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花火と流星
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ヒロトが1ヶ月のアルバイトを終える日――つまりこの町にとどまる理由がなくなる日に、タカヤは彼を花火に誘った。
ひと月だけとはいえ見知らぬ土地で働いたヒロトをねぎらうためというのが表向きの理由。本当の理由は、タカヤがヒロトを迎えに行こうとしたあの夜、ヒロトの隣にいたのは誰なのかそれとなく聞き出したいからだった。
みじめな失恋の翌朝から、タカヤはつとめて普段どおりに振る舞ってきた。それまでと変わらない日常の中でヒロトといろんな話をしたけれど、彼の口から恋愛の話が出ることはついぞなかった。だから、あの夜の真相はずっと分からないままだ。
ヒロトの隣にいた人物は恋人でもなんでもなかったのか、あるいは恋人だけれどタカヤに言う必要はないと思っているのか…もちろんヒロトが誰と恋愛しようが自由だし、それを第三者に報告する義務なんてまったくない。それでもタカヤは真実を確かめずにいられなかった。失恋の生傷にみずから塩を塗り込む結果になろうとも、すべてをはっきりさせておきたかった。でないと心のどこかが一生曇ったままになる気がしたからだ。
とはいえ、何のきっかけもないところから自然な流れで真相を聞き出すのは少々ハードルが高い。そこでタカヤは花火という非日常のシチュエーションに力を借りることにした。これなら普段は口にしないような話題も振りやすいし、何よりヒロトの言葉を聞いて多少取り乱してしまったとしても、夜の野外なら表情を悟られにくいだろうと踏んでのことだった。
バケツ、ライター、ホームセンターで値下げされていたパック入りの手持ち花火。それにペットボトル入りのジュースを何本か自転車のカゴに突っ込んで、2人は夜の海辺へ向かった。
タカヤが選んだのは、地元の人間でも滅多に訪れないような、道路脇の、岩場に挟まれた小さな砂浜だった。近くには民家もなく、古びた街灯がポツポツと立っているだけ。だが、その晩は満月だったおかげで辺りは明るかった。
穏やかに波打つ海面は黒いビロードのようだ。そこに白く輝く月光のカーペットが敷かれている。カーペットの上を歩いていけば、かぐや姫にも会えそうな気がした。
ヒロトはそんな夜の海の眺めを気に入ったようだった。
「うわ、絶景じゃん」
目を輝かせながらサンダルを脱ぎ、波打ち際に近づいていく。
「ちょっと海に入ろうぜ、タカヤも来いよ」
月光を背にして笑うヒロトの笑顔は綺麗だった。だが近いうちに彼は町を去る。この笑顔はきっと永遠に見られなくなるんだ、とタカヤは思った。胸を締め付けられるような感覚を紛らわそうと、花火のパックを開封して、何重にも貼られたテープをベリベリと剥がす作業に集中する。冷静を装った口調でヒロトに忠告した。
「あんま海に近づかないほうがいいよ」
「夜だから?」
「この時期はクラゲとかカツオノエボシがよく打ち上がってる。刺されたらめちゃくちゃ痛いよ」
「げっ」
「それにここは離岸流が強いから。海に入って泳ごうもんなら、沖まで流されて誰にも見つけてもらえない」
「こっわ…」
ヒロトは元どおりにサンダルを履き、すごすごと引き返してきた。
都会出身のヒロトにとって、海は寒ささえ気にしなければいつでも遊べるしょっぱいプールくらいの感覚なのかもしれないが、現実は違う。この辺りで安全に海水浴ができる期間はたった2ヶ月ほどしかない。
気を取り直して、ヒロトは花火を楽しむことにしたようだった。スーパーのレジ横でひと夏を過ごした花火は幸いにもまだ湿気っていなかったようで、すんなり着火しシューという音と共にカラフルな火を吹く。ヒロトは子供のように歓声を上げた。
「手持ち花火なんて何年ぶりだろ」
「俺も久しぶり」
「そう?海の近くに住んでるなら、よくやるんじゃないの」
「一緒にやる相手もいないし、1人じゃやる気にならない」
「じゃあ、俺が来てよかったな」
「それ、自分で言う?」
それから2人とも、しばらく無言で花火を見つめていた。火が消えたら、もう一本。そうして燃え尽きた花火を何本かバケツに突っ込み、タカヤが意を決して例の話を切り出そうとした時、それを遮ってヒロトが叫んだ。
「あのさ、ヒロト…」
「タカヤ、見ろ!」
ヒロトが指差す方向を見れば、満月の隣に丸くて赤い光が並んでいた。さそり座のアンタレスにも思えたが位置がまるで違うし明るすぎる。ならば飛行機のライトかと考えたが、それにしては大きすぎた。
「なんだあれ、流れ星?」
「どんどん大きくなってないか?」
それがこちらに落下してくる火の玉だと認識できた時には、すでに逃げきれない距離になっていた。
「どうしよう、降ってくる」
「タカヤ!!」
夜の生ぬるい空気を押し分けて、怖いほどの光と熱が迫ってくるのがわかる。打ち上げ花火に似たヒューンという不気味な風切音がして、本能的に顔を腕で覆ってしまう。
