胸と頭に必ず一発ずつ叩き込む射撃。そしてそのM686……それらが何よりの証拠だ」
口元から流れ出た血を親指で拭い、グレイはカランビットナイフを構えた。すると男も両手に構えていたSR9を仕舞い、刃渡りが15㎝以上あるサバイバルナイフを取り出す。思いもよらぬ男の行動にグレイは笑みを浮かべ、一気に距離を詰めた。
「いいねぇ! 俺、あんたみたいな男と一緒に仕事したかったよ! 」
「死の芳香にそう言われるとは、光栄だな……ッ! 」
まず最初に右斜めに振り下ろされたサバイバルナイフの刃を肉薄しグレイはカランビットナイフを男の右手首に突き刺そうとするも、それも手刀によって阻まれる。反撃として突き出されたサバイバルナイフを間一髪でかわし切ると、グレイはその左腕の肘に掌底を叩き込んだ。
ミシリ、という骨の軋む音が彼の耳に届くとグレイはそのまま左腕の付け根に向けてカランビットナイフを突出させる。
「がぁッ!! 」
だが男は折れた右腕を無理矢理動かし、グレイの刺突を中止させた。更にグレイはカランビットをその衝撃で落としてしまい、一気に状況は不利なものとなってしまう。やばい、という感情を抱いた瞬間にグレイの右上腕二頭筋がサバイバルナイフによって裂傷され、思わずグレイは距離を取った。
「へ、へへっ……ったく……こないだ右脇腹やったばかりだってのによぉ……」
とめどなく血が流れる右腕を抑え、グレイは部屋のテーブルに置いてあった雑誌をその場で丸めて逆手で構える。これでお互い片腕は使えない。そんな極限状態の中でも二人はなぜか笑みを浮かべており、そして衝突した。サバイバルナイフの刃がグレイの頬を掠ったかと思うと彼は男の脳天目掛けて丸めた雑誌を振り下ろす。紙とは思えない重い一撃に男は驚愕の表情を浮かべ、ふらふらと体を左右させた。
「まだ立ってやがる……いい加減諦めな」
グレイはよろめく巨漢の喉仏に左手の手刀を叩き込み、その場に座り込ませる。そして血まみれになった男の額にM686を突きつけ、いつものような不敵な笑みを浮かべた。
「……久々にいい戦いだった。名前聞いておくぜ」
「り、リチャード・ダミア……。リックと呼ばれている……」
「そうか。あばよリック。ゆっくり休みな」
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<ミレニアムパークアパート・5階>
幾つもの銃声が響く中でアルフは悠々と3本目のビールを飲み干す。たかが一人の刺客などこっちの護衛を以てすれば撃退することなど朝飯前だ。安心しきっていたアルフはFN ブローニング・ハイパワーを机の上に置き、4本目のビールを開ける。
だが、その時だった。急に部屋の照明が全て消え、辺りは暗闇に包まれた。急いでカーテンを開けつつアルフは部屋にいた護衛を傍に呼び寄せると、部屋のブレーカーが設置されている電気室まで向かう。そしてブレーカーを上げた瞬間に全ての電化製品や明かりが元通りに点く。――だが。
「……っ!? 」
「な、なんだ――」
見覚えのない血まみれの黒コートの男。男は手にしていたHK45で一瞬にして護衛二人を無力化、そして殺害し、アルフにゆっくりと詰め寄った。
「ま、まさか……?ぜ、全員殺してきたってのか……? 」
「ご名答。リックにゃ少し苦戦したがな」
憎たらしいほどの不敵な笑みと、突きつけられる回転式拳銃の銃口。銀に輝くその塊は、今まさにアルフに死を告げようとしている。アルフは少しずつ後ろへ後退しながらも隙を突こうと背中に隠し持っていたチーフスペシャル S&W M36に手を伸ばした。死の恐怖を感じつつ、アルフはM36の銃口を男――アールグレイ・ハウンドに向ける。しかし。
「ッ!? あぁぁぁぁぁぁぁッ!? 」
突如として右腕に走った激痛。そして瞬時に右手の感覚が無くなり、おそるおそるアルフは自身の腕に視線を落とした。あるはずの右腕が、赤黒い鮮血と共に消え失せている。そして床に落ちている右腕を拾い上げるも、傷口がグレイの足によって踏まれた。想像を絶する苦痛にアルフは絶叫し、涙を流す。
「いい仕事するじゃん、さすが銀の死神」
「ぎ、銀の……死神……? なぜ……? 」
「さぁな。お前が知ったところでどうせ死ぬんだ、関係ねぇよ」
アルフの死を告げる凶悪な笑み。感じたことのない恐怖が彼の背筋に忍び寄り、アルフは体を震わせる。
