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第十話 ようこそアルスター家へ
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「…………」
辺りがすっかり暗くなってしまった頃。
私は頭に刻み込まれた地図を頼りに休まずに歩き続けて、どうにかブラハルト様の待つ、アルスター家の屋敷にたどり着くことが出来た。
見た目重視のドレスに靴を履いた状態で、休まずに歩き通しだったせいで、足のあちこちが痛いけど、今はそんなことを気にするほど、精神的余裕がなかった。
「エルミーユ嬢! よかった、心配しておりましたよ!」
「ブラハルト様……? こんな夜分遅くに外にいらっしゃるなんて、どうかされたのですか?」
「あまりにも遅いから、外で待っておりました」
心配そうな表情を浮かべながら、屋敷の前に立っていたブラハルト様が、私の両肩に手を置く。
ああ、そうか……本当なら、もっと早くに到着している予定だったのに、私が来なかったから心配してくださったのね。
ブラハルト様の優しさに甘えそうになるけど、ブラハルト様に心配をかけてはいけない……そう思った私は、背筋をピンと伸ばしてから、頭を下げた。
「遅くなってしまい、大変申し訳ございません」
「いえいえ。それよりも、一体何があったのですか? こんなに遅いうえに、徒歩でいらっしゃるなんて……」
「少々トラブルがあったので、一人で伺わせていただきましたわ」
「トラブル……ま、まさかとは思いますが、ご実家からずっと歩いてこられたのですか?」
「はい」
「馬車でも数時間かかる距離を!?」
驚かれるのも無理はないわよね。私が逆の立場なら、同じ様に驚いていると思う。
「と、とりあえず話は後ほど伺わせていただきます。すでに入浴と食事の準備は出来ておりますので、今日はゆっくりお休みください」
「そんな、そこまでしてもらうだなんて、申し訳ないです」
「何を仰っているんですか。いいから素直に従ってください」
「わかりました、ありがとう存じま……痛っ……」
歩き出そうとした瞬間、両足に痛みが走ったせいで、その場で足を止めてしまった。
さっきまでは全然気にならなかったのに、ブラハルト様に優しくしてもらえたおかげか、気分的に少し余裕が出来たのかもしれない。
「どこか痛むのですか?」
「いえ、なんでもございません」
「そんなに顔を歪ませて、なんでもないはずが無いでしょう。先に怪我の治療をさせていただきます」
「……なにからなにまで、申し訳ございません」
「我々はこれから夫婦となるのですから、これくらい当然です。ああ、お荷物をお持ち致しましょう」
「いえ、お気持ちだけいただきますわ」
「そうですか。ではせめて、エスコートだけでも」
私は、差し出されたブラハルト様の手を借りて、ゆっくりと屋敷の玄関へと向かう。
やはりブラハルト様は、恐ろしい噂とは真逆の、紳士で優しいお方だ。これは、もう疑いようがないと思う。
そんなことを思いながら、屋敷の中に案内してもらった私の前には、驚きの光景が広がっていた。
『アルスター家にようこそ、エルミーユ様』
玄関の前にズラッと並んだ使用人の方々が、一斉に私に頭を下げてお出迎えしてくれた。
一応これでも、私は貴族の令嬢ではあるけれど、こんなお出迎えをされるなんて、生まれて初めてだ。
家で両親やコレットがお出迎えされているのをたまに見かけては、自分には縁の無いことだと思っていた。
でも、まさかこんな所で、自分もその立場になれるとは……。
「マリーヌ」
「なんでしょうか、坊ちゃま」
「すまないが、部屋への案内と、入浴の手伝いをしてもらえないだろうか。怪我をしているようだから、ゆっくり案内してほしい」
「かしこまりました。さあエルミーユ様、こちらへどうぞ」
「はい」
使用人の中からでてきた、小柄でふくよかな女性は、私を連れてゆっくりと歩きだした。
このお方には、見覚えがある。確か、パーティー会場でブラハルト様とご一緒されていた、使用人のお方だわ。
「あの、先日はお世話になりました」
「あらやだ、私のことを覚えててくれたのですか?」
「もちろんでございます」
「まぁ~ありがとうございます! 私は使用人のマリーヌといいます。以後お見知りおきを」
「は、はい」
マリーヌと名乗った女性は、とても楽しそうに笑いながら、簡単に自己紹介をしてくれた。
なんていうか、とても元気なお方という印象だ。元気過ぎて、ちょっと驚いてしまうくらいだ。
「坊ちゃまとは、うまくやっていけそうですか?」
「はい」
「それはなによりです。社交界であんな噂が流れているせいで、うまくやっていけるか不安でしたが、大丈夫そうで安心しました。さて、ご入浴の前に、まずは怪我の手当てをしましょうね。どこが痛むのですか?」
「えっと、両足が少々……」
「両足ですね。それでは、部屋で手当てをしましょう」
とても頼もしく、安心感を感じる雰囲気のマリーヌ様と一緒に、私は屋敷の二階にある、とある部屋へと通された。
その部屋は、埃一つ落ちていないどころか、天蓋のついた大きなベッドやシャンデリア、沢山の服が収納できそうなクローゼットに、化粧台まで用意されていた。
「とても綺麗なお部屋ですね。ここはどなたのお部屋なのですか?」
「もう、何を言っているんですか? エルミーユ様のお部屋に決まってるじゃないですか!」
エルミーユ? エルミーユって……ああそうか、私と同じ名前の人が、この屋敷に住んでいるのね。
「この部屋の主が私と同じ名前なんて、運命的なものを感じてしまいますわ」