すべては一瞬の出来事だった。ドン、と何かに突き飛ばされるような衝撃と共にタカヤは意識を失った。
ひと月だけとはいえ見知らぬ土地で働いたヒロトをねぎらうためというのが表向きの理由。本当の理由は、タカヤがヒロトを迎えに行こうとしたあの夜、ヒロトの隣にいたのは誰なのかそれとなく聞き出したいからだった。
みじめな失恋の翌朝から、タカヤはつとめて普段どおりに振る舞ってきた。それまでと変わらない日常の中でヒロトといろんな話をしたけれど、彼の口から恋愛の話が出ることはついぞなかった。だから、あの夜の真相はずっと分からないままだ。
ヒロトの隣にいた人物は恋人でもなんでもなかったのか、あるいは恋人だけれどタカヤに言う必要はないと思っているのか…もちろんヒロトが誰と恋愛しようが自由だし、それを第三者に報告する義務なんてまったくない。それでもタカヤは真実を確かめずにいられなかった。失恋の生傷にみずから塩を塗り込む結果になろうとも、すべてをはっきりさせておきたかった。でないと心のどこかが一生曇ったままになる気がしたからだ。
とはいえ、何のきっかけもないところから自然な流れで真相を聞き出すのは少々ハードルが高い。そこでタカヤは花火という非日常のシチュエーションに力を借りることにした。これなら普段は口にしないような話題も振りやすいし、何よりヒロトの言葉を聞いて多少取り乱してしまったとしても、夜の野外なら表情を悟られにくいだろうと踏んでのことだった。
バケツ、ライター、ホームセンターで値下げされていたパック入りの手持ち花火。それにペットボトル入りのジュースを何本か自転車のカゴに突っ込んで、2人は夜の海辺へ向かった。
タカヤが選んだのは、地元の人間でも滅多に訪れないような、道路脇の、岩場に挟まれた小さな砂浜だった。近くには民家もなく、古びた街灯がポツポツと立っているだけ。だが、その晩は満月だったおかげで辺りは明るかった。
穏やかに波打つ海面は黒いビロードのようだ。そこに白く輝く月光のカーペットが敷かれている。カーペットの上を歩いていけば、かぐや姫にも会えそうな気がした。
ヒロトはそんな夜の海の眺めを気に入ったようだった。
「うわ、絶景じゃん」
目を輝かせながらサンダルを脱ぎ、波打ち際に近づいていく。
「ちょっと海に入ろうぜ、タカヤも来いよ」
月光を背にして笑うヒロトの笑顔は綺麗だった。だが近いうちに彼は町を去る。この笑顔はきっと永遠に見られなくなるんだ、とタカヤは思った。胸を締め付けられるような感覚を紛らわそうと、花火のパックを開封して、何重にも貼られたテープをベリベリと剥がす作業に集中する。冷静を装った口調でヒロトに忠告した。
「あんま海に近づかないほうがいいよ」
「夜だから?」
「この時期はクラゲとかカツオノエボシがよく打ち上がってる。刺されたらめちゃくちゃ痛いよ」
「げっ」
「それにここは離岸流が強いから。海に入って泳ごうもんなら、沖まで流されて誰にも見つけてもらえない」
「こっわ…」
ヒロトは元どおりにサンダルを履き、すごすごと引き返してきた。
都会出身のヒロトにとって、海は寒ささえ気にしなければいつでも遊べるしょっぱいプールくらいの感覚なのかもしれないが、現実は違う。この辺りで安全に海水浴ができる期間はたった2ヶ月ほどしかない。
気を取り直して、ヒロトは花火を楽しむことにしたようだった。スーパーのレジ横でひと夏を過ごした花火は幸いにもまだ湿気っていなかったようで、すんなり着火しシューという音と共にカラフルな火を吹く。ヒロトは子供のように歓声を上げた。
「手持ち花火なんて何年ぶりだろ」
「俺も久しぶり」
「そう?海の近くに住んでるなら、よくやるんじゃないの」
「一緒にやる相手もいないし、1人じゃやる気にならない」
「じゃあ、俺が来てよかったな」
「それ、自分で言う?」
それから2人とも、しばらく無言で花火を見つめていた。火が消えたら、もう一本。そうして燃え尽きた花火を何本かバケツに突っ込み、タカヤが意を決して例の話を切り出そうとした時、それを遮ってヒロトが叫んだ。
「あのさ、ヒロト…」
「タカヤ、見ろ!」
ヒロトが指差す方向を見れば、満月の隣に丸くて赤い光が並んでいた。さそり座のアンタレスにも思えたが位置がまるで違うし明るすぎる。ならば飛行機のライトかと考えたが、それにしては大きすぎた。
「なんだあれ、流れ星?」
「どんどん大きくなってないか?」
それがこちらに落下してくる火の玉だと認識できた時には、すでに逃げきれない距離になっていた。
「どうしよう、降ってくる」
「タカヤ!!」
夜の生ぬるい空気を押し分けて、怖いほどの光と熱が迫ってくるのがわかる。打ち上げ花火に似たヒューンという不気味な風切音がして、本能的に顔を腕で覆ってしまう。
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