「お前……電話の時に来れるなら来てみろ、みたいな態度だったよな? あぁ、"来てやったぜ"」
「お、俺を殺したら……! 大規模な報復が来るぞ……! 」
「構わねぇよ。全員殺してやる」
彼の苦痛を更に強めるように、グレイの踏む足がギリギリと強まっていく。気を失いそうになるも、強制的に目の前のグレイがそれを阻んだ。さらに右腕に走る痛みが、目の前の事実を決定づけていく。
「お前は、俺の大切なものをいくつも壊した。車、それに新入りまでにも手を出したしな。お前はケンカを売る相手を間違えたんだ」
ゆっくりと、アルフにM686の銃口が向けられる。自嘲気味にアルフは笑うと、そこから既にもう意識はなかった。
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<ミレニアムパークアパート・エントランス>
「おう、お前ら。片つけてきたぜ」
「ぐ、グレイさん!? 血まみれですけど大丈夫ですか!? 」
先ほどリックのナイフによって出来上がった傷を抑えつつ、グレイは涼しげな笑顔を浮かべる。エントランスにはネメシスアームズ・ヴァンクィッシュを肩に下げたカルと不安げな表情を見せるソフィアがグレイを迎え、ふらふらと歩く彼の体を受け止めた。おそらく失血量が想像以上に大きかったのと、復讐が終わり気が抜けたせいで彼の体の消耗が激しかったのだろう。
「あー……やばい。なんとか止血は自分でしたが頭がくらくらする。おいソフィア、アンジュ呼んでくれ。このままじゃぶっ倒れちまう」
「もう! 無茶するから! またアンジュさんに怒られますよ! 」
「とはいえ、一人であのグループを殲滅するとはな。つくづくあんたには驚かされる」
カルの照れ隠しの言葉にグレイは笑みを浮かべ、彼の肩を叩く。
「へっ、この道何年だと思ってる? 俺を舐めるなよ、ルーキー」
「……誰がルーキーだ。まあいい、あんたの事務所まで送らせてもらう。家に送り届けるまでが護衛任務だ」
「ありがとうございます! カルさんっ! 」
ソフィアの言葉に微かに顔を赤らめるカルを見て、グレイは悪戯な表情を浮かべた。カルに肩を借りながら、銀のインフィニティQ60までなんとかたどり着くとグレイは後部座席に腰を下ろす。こんな日には煙草が吸いたい、と彼は自身の懐を漁り箱を取り出した。
「あら、ちょうど切れてたか。なあ新入り、煙草持ってるか? 」
「……持ってるように見えますか? 」
「あー、まず年齢確認の前にお遣いと勘違いされるか」
直後、ソフィアのかかとがグレイの小指目がけて振り下ろされる。飛び上がるほどの痛みに声を上げると、グレイはソフィアの頭を掴んだ。
「テメェ……けが人相手に何しやがる……! 」
「それだけ元気なら大丈夫ですよっ! というか子供扱いは辞めてくださいって言ってるじゃないですか! 」
「んだとちんちくりん! 新入りのくせに生意気言いやがって! 解雇すっぞ! 」
「あー! ズルい! 職権濫用ですよ! 」
グレイは自分がけが人だということを忘れ、ソフィアと取っ組み合いを始める。案の定運転手であったカルに一喝され二人は落ち込むのだが、交差点で停車した瞬間に運転席からグレイの座席へ何かが投げ入れられた。
「ん? お前……」
「……前知人に押し付けられてな。俺は吸わないから、あんたにやる」
「……なんだ、また照れ隠しか? 可愛いとこあるじゃねぇの、後輩君」
カルからの視線の威圧を受け、素直に謝るグレイ。気を取り直して彼は箱の封を切り、煙草を咥えて火を点ける。あいにくグレイの愛飲しているラッキーストライクではないのが不満だが、贈り物を拒否するほどグレイは性悪ではない。
「ありがとよ、カル」
普段と違う味のする煙草が、やけに旨く感じた。
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その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
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支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
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