【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき

文字の大きさ
72 / 74

第七十二話 世界一愚かな男の、世界一不器用な愛

しおりを挟む
 謁見をした日の翌日、私はセレクディエ学園で一番なじみ深くなった場所へと訪れた。

「あ? なんだ、客を招待した覚えはねーぞ。それともなんだ、俺の研究の手伝いを無償でしてくれるってか?」

 私達が向かった先の部屋の主であるヴァーレシア先生は、今日もタバコを吸いながら、憎まれ口を叩いた。

「今日は、ヴァーレシア先生にちゃんとお礼をしたくて来ました」

「礼だって?」

「はい。私に魔法の使い方を教えてくれたり、エルヴィン様を助けるのに協力してくれたり……数ヶ月の間、本当にたくさんたくさん……ありがとうございました」

「別に礼を言われるようなことじゃねえ。俺は自分の利益になることを選んだだけだ。結果的に、研究資金も増えてウハウハって寸法よ」

 ヴァーレシア先生は、そんな利益のために動いていたとは思えない。きっと、何か理由があったに違いない。
 根拠? そうだね……一緒にいる中で感じた、いくつもの疑問かな。

 私は、その疑問を晴らすべく、まだつけていた指輪に魔力を込めて、魔法を打ち消す魔法を使った。

 すると、そこにいたのは……私と同じような孤族の尻尾が生えた、ヴァーレシア先生の姿があった。

「……いつ気づいた?」

「最近だと、狐族の覚醒について詳しかったのを聞いて、普通の人間であるヴァーレシア先生が詳しいことに、少し疑問を持ちました。それ以前にも、他人に興味を持たないあなたがとても協力的だったことや、私の鼻のことを的確に見抜いたことも気になりました」

「ほう」

「私、実は森に捨てられていたところを、両親に拾ってもらった過去があるんですけど……もしかして、あなたは私の本当の――」

「くだらん。世迷言を言いに来たのなら、さっさと帰れ」

 一番重要な話をする前に、ヴァーレシア先生に遮られてしまった。

 私の鼻のことを知っているから、嘘とわからないような言葉選びをしているみたいだけど……あからさまなタイミングで遮っているのは、ほとんど答え合わせみたいなものだ。

「帰りません」

「帰れ」

「帰りませんっ!」

「帰れ!!」

 いくら怒られても、ちゃんとヴァーレシア先生の口から聞くまでは、テコでも動くつもりはない私は、いつも使っていた年季の入っている椅子に腰を降ろして、一歩も動かずにいた。

「ったく、これだから最近のガキは……」

「そんなことを言うなら、私だって最近のおじさんはこれだからって言いますよ?」

「生意気なことを口にすんな。はぁ……わかった、俺の負けだ。ちょっとした小話をしてやるから、それを聞いたらとっとと帰って寝やがれ」

「小話? そんなことを聞きたいんじゃ……」

「まあ聞け。これは……世界一番愚かな男の、世界一くだらない話だ。きっと腹を抱えて笑えるぜ」

「…………」

 そんな話は、今の私には必要が無いものに聞こえるけど、なぜかその話を聞かなければいけないと感じ取った私は、静かにその男の人の話を聞くことにした――


 ****


■ヴァーレシア視点■

 昔々、あるところに……自分が世界で最高の魔法使いと勘違いをした、愚かな男がいた。その男は、子供の頃から神童ともてはやされていた。

 謙虚の欠片もない男は、自分が最高の魔法使いだと思い込み、富や金、名声……ありとあらゆるものが手に入ると思い上がっていた。

 そんなクソ生意気なガキは、おだてられながら成長し……一人の女に惚れこんだ。

 その女は容姿端麗で頭もよく、なによりも性格が良かった。男をどんな時でも立てることを忘れず、誰にでも謙虚で、正義感に溢れた良い女だった。

 特に嘘をつかれることを嫌っているのか、男がどんな些細な嘘をついても、全て見抜かれるほど、正義感の塊だった。

 それがなんとも居心地がよくて、男は女と付き合っていたが……男は結婚することには興味が無かった。

 しかし、とある言葉を言われた男は、女と本格的に結婚したいと思うようになった。

『あなたのことを称賛していた人達は、将来あなたの力を利用するために下手に出て、おだてていただけよ。あいつらは愚かな人達なの。でも私は違う。あなたを心の底から愛し、一緒にあなたの傍にいるわ』

 この言葉で、他人は自分を利用するためだけの存在で、理解してくれるのは彼女だけだと思い込んだ。

 その結果、愚かな男は、女を世界一幸せにするために、高給取りである宮廷魔術師になって最高の生活をさせる、必ずお前を幸せにすると、何ともブサイクなプロポーズをした。

 男は無事に女と結婚。持ち前の魔法の才を活かし、宮廷魔術師にもなれた。
 数年後、元気な子供も授かって、まさに幸せの絶頂だった……が、その幸せは全てまやかしだった。