「エルミーユ様、何か変な勘違いをされてませんか?」
「えっ?」
「ここは、あなたのお部屋ですよ?」
辺りがすっかり暗くなってしまった頃。
私は頭に刻み込まれた地図を頼りに休まずに歩き続けて、どうにかブラハルト様の待つ、アルスター家の屋敷にたどり着くことが出来た。
見た目重視のドレスに靴を履いた状態で、休まずに歩き通しだったせいで、足のあちこちが痛いけど、今はそんなことを気にするほど、精神的余裕がなかった。
「エルミーユ嬢! よかった、心配しておりましたよ!」
「ブラハルト様……? こんな夜分遅くに外にいらっしゃるなんて、どうかされたのですか?」
「あまりにも遅いから、外で待っておりました」
心配そうな表情を浮かべながら、屋敷の前に立っていたブラハルト様が、私の両肩に手を置く。
ああ、そうか……本当なら、もっと早くに到着している予定だったのに、私が来なかったから心配してくださったのね。
ブラハルト様の優しさに甘えそうになるけど、ブラハルト様に心配をかけてはいけない……そう思った私は、背筋をピンと伸ばしてから、頭を下げた。
「遅くなってしまい、大変申し訳ございません」
「いえいえ。それよりも、一体何があったのですか? こんなに遅いうえに、徒歩でいらっしゃるなんて……」
「少々トラブルがあったので、一人で伺わせていただきましたわ」
「トラブル……ま、まさかとは思いますが、ご実家からずっと歩いてこられたのですか?」
「はい」
「馬車でも数時間かかる距離を!?」
驚かれるのも無理はないわよね。私が逆の立場なら、同じ様に驚いていると思う。
「と、とりあえず話は後ほど伺わせていただきます。すでに入浴と食事の準備は出来ておりますので、今日はゆっくりお休みください」
「そんな、そこまでしてもらうだなんて、申し訳ないです」
「何を仰っているんですか。いいから素直に従ってください」
「わかりました、ありがとう存じま……痛っ……」
歩き出そうとした瞬間、両足に痛みが走ったせいで、その場で足を止めてしまった。
さっきまでは全然気にならなかったのに、ブラハルト様に優しくしてもらえたおかげか、気分的に少し余裕が出来たのかもしれない。
「どこか痛むのですか?」
「いえ、なんでもございません」
「そんなに顔を歪ませて、なんでもないはずが無いでしょう。先に怪我の治療をさせていただきます」
「……なにからなにまで、申し訳ございません」
「我々はこれから夫婦となるのですから、これくらい当然です。ああ、お荷物をお持ち致しましょう」
「いえ、お気持ちだけいただきますわ」
「そうですか。ではせめて、エスコートだけでも」
私は、差し出されたブラハルト様の手を借りて、ゆっくりと屋敷の玄関へと向かう。
やはりブラハルト様は、恐ろしい噂とは真逆の、紳士で優しいお方だ。これは、もう疑いようがないと思う。
そんなことを思いながら、屋敷の中に案内してもらった私の前には、驚きの光景が広がっていた。
『アルスター家にようこそ、エルミーユ様』
玄関の前にズラッと並んだ使用人の方々が、一斉に私に頭を下げてお出迎えしてくれた。
一応これでも、私は貴族の令嬢ではあるけれど、こんなお出迎えをされるなんて、生まれて初めてだ。
家で両親やコレットがお出迎えされているのをたまに見かけては、自分には縁の無いことだと思っていた。
でも、まさかこんな所で、自分もその立場になれるとは……。
「マリーヌ」
「なんでしょうか、坊ちゃま」
「すまないが、部屋への案内と、入浴の手伝いをしてもらえないだろうか。怪我をしているようだから、ゆっくり案内してほしい」
「かしこまりました。さあエルミーユ様、こちらへどうぞ」
「はい」
使用人の中からでてきた、小柄でふくよかな女性は、私を連れてゆっくりと歩きだした。
このお方には、見覚えがある。確か、パーティー会場でブラハルト様とご一緒されていた、使用人のお方だわ。
「あの、先日はお世話になりました」
「あらやだ、私のことを覚えててくれたのですか?」
「もちろんでございます」
「まぁ~ありがとうございます! 私は使用人のマリーヌといいます。以後お見知りおきを」
「は、はい」
マリーヌと名乗った女性は、とても楽しそうに笑いながら、簡単に自己紹介をしてくれた。
なんていうか、とても元気なお方という印象だ。元気過ぎて、ちょっと驚いてしまうくらいだ。
「坊ちゃまとは、うまくやっていけそうですか?」
「はい」
「それはなによりです。社交界であんな噂が流れているせいで、うまくやっていけるか不安でしたが、大丈夫そうで安心しました。さて、ご入浴の前に、まずは怪我の手当てをしましょうね。どこが痛むのですか?」
「えっと、両足が少々……」
「両足ですね。それでは、部屋で手当てをしましょう」
とても頼もしく、安心感を感じる雰囲気のマリーヌ様と一緒に、私は屋敷の二階にある、とある部屋へと通された。
その部屋は、埃一つ落ちていないどころか、天蓋のついた大きなベッドやシャンデリア、沢山の服が収納できそうなクローゼットに、化粧台まで用意されていた。
「とても綺麗なお部屋ですね。ここはどなたのお部屋なのですか?」
「もう、何を言っているんですか? エルミーユ様のお部屋に決まってるじゃないですか!」
エルミーユ? エルミーユって……ああそうか、私と同じ名前の人が、この屋敷に住んでいるのね。
「この部屋の主が私と同じ名前なんて、運命的なものを感じてしまいますわ」
「エルミーユ様、何か変な勘違いをされてませんか?」
「えっ?」
「ここは、あなたのお部屋ですよ?」
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