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第二十九話 かけがえのない気持ち
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何事もなく屋敷に帰ってきた私は、夕食をいただいた後に、自室で絵本を読み漁っていた。
少しでも多く絵本の内容を覚えておいて、イリチェ村の子供達に喜んでもらわないとね。
「エルミーユ様、マリーヌです。いらっしゃいますか?」
「はい、どうぞー」
絵本を読んでいると、マリーヌが部屋にやってきた。
夜にマリーヌがやってくるということは、いつの間にかもう休む時間になっていたのね。集中していたせいで、全然時間のことを気にしていなかったわ。
「失礼します、エルミーユ様……あら、随分と沢山の絵本を読んでいるんですね」
「ええ。イリチェ村の子供達に、絵本のお話をしたらとても喜んでくれたのです。それで、またお話すると約束したので、こうして読んで覚えておりましたの」
「そうでしたか。今日のところはお疲れでしょうから、もうお休みしましょう」
「そうですわね……はふぅ」
マリーヌと話して集中が切れたからなのか、欠伸が漏れてしまった。
人前で欠伸をしてしまうだなんて、恥ずかしい……こんなことを実家でやっていたら、確実に叱られていただろう。
「エルミーユ様、イリチェ村はいかがでしたか?」
「とてものどかで、住んでる方々も優しくて、とても素晴らしい場所でしたわ」
マリーヌの手を借りて、着ていたドレスから就寝用のネグリジェに着替えながら、マリーヌの質問に答えた。
「行きも帰りも、ブラハルト様とゆっくりお話し出来ましたし、素晴らしい時間でしたわ。あ、でも……一つ不思議なことがありましたの」
「不思議なことですか。なんでしょうか?」
「最近、ブラハルト様と過ごしていると、胸がドキドキするのです。それをブラハルト様にお話したら、同じ様なことが起きているそうで。それが起こる時の状態も、非常によく似ているのです」
本当に、この胸の高鳴りは一体何なのだろうか。日に日に頻度が増えていっているような気がするのは、きっと気のせいじゃないと思うわ。
「な、なるほど……とても大変ですね!」
「……マリーヌ、なんだか嬉しそうに見えるのですが、気のせいでしょうか?」
「気のせいでしょう!」
ほ、本人が気のせいと仰るなら、きっと気のせいなのだろう……うん。
「ちなみにですが、それはどういった時に起こるのですか?」
「はぁ……えっと、ブラハルト様とお話している時や、優しくしていただいた時や、カッコいい姿を見せていただいた時や……とにかくいろいろですわ。最近だと、お傍にいるだけでドキドキしてしまうこともありますの」
「ふむふむ……私には、その症状に心当たりがあります」
「ほ、本当ですか!? これは一体何なのですか!?」
まさか、マリーヌがわかると思っていなくて、思わず大きな声を出してしまった。
恥ずかしいけど、これも仕方がない。だって、自分でもわからないことを、マリーヌにはわかるなんて、驚くなという方が無理な話だ。
「お答えする前に、イメージしてください。坊ちゃまが笑っていたら、どう思いますか?」
「……私も嬉しくなって、一緒に笑うと思います。それに、想像しただけで少しドキドキしておりますわ」
「坊ちゃまが悲しんでいたら、どう思いますか?」
「すぐに励ましてさし上げたいです」
「坊ちゃまが困難にぶつかっていたら、どう思いますか?」
「絶対にブラハルト様を助けたいです。それが、どれだけ長い年月がかかっても、どれだけ大変でも」
この質問に、一体どんな意図があるのかはわからないけど、質問をされたからには真面目に答えた。
すると、マリーヌは深々と頷いてから、ニッコリと微笑んだ。
「坊ちゃまと共に笑いたい、悲しい時は励ましたい、どんな困難が相手でも一緒にいたい……そんなの、答えは一つです。エルミーユ様は、坊ちゃまを異性として、心から愛しているのですよ」
「あ、あいして……アイシテ……?」
私のこれは、ブラハルト様を愛しているから……そんな、信じられない……お母様と引き離され、ずっと愛されずに育ってきた私が、誰かを愛するだなんて……。
それに、愛というのは長い時の間に育まれるものだと思ってたから、なおさら信じられない。
「愛というのは、長い年月をかけて生まれるものじゃないのですか? 私、ブラハルト様と一緒に過ごすようになってから、まだ一カ月程度しか経っていないのですよ?」
「そういう考え方もありますが、過ごした時間が短いから、絶対に生まれないと誰が決めたのでしょうか?」
「それは……」
「愛の形も、愛に至る過程も、愛情が生まれる時間も、人それぞれだと思いますよ」
マリーヌはそう言うと、私の手に自分の手をそっと重ね、笑顔を見せた。
その笑顔は、まだ私が生まれたばかりの頃、お母様が私に子守唄を歌っていた時のお母様のような、じんわりと体に広がる暖かさを感じた。
「どうです? まだ信じられませんか?」
「……いえ、マリーヌの言う通りですわ。私のこのドキドキも、この暖かい気持ちも、全てはブラハルト様への愛だったんですのね……あれ、ちょっと待ってください。ブラハルト様も同じ現象が起きていたということは……」
「おそらく、坊ちゃまもエルミーユ様のことを……と考えるのが妥当でしょう。最初に約束した、愛さないというのも撤回してますしね」
「っ……!!」
そ、そうよね? 私と同じということは、ブラハルト様も私のことを異性として愛してくれている可能性があるのよね?