 女は……男が宮廷魔術師になって稼いだ多額の金と子供を連れて、姿を消したんだ。

 男は必死に女と子供を探したが、一向に見つからず、途方に暮れ……同時に絶望していた。

 そんな男を見かねて、男と親交があった国王によって調査が行われ、女の正体が判明した。

 その女は、ご自慢の美貌と、他人の嘘を見抜く力を使って詐欺を働いていた。

 中でも、異種族である希少な血を持った子供を自分で産み、闇市場で奴隷商売をしている商人に売りつけて、巨額の金を得ていたのさ。

 ……ようは、その愚かな男は女に騙されていたのも知らず、偉そうに宮廷魔術師になるとか、幸せにするとかほざいていたわけだ。

 愚かすぎて、笑っちまうだろう? 散々もてはやされて育った男には、他人を見極める能力が圧倒的に欠如していたのさ。

 こうして裏切られた哀れな男は、全てを捨て……とある魔法を手に入れるために、一人研究に勤しむようになった。

 女は無事に捕まり、多くの詐欺罪で死刑になったが、子供は奴隷商人に売る際に、森で事故にあって行方不明になってしまい……世界一愚かな男は、大切だったものをすべて失い、孤独で生きることになりましたとさ。めでたしめでたしってな。


 ****


 愚かな男の小話を終えたヴァーレシア先生は、新しいタバコに火をつけて、ふぅ……と一息入れる一方、私は……言葉が出てこなかった。

 今の話……間違いない。愚かな男の人の正体は……そして、その男の人と、嘘を見抜く力を持った女性の子供なんて……簡単に察せる。

 それに、今の話の中には、私が疑問に思っていたことの答えがあった。

 どうして、ヴァーレシア先生が私に色々してくれたのか?
 どうして、ヴァーレシア先生が私について色々知っていたのか?
 どうして、私が森に捨てられていたのか?
 どうして、私は狐族の血が流れているのか?
 どうして、私は嘘が見抜けるのか?

 まさか、こんなところで全ての疑問の答えが見つかるだなんて驚きだ。

「……その男の人が研究している魔法って、一体何なんですか?」

「過去に戻る魔法だ」

 過去に戻る魔法なんて、この世には存在しない。そもそも、時間という概念をどうにかする方法なんて、あるとは思えない。
 そんなことは、きっとその人もわかっている。わかってるけど……立ち止まることが出来ない、強い何かがあるのだろう。

「過去に戻る……それは、その子を取り戻すためですか?」

「いくら愚かでも、んなバカなことは考えてねえだろうよ。そんなことをしたら、未来が大幅に変わっちまうだろ? 愚かな男に、そこまでの度胸はねえよ」

「なら、どうして?」

「その男は……ただ、謝りたかっただけだ。自分のせいで不幸にしてしまった、その子供にな。言ってしまえば、ただの現実逃避で独りよがりな、人の親とは思えない勝手な考えさ。な、世界一愚かだろう?」

「…………」

「もういいだろ。ほれ、さっさと帰りな」

 それ以上話すことは無い。ヴァーレシア先生は、そう言いたげにそっぽを向いた。

「はい。失礼します」

 私は静かに立ちあがる、ドアの前まで来たところで、ぴたっと止まって口を開いた。

「きっと、彼の気持ちは……その子に届いていると思いますよ」

「はっ、そうだといいんだがな」

「……結婚式必ずきてください……ううん、必ず来てね」

「暇だったら、考えておいてやるよ」

 自然と砕けた口調になる私と、いつもよりも少しだけ声色が優しくなるヴァーレシア先生。私達の間には、確かな繋がりがあるのを、本能的に感じた。

「ねえ、またここに来てもいいかな?」

「どうせ断っても来るんだろ。今度来る時は、何か手土産でも持ってこいよ」

「それなら、私が大好きなきつねうどんを持ってくるよ。きっと大好きになると思うよ」

「きつねうどんだぁ? そんなのを手土産に持ってくる愚かな奴が、この世の中にいるなんて、世界は広いな」

「仕方ないよ。だって私は……ううん、なんでもない。そろそろ行くね」

「……待て」

 部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた瞬間、ヴァーレシア先生は小さな声で私を静止した。

「なに?」

「……結婚、おめでとさん。お前は、ちゃんと幸せになれよ」

「っ……! うん……うんっ! ありがとう……!」

 目から大粒の涙を流しながら振り返ると、そこにはいつもの仏頂面だったけど、僅かに口角が上がっているヴァーレシア先生の姿があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

妹が私の全てを奪いました。婚約者も家族も。でも、隣国の国王陛下が私を選んでくれました

放浪人
恋愛
侯爵令嬢イリスは美しく社交的な妹セレーナに全てを奪われて育った。 両親の愛情、社交界の評判、そして幼馴染であり婚約者だった公爵令息フレデリックまで。 妹の画策により婚約を破棄され絶望するイリスだが傷ついた心を抱えながらも自分を慕ってくれる使用人たちのために強く生きることを決意する。 そんな彼女の元に隣国の若き国王が訪れる。 彼はイリスの飾らない人柄と虐げられても折れない心に惹かれていく。 一方イリスを捨て妹を選んだフレデリックと全てを手に入れたと思った妹は国王に選ばれたイリスを見て初めて自らの過ちを後悔するがもう遅い。 これは妹と元婚約者への「ざまぁ」と新たな場所で真実の愛を見つける物語。

処理中です...