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第1章 異世界転生

第20話

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ジュリエッタの母と一緒に通路に出ると、伯爵夫人は行く方向に手をやってから歩き始めた。

「それにしてもヴェル君、君は何者?私の旦那と娘だけでなく、冷静な判断をと警戒してた私までコロッといっちゃったけど」

中身はそれなりに人生経験のあるおっさん転生者で、ここでは周りがみーんな若造とひよっこだからな。そりゃ余裕も出るわ。騙そうとかそう言った悪意が無いから遠慮してないだけだよ。

「気の利いたことを言えず申し訳ないのですが、何者かと聞かれれば騎士爵家の9歳児としか」

「ふふっ。じゃ子供なんだからもっと子供らしく話をしなさい。それに、私達は既に家族同然なんですから、私の事をエリザベートと呼んでくれて構わないわよ」

「他の者に聞かれたら示しがつかないと思うのですが」

「あら、それにしてはジュリエッタを呼び捨てにするのはいいのね?」

「それは本人が望んだ事ですし、伯爵閣下にも了解を得ています」

「私も望んでいるし、それじゃ旦那の許可があればいいのね?」

「専属騎士の件もそうですが、外堀から埋めるのはやめてください」

「本当にヴェル君って面白いわね。ま、今回は本人に言ったのだから旦那が許可したらエリザベートと呼んでもらうわ」

「わかりました。でも伯爵閣下のお許しが出てからですよ」

「分かってるわよ。それにしても話していると、あなたが子供なんてまだ信じられないわね」

「見た目のまま子供ですから、勘弁してください」

そろそろこの話題は終わりにしたい。ボロを出すつもりはないけど、うっかり調子に乗ったらヤバいからな。

その後夫人専用の執務室に通されると、机の上に鬼のように積みあがげれた書類が目に入る。1000枚はあるか?山だよ山。

「えっ、これ全部ですか?」

「ええ。分かる書類と分からない書類は分けておいてね。種類別に分けてくれると嬉しいかな?」

執務室の周りを見てみると、壁には領土だけが書かれた地図と書棚、机が4つ、各机にはインクと万年筆、滑り止めに使うゴムの板が置かれていた。

「ここにある筆記用具は好きなように使ってもいいですか?」

「もちろんよ。紙も机の引き出しにあるから、好きなように使ってちょうだい」

「ありがとうございます。では、サインをこの紙に書いて下さいませんか?」

「いいですけど何をするつもりなの?」

「それは上手くいってからのお楽しみです。それでは早速始めますね」

「あまり無理をしないでね。ジュリエッタに怒られるから」

「はい。できる範囲でやります」

「ヴェル君のように、優秀な9歳児がまだこの世にいるのなら見てみたいわね。それじゃ宜しくね」

伯爵夫人はそう言うと、踵を返し、ひらひらと手を振りながら執務室から出て行った。

丸投げかな。丸投げですな。一人になり山と積み上げられた書類を見てため息をつく。

いいとこ見せようとし過ぎたかな。自重するべきだったかもしれないけど、今更出来ない振りというのもなあ~。ちょい疲れたけど、引き受けた以上やるきゃないか。

「はぁ~」と、ひとつ溜息を吐いて、とりあえず机の中に仕舞ってある椅子を出してみたけど、自分の身長に合ってない。当たり前か。子供用に作られているわけ無いんだからな。

椅子に高さ調整が無いかと見てみるが、そんな便利な機能は無かった。

「無いなら高さを調整出来る椅子を考案してみるかねぇ」仕方無く応接用のソファーに書類を運んで、ソファーに腰掛けると作業に取り掛かった。

ソファーに腰掛けると何から手を付けたらいいのか迷う。書類を机から少量運んでから書類に目を通すと、決済書が多くサインをする箇所が多い。

日本じゃないから印鑑なんて無いので、全ての署名を手書きでサインしなきゃいけないはずだ。腱鞘炎になるのは間違えない。

無ければ作ってもいいだろうと、先ほどサインをして貰ったところにゴムの板を乗せ、転写をしてからナイフで彫り始める。インクが乾いていないのでふたつほど型を取った。

転生前の小学生の頃に、消しゴムでスタンプを昔作った経験を活かす。

ゴムは滑り止めに置いてあったマットから切り出し、ナイフは机の引き出しにあった。彫刻刀があればいいのだがそんなものはない。

文字は細かかったのだが、常日頃の鍛錬で筋力を上げたおかげで、豆腐のようにサクサク作業は進み10分程度でスタンプが出来た。この世界に転生して器用さが増した気がするのはいかに。

