雨と晴

やすを。

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37話 二人の間に、にわか雨

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「葵、ごめん…………」

「ごめんじゃ……済まないよ。」

 葵は布団の中に完全に潜っていた。声もこもっていて聞き取りづらい部分もあったように思う。でもその言葉だけはどうしてか明瞭に聞こえた。

 僕は言い返す言葉がなかった。いくら運や周りの雰囲気もあっても、それが自分の大切な人を傷つけていい理由にはならない。彼女の幸せを願い、望み、共に叶えようと目指す者からすると僕の行動はタブーだった。

「ごめん。」

「……私がどんな気持ちでさ、見てたかわかる?」

「今考えれば分かるよ。」

「……なんでそのときに考えてくれなかったの?」

 葵の声色は変わらない。

「考えられなかったんだ。テンションに飲まれていたのかもしれない。」

「……私さ、君の彼女なんだよね。」

「うん…………」

「……そこはさ、断言してよ。ハッキリ言ってよ。」

 言いたいよ僕だって。ハッキリ言いたかったよ。でもさ、君がそんな表情にさせた僕が言える言葉じゃないよ。

「僕が今ハッキリ君は信用できないと思ってさ。その言葉の重みを軽んじてるような気がしたんだ。」

「……君はさ、変に真面目だよね。」

「そう見える?」

「……普通の男子だったら、すぐに断言すると思うよ。」

「葵はそうして欲しかったか?」

「……別にどっちでもよかった。君が私を大事にしてくれてるのは感じてたし、あの行動だって雰囲気を壊さないように気を遣ったって、分かってたよ。」

 葵はそう言った。僕の真意を理解した上で、彼女の言葉尻から悲しげな気持ちを汲み取れた。

「……それでも、胸が張り裂けそうな気持ちになった。二人のやりとりを、私全く見てられなかったよ。」

「本当にごめん……」

「……もうやらないって約束して。」

「もうやらないよ。」

「……絶対だよ。もう私を苦しめるようなことをしないって、誓って。じゃなきゃ、許せない。」

「絶対だ。約束する。」

「……うん。翔太の事信じるよ。」

 葵は許してくれたようだった。彼女の真意は僕には、分からない。でも僕のことを信頼していることは理解出来た。

「時間も遅いし、今日はここで寝てったら?」

「良いのかな?」

「いいんじゃない? みんなここにいるみたいだしさ。」

 スマホで時間を確認すると、すでに数十分は経過していた。それぞれが布団の中で何をしているのかは分からない。もしかすると、そういうこともしているかのしれない。

「暑いから布団から出るよ。」

「汗だくだな……」

 葵は布団の中から顔を覗かせると、僕の胸元に顔を埋めた。

「君の匂い、落ち着く。」

 なんか恥ずかしいな。家で一緒に寝ている訳でもないし、一緒に生活している訳だから、匂いは同じはずなのに。

「私の前からいなくならないでね。」

「当たり前だよ。君のこと、ちゃんと幸せにするから。」

「うん。ありがとう。」

「ねえ、葵。」

「どうしたの?」

「こっち向いてよ。」

 僕もそろそろ腹を括る頃だと思っていた。何度も沙耶香から催促を受けていた。何で沙耶香にそんなことされているのだと、少し馬鹿らしく思いながら、機会を伺っていた。

「……っ!」

 僕はいきなり葵の唇を奪った。

「どうだった?」

「びっくりしたよ……」

「付き合って結構経つし、もっと早い段階でしたかったけど、勇気が出なくてさ。」

「君って意外と積極的なんだね……」

「葵にだけだよ。」

「本当かな……?」

 疑いの目を向けてくる葵だったが、すぐに照れたような笑顔を見せた。

「よかったよ、ファーストキスが君で。好きな人に捧げられてうれしい。」

「僕もだよ。」

 僕らは恥ずかしさを抱えながら、見つめあっていた。

「そろそろ寝るね。」

葵は耐えきれなくなったようだった。

「うん、おやすみ。」

 葵は僕の胸元で静かに目を閉じた。可愛い寝息が聞こえる。聞き慣れているはずのその声は、この時だけは特別に感じた。

 静まり返った部屋の中。先生の見回りもほとんど行われない時間帯に入ったものの、女子達は帰る気配はなかった。

 翌日、僕ら10人全員が部屋で正座したまま、生徒指導の先生に1時間説教を食らったのだった。


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