ど、どうしよう。ブラハルト様に愛してもらえてると思ったら、急に高熱が出た時みたいに体が熱くなって、胸が爆発してしまうんじゃないかと錯覚するほど、大きく高鳴っている。
「マリーヌ、私はどうすればいいのでしょうか? 異性を愛したことなんて一度もないので、どうすればいいかわかりませんわ!」
「難しく考える必要はありませんよ。今まで通り、坊ちゃまと仲良く過ごせばいいのです」
「な、仲良く? それだけでいいのですか?」
「大切な人と、ずっと仲良く過ごす……それはとても大切で、かけがえのないものですよ。エルミーユ様も、身をもってそれを理解しているはずです」
……確かに……元々は、互いの利益のために結婚したけど、その後は毎日がとても楽しくて、暖かくて、かけがえのないものだ。
「でも、一つだけしなければいけないことはあります」
「なんでしょうか?」
「エルミーユ様の気持ちを、ちゃんと坊ちゃまに伝えることです。気持ちというのは、普段の生活でもある程度は伝わりますが、やはり言葉にして伝えることが一番大切ですからね」
自分の愛をブラハルト様に? でも、それをいざ言葉にしようと思っても、なんて伝えればいいか、皆目見当もつかない……。
「ど、どうお伝えすれば……」
「先程もお伝えしましたが、難しく考えなくていいんですよ。エルミーユ様の素直な気持ちを、あなたの言葉で伝えれば良いんです。そうすれば、きっと坊ちゃまも受け入れてくれるでしょう。私も、微力ながらお手伝いをします」
「……わ、わかりましたわ。明日、ブラハルト様に気持ちを伝えます」
私の言葉……私の気持ち……そうよね。拙くても、不格好でも、ブラハルト様にしっかりと伝えることが大事よね。
自信は全然無いけれど……大丈夫、きっとうまく伝えられるわ……!
少しでも多く絵本の内容を覚えておいて、イリチェ村の子供達に喜んでもらわないとね。
「エルミーユ様、マリーヌです。いらっしゃいますか?」
「はい、どうぞー」
絵本を読んでいると、マリーヌが部屋にやってきた。
夜にマリーヌがやってくるということは、いつの間にかもう休む時間になっていたのね。集中していたせいで、全然時間のことを気にしていなかったわ。
「失礼します、エルミーユ様……あら、随分と沢山の絵本を読んでいるんですね」
「ええ。イリチェ村の子供達に、絵本のお話をしたらとても喜んでくれたのです。それで、またお話すると約束したので、こうして読んで覚えておりましたの」
「そうでしたか。今日のところはお疲れでしょうから、もうお休みしましょう」
「そうですわね……はふぅ」
マリーヌと話して集中が切れたからなのか、欠伸が漏れてしまった。
人前で欠伸をしてしまうだなんて、恥ずかしい……こんなことを実家でやっていたら、確実に叱られていただろう。
「エルミーユ様、イリチェ村はいかがでしたか?」
「とてものどかで、住んでる方々も優しくて、とても素晴らしい場所でしたわ」
マリーヌの手を借りて、着ていたドレスから就寝用のネグリジェに着替えながら、マリーヌの質問に答えた。
「行きも帰りも、ブラハルト様とゆっくりお話し出来ましたし、素晴らしい時間でしたわ。あ、でも……一つ不思議なことがありましたの」
「不思議なことですか。なんでしょうか?」
「最近、ブラハルト様と過ごしていると、胸がドキドキするのです。それをブラハルト様にお話したら、同じ様なことが起きているそうで。それが起こる時の状態も、非常によく似ているのです」
本当に、この胸の高鳴りは一体何なのだろうか。日に日に頻度が増えていっているような気がするのは、きっと気のせいじゃないと思うわ。
「な、なるほど……とても大変ですね!」
「……マリーヌ、なんだか嬉しそうに見えるのですが、気のせいでしょうか?」
「気のせいでしょう!」
ほ、本人が気のせいと仰るなら、きっと気のせいなのだろう……うん。
「ちなみにですが、それはどういった時に起こるのですか?」
「はぁ……えっと、ブラハルト様とお話している時や、優しくしていただいた時や、カッコいい姿を見せていただいた時や……とにかくいろいろですわ。最近だと、お傍にいるだけでドキドキしてしまうこともありますの」
「ふむふむ……私には、その症状に心当たりがあります」
「ほ、本当ですか!? これは一体何なのですか!?」
まさか、マリーヌがわかると思っていなくて、思わず大きな声を出してしまった。