出来上がったところで丁度ジュリエッタがやって来たので、スタンプを隠して本格的に作業に取り掛かる。スタンプを隠したのは、どうせ説明するなら伯爵夫人と一緒の方が効率的だからだ。

「ジュリッタ、この書類の山の中から計算が必要な書類を抜粋してくれないか?」

「うん。分かったわ」

「それで出来たらでいいんだけど、書類に目を通してサインをするのもは別に並べてくれると助かる」

「了解よ。やってみるね」

「頼むよ。これが終って給金が貰えたらさ、どこかに美味しい物を食べに行かない?」

「んっ?デートのお誘いかな?」

ジュリエッタは嬉しそうにそう答えるので、意地悪はやめて素直に答える。

「ま、そんなところかな。手伝って貰うんだ。一緒に楽しまないと不公平だろ?」

「やったね。それじゃ私、がんばるわ」

そして、ジュリエッタの仕分した数列の計算から取り掛かる。さすがは伯爵家だけあって各領地事の税金の計算が多い。時期的に見ても決算月なのだろう。

ジュリエッタに仕分作業を手伝って貰ったが思っていたよりも枚数が多くて大変だったので、話し合った結果、文官を呼んで手伝って貰う事になった。

その間にスタンプ台を作る。ゴムの板に布を巻いただけであるが、なかなかいい感じに仕上がった。

それから一人で仕分をしながら暫く経つと、ジュリエッタは女性の文官を連れて戻って来た。

「初めまして。私はこの屋敷で上級文務として文官長を任されています、レイニー・ラングレンと申します以後お見知り置きを」

「僕は、伯爵夫人から仕事を任された、ヴェルグラッド・フォレスタと申します。ヴェルと呼んで下さい」

「こんな子供に重要な税の計算の執務を任せるとは、驚きを隠せません。失礼ですが坊ちゃんは、おいくつですか?」

レイニーさんは大きな溜息を吐くと、怪訝な顔をしてオレじっと見る。坊ちゃんか~、坊ちゃんだよね~。【ここのつです】て答えたらどんな反応するんだろうね。

「レイニー、いくら何でもヴェルに失礼よ」

「失礼を致しました。お気を悪くされませぬよう」

まあね、9歳児に執務を任せるなんて正気の沙汰じゃないよ。レイニーさん、俺もあなたの意見は100%正しいと支持する。

「ま、まずやってみてからでいいんじゃないかな。とりあえずレイニーさん、計算をしなくちゃならない書類を僕にもらえますか?答えを言いますから、書類に書き込んでください」

「畏まりました。でも申し訳ないんですが直接書き込む前に一枚だけでも計算をしていただけませんか?」

「わかりました。それじゃ一枚書類を下さい」

すると疑わしげな表情で書類を渡されたのでそのまま計算した。

「答えは、571,917です。合っているか答え合わせして下さい」

「ヴェル、あなた凄すぎるわ。あなたの脳みそどうなっているのか見てみたいわよ」

レイニーさんは、計算を始め2分以上掛かって答えがようやく出ると、答えが合っている事に「あっ合ってる」と目を白黒させて驚愕をしていた。

「ねっ。ヴェルは凄いでしょ。お母様のお墨付きなんだから」

さっきも思ったけどなぜジュリエッタがドヤ顔なんだよ。まあ、いっか。婚約者になったんだから。そんなお年頃なんだろう。

レイニーさんは不安がなくなったのか?それから3人で書類の仕分を終えると怒涛の計算ラッシュが始まる。次々答えを読み上げる俺に対して数字を書く二人は追いつくのがやっとだ。

それから1時間が過ぎると、机にあった書類は1/3程度になっていた。のべ半世紀も前の話だが珠算教室に行ってて良かったと思った瞬間だった。

「それにしても凄すぎます。普通は文官を集めて1週間は覚悟しなければならない仕事を1時間でここまでやるなんて…」

「本当に。お母様がヴェルを側に置きたい気持ちが分かったわ」

「それにしても頭が疲れた。甘い物が食べたい~」

「ちょっと待って、用意をして貰うわ」

そう言うと、ジュリエッタとレイニーさんは執務室から出て行った。

「それにしても、これで2/3が終ったぞ。書類の山が計算ばかりで助かったよ」

数字が書かれた決算書の合計を見てみると、その領地で得られた収入が分かって面白い。

執務室に貼られた領地の地図を見て、それを紙に写して簡単な分布図を作ってみる。

そして各領地の税収に当て嵌めてやると、主食である小麦、酒に使われる大麦の収穫が多い事が分かる。船便があり漁獲高が多い、おじいさんの領地はその中でもトップだった。

それから各種野菜、果物、肉、冒険者ギルドが支払う税金なども書かれていてこれがなかなか面白い。

魔石の買取額や、それを道具屋に売った金額、魔物の毛皮や牙など詳細に書かれていて興味が沸く。

「しかし、こうして見ると、冒険者ギルドが支払う税金が多すぎるな。暴動がよく起こらないな」

ジュリエッタ達が戻って来たので、その事について聞いて見ると、迷宮がある領地では、ずば抜けて収税が多いそうなので、迷宮で得た税金は全て国に治められる税金だと言う。

つまり迷宮で得た税金は日本でいうと国税で、全てではないだろうが、その他で得た収益は地方税という認識でいいだろう。

でもそのやり方は正しいと思う。迷宮の有無で領地の税収が変わると公平ではない。

「それにしても、ヴェル殿は本当に人の子?こんな地図に統計を反映させる手法など聞いた事も見た事も無いです」

「人の子ですよ。真っ赤な血が流れていますから」

レイニーさんは溜息を吐く。早くこの話題から離れたい。

「それにしても迷宮か~。早く行ってみたいな~」

「そのうち学校で嫌ってぐらい行く事になるから、それまではお楽しみを取っておくべきよ」

「ヴェル殿は学校に行くのでしょうか?ここまで教養があれば行く必要が無いと思いますが?」

「子供の夢を壊さないで下さい。友達作りも立派な教育なんですから」

「そうですか。私が教師なら絶対に拒否します。自分より有能な教え子なんてぞっとします」

そうは言っても俺が書いた小説では王都の学園に入ることになっている。夢でもちらっとだけど見た事があるから間違いないと思う。

それからクッキーと紅茶で休憩した後で、残りの書類の計算を約1時間で終らせた。時間が掛かったのは、二人の腕が疲れてペースが落ちたからだった。

「あ~終った。2時間か~」

「計算するよりも、書く方が時間が掛かるなんて思いませんでした。終わったので奥様を呼んで参ります」

「私は飲み物を用意してくるわね」

レイニーさんが、伯爵夫人を呼びに行くと、ティーポットを持ったジュリエッタと一緒にやって来た。

「終ったっては聞いてたけど、これ全部が終ったの?私のひと月分の仕事よ」

「私も驚きましたよ。まるで答えを知っているかのように、数字を見るなり答えを言うんですから。合っているか確かめたら合っていました。言葉もありません」

「ジュリエッタとレイニーさんが手伝ってくれましたからね。それとこれをどうぞ。これからお役に立つ筈です」

そう言って綿にインクを染み込ませたスタンプ台と、サインのスタンプの使い方を説明した。

「これは凄いわね。本当にヴェル君の発想にも驚かされるわ」

「恐れ入ります」

そりゃハンコのパクりだとは言えないからな。うん、何も言えねー。
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