恥ずかしいけど、これも仕方がない。だって、自分でもわからないことを、マリーヌにはわかるなんて、驚くなという方が無理な話だ。
「お答えする前に、イメージしてください。坊ちゃまが笑っていたら、どう思いますか?」
「……私も嬉しくなって、一緒に笑うと思います。それに、想像しただけで少しドキドキしておりますわ」
「坊ちゃまが悲しんでいたら、どう思いますか?」
「すぐに励ましてさし上げたいです」
「坊ちゃまが困難にぶつかっていたら、どう思いますか?」
「絶対にブラハルト様を助けたいです。それが、どれだけ長い年月がかかっても、どれだけ大変でも」
この質問に、一体どんな意図があるのかはわからないけど、質問をされたからには真面目に答えた。
すると、マリーヌは深々と頷いてから、ニッコリと微笑んだ。
「坊ちゃまと共に笑いたい、悲しい時は励ましたい、どんな困難が相手でも一緒にいたい……そんなの、答えは一つです。エルミーユ様は、坊ちゃまを異性として、心から愛しているのですよ」
「あ、あいして……アイシテ……?」
私のこれは、ブラハルト様を愛しているから……そんな、信じられない……お母様と引き離され、ずっと愛されずに育ってきた私が、誰かを愛するだなんて……。
それに、愛というのは長い時の間に育まれるものだと思ってたから、なおさら信じられない。
「愛というのは、長い年月をかけて生まれるものじゃないのですか? 私、ブラハルト様と一緒に過ごすようになってから、まだ一カ月程度しか経っていないのですよ?」
「そういう考え方もありますが、過ごした時間が短いから、絶対に生まれないと誰が決めたのでしょうか?」
「それは……」
「愛の形も、愛に至る過程も、愛情が生まれる時間も、人それぞれだと思いますよ」
マリーヌはそう言うと、私の手に自分の手をそっと重ね、笑顔を見せた。
その笑顔は、まだ私が生まれたばかりの頃、お母様が私に子守唄を歌っていた時のお母様のような、じんわりと体に広がる暖かさを感じた。
「どうです? まだ信じられませんか?」
「……いえ、マリーヌの言う通りですわ。私のこのドキドキも、この暖かい気持ちも、全てはブラハルト様への愛だったんですのね……あれ、ちょっと待ってください。ブラハルト様も同じ現象が起きていたということは……」
「おそらく、坊ちゃまもエルミーユ様のことを……と考えるのが妥当でしょう。最初に約束した、愛さないというのも撤回してますしね」
「っ……!!」
そ、そうよね? 私と同じということは、ブラハルト様も私のことを異性として愛してくれている可能性があるのよね?
ど、どうしよう。ブラハルト様に愛してもらえてると思ったら、急に高熱が出た時みたいに体が熱くなって、胸が爆発してしまうんじゃないかと錯覚するほど、大きく高鳴っている。
「マリーヌ、私はどうすればいいのでしょうか? 異性を愛したことなんて一度もないので、どうすればいいかわかりませんわ!」
「難しく考える必要はありませんよ。今まで通り、坊ちゃまと仲良く過ごせばいいのです」
「な、仲良く? それだけでいいのですか?」
「大切な人と、ずっと仲良く過ごす……それはとても大切で、かけがえのないものですよ。エルミーユ様も、身をもってそれを理解しているはずです」
……確かに……元々は、互いの利益のために結婚したけど、その後は毎日がとても楽しくて、暖かくて、かけがえのないものだ。
「でも、一つだけしなければいけないことはあります」
「なんでしょうか?」
「エルミーユ様の気持ちを、ちゃんと坊ちゃまに伝えることです。気持ちというのは、普段の生活でもある程度は伝わりますが、やはり言葉にして伝えることが一番大切ですからね」
自分の愛をブラハルト様に? でも、それをいざ言葉にしようと思っても、なんて伝えればいいか、皆目見当もつかない……。
「ど、どうお伝えすれば……」
「先程もお伝えしましたが、難しく考えなくていいんですよ。エルミーユ様の素直な気持ちを、あなたの言葉で伝えれば良いんです。そうすれば、きっと坊ちゃまも受け入れてくれるでしょう。私も、微力ながらお手伝いをします」
「……わ、わかりましたわ。明日、ブラハルト様に気持ちを伝えます」
私の言葉……私の気持ち……そうよね。拙くても、不格好でも、ブラハルト様にしっかりと伝えることが大事よね。
自信は全然無いけれど……大丈夫、きっとうまく伝えられるわ……